魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
【均衡の魔女】
カサッ、カサッ、と乾いた音を立てながら、万華鏡のような細片模様が鏡張りの空間を幻想的にしている。しかし煌びやかに舞うオハジキの宝石は紫色の瘴気によってその美しい景観を破綻させていた。それは穏やかに流れる清流が濁流へと変わる兆候を、降りしきる豪雨によって示唆しているようだ。マミは清流と濁流が入り混じる空間を変身も遂げないままソウルジェムを掌に乗せて、歩を進めていた。そこから若干距離をとった後方には、変身を遂げて槍を手にする杏子と渋々同行したキュウべえがついて歩いていた。
杏子は困惑した表情でマミの後姿を追っていた。変身もせずに闊歩するマミの無警戒ぶりに合わせて、結界に入る前に交わされたマミとのやり取りが杏子に懐疑的な表情を作らせていた。杏子はマミとのやり取りを回顧する―――
「一人で戦う!」
杏子は思わず大きな声をあげた。マミは真剣な表情で黙って肯く。耳を疑うようなマミの提案に杏子は自然と強い口調となる。
「冗談じゃない!二人でだって敵うかどうかわからない相手に、一人で挑むだなんて!それに今はあんたの我がままを聞いてる暇は無いんだ!事態は差し迫ってる!わかるだろマミ!」
マミは冷静に口を開いた。
「意に沿えない提案だってことはわかってる」
杏子は間髪入れずに強く言及する。
「だったら!―――」
「お願い!」
マミは強い口調で杏子の言葉に被せた。杏子は言葉を窮する。マミは鋭い眼差しで杏子を見ながら言った。
「お願い、きっとこれは私の戦いなの。あの魔女は自らがたどる運命を知っている。私達では倒すことができない存在。これは決められている運命………だからこそ私が倒さなければいけない気がするの!私の手で倒さなければいけないのよ!そう感じずにはいられない!だからお願い!佐倉さん!私をあの魔女に挑ませてほしい!」
マミが見据える眼差しには揺るぎない軸がある。巨木を何百年と支え抜いてきた根っこのように引き抜くには骨が折れそうだ。杏子は不思議と今のマミを説得するより均衡の魔女を倒す方が容易な事のように思えた。杏子は全身の力を抜いて息を大きく吐くと、あきらめたように言った。
「わかったよ………」
マミは安心したように表情を緩めた。しかし杏子も負けじと釘を刺す。
「そのかわり!やばくなったら割って入るからな。そのつもりでいろよ」
「ええ、ありがとう」マミは笑顔で答えた―――
とは言ったものの無防備で歩くマミの姿は危なっかしくて見ていられない。いつ使い魔達が襲って来てもおかしくはないのだ………
間もなく杏子が抱いていた不安は現実になった。日本刀を携えたブラブラ人形の使い魔が瘴気を切り裂いて飛んで来るのが見えた。杏子は大きな声を出して、マミに警鐘を鳴らす。
「マミ!奴らが来る!変身しろ!」
マミは微動だにせず、ただ真っ直ぐ歩き続けている。
「マミ!」
使い魔は三体。瘴気を切り裂いて戦闘機のように飛んで来る。そのスピードはかなりのものだ。今までの動きじゃない、使い魔は確実に進化している。使い魔達はマミの姿を確認すると急降下してマミに切りかかった。
「チックショウ!」
杏子は槍を構えて飛びかかろうとした瞬間、
「!」
マグネシウムを燃やしたような激しい黄色の閃光がマミから放たれる。切りかかった使い魔達は放たれたパワーによって弾き飛ばされた。閃光は瞬く間に辺り一帯を覆った。杏子は目を眩惑され一時的に視力を奪われてしまう―――――――
「!!!!!!」
―――――――黄色い光の中から変身を遂げたマミが姿を現した。両手にはマスケット銃が握られている。歩調や視線は変身前と変わらず、ただ真っ直ぐ、何かに導かれるように歩いている。視界を回復した杏子は、変身を遂げたマミを確認すると舌打ちを一つ鳴らして言葉を溢した。
「びっくりさせやがって」
キュウべえは相変わらず平たい表情でマミを追っていた。
マミは一歩一歩を確かめるように歩いた。そして脳裏に蘇る仲間達の姿を追った―――
瑠美に立ち向かった和美の姿を、
この歩みは何者にも恐れない勇気の行進―――
クラスメイトを奮い立たせた姫野の姿を、
このマスケット銃は反旗の象徴―――
居丈高に腕を組んだ瑠美の姿を、
この両腕は変革を成し遂げる力を宿す―――
銀色の光の中で輝く香織の姿を、
この両目は生き抜く未来を真っ直ぐ見据える―――
そして後押しの風が私に力をくれた。マミは後ろを歩く杏子を感じた。
あとは私が宿命のままに戦うだけだ―――
逆流の川を昇る魚のように、広大な海を渡る鳥のように、ただ純粋に宿命に准じる。
全てを受け入れる静けさは凪のように、揺るぎない精神は山のように、内在するパワーは太陽のように燃え上がる。マミの行進は凛々しく、迷いなく、ただ真っ直ぐと歩みを刻む。その姿は正に、
威風堂々―――
マミは結界の中枢に入ると均衡の魔女を視界に捉えた。ドーム状の空間の中央に紫色の瘴気を放ちながら佇む。その姿は折り紙の鶴に形態を戻していた。この魔女は攻撃回避の度に体を分裂させ、その形態を変化させていく。禍々しく放たれる瘴気がいっそう気味の悪い物に見せる。マミの後を歩く杏子が思わず感想を述べた。
「オエッ気持ちワル」
キュウべえが説明した。
「普通の人間ならこの中枢に入っただけでとっくに死んでいるよ」
マミは臆することなく均衡の魔女に接近していく―――
この世界で生きるということは運命のせめぎあいをするということ。運命の羅列は無作為に張り巡らされ、存在する命の分だけその運命をたどる。時には他人の運命に呑み込まれ、自らの運命に他人を呑み込む。それは運命のせめぎあい、自らの運命が勝つか、他の運命が勝つか、課せられた運命に人は挑むしかない。
私は過酷な運命を使命と捉えた香織の姿を見た。香織は最期まで過酷な運命に挑み、使命とすることで奇跡の輝きを放った。
マミはゆっくり歩みを進めながら、均衡の魔女に語りかけた。
「あなたは一つの運命を作りだそうとしている。その運命は多くの人を巻き込む恐ろしいもの。けれどもそれは仕方のないことよ、あなたはこの世界に存在していて、その運命の筋書きをたどっているだけ」
マミは次の瞬間冷酷な表情を作った。
「だから私があなたの運命を呑み込んでやる!決まっている事?宇宙の法則?神様が決めたこと?そんな事私には関係ない、私はあなたをぶっ潰したいだけ!」
突然二体の使い魔が左右からマミに切りかかった―――
後方から杏子が叫ぶ。「マミ!」
マミはゆっくり両腕を広げて銃口を襲って来る使い魔に向けると、視線は真っ直ぐ均衡の魔女に向けたまま、
「私はただ―――」
マミは最初のセンテンスを読むと引き金を引いた―――
放たれた弾丸は使い魔を捉え左右に弾き飛ばした。杏子は目を丸くした。
「あ、当たった!」
マミの弾丸は初めて均衡の魔女の使い魔を捕えた。
使い魔はマグレと言わんばかりに、同じように再び左右同時攻撃をマミにしかける―――
マミは打ち終わったマスケット銃を捨てると、両腕を交差させながらマスケット銃を召還して、視線はただ真っ直ぐと、襲って来る使い魔を見ることもなく、
「あなたが作りだす運命に―――」
マミは二番目のセンテンスを読んで引き金を引く―――
放たれた弾丸は場面をリピートしたように使い魔を左右に弾き飛ばした。
「そんなバカな!」
次に声を上げたのはキュウべえだった。いつも平淡な表情しか見せないキュウべえがめずらしくうろたえている。
マミはマスケット銃を静かに捨てると、均衡の魔女に対峙した。マミは均衡の魔女を睨みつけるとシニカルな笑みを浮かべて最後のセンテンスで結んだ。
「―――納得できないから」
神が造り出そうとしている運命。マスケット銃が運命への反旗を翻す。マミは神に叛逆する堕天使だ。東の空に一人で輝く明けの明星。その星は最も強くそして孤高の叛逆の天使。天使は今、神の運命に挑む。
叛逆の天使、巴マミ―――
傷を負ったその背に、香織から差し出された翼を纏って、今羽ばたく。
涙を力に変えて―――