魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
坂巻香織と初めて出会ったのは3カ月前、魔女狩りのパトロールをしている時だった。香織は魔女の口づけを受けていた。魔女の口づけを受けた者は犯罪や自殺に駆り立てられる。香織の場合は魔女の結界に迷い込んで自殺を図ろうとする所をマミによって助けられた。彼女は現在見滝原総合病院のベットの上にいる。絹のような柔らかい髪が肩先までかかり病室に入る風で揺れている、幼さを感じる顔立ちだが、窓の外を眺める眼はキラキラ輝き精悍さを感じる。ノックがする音が聞こへ、ドアからヒョイッとマミが顔を出した。
「マミ!」香織は嬉しそうに声をあげた。
「今日はお花を持ってきたの」マミは持っていた花束を見せた。
「とっても素敵なお花ね、いつもありがとう」
マミは笑顔で返し、花束を手慣れた手つきで花瓶に挿しながら「具合はどう?」
「病気なんて嘘のように元気」香織は細い腕でチカラコブを作るポーズを見せ「いつでも滑れるわ!」っと力強く答える。
マミは首をすくめながら「そうね、病気も香織さん程元気ならきっと逃げていくわね」
「あ、また香織さんって言った!さんはつけなくていいのに!」そう言って香織はふくれた顔を作った。
「はい、はい、ごめんなさい、カ・オ・リ」マミは笑顔をふくれた顔に近づけた。その仕草に膨れた顔を崩して笑い出した香織に、マミもつられるように笑った。
魔法少女として助けたものの、表向きは香織が病院を抜け出し貧血で倒れた所をマミが病院まで送り届けた事になっている。もちろん香織には魔法少女の事は気づかれていない。助けた後にわかったことは香織と私は同級生だったこと、そして香織は重い病に侵されていた事。3カ月前に会った時はすでに入院を余儀なくされていたがその時に比べても病魔は香織の体を確実に蝕んでいることが目に見えてわかった。しかし天真爛漫な笑顔は崩さず、弱音を吐くような様子は一切みせない。
「私は必ず元気になってまたスケートリンクの上に立つんだ」香織は自分に言い聞かせるように言った。
「そしてオリンピックに出る!」マミは言葉を付け加えた。
勝気な香織もさすがに照れくさそうに笑った。床に伏せる前はフィギュアスケートの選手で幼少の頃から様々な大会で入賞し天才少女とまで言われた実力を持っていた、オリンピックも笑い事ではなく現実を帯びた話だった。今は病気との闘いを強いられているがその夢をまったく諦めている様子はない。
マミは香織の手を取って「あなたは絶対に良くなる、私にあなたの演技を見せて、約束よ」
香織はその手を強く握り返した「ええ、必ず、約束するわ!」――すると香織はまた膨れた顔を見せて「もう!あなたじゃなくて香織って呼んでよ」
マミは苦笑いでごまかす。
病室のドアをノックする音が聞こえる。「入るわよ」っという声と共に香織の母親が入って来た。
その姿を確認して香織は「ママ」っと声をあげた。
マミは一つ会釈をして「お邪魔しています」とあいさつする。
香織の母親は笑顔でそれに答えてくれた。
◆ ◆ ◆
マミは病院の廊下を香織の母親と並んで歩いた。帰宅するマミをそこまで送ってくれると気を利かせてくれた行為であった。歩きながら香織の母親が徐に口を開いた。
「いつも来てくれて、申し訳ないわね」
「いえ、香織さんは私の大切な友人ですから。それにこんな事言うとおかしく聞こえるかもしれませんけど、私は香織さんに元気を頂いています」
「元気を?」
「ええ、香織さんといると元気になれるんです」
「そう……」香織の母親はため息にも似た応答に続けた「あなたは気づいているかもしれないけど………」香織の母は言葉を飲み込む様子を見せてから、「あの子の体は確実に病魔に蝕まれている……日に日に弱っていくあの子の姿を私はもう見ていられない……」そう言いながらその場で泣き崩れてしまった。
マミは寄り添うように香織の母親の肩に手を当てた。「香織さんは強い人です、だから信じてがんばりましょう!」
慰めの言葉をかける。慰めでしかない言葉を、どんな言葉を並べようとも香織の母親の心痛を還元することなどできない。そんなことはわかっていた。下りのエレベーターの中で泣き続けた香織の母親が脳裏から離れなかった。香織には確実に死が近づいていた、奇跡でも起こらない限り助かる見込みは無い。
運命を捻じ曲げるような奇跡―――
マミはそんなことを夕日に暮れた街並みを見ながら思った。
香織は白血病だ―――
◆ ◆ ◆
マミのクラスでは文化祭の出し物を決める、ホームルームが行われていた。
「今度の文化祭は喫茶店を出店することで異論はないですね!」キラッと光るメガネと歯切れのいい声での学級委員長の姫野舞が、黒のストレートロングをなびかせながら教室の教卓からクラスメイトの反応を煽ぐ。拍手と共に賛成の声があがる。マミも決定した内容に心から賛同していた、大好きな紅茶やケーキ作りができることに異論があるはずもない。
「あのー委員長」一人の女子生徒が手をあげた。
「ご意見でしょうか?どうぞ」メガネの奥の鋭い瞳が覗く。
「その喫茶店のこと何ですが、巴さんを中心にやりませんか?」
マミは「え、私!」思わず驚きの声をあげた。
クラスメイトの反応は「おー」という声と共に賛同の空気を漂わせた。
「巴さんなら紅茶や洋菓子の知識も豊富だし、きっと素敵なお店が出せると思うんです」女子生徒が言うと続け様に同意の意見があがる。
「巴さんなら適任だよ!」
「料理も上手だし!」
「凄いお店ができそう!」
クラスメイトの反応を聞いていた学級委員長がマミに尋ねた。
「巴さん、私も皆さんと同意見です。クラス全員の総意ということで受けてくれませんか?」
マミは困惑した表情を浮かべる。魔法少女という裏の顔が返答を詰まらせる。それでもクラス中からの懇願の声に、マミはとうとう折れてしまった。
マミは帰宅の準備をしながら受けてしまった後悔の溜息をこぼした。そこへ新垣和美が申し訳なさそうに声をかけてくる。
「ごめんね、巴さん」和美はマミを喫茶店の中心候補にあげた女子生徒だ。
くりくりしたあどけない目と丸い顔にショートカットされた髪型が幼気な可愛らしさを際立たせる。
「どうしても巴さんにやってほしくて、ついあんな意見を……迷惑だった?」
マミは笑顔で「迷惑だなんて思ってないわ、引き受けたからには一生懸命やるつもりよ」
和美は安堵をこぼしながら「よかった~、怒ったかなって内心ドキドキしてたの。でもこれで巴さんともっと仲良くなれそう!」
「もっと?」マミは尋ねるように聞き返した。
「うん、巴さんってとっても優しくて気さくでいい人なんだけど、どこか私たちを避けるというか距離を置くっていうかそんな感じがあって、みんな巴さんともっと仲良くなりたいと思っているはずだよ」
「そうだったの、知らないうちにみんなにそんな気を使わせていたなんて」
「やっぱり事故のせい?……」和美はあわてて質問を取り消したように「あっ、今の話は無し!無し!とにかく巴さんとやる喫茶店、楽しみにしてるから!一緒にがんばろうね!」
マミは笑顔で返した。
「それじゃあ私帰るから、さようなら」そう言い残すと和美は手を挙げて帰っていく。マミも「さようなら」と見送った。
マミは知っていた、みんなが気を使ってくれていることに。しかし距離を置かなければ仲間を危険にさらしてしまうことになる、マミの日常には魔女との交戦がついてまわる。交通事故で両親を亡くし、命を繋ぐために魔法少女の契約を交わしたあの日からマミは孤独になった。
◆ ◆ ◆
夕暮れの街。一角にパトカーと救急車がパトランプを回しながら停車している。たくさんの野次馬の群れの間からマミはその現場を覗いていた。野次馬の声からどうやら自殺のようだった。ブルーシートからはみ出した遺体の腕には魔女の口づけがあった。
「きっとこの間の魔女の仕業だね」マミの肩に乗ったキュウべえがそう分析した。
「私が逃げなければあの人は死なずにすんだ」マミは両手の握りこぶしを震わせた。
「あのまま戦っていたら死んでいたのは君の方だ、マミとあの魔女との相性は最悪だよ、他の魔法少女に任せた方がいい」
マミは自分の不甲斐なさに憤りを感じていた。それは視線から犠牲者となった遺体へ、更にはその奥に潜むあの魔女へと注がれた。
マミは野次馬の群れから離れて歩き出す。キュウべえはマミの肩からヒョイッと降りて後についた。
「別に君が全ての魔女を倒す必要はないんだよ、必要な分のグリーフシードだけ手に入れていれば何の問題もないはずだ、あの魔女に固執する必要はないと思うんだけど。」
「そういう問題じゃないわ」
「そういう問題だよ、戦って傷つく度に君はまた一人で泣くんだろう?」
マミはキュウべえの見透かされた言葉に歩みを止める。たまに見せる空虚なキュウべえにマミは本質的なズレを感じることがある。それがまた孤立感を駆り立てた。
「君は何の為に戦っているんだい?」
キュウべえの含みのあるその言葉にどんな意図があるのかわからない、ただマミはその言葉に対する答えを持ち合わせてはいなかった。