魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ   作:soranora

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卑怯者

 和美と姫野はマミの自宅に向かう途中に襲われた。傷の男は刃渡り十センチの両刃ナイフで姫野の左肩部を刺し、和美の腹部を刺した。姫野の刺された箇所が肩部だったということもあり、命の危険には及ばなかった。しかし和美は腹部を一突きされて一時は危篤状態に陥った。命を落とさずすんでいるのは、共に重傷を負った姫野が救急隊員の駆けつけるまでの間に、和美の出血を必死に手で抑え続けたことに起因していた。彼女は唐突に訪れた惨い事態の中でも委員長の使命を全うしクラスメイトを守っていたのだ。姫野の決死の行動が和美の命をなんとか繋ぎとめた。けれども予断を許さない状況に変わりはない。和美は現在も集中治療室の中で生死を彷徨っていた。あの愛くるしい小さな体に狂気の刃が突き刺さる。その事を思うとマミの胸は痛烈に締め付けられた。

 

二人が負った重傷箇所は奇しくもマミが重傷を負った部位と重なった。マミはいいしれぬ運命の悪戯を感じた。マミの解き放った闇が二人を襲い、マミの運命にリンクするように深刻な傷を負わせた。マミの自虐的な負の発想が心に空虚な穴を広げていく。それと共に欠落していく感情がマミをからっぽのがらんどうにした。まるで張りぼてのように………

 

悲惨な出来事が身近に起こった事で、クラスメイト達はひどく動揺した。和美と姫野の身を涙ながらに案じる者もいた。マミの心中を察した仲間が声を掛けて来たが、マミは言葉無くただ肯くだけだった。マミは蝉の抜け殻のように生きた感情はどこか他所へやってしまったようだ。仲間たちはマミから漂う気色の悪い感覚に自ずと距離を置いた。

 

終業のベルが鳴り、教室を後にしたマミは無感情にフラフラと歩きだした。何かしらの呪いで縛り付けられ、与えられた役割をきりなく繰り返して歩く幽霊のように。

 

ガラス張りの渡り廊下を虚ろな目で歩くマミ。咄嗟に怒りの籠った声がマミの目の前に立ちはだかった。

 

「なんてざまなの?」

 

マミは平淡な顔を向けた。居丈高に腕を組んだ瑠美が、渡り廊下の関所を守る武将のように待ち構えていた。両脇にはいつものボブヘアーの女生徒と茶髪の女生徒がいた。瑠美は鋭い視線でマミをさした。

 

「あの二人がそう簡単に死ぬとでも思っているの?」

 

マミは虚ろの目で黙ったままだ。瑠美は嘲笑的に鼻で笑うと、呆れたように言った。

 

「これがあの巴マミ?………いいえ、あなたは巴マミじゃないわね。だって私の知っている巴マミはもっと憎たらしくて反抗的な目をするもの」

 

瑠美は見下すような目で嘲笑の笑みを浮かべる。マミは空虚のインターバルを置いてから、無視して瑠美の横を通り抜けていった。瑠美は目を閉じて一つ溜息を漏らす。

 

「なるほどね………」

 

瑠美は何かに耽るように目を閉じながら一拍置くと、キッと歩み去るマミの背中を睨みつけた。瑠美は足早にマミの後を追い、回り込んで進行を妨げると、前触れも無く力いっぱいマミに平手打ちした―――

 

「!」

 

マミはその勢いで尻餅をつく。その場に居合わせた生徒は悲鳴を上げて騒然とした。瑠美は冷酷な笑みを浮かべてマミを見下ろすと、平然と言った。

 

「あなたにはもう一発残っているはずよ、立ちなさい」

 

マミは尻餅をついたまま、瑠美に視線を合わせることなく下を向いている。慌てて駆け寄ったボブヘアーと茶髪が、瑠美の体を押さえて抑止する。

 

「まずいよ瑠美!」

 

「ヤバいって!」

 

瑠美は押さえつける二人を振り払うように言う。

 

「邪魔よ!放して!」

 

二人は力を込めて、拘束から逃れようともがく瑠美を抑え続けた。マミは床にお尻をついた状態から、ゆっくりと見上げるように無気力の視線を瑠美に向けた。その生気を感じない無色な瞳を受け取った瑠美は、その形相をみるみる険しいものにしていく。瑠美は大きく肺に空気を吸い込むと、耳をつんざくような声で叫んだ。

 

「その目をやめろ!この卑怯者!」

 

瑠美は拘束を引き剥がそうと体に力を込める。暴れ出さないように抑えつける二人は必死だ。瑠美は尚もマミを責め立てた。

 

「あなたは卑怯者よ!巴マミ!そうやって被害者を装っていれば目の前の現実から目を背けることができるものね!心を閉じれば傷つかなくて済むものね!でも、あの三人は違うわ!今でも過酷な現実と向き合って必死に戦ってる!あなたは恥ずかしくないの?仲間が戦っているのにこのまま死んだふりを決めるつもり?あの三人との絆はそんなものだったの!なんとか言ってみなさいよ!」

 

マミはゆっくりとその無機質になった体を起こし立ち上がった。瑠美は息を荒くしてマミの言葉を待つ。マミは奥行きの無い眼差しでしばらく瑠美を見つめると、何事も無かったように瑠美の横を通りすがって行く。すれ違いざまにマミは抑場のない冷たい言葉を瑠美に囁いた。まるで氷の女王がうなじに吹きかけた風雪のように。

 

「あなたには何もわからない……………」

 

「!?」

 

瑠美は一瞬愕然として時を止めた。瞬時に憤怒の化身となった瑠美は、振り返って立ち去るマミに鋭い視線を向ける。瑠美は拘束している二人を振り飛ばす勢いで暴れ出した。二人は必死に瑠美を押さえつける。その様相は今にも首の鎖を引きちぎって放たれようとしている狂犬のように見える。狂犬は怒気の籠った叫び声を上げた。

 

「巴マミ!あなたにはがっかりしたわ!あなたは生きる屍よ!死んでいるのと一緒よ!覚悟しておきなさい!私は毎日ここに立ってやる!そのふざけた表情をやめるまで、あなたの頬を叩き続けてやるわ!私が卒業するまで毎日よ!私が執拗以上に陰湿なのよ!必ずやってやる!あなたの顔が変形したってやめるもんですか!なんとか言え!巴マミ!―――――」

 

瑠美の怒声が渡り廊下を轟かせていた。マミの鈍重になった感覚が犬の遠吠えとしてそれを認識した。マミは生気の無いままフラフラとその場を離れて行った。

 

 

                   ◆ ◆ ◆

 

 

「ちょっと面貸しな!」

 

血相を変えた杏子は帰宅途中のマミを捕まえて、使用されていない立体駐車場へ強引に連れ込んだ―――

 

立体駐車場は鉄筋コンクリート造でなかなかの広さを誇っている。複数階が斜路でつながった自走式立体駐車場。頑丈な柱が等間隔に複数本並び、緊密で厚いコンクリートの床を何層も支えていた。壁や窓ガラスといった防風設備は無く、吹きっさらしで風が通り抜けている。元は隣接する大型デパートの駐車場として使用されていたが、だいぶ前に閉店し、その役目を終えていた。かなり古い建物だ。至る所にシミや亀裂のようなものが見受けられる。付近の住民からは危険ということで取り壊しの声があがっている程だ。そんな訳でおのずと人は寄り付かない。

 

滑りやすくなった歩行者用の階段を上がり、三階の中央付近でマミと向かい合う。まず、杏子は漂っている瘴気の正体についてマミに説明した。マミにも実際その瘴気は見えていが、特に気にかけることはなかった。言葉に尽くしがたい壮絶な出来事がマミを苛み、心に闇のカーテンを引いていたからだ。

 

マミの反応は薄い………

 

杏子はいつもとは様子の違うマミを不審に思ったが、かまわず自らが見て来た体験談を語り、キュウべえの語った真相の裏付けから、回避できない驚異の事実をマミに打ち明けた。杏子は懸命に事の重大さを訴えるが、マミからの手応えをまったく感じられない。潤う事の無い砂漠へ水を注ぎ続けているような感覚を持った。杏子に苛立ちの感情が募っていく。曖昧なマミの態度もそうだが、その無機質な表情に苛立っていた。杏子は強い口調でマミを眠りから覚まさせるように呼んだ。

 

「おいっ!おいっ!聞いてるのか?マミ!」

 

マミは返事なく虚ろな目を向けているだけだ。杏子は得も言えぬマミの違和感にただならぬものを感じた。たまらずマミの肩を掴んで揺すった。

 

「おいっ!どうしちまったんだマミ!おいっ!」

 

マミは突然しかめた顔で鬱陶しいハエを払うように、杏子の手を払った。

「うるさいっ!」

 

杏子はマミの考えられないような振る舞いに少し面食らう。

「マミ?」

 

マミは抑場のない言葉で言った。

「話はそれだけ?」

 

「それだけって…………どういう意味だよ!」杏子は虚を突かれたように狼狽えながら言う。

 

「私には関係ない。戦いたければ一人で戦えばいいじゃない。魔女退治に執拗な正義感は不要なんでしょ?」マミは皮肉を込めて、酷薄に嘲笑を混ぜた。

 

杏子は目を疑った。マミの中に悪霊のようなものがとり憑いている。杏子はマミの姿を借りた全く別物の何かと対峙しているような感覚を持った。そしてマミに憑依した悪霊のようなものに恐る恐る訊いた。

 

「おまえ、本当にマミか?…………」

 

マミは平たい表情を保ったまま杏子に不快な視線を送り続けた。杏子は不意に表情を緩めると、かまをかけたような言葉を投げかけてみた。

 

「お前もしかして、この間のことまだ根に持ってんのか?」

 

杏子はおどけたように続ける。

「いきなり行って、食い物をせがんだもんだから怒ってんだろう?着てた衣装もバカにしたしな。結構そういうところ気にするタイプかお前?もう二度とあんなことしないからさ、機嫌なおせよマミ」杏子はおちゃらけたように謝って、マミの表情を覗きこんだ。

 

すると、マミは忘れてはいけない遺恨を思い出したように、大きく見開いた目は徐々に濁っていく。

 

「そうだ………あなたのせいよ………あなたの………」

 

杏子はマミから鋭いトゲのような怒りを肌に感じ取った。トゲはマミの周囲を張り巡らせる。

 

「あなたが不吉を持ち込んだからよ。あなたのせいで香織が倒れた。あなたのせいで二人が刺された。あなたのせいで私は………」

 

マミは邪悪で先鋭的なトゲを纏って、杏子を見据える。

 

一歩一歩近づく尋常ではないマミの雰囲気に、杏子はひどく狼狽える。

「お、おい、マミ!」

 

「許さない、絶対に許さない!」マミの耳に杏子の声は入っていない。

 

マミは杏子の目の前で威圧的に立ち止まった。すると急に杏子の首に両手を掛けた。

 

「!?」

 

両手は呪いがかかった首輪のようにその径を縮めていく。

マミは憎悪の声を連呼させた。

 

「殺してやる!殺してやる!」

 

杏子はたまらずマミの手を解こうとするが、首を掴んだ手は恐ろしい程強力で引き剥がすことができない。潰された気道も円滑な声帯からの響きを遮断した。杏子はただ籠った唸り声をあげるだけだ。マミは容赦なく首輪の呪いを増していく。杏子の口から唾液の筋が流れ出した。

 

このままでは本気でマミに殺される!

 

そう判断した杏子は苦し紛れにソウルジェムを発動させた。赤く放たれた眩い閃光の力がマミを弾き飛ばした―――

 

「!」

 

呪いの手からなんとか解かれた杏子は、魔法少女に変身した姿で地面に膝をついて咳き込んだ。取り戻した気道で必死に呼吸を整えることに努める。途端にもう一つのソウルジェムの発動を感じ取る。

 

「?」

 

杏子は咄嗟にその場所に目をやった。そしてその目を剝いた!

マミが魔法少女となってマスケット銃をこっちに向けていた。杏子はぎょっとして思わず声を出す。

 

「オッ!オイ!待て!」

 

そう言い終えるか終えないかの刹那、マミのマスケット銃が火を噴いた―――

 

弾丸を受けた杏子は、のけ反るように後方へ弾き飛ばされて仰向けに倒れた。

硝煙のにおいが背徳された空間に漂う。

 

「………」

 

ややあって、杏子がゆっくり体を起こす。手にはいつのまにか召還されていた槍を握っていた。槍頭の部分から仄かな煙が上がり弾痕の跡を残していた。反射的に弾丸を槍でガードしたようだ。怒髪天を突く表情でマミを睨みつける杏子。憤りの声を唸らせる。

 

「テッ、テメ~正気か!」

 

マミは歪んだ笑みを浮かべて次の攻撃のモーションへ移行した―――

 

途端に杏子は横へ飛ぶように駆け出した―――

 

マミから放たれた弾丸が杏子を追撃する―――杏子の体を数発の弾丸がかすめていく―――一番近くにあった柱の陰へ、縁の下にするりと逃げ込む猫のように、杏子は身を隠した―――

 

マミは淀んだ瞳で杏子が隠れた柱に銃弾を執拗に打ち込んでくる。唇を噛んで柱の陰に隠れる杏子。銃弾で負った腕のかすり傷を見て顔をしかめた。マミが接近してくる足音を感じ取った。執拗に叩く銃弾の振動が、柱を介して背中に伝わってくる。振動には悪意しか感じられない。言い逃れのできない真っ黒い悪意の響きだ。杏子は少し体をすくませながら憤慨した。

 

「チックショウ!完全にキレたぜ!ぶっ殺してやる!」

 

杏子は柱を飛び出して再び駆け出した―――

 

ソウルジェムの魔力が人知を超えた脚力を杏子にもたらす。柱の陰から陰へ線を結び、マミを中心として円を描くように駆け抜ける―――

 

マミは容赦のない射撃を旋回する杏子へ浴びせるが、命中しない。次第に魔力によって増強していく加速力が杏子を赤い閃光にした。

 

「マミィィィィィィィィィ!!!!!」

 

杏子は大声で叫ぶと地面を蹴り―――

 

柱を蹴って―――

 

天井へ飛びあがった―――

 

そして飛び上がっていった天井を更に蹴り上げて頭上からマミの間合いに切れ込んだ―――

 

その勢いと速さは狭い部屋で縦横無尽に弾むスーパーボールのような反発的なものに似ていた。杏子の変速な動きに翻弄されたマミは容易く間合いに切り込まれた。マミは握っていたマスケット銃を弾き飛ばされて、天井を見る形で倒れる。間髪入れずに鋭い槍の切先がマミの喉元に突き付けられた―――

 

槍を構えた杏子はマミを睨みつける。

 

「!?」

 

倒れたマミの顔を見るなり、杏子は沸き上がった憤りの感情が、哀れみに似たすげさむような感情へ変化してしまったことに気が付いた。マミは生気のない目から無機質な涙を流していた。生命活動を停止しても尚伸び続ける、髪や爪のように………

 

「ろして………」マミはか細い声で囁く。

 

「?」杏子には聞き取れない。

 

マミは仄暗い穴の底から絞り出すような声で杏子に告げる。

 

「殺して………」

 

「はあ!?」杏子は耳にした言葉が信じられないように言った。

 

マミは囚われた闇の深遠からもう一度声を響かせた。

 

「お願い………殺して………」

 

杏子はキッと顔を強張らせると、マミに突きつけた槍に力を込めた。

「テッテメェー!」

 

マミはどこにも結ばれていない目をただ天井に向けていた………

 

マミの瞳には今何が映っているのか?天井のシミではない事だけは確かに思えた。ある種の快感や高揚感を伴った幻覚を目にしているのか?それとも空虚の中で見る白昼夢か?それはもう、杏子にはどうでもいいことのように思えた。沈みゆく船をあきらめて救命ボートで離れるように、一つの重要な事柄をあきらめたからだ。杏子は握られた槍の力を緩めて、倒れたマミに吐き捨てるように言った。

 

「死にたきゃ勝手に死ね!あんたが協力してくれないってことはよくわかった。もうあんたに用は無い!均衡の魔女はあたし一人でやる」

 

杏子は槍を肩に担ぐと、吹き抜けになった階の袂へ歩き出す。そして袂の手前で立ち止まると、倒れたマミを横目でチラッと睨みつけながら叫んだ。

 

「おい!二度とあたしの前にその胸クソ悪い面見せんじゃねーぞ!わかったな!」

 

杏子は隙間の空いた屋根裏から飛び立つ鳥のように、外界の光の中へ消えて行った―――

 

マミは仰向けに倒れたまま無機質な涙を流していた。どこにも結ばれていない目をシミのある天井に向けながら………

 

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