魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
学校生活においてもマミは色彩を欠いた。あれほど光彩を放っていたマミが嘘のように力を失い色褪せている。その影響からか、クラスの雰囲気もどことなく沈んでいた。心配した仲間達がどうにかマミに色彩を施そうとしたが、幾らもマミのキャンバスに色が乗る気配は無かった。まるでマミが意図的な細工をして、わざとキャンバスに色が乗らないようにしている、そんな感じだ。マミは以前のように仲間との距離を置いた。付き合いも悪くなり、どこか余所余所しさがあった。和美や姫野に対してもその取り分けでは無かった。
ある日、帰宅準備を済ませて帰ろうとするマミに、苛立った口調の和美が呼び止めた。
「マミ!どうして私達を避けるの!」
背後の声にマミは黙って足を止めた。
和美は熱を帯びたまま言った。
「説明してよ!マミ!」
マミはしばらく立ち止まり黙っていたが、聞かなかったふりを決めたように再び歩き出した。
無視して帰ろうとするマミに和美が違う角度の言葉を投げかけた。
「香織さんは………」
マミは耳から入った情報に反射的に反応する。体中に電気が走ったような感覚を覚えて思わず足を止めてしまった。
「香織さんはどうしているの?………香織さんに会わせて………」
和美の言葉は濡れたように震えていた。寂しさを含んだその言葉はマミの胸を締めつける。和美は更に続けた。
「マミは香織さんに会ったんでしょう?………私も会いたい、香織さんに………」
マミは悩ませた思考の沈黙を置くと重い口を開けた。
「香織は今会える状態じゃないの………ごめんなさい………」
すると和美は強い口調で訴えた。「マミは嘘をついてる!」
マミは瞬時に体を硬くした。
和美は構わず続けた。
「私は知ってるよ、マミが密かに香織さんと会ってる事!マミだけズルいよ!私も香織さんに会わせてよ!私も香織さんとお話ししたい!」
マミは駄々をこねる分からず屋に苛立ちを覚えた。そしてキッと顔を強張らせながら勢いよく振り返ると、もの凄い剣幕で声を張り上げた。
「あなたは変わり果ててしまった香織の姿をそんなに見たいの!痩せこけて、髪の毛を全て失った香織の姿を!生気を吸い尽くされて枯れ木のように細くなって行く香織の姿を見たい?あの香織の姿を見てあなたは何て声を掛ける気なの!」
マミに圧倒された和美は瞳を震わせながら沈痛な表情を見せた。
いつのまにか溢れる感情にマミの頬にも涙がつたっていた。マミは一転、落ち着いたように声を落として続ける。
「それでも………それでもあの子は、地獄のような治療に耐えながら私に微笑むのよ………マミ、私は大丈夫、まだ頑張れるって………」マミは悲痛の声を上げる。「そんな訳ないじゃない!あの子の中にはもう何も残されてない!塵一つの体力も残されていないわ!それでも病魔はあの子から何かを奪っていく!憎らしい程に!あんなもの治療でも何でも無い!あれじゃあ、あまりにも香織が可哀相よ………」マミは言下を震わせた。
突飛に上げられた甲高い声に周りの生徒は注目し沈黙した。
和美は下を向き悔しそうに黙っていたが、強く握られた拳を震わせながら絞り出すような声で言った。
「でも………それでも私は香織さんに会いたい………」和美の声には涙が混じった。
マミは分からず屋を咎めるように甲高い声を上げる。
「あなたはまだ!―――」
「関係ない!」
マミの言葉に被せた和美は、涙に崩れた表情でマミの言葉を取り除ける。
「そんな事関係ないよマミ!香織さんがどんな姿になったって香織さんは香織さんだよ!私の大切な友達だもん!」
「あなたは香織の姿を見ていないからそんな事言えるのよ!」
「違うもん!香織さんはあきらめてないもん!まだ病気と闘える!」
「なぜあなたにそんな事がわかるのよ!」マミは和美に食ってかかる。
「マミに微笑んだ笑顔がその証拠だよ!私はそう信じる!香織さんは必ず元気になって戻って来る!」
確信を得ているように訴える和美に、マミはすげなく言った。
「あなたは何も知らないだけよ………」
「知らなくたっていいもん!私はもう一度香織さんと楽しくお話がしたいだけだもん!マミは二度と香織さんとお話しできなくてもいいの?どうして香織さんを信じてあげられないの?マミが香織さんを信じてあげられなくて誰が信じてあげるのさ!」
何かを覚まさせるように和美はマミに激しく訴えるが、マミの弱くなった心には何も刺さらなかった。その声は虚しく通り抜け、寒空に吐く息のようにフワッと消えて行った。
「言いたいことはそれだけ?さようなら」
マミは機械的に声を並べると、踵を返した。冷淡に振る舞うマミに和美は泣きながら叫んだ。
「マミのわからずや!大っ嫌い!」
和美はそう感情を爆発させると、夕立の雷雨のように激しく泣き出した。
知らぬ間に現れた姫野が和美を慰めるように優しく抱き抱える。姫野は立ち去るマミに声を掛けた。
「巴さん」
姫野の決然とした鋭い声がマミを呼止める。そして和美の言葉に口添えした。
「私も香織さんを信じたいと思います。彼女はどんなに苦しい逆境をも乗り越える強い精神力の持ち主です。そしてあなたにおいても同じことが言える………信じていますよ、巴さん………」
マミは姫野の言葉を受け取って静かにその場を後にした。
◆ ◆ ◆
マミは香織の容態と同調するように精神を脆弱化していく。香織の肉体は病魔に蝕まれてはいたものの、内包された精神はダイヤモンドのように屈強で眩い光を放っていた。しかしマミのか細くなった精神はささくれたように荒涼し、軽石のように希薄な空間を無数に作り上げた。隙間の空いた空間を埋める様に収縮した心は歪に変形する。
マミは意識の中で急速に実体を失って行く。思考の階段は足元で崩れ落ち、集中力は緩慢にそして散漫になった。マミが魔女との交戦に精彩を欠くことは火を見るより明らかだった。他愛の無い相手に苦戦を強いられて泥仕合のような戦闘を重ねる。頻繁に魔女の攻撃に被弾するようになり、疲弊した生命力はさらに削ぎ取られた。
この日も精彩を欠いたマミは酷くダメージを受けていた。普段のマミであれば訳の無い魔女だ。しかしアンバランスな肉体と精神が魔女との力を拮抗させた。ギリギリまで追い詰められたマミは、玉砕覚悟の攻撃を試み、大きなダメージを受けながら辛うじて魔女を撃退する―――
夕刻の廃墟ビルの中に、歪んだ結界からズタボロにされたマミが姿を現した。
頭部から出血し流れ落ちる血液が左目の視界を遮る。同様に左肩と腹部にも酷い傷を負い鮮血を帯びた。マミの表情は必然的に苦痛に歪む。立っていられない程の激痛がマミを襲った。特に腹部の傷が酷い。呼吸をする度に腹部の痛覚に形容しがたい悲鳴を与えた。
シャボンが弾けたように変身が解けると制服姿となったマミは、前のめりに倒れ込んだ―――
同時にこぼれ落ちたソウルジェムが甲高い金属音を打ち鳴らして床に転がった―――
滲み出る鮮血は制服を赤く染め上げていく。不安定な呼吸は土の匂いを舐めた。乾いた泥の臭いだ。組み上がった絶望の方程式が歪な音を軋ませながら歯車を回し始めた。絶望へのロンドがマミの弱くした心を中心に乱舞し、悲痛に歪ませた目から涙を溢れさせる。
香織は私の侘しい心を埋めていた。私の脆弱な精神は香織の強固な精神に触れることで強く保たれていたんだ。それは安逸な日々と揺るぎない高揚の日々を私にもたらしてくれた。どうしてこんなにも私は彼女に強く惹かれたのだろう。彼女から放たれる内包された輝きが私を惹きつけたのだろうか?それは少なからずあったと思う。
しかしそれは違う………
きっと彼女の置かれた境遇に私は強く惹かれたのだと思う。
重病を背負って生きる香織の運命―――
魔法少女として生きる私の運命―――
共に死と隣り合わせに生きる過酷な運命に………
私は壮絶な運命を生きる香織の姿に自然と自分を重ねていたんだ。そして強く惹きつけられた。香織の常に前を向く姿勢に。天真爛漫な笑顔を絶やさず、強い光彩を放ち続ける生命力に。
あなたはどうして笑っていられるの?
どうして輝いていられるの?
この理不尽に叩きつけられた運命をどのように受け止めれば、あなたのような笑顔を作ることができるの?
教えてよ香織!
ねえ、教えて!
どうすればあなたのように前を向いて歩けるのか!
教えてよ!香織!
…………返事は無い。
私はあなたを失ったら生きてはいけない。きっと過酷な運命の混濁に呑み込まれて消えてしまう。あなたのいない世界は想像できない。いっそのことこのまま死を迎えればどんなに楽なのだろう。それは酷く安直で卑怯な逃避の選択。その選択をしたからと言って誰に詰られることがあるのだろう。後ろ指を指す人間は僅かだと思う。きっと私たちの境遇を知った人たちはその大半が同情してくれるはず。よくがんばった、もう休んでもいいと優しく声をかけるはずよ………
私はもう疲れた………
だから私が先に逝く事を許して香織。先に逝ってあなたを向こう側の世界で待つことにするわ。おいしいケーキと暖かい紅茶を淹れて待っているから。いつもの私の笑顔で、巴マミの陽和な笑顔であなたを迎える事を約束するわ。だから先に逝くことをゆるして香織………
マミは心の火を自ら吹き消した………
うつぶせに倒れたマミの体からは鮮血が溢れ地面に広がった。静寂に包まれた空間には、流れ出た血が乾いた泥に染み込んでいく音が聞こえる。転がった黄色いソウルジャムがマミから少し離れた所で柔らかく光っていた。
時間の感覚を見失った。
その時どのぐらいの空白がもたらされたのかわからない…………………
微かに動いたマミの体が再び時を刻んで行く。
マミは唯一動かせる右腕で体を引きずり始める。転がったソウルジェムに向かい進みだした。傷口から血が吹きだし、激痛がマミを襲った。それでもマミは歯をくいしばって鮮血と泥に汚れた体を、右腕一本で引き摺りながらソウルジェムを目指した。
もうあきらめたはずなのに、
もう生きることを拒絶したはずなのに、
生きようとする人間の本能がマミをソウルジェムへと向かわせる。
私が起こした奇跡、
叶えられるたった一つの願い、
私が求めたもの、
それは命を繋ぎとめる事―――
私は生き続ける事を強く求めている。意識的にではない。概念や思考といったところからくるものでもない。潜在的に隠された無意識の中にある力がマミをソウルジェムの所へ向かわせる。
引きずられた鮮血の跡が書道の筆でなぞったように痛々しく地面に残る。マミは荒れた呼吸でソウルジェムを掴んだ。
答えを見つけろと言っている、
私の奥底にある小さな光が、命を繋ぎとめる事を願った答えを求めている。
また私は生にしがみついてしまった。地獄のスパイラルが待つこの世界に私は何を求めているのか?
握られたソウルジェムの魔力がマミの体を癒して行く。同時にマミの絶望の歯車は歪な音を軋ませて加速した―――
◆ ◆ ◆
その頃、原因不明の感染症が見滝原市と風見野市を中心に広がっていた。この大気中に放出された細菌がこれから起こるであろう大災害の兆候となっていることを、この時のマミには知る由も無かった―――