魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ   作:soranora

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探索(佐倉杏子)

 歓楽街に立った佐倉杏子は奇妙な感覚を持った。自分が世俗的に生きる人間とは大きく異なった感覚を持ち合わせている事は心得ているつもりだ。しかし目の前に当てられた現実には打ち消しがたい違和感があった。言葉よりも目の方が時として能弁になる。紫色の細かな粒子が街中に漂い、霧のように視界を曇らせている。まるで環境基準値を超えた微粒子状物質が蔓延した街のように。

 

このような事態に陥れば世間は黙っていないはず。新聞やテレビにセンセーショナルに取り上げられたこの街は、今頃過剰なまでの風評が人々を混乱に陥れているはずなのだ。けれどもそのような気配を見て取れる様子はない。行き交う人々は最近流行りだした感染症の予防の為に、局所的にマスクをはめているぐらいだ。それ以外は至って日常的な時間を流れている………

 

この紫の瘴気が見えているのはあたしだけだ。他の人々には見えていない、というよりかは見ることができないと言った方がいいのかもしれない。少なからず最近流行りだした原因不明の感染症と、この瘴気は何らかの関係があるはずだ。そしてあたしに見えて周囲の人間には見えていない事実。あたしと日常的な世界の隔たりとなり垣根となっている物事。杏子は散りばめられた要素のピースを組み合わせると、ある推測を導き出した。

 

魔法少女の世界の要素が何らかの影響を及ぼしている。

 

杏子はソウルジェムを片手に、瘴気の出所へ向けて原因追及への探索を開始した―――

 

 

 

 瘴気の濃い方へ歩を進める杏子。何事もなく過ごしている人々が奇異に感じる。いや、周囲の人々から言わせれば得体の知れない微粒子を視認できるあたしの方がよっぽど珍妙見えるのかもしれない。杏子は不意に自嘲的な笑みを浮かべた。しだいに賑やかだった中心街から外れて行き、人口密度の低い閑散とした路地を歩く。突然杏子のソウルジェムが魔女の信号を捉えた。よく知った気配を感じる。

 

「おい!これってまさか!」

 

こいつは均衡の魔女だ!

 

まさか均衡の魔女とこの得体の知れない瘴気には何らかの関連性があるのではないか?

杏子の中に不吉な予感が暗い雲のように姿を見せる。どちらにしてもこの目で確かめるまでは真相は闇の中だ。杏子は更に瘴気の濃い方へ入り込んで行く。まるで秘境の森林をかき分けて進む冒険家のように―――

 

 

歩を進める杏子はいつの間にか瘴気ではなくソウルジェムの信号を辿っていることに気付いた。瘴気の発生源イコール、ソウルジェムの信号となっていたからだ。そうこうしているうちに杏子は瘴気の発生源となっているポイントにたどり着いた。

 

その場所は街の高台にある、空き家となった古びた洋館だった。洋館は風見野市を見下ろすように建てられており、庭先からは風見野市を一望できる。夜になれば絶好の夜景スポットとなりえる場所だ。しかしこの洋館には人は決して寄り付かない。風見野市では有名な心霊スポットとなっていたからだ。昔住んでいた大金持ちが事業に失敗して破綻し、多額の借金を抱えた末に家族もろとも無理心中で幕を下ろしたとかしないとか………

 

まあ、よくある話さ………

 

建物は左右対称のコロニアルスタイルでブルーグレーとイエローの色が特徴的な美しい建物だ。当時は………と杏子は訂正する。

 

今では見る影もない………

 

昔は下から見上げる華麗な姿から風見野市のランドマークとも呼ばれていた時期もあったとか。大きな庭は手入れをされずに雑草が生い茂り、ゴミがあちらこちらに不法投棄されている。洋館を目の前にする杏子。洋館からは禍々しい紫の瘴気が漏れ出している。杏子は品定めするような目で洋館を眺めると、中央の観音扉を開いて中へと入った―――

 

「!?」

 

洋館へ入るなり杏子は思わず息を呑んだ。眼前に広がるおぞましい光景に立ちすくみ背筋を凍らせた。均衡の魔女の結界は、入り口を中心に蜘蛛の巣のように亀裂が無数に広がっていた。その亀裂から紫の瘴気が漏れ出している。亀裂は脈を打つように柔らかい光を断続的に放ちながらその範囲を広げていた。孵化寸前の卵のようだ。生まれてくるものは決して歓迎できるものではないことを杏子は直感的に感じとった。

不意に神出鬼没ないつもの声が杏子にかけられた。

 

「あの時によく似ている」

 

杏子は咄嗟に声のする方を睨みつけ、強い口調で言った。

「おい!テメェー!これはどういうことだ!」

 

能面な顔をしたキュウべえが闇の中からゆっくり現れた。

「魔女の中には結界を持たない魔女が存在するんだよ」

 

「あ?」判じ物のようなキュウべえの答えに、杏子はいぶかしむ。

 

「結界を持たない魔女はそこいらの魔女とは桁違いの魔力を秘めている。それだけに希少種とも呼べる」

 

「その話はこの魔女と何か関係があんのかよ?」

 

「大有りだよ。この魔女は今まさに結界の外へと孵化しようとしている。君は結界を持たない魔女が人類に及ぼした影響を知らないだろう?」

 

「?」

 

「結界を持たない魔女は自然災害や疫病といった大災害として人類の歴史に大きな爪痕を残してきたんだ。その度に君たち人類は降りかかる災害に英知を結集して乗り越えて来た。伝染病に至っては人間に備わる免疫力の向上に一躍を担った。魔女は人類の歴史に大きな役割を持ち、人類は魔女が出現する度に大きな進歩を遂げてきた。魔女と人類は切っても切れない関係なんだよ。この魔女もきっと君たち人類に新たな進歩をもたらす事になる。何せこの魔女は運命を作り出している魔女なんだ。人類の歴史を新たに刻んでも驚く事ではない。これも決められた運命の一つなのさ」

 

杏子は次に投げかけようとしている言葉に躊躇していた。この世界には知らない方がよかったという情報は必ずしも存在するものだ。これから問おうとすることからは新たな驚異の臭いしかしない。しかしその脅威はすぐそこまで迫っている。杏子はためらうように訊いた。

 

「さっき、あの時によく似ていると言ったよな?………前にも同じような事があったってことか?」

 

「もちろんあったよ」キュウべえはこともなげに答えると、宙に彷徨った記憶を追うように言った。

 

「あれは百年ぐらい前だったかな。あの時も結界から孵化した魔女が細菌を撒き散らして猛威をふるったんだ。瞬く間に全世界へと広がったよ。その時に蔓延した感染症によって、少なくとも四千万人の人間が死滅したと思うよ」

 

「よ、四千万人!」杏子は衝撃の数字に目を剝いた。

 

「倒すべき魔法少女(救世主)の出現が遅かったんだよ。そのために被害は拡大した」

 

杏子は蜘蛛の巣状に広がった亀裂に目をやりながら、ひとり言ののように小さく呟いた。

「こいつを倒す事なんて、動きを止める能力でもない限り不可能だ………そんな魔法少女聞いたことが無い」

 

「ともかくもうすぐ地獄の蓋があく、人類にとっては喜ぶべきことなんじゃないかな?この魔女によって人類はまた一つ上の領域へ足を踏み入れることになる」

 

キュウべえの不謹慎とも言えるような言葉に杏子は声を荒げた。

「ふざけんじゃねー!誰が好き好んでそんな事望むかってんだ!」

 

「これはとても崇高なことなんだけどな、杏子にはこの凄さがわからないみたいだね………」キュウべえは残念そうに言うと、何かを思い出したように続けた。

「そうだ、君にいいことを教えてあげるよ。百年前に魔女が撒き散らした細菌は今なんて呼ばれているか知っているかい?」

 

「?」杏子には見当もつかない。

 

キュウべえは効果的に沈黙を置くと、不気味に言った。

 

「当時スペイン風邪と呼ばれた―――インフルエンザさ」

 

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