魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ   作:soranora

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覚醒

 黄昏の刻―――

 

マミは夕日が射す病室に立った。香織が無菌室に入る前に過ごした病室だ。無個性になった病室は綺麗に方付けられて、次の入院患者を受け入れる準備が整っている。そこには香織が存在した痕跡はどこにもなかった。ただ光が闇に沈んでいく憂いの美しさを見せるだけだ。マミはこの時間帯が見せる光の世界を好きになることができなかった。薄らいでいく光はマミをこの上なく寂しい気持ちにさせた。大切な繋がりから一人取り残されていくような孤独感がマミを襲った。

 

マミは目を閉じた―――

 

目を閉じて香織の面影を追った―――

 

夢のような時間、香織と過ごした満ち足りた日々、和美のはしゃぐ声が聞こえて、姫野がそれを窘める。香織が悪戯を含んだ笑みで、私を困らせた。私が困った顔をすると、なぜかみんな嬉しそうに笑った。いつも笑いが絶えなくて、よく看護師さんに怒られたっけ………

ここへ来るといつもあなたが笑顔で迎えてくれた。あなたの笑顔にみんな元気をもらっていたんだよ。あの輝いていた時間の中心はいつもあなた。あなたはその宝石箱をいっぱいに広げて、私達に奇跡を見せてくれていたんだね………

 

香織………

 

あなたはもうどこにもいない………

 

マミは目を開き、沈みかけた光の世界に再び立ち尽くした。そこにあるのは無個性になった病室と宝石箱を固く閉ざした魂が一つあるだけだ………

 

病室のドアが開かれる音が聞こえる―――

 

「巴さん」

 

マミが目を向けると、香織の母親が微かに笑みを浮かべて入って来た。香織の母親はマミとは違い、その悲しみを一つ乗り越えたような大らかな安心感があった。マミは寂しそうに視線を下に落とした。香織の母親は笑みを浮かべたまま、手紙と一枚のDVDをマミに差し出した。

 

「これをあなたに」

 

「?」

 

「香織があなたに宛てた最後の手紙よ。それとこっちはあの子が演技をする姿が収められているわ。あなたに約束を守れなかったことへのせめてもの計らい。あの子が私に託した遺言の一つよ」

 

マミは静かに手紙とDVDを受け取った………

小さな間を置いて香織の母親はしみじみと口にした。

 

「巴さん、あなたには本当に感謝しているわ。あなたのおかげであの子は最後まで、あの子らしく生きることができた。短い生涯だったけれど、あの子はかけがえのない物を手にしたんだと思う。本当にありがとう」

 

香織の母親はマミにニッコリと優しく微笑んだ。マミはその包み込むような笑顔に触れると、いいしれない溢れる感情が湧きあがり、表情をみるみる涙に崩していく。

溢れた感情はマミの堪えていた様々な箍を外した。マミは堰をきったように、ワアッと泣き出し、全てを包み込んでくれる香織の母親の胸へ飛び込んだ。マミは号泣しながら、香織の母親の胸の中で溢れた感情をそのまま言葉にした。

 

「香織が死んじゃったよ!香織が!大好きだったのに!ずっと一緒にいられると思ったのに!私を置いて行ってしまった!」

 

喚きながら泣くマミを、香織の母親は優しく抱きしめた。マミは生まれたばかりの赤ん坊のように、その胸の中で甘え続けた。体の中のあらゆる体液が外にこぼれ落ちるほど泣いた。その涙はマミの憔悴した心を綺麗に洗い流していった―――

 

                   ◆ ◆ ◆

 

 その夜、マミは自宅のマンションで香織の演技が収められているDVDを鑑賞した。マミはテレビの前に立ちつくし、映し出されて香織の演技に目を奪われた―――

 

その技術や身体能力は素人のマミにもわかるほど、その先の未来を嘱望させた。しかし、マミが目を奪われていたのはそういった技術力云々といった部分ではなかった。気の遠くなるような反復で身につけた技術力や身のこなしは確かに追随を許さない凄味がある。けれども香織の輝きはその領域には納まりきれいな魅力があった。その洗練された演技には、氷上のダイヤモンドダストと呼ばれた、所以の輝きが確かに存在した。

 

美しく躍動する香織の演技。その内側から放たれる輝きには『楽』という感情が力強く表現されていた。香織は本当に楽しそうに演技をしている。表情だけでなく、その動き一つ一つから、香織がほとばしる歓喜が伝わって来る。その輝きは見る者全てを魅了し、会場全体を一つにする奇跡を起こしていた。

 

マミは胸が熱くなった。この氷上での輝きが、あの過酷な闘病生活においても、変わることなく放ち続けられていたことに感銘を受けた。そして香織が残した言葉を思い出す。

 

『環境や境遇が人間を不幸にするんじゃないんだよマミ―――』

 

香織の生き方そのものが、マミにこの言葉を体現して見せていた。

マミは思った。香織は最期まであの銀色の光の中にいたのだ。どんなに過酷な運命にあっても自分らしく生き抜き、銀色の光を追い求めた。香織は最期まで自らの輝きを放ち、そして奇跡を起こし続けた。

 

それは香織だけに限った話ではない―――

 

和美や姫野、瑠美だってそうだ。彼女達もまた、自らが放つ輝きで課せられた運命に挑んだ。和美は勇気を振り絞って瑠美に立ち向かった。姫野は凶刃に切り裂かれた体で和美の命を必死に繋ぎとめた。瑠美は慈しみを持って変革の一歩を踏み出した。皆それぞれに、それぞれの運命を生きている。私は大きな思い違いをしていた。過酷な運命に生きているのは私だけではない。その大きさは人によって異なるけど、命あるかぎり、誰しもが、宿命のようなものを抱えて生きている。大事な事は、運命に背を向けるのか、挑むのか、その差でしかないのかもしれない。あの子は言った、

 

『本当に不幸なことは、自分の心に負けて、自らを蔑ろにしてしまうことなのよ―――』

 

魔法少女は戦いに身を置く宿命―――

 

和美の声が否定する。「そんな事関係ないよ!マミ!」

 

運命は決まっている―――

 

姫野の声が抗う。「さあ、反旗を翻す時です!」

 

私は運命に翻弄されるだけの存在―――

 

瑠美の声が発破をかける。「このまま死んだふりを決めるつもり?」

 

魔法少女は永遠に一人ぼっち―――

 

香織の声が諭す。

「泣かないでマミ………この世界は美しいのよ………いたるところに奇跡が溢れているの。だから笑ってマミ………あなたは綺麗な宝石箱を持っている………」

 

宿命は人が生涯背負い続ける不幸の十字架、幸福を奪う足枷でしかない。人から自由を奪い、充足を奪い、安逸を奪う。宿命は生き方を制限される重荷でしかない。

 

しかし、それは思い違いだった―――

 

私の見たものは運命に挑んだ光の輝きだった。内在する宝石箱を開けて、この世界を煌びやかに舞う。弱い心に打ち勝った、過酷な運命と闘う生命の躍動だ。宿命が人を不幸にするのではない。宿命が人を大きくする。宿命は生きる目的であり、生きるための推進力だ。運命に挑み放たれる輝きが奇跡を起こす。

 

あの日事故にあって、私はキュウべえと契約を交わした。

 

その願いは『命を繋ぎとめること』―――

 

私にとって生きる事そのものが宿命であり、生きる目的なのだ。私の奥底に輝く光は、この世界で輝く事を強く望んでいる。あの銀色の光の中を舞い続けた、あの子のように。

 

気が付けば、テレビの中の香織は演技を終えて笑顔で手を振っていた。マミは自然と表情を緩めて、目頭に熱い物を溜めた。

 

「………」

 

ふと、テーブルに置かれた香織の手紙が目に入った。まだ封を切っていない。さっきまで手紙に目を通すことを躊躇っていたからだ。この封を切ってしまえば、それは香織と繋がる最後のコンタクトになることを意味していた。

 

―――けれど今は違う。あなたの死を受け入れて生き抜く覚悟を決めたから。

 

マミは手紙の封を切り、香織の最後の言葉を読んだ。

 

「フフッ」

 

マミはその内容に思わず吹きだした。毒気を抜くような突拍子もない一文に、マミの肩から力が抜け、いい意味での精神のフロー状態を作った。手紙の内容はたった一言。

 

『マミは泣き虫だからどうせ泣いてるんでしょ? だから一言だけ残します。

 

                  ティロ・フィナーレで跳べ!マミ!涙を力に変えて!』

 

マミはその一文に涙を拭いながら笑って答えた。

 

「ティロ・フィナーレって何よ、全然意味わかんない………」

 

香織は私に笑ってほしかったんだ。マミはそう受け取った。

 

マミのリラックスされた心にこれまでにない強靭なエネルギーが流れ込んでくる。真っ黒に支配されたオセロ盤は、究極の一手によって白い光を広げてマミの心を輝かせた。マミは奥底から溢れ出す驚異的なパワーを感じ取った。今までに感じたことのない力の躍動だ。

 

「!?」

 

不意にマミの眼前に紫色の粒子が僅かに流れ込んできた。杏子が警鐘を鳴らした、均衡の魔女の瘴気だった。世界は未知のウィルスによる感染の脅威にさらされようとしている―――

 

私の宿命、それは戦い続けること―――

 

マミはフワフワと浮遊する粒子を掌に乗せると、力の限り握りつぶした。その瞳の奥底には躍動する生命力の輝きがある。マミは意を決すると玄関口へ歩き出した。

 

「マミ、どこへ行くんだい?」

 

後ろから神出鬼没ないつもの声がマミを呼止める、キュウべえだ。

マミは立ち止まり、しばらく思考の沈黙を開けた。

 

「………」

 

ややあってマミはキュウべえに投げかけた。

「ねえ覚えてる?前に私に聞いたことがあったわよね?何の為に戦っているのか?」

 

キュウべえはいつもの能面で答える。

「ああ、もちろん覚えているさ」

 

マミは確かめるように言葉をゆっくり口にした。

「私はね………私は―――」

 

マミは振り返ると清々しい笑顔を見せてキュウべえに告げた。

 

「生き抜く為に戦う!」

 

マミは生き続けるとは言わずに、あえて生き抜くと言った。二つの言葉のニュアンスには雲泥万里の如く高い隔たりがある。生き続けるとは現状維持を強く打ち出されている言葉だ。そこには留まろうとする意識が強く表れ、前進への推進力は薄い。しかし、生き抜くという言葉は違う。その言葉には前進への意識が強く表れ、どこまでも前を向くプログレスの行進があった。

 

マミの宿命は今、生き抜く為の使命へと変わる―――

 

 

                   ◆ ◆ ◆

 

 

 外はすっかり闇が覆っていた。柔らかい街灯がポツリポツリと眼界を提供している。マミはマンションの入り口から闇の世界へ姿を現した。後にキュウべえが付く。突然に闇から声がした。

 

「行くんだろう?」

 

マミは足を止めて、声の方へ目を向けた。

声の主は街灯が照らす光の領域へ姿を現した。杏子だった。

 

「佐倉さん!」

 

マミは脳裏をかすめた苦い記憶に思わず複雑な表情を作った。

 

杏子はマミの気持ちを読み取ったように言った。

「見くびんなよ、あんな気の無い攻撃いくら撃ったところで、あたしがやられる訳ないだろ。それよりほらっ」と杏子はマミに何かを放った。

 

マミは杏子から投げられたアクセサリーのようなものを手でキャッチすると確認した。グリーフシードだ。

 

杏子が言う。

「今のあんたはそれが必要だろう?」

 

杏子はマミの濁っているはずのソウルジェムを気づかい、グリーフシードを用意してくれたようだ。マミは杏子の配慮が嬉しかった。手にしたグリーフシードを握り、噛みしめるように目を閉じると、胸の前に握られた拳を当てた。

 

「………」

 

しかし、今のマミにはグリーフシードは必要なかった。胸の奥底から溢れ出る、人間が具える潜在エネルギーがマミに本来以上のパワーをもたらしていたからだ。これはもはや理屈ではない。

 

「ありがとう。でも、今の私には必要ないわ」

 

マミは気持ちだけ受け取るとグリーフシードを杏子へ投げ返した。

「お、おい!」

 

困惑した杏子はマミから投げ返されたグリーフシードを掴むと、マミを訝しげに見た。マミは真っ直ぐと奥行きのある瞳を杏子に見据えていた。杏子はその視線から何かを察したように言った。

 

「よくわからないけど、どうやら吹っ切れたみたいだな」杏子は口元を斜めに上げた。

 

マミも不適な笑みを浮かべて答える。

 

すると杏子は仕切り直すように真剣な表情で訊いた。

「場所は割れてる、行くか?」

 

マミは覚悟の眼差しで答えた。

「ええ、案内して」

 

一部始終を見ていたキュウべえが思わず異を唱えた。

 

「君たちはもしかしてあの魔女の所へ向かう気かい?」

 

杏子が食ってかかる。

「ああ?そうだよ!文句あんのか!」

 

キュウべえが珍しく声を強めて言った。

「正気の沙汰じゃない!君たちはみすみす死にに行くようなものだよ!」

 

杏子はキュウべえに苛立った口調で言った。

「うるせーな!来たくなかったらテメェだけここで待ってろ!」

 

マミが静かに言葉を挟んだ。

「ごめんなさいキュウべえ。魔法少女は戦い続けることが宿命。そしてこの運命に挑むことができるのもまた私達魔法少女だけなの。私はあの魔女が作りだそうとしている運命を黙って見ている訳にはいかない」

 

杏子が口添えする。

「そういうことだ、テメェは留守番でもしてな」

 

キュウべえは喉の奥を鳴らして言葉を窮した。

 

マミはキュウべえに微笑みながら言った。

「許して、キュウべえ」

 

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