魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ   作:soranora

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病魔

 白血病は血液の『がん』である。血液は骨の中にある骨髄といわれる場所で作られる。白血病が発症すると、遺伝子変異を起こした造血細胞が骨髄で自律的に増殖して正常な造血を阻害していく。白血病細胞が造血の場である骨髄を占拠すると正常な血液細胞が減ってしまい、様々な症状を引き起こす。

赤血球の減少による貧血やめまい、血小板が減少すると易出血症状(鼻血や皮下出血)が現れ、白血球が少なくなると細菌・ウイルスへの免疫力低下による感染症を発症しやすくなる。更にはがん細胞が体中をめぐり様々な臓器に転移して臓器の機能障害を起こすこともある。

 

白血病の治療は抗がん剤を使用した化学療法が第一となる。骨髄中に増えた白血病細菌を死滅させ、正常な血液細胞を増やすというやり方だ。抗がん剤治療は患者に不快な副作用や合併症を経験させる。考えられる副作用としては、脱力、吐き気、嘔吐、下痢、脱毛、貧血、血液凝固の低下、食欲不振、免疫力低下による感染症がある。

 

香織においてもその例外ではなかった。過酷な抗がん剤治療の副作用により、髪の毛は抜け落ち、体は衰弱していった。文化祭で倒れたあの日から下降線をたどるように香織の容態は悪化した。過酷な抗がん剤治療も虚しく、香織の体内に白血病細胞は憎らしい程に居座り続けた。治療を行う度に筆舌に尽くしがたい副作用の苦しみが香織を襲った。疲弊していく体は冬の枝のように細くなり、小さな木枯らしが吹こうものならポッキリと折れてしまうほど脆くなる。細くなった頭から髪は全て抜け落ち、代わりにニット帽が被された。

その頃香織は一般病棟から無菌室という特殊な病室に移されていた。無菌室とは化学療法などで免疫力が低下した患者の為に、外界からの病原菌を一切遮断してクリーンな空気を循環させた、清潔を保たれた部屋である。

 

染み一つない潔白空間。まるで穢れの全てから守護された、神聖な聖域に入り込んでいるようだ。マミはその聖域に足を踏み入れると、透明なビニールカーテンの中でベッドに座る天使を見つけた。その天使には翼が無い。もう一度羽ばたく事を希求する天使は、体内に巣食う悪魔との闘いに生命を賭して挑んでいた。目には見えない翼を休ませている天使。冬の枝のように細くなった体でゆっくり立ち上がり、マミにいつもの悪戯っぽい笑顔を見せた。

 

「へへ、こんなになっちゃった」

 

マミは変わり果てた香織の姿に言葉を失った。身を切られるような胸の痛みが無意識にマミの涙腺を刺激する。

しかし体がどんなに衰弱しても香織の放つ光の輝きはまったく衰えていない。その瞳には奥行きがあり、天真爛漫な笑顔は健在だった。

マミは香織の笑顔とは対象的に、天地がひっくり返ったような悲壮な表情を浮かべながら、胸の痛みが刺激した無意識の涙をただ流し続けている。

 

香織はビニールカーテンにそっと手を当てて、心を撫でるような優しい声で囁いた。

「マミ、泣かないで」

 

香織の瞳は青空のようにどこまでも澄んでいた。浮かべた笑顔は春の陽気のように暖かい。マミはすがるようにカーテンの外側から香織の手を合わせた。

そしてむせび泣きながら、ただ悲壮な表情を見せるだけだ。

 

「あぁ…………香織さん………………」

 

香織は違うと小さく首を横に数回振る。

「泣かないでマミ、お願い笑顔を見せて」

 

香織は懇願するように笑顔を作った。しかしマミはその笑顔に答えることもできずに膝をつき泣き崩れた。

 

区分けしたカーテンが象徴するように二人の気持ちは噛み合わずにすれ違った―――

 

結局その日、マミが香織に笑顔を見せることは無かった………

 

                   ◆ ◆ ◆

 

 病院からの帰り道。マミは虚ろな瞳を浮かべたまま、楽しく行き交う人々の川の中を流れた。色彩を帯びた鮮やかな色たちが鈍色になったマミの心を嘲笑してくるようだ。

 

お前たちは安逸な運命のテリトリーで色彩を放つことができる。運命はどうして私と香織に色彩を放つことを拒むのか?

 

不条理な不公平感がマミの胸中に歪んだものを作り出していた。マミはその歪んだものを、そのままマンションへ持ち帰った―――

 

                  ◆ ◆ ◆

 

夜となり、薄暗くなったマミの部屋。キュウべえが窓際からネオンが光る見滝原の夜景を眺めていた。その平淡な表情は常に大事なことを一つ隠しているように思える。

マミは部屋に明かりを灯すことも無く、歪んだ呼吸でキュウべえに囁いた。

 

「お願いがあるの」

 

キュウべえは音も無く近づいたマミに動じる様子は無い。

「どうしたんだいマミ?」

 

キュウべえはいつもの平たい顔を覗かせた。

マミは獲物を狙うように闇から目を光らせる。そして深い水の底に沈んだ黒い石のような沈黙を置いてから言った。

 

「香織を魔法少女にして」

 

マミは歪んだ視線を向ける。キュウべえはこともなげに後ろ足で顎の下を掻いてからさらりと言った。

 

「それは無理なお願いだね」

 

「どうして!」マミの口調が自然と熱を帯びた。

 

「資質がないからさ、誰でも魔法少女になれるわけではないんだよマミ。残念ながら君の周りにはその資質を持ち合わせた人間は一人もいないよ」

 

愛くるしく微笑むキュウべえの笑顔がマミの歪んだ心に映しだされた。

「いいわ、それじゃあお願いではなく命令よ、香織を魔法少女にしなさい!」

 

「僕にはどうすることもできない。ごめんよ、マミ」

 

キュウべえは無垢な表情でユラユラと尻尾を揺らしている。

 

禍々しい長考の沈黙………

 

咄嗟に力強い足音がフローリングを叩く。キュウべえに接近した足音はそのまま首をわし掴みにした構図をつくりあげた。

 

「香織を魔法少女にしなさい!」

 

キュウべえは苦しさのあまり四肢を振り回してもがく。マミは構わず締め上げる手に力を込めていく。マミの見据える眼は酷く濁ったものになっていた。

 

「マ、マミ………く、くるしい……………」キュウべえがたまらず声を漏らした。

 

キュウべえの声に反射的に我に返ったマミは、咄嗟に手を緩めた。キュウべえはそのままフローリングに転がった。マミは取り戻した精神で、無意識に起こした愚かな行動に酷く狼狽えた。首を微かに横に振りながら信じられないといった表情で、呼吸を整えるキュウべえを凝視した。

 

今、私は確かにキュウべえを絞め殺そうとしていた―――

 

絡みついてしまった記憶を慌てて解いていく。大切な友達を締め殺そうとした感触が手に残っている。マミは手に付着した汚れを落とすように両手をしきりに擦った。

 

「ち、ちがう、私じゃない、私じゃ………」

 

不安定なマミの心に言い知れぬものが巣食い出していた。その陰りのようなものは全体に転移していく、香織の病魔のように―――

 

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