魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ   作:soranora

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絶望

 マミはここ数日学校を休んでいた。魔女との戦闘で受けたダメージがことのほか酷かった為だ。滅多に休むことのないマミの欠席を和美は気にかけていた。大嫌いとなじった事がマミの体調に少なからずの影響を及ぼしているのではないか。マミは香織のことで元気をなくしていた。そこに輪をかけるようなあの言葉。

 

大っ嫌い―――

 

休み時間でさんざめいた教室。和美は席に座りながら溜息を一つ漏らした。視線は自ずとマミの空席へ結ばれていた。静かに近寄った姫野が和美にそっと声をかける。

 

「気になりますか?」

 

和美は不安そうに答える。「マミ怒ったかな?」

 

 

「巴さんに限ってそれは無いと思いますよ」

 

「私、何であんなこと言っちゃったんだろう………マミに謝りたい………」

 

和美は後悔とも取れるような言葉を漏らすと、気を落としたまま視線を下に向ける。姫野はメガネを曇らせてしばらく長考の沈黙を置いた。そして和美の気持ちを晴らす打開策を用意した。

 

「和美さん、巴さんのお宅へお見舞いに行きませんか?」

 

見上げた和美の表情には明るい兆しが見て取れた。

「委員長!マミの家知ってるの!」

 

姫野は自慢げに返答する。

「もちろんですとも、何せ私はこのクラスの学級委員長ですから」

 

姫野はメガネのふちを指で軽く押し上げた。

 

浮ついた声で和美が言う。「それ、いい考えだね!行こう!行こう!マミきっと喜ぶよ!」

 

「それじゃあ、決まりですね」姫野は笑顔で促す。

 

「うん!」和美は満面の笑みで答えた。

 

 

 

 見滝原の駅前には評判のケーキ屋さんがある。和美と姫野はマミのお見舞いの品にそこのケーキを差し入れる事にした。初めは姫野が自分でこしらえたケーキを持って行こうとしたが、和美が頑なに拒んだ。そんな物を持って行こうものならマミは二度と口を聞いてくれないだろう。漆黒の魔王を手渡されたマミがどんな表情で受け取るのか少々悪戯心は湧くけど………

マミとの気持ちはすれ違ったままだ。今日はそんな空気ではない、この天気のように―――

 

駅前は生憎の雨により通りゆく歩行者が傘の花を咲かせていた。和美はケーキ屋の前から気分を損ねた空を見上げた。雨は機嫌を直す素振りもなく執拗に降り続けていた。購入したケーキを持った姫野がしかめた顔で辺りの様子を眺めた。

 

「しかしよく降りますね?」

 

「ホント、嫌な雨」和美は少し膨れる。

 

姫野は購入したケーキの箱を軽く掲げて、嫌な記憶の切れ端を切り飛ばすように言った。

「さあ、早く巴さんの所へ参りましょう!」

 

「うん!マミのビックリした顔が目に浮かぶよ!」

 

和美の脳裏に映った青写真が自然と笑顔をこぼれさせた。二人はケーキ屋に備えられてある傘立てから自分の傘を取り出し、傘の花を咲かせた。和美から溢れ出した高揚感は自然と体を踊らせる。はしゃぐように軽いステップを踏みながら和美は姫野の歩を急がせる。

 

「委員長!早く!早く!」

 

傘を差して楽しそうに前を進む和美を、いつものように姫野が窘める。

「和美さん、そんなにはしゃぐと怪我をしますよ」

 

二人はマミの住んでいるマンションへ向かった。

 

そしてマミの住んでいるマンションへとたどり着くはずだった………

 

マミにサプライズのおどけた笑顔を見せてくれるはずだった………………

 

 

 

 

二人の後を不穏な影が追っていた。影は花を咲かせることもなく冷たい雨を浴びながら、弱者へ向ける下劣な笑みを浮かべて二人との距離を縮めていった。二人の世界に入り込んだ影。それは写真に写り込んだ冥界の臭気を漂わせた薄気味悪い影のようだった。異世界の影は受け入れてもらえなかったこの世界に対するうさを、この先の大型歩道橋の上で晴らした。

 

潰れたケーキの箱が雨に濡れながら泣いた―――

 

花を咲かせていた傘は散り、折れ曲がった骨を痛々と剝き出しにした―――

 

排水溝に吸い込まれる真紅の雨水が、遠のく意識と共に渦となって呑み込んでいった―――

 

 

                 ◆ ◆ ◆

 

 

 サイレンが聞こえる。それもおびただしい数のサイレンが。近くで大きな事故が発生したのかもしれない。

 

それとも魔女による仕業?

 

瞬時にマミは強制的に思考を落とした。正規の手順を踏まずに落とされるパソコンのような粗暴的遮断によって。

 

私は療養中だ、余計な事は考えないようにしなければならない。マミは自らに言い聞かせる。口実のような解釈に何かうしろめたいものを感じた。しかし日常的な事象に私がいちいち関与する言われも無いし、敏感になる必要も無い。往々として鈍く、くぐもっていればいい。対岸の火事でいい。私には関係ない。

 

魔女の出現?

 

私に世界中に存在する魔女の面倒を見ろとでも言うの?

 

私はとても戦える状態ではない。ソウルジェムを欲している魔法少女だけがその都度戦えばいい話だけのこと。魔女退治に執拗な正義感は不要だ。杏子だってそう言っていたじゃないか………

 

淡い闇に包まれたマンションの一室で、マミはベットの中から他所事にサイレンの音を聞いていた。マミからはすっかり光彩は抜け落ちていた。凡庸で平坦で陳腐だ。天候の話をするみたいに酷くつまらないものになっていた。まるでフルスイングをやめたホームランバッターのように。

 

降りつける雨が窓を叩く音が聞こえる。マミは緩慢になった意識の中で、過多で徒労の休養を取り続けた―――

 

 

 

すっかり世界は闇に染まった。執拗な雨は尚も窓に吹き付けていた。マミは部屋に明かりを灯すとベッドから降りた。すると重力を忘れていた体が不意に足を取られる。リンゴが木から落ちる概念を身で感じ取ったようだ。マミはキッチンで水を一杯飲むと、リビングへ向かい徐にテレビを付けた。

 

「?」

 

突然飛び込んできたテレビからの情報に流石のマミも耳目を引いた。見滝原で通り魔事件が発生したようだ。ベッドの中から聞いたサイレンはこの出来事に附随された音だったのだろう、マミは一つの求心力の無い出来事に合点をつけた。テロップに被害者の名前が映し出されていく。アナウンサーがその都度、職業的な歯切れのいい声で映し出された名前の身元と被害状況を簡潔に述べていく。被害者は八人のようだ。四名のテロップが消えて次のテロップが映し出された。

 

「!!!」

 

マミは瞬時に体を硬直させた。信じ難い衝撃に肺が酸素を取り込む事をやめた。魂が抜け出て体を一瞬空にしたような感覚があった。目に飛び込んだ二つのセンテンス。

 

新垣和美(14)―――

 

姫野舞(14)―――

 

そのセンテンスはマミの脳内に強く焼き付いた。マミは次第に唇を震わせる。

 

「嘘よ………嘘よ………こんなの嘘よ!嘘に決まってる!」

 

悲壮の表情でテレビに訴えかけるマミ。二人に落とされた闇を受け入れることができない。アナウンサーの歯切れのいい声と共に捕まった犯人の冷酷な顔が映し出された。

 

「!!!!!」

 

その瞬間マミの心に大きな穴が開いた。不安定な心に闇の深淵とも呼べる大きな穴がぽっかりと口を開けたのだ。マミは一瞬、意識を見失った。刻々と流れる時流に一人だけ取り残されたようだ。何が起こったのか?それを理解しようとすると、体全体が強くねじられるような感覚があった。

 

犯人は傷の男だった―――

 

老婆を突き飛ばした醜悪な男。魔女の手からマミが命を賭して救った男だ。人は変われる事を信じたマミは、傷の男を救った。しかしその思いは完膚なきまでに裏切られた。和美と姫野に重症を負わせるという既成事実を残し、のしを付けてマミに送り返された。

 

あの時どうして傷の男を救ったのか?

 

瑠美同様にあの男にも慈しみの心がある。私はそう信じたからだ。冷静に考えればあの男には更生の余地は無かった。そうでなければこのような冷酷な犯行には及ばない。

 

あの時、私は本当にあの男が変れると心の底から思ったのか?

 

瑠美のような変革の可能性は露ほども感じていたか?

 

マミの自問自答は脆弱した精神によって自虐的なものへ変化していく。

 

私はただ束の間に訪れる善行の余韻に浸りたかっただけなのではないか?

 

翻弄される運命の中で戦う意義を見出したかっただけなのではないか?

 

自己満足の似非正義の光を放ちながら幼稚なヒロイズムに酔いしれていたかったのではないか?

 

あの時、私は腹の中に真っ黒な物を忍ばせながら、歪んだ笑みを浮かべていたんだ。私が解き放つ屈折した光が和美と姫野を闇へ引き摺り込んだ。杏子が予期したように、私は危険なゲーム盤の上へ二人を招き入れてしまった。私のエゴで卑しい行為が二人の運命を歪ませた。

 

私のせいだ―――

 

心の穴に自責の念が響き渡った。水中で聞くようなくぐもった音で、闇の深淵に沈んでいく。

 

私が魔法少女にならなければ―――

 

私が命を繋ぎとめなければ―――

 

私が存在しなければ―――

 

逆行する思考に歯止めは効かない。絶望への歯車がリンクして急加速を始めた。膨れ上がる負のパワーにマミの精神が限界を迎える。

一刹那、マミの精神がショートした!

 

「イャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!私のせいだ!私のせいだ!」

 

マミは断末魔のような狂気の叫び声を上げた。頭を掻きむしりながらのた打ち回った。ショートした精神の焼ける臭いがした。マミを最後まで支えていた美徳な精神が、派手な音を立てながら崩れていった。

不意に言い知れぬ嫌悪感がマミを襲った。生理的に受け付けないヘドロのような何かが底から溢れ出し、精神の汚染を始めた。咄嗟に胃の内容物が喉元へせり上がっていくのがわかった。口内に胃液が広がる。途端にマミは口を手で押さえてえずいた。たまらずトイレに駆け込みそのまま嘔吐した―――

 

頭がクラクラと回る。朦朧とした意識。マミの中で何かが、カチリと音を立てて切り替わる感覚があった。マミは壁にもたれるように寄りかかる。虚ろになった目からは虚無の涙が頬をつたった。マミは無意識に救いの手を乞うように弱い声で呼んだ。

 

「タスケテ………カオリ…………………」

 

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