魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
「喫茶店!」
声をあげた香織は、病室のベッドの上で大きな目をランランと輝かせた。横に座っていたマミは苦笑を浮べながら肩をすくめる。
「面白そうじゃない、マミが中心でやるなら絶対うまく行くよ!」
「そうかなぁ?みんな変に期待してくれてるけどね」
「もう、謙遜しなくても大丈夫だって」香織は手をこまねる仕草をしながら、「マミの作るケーキや紅茶は折り紙つきだよ」
マミがたまに作ってくるケーキや紅茶を香織は口にしていた。その味は甘さが強いがどこか控えめで繊細、マミが心を込めて大事に作った愛情が伝わってくる。香織がその味の虜になるのは仕方のないことだった。しかし太鼓判を押す香織を余所にマミの表情はどこか曇っていた。
「どうしたの?乗り気じゃないの?」心配そうに香織が聞いてくる。
「いいえ、とっても楽しみよ。ただ今までに経験したことがないものだからちょっと不安なだけ」
「経験したことがないか」香織は思い返すように呟いた。「そういえば私も、未知への挑戦の連続だったな」
昔を懐かしむような香織にマミは確認する。「スケートのこと?」
「もちろん」そう答える香織のキラキラした目に力強さが溢れた。そして得意げに話し出す。
「フィギュアスケートは流れるような優雅でスピーディーな動きと、軽やかに刻むステップ、高い跳躍と高速スピン、氷上の空間で自由自在にダンスパフォーマンスをする選手に集まった観客はみんな魅了される。」香織は目をキラキラさせて続けた。「でも、はじめからそんな凄い技を繰り出せる選手なんて一人もいない、はじめは真っ直ぐ歩くことから初めて、次は片足で滑る、段階を踏む度に自分が経験したことがないことへ挑戦する。できるようになるまでの辛くて厳しい練習はあきらめようとする自分との戦い」
香織はほくそ笑んで話を途中で切った。
「ごめん、話がちょっとオーバーになっちゃったね?」
マミは首を横に振って「そんなことない」
「どうしてもこの話になると熱が入っちゃう」香織は申し訳なさそうに言う。「そうだ、マミは何か夢中になれる事ってあるの?いつも私の話ばかりだから、たまには聞かせてよ」
香織の虚を突いたような問にマミは困惑した。まさか『魔女を狩り続ける事』なんて口が裂けても言えない。
「わ、私はそういうものは無いかなぁ、それに私の話なんてつまらないし、香織さんは練習が嫌にならなかったの?」マミは話を強引にすり替えた。
「私は練習が好きだったよ。自分のイメージが形になることが嬉しくてどんどんイメージを膨らませた。だからどんなつらい練習にも耐えることができたし、いつか見ている人を感動させられるような凄い演技をしたい………って、また私が話してる!ずるいよマミ!」香織は目を逆立てた。
マミは笑ってごまかしながら、両手で抑えるような仕草を見せる。香織はしばらく鋭い目線をマミに浴びせていたが急に下を向いてしまった。
急にトーンを落として香織は呟く。「マミが羨ましい……」
「え?」
「だってマミは挑戦することができる……私はやりたいことがあっても………」
その言葉は夢への挑戦を途中で取り上げられてしまった香織の無念の言葉。落胆する香織の姿は翼をもがれた鳥。そんな香織をどうにかして元気にしたい、マミはそんな思いを巡らせながら一つの提案を思いついた。
「ねえ香織さん?」顔を上げた香織に、「紅茶を作らない?」とマミが提案する。
「紅茶?」
「ええ、あなたのオリジナルの紅茶を」
マミは笑顔で人差し指を立てた。
「?」香織はまだよくわからない様子だ。
「紅茶の原料になる葉にはアッサム、ダージリン、ニルギリといった代表的な葉からブレンド専用の葉まで様々あるの。それにフルーツやミルクとかにも相性は抜群だし、お湯の注ぎ方一つで味が変わるものなのよ」
「へー」香織の様子から好奇心の色が窺えた。
「材料はできるだけ私が揃えるから作ってみない?あなただけの紅茶、坂巻香織が作る世界で一つだけの紅茶を!」
マミは香織という人間をよく理解していた。香織にとって挑戦することが生きる力となる。氷上という舞台で翼をもがれた鳥は生きる力を失った。飛ぶことができないのなら、足で歩ける道を作ればいい。
香織の目がみるみる輝いていくのがわかった「おもしろそう!」香織はマミの手を掴んだ「作りたい!作らせて!」香織の目に力強さが戻っていく。
「それだけじゃないわよ」
「?」
「その紅茶を今度私たちが出展する喫茶店のメニューに出すの、だから中途半端なものは出せないわよ、原料となる葉の勉強をして分量の調整や相性となる素材の研究からお湯の入れ方まで、はたして香織さんにできるかしら?」マミは挑戦的な笑みを浮べて話を結んだ。
香織は途端に下を向いてしまった。肩を震わせながら目をこすっているのがわかる。
「マミ、ありがとう」
香織は涙で声を詰まらせながら言った。
それは生きる力をくれるマミへの感謝の涙だった。急に香織は飛びつくようにマミを抱きしめる。咄嗟に起こったでき事にマミは目を大きく見開いた。
「私作るから!世界で一つしかない紅茶!絶対作ってみせる!」
マミは目を細めながら微笑み「うん」と囁く。香織の為にも必ず喫茶店を成功させる、マミはこの時そう心に決めた。
◆ ◆ ◆
放課後の調理実習室。喫茶店にはできるだけ手作りの物を出そうと有志のメンバーが参加してマミの料理教室が行われていた。参加者は二十人といったところだ。出すメニューは紅茶とケーキに絞った。学級委員長である姫野舞の歯切れのいい声が実習室に響く。
「それではさっそく調理をはじめる前に、私が作ってきたケーキをみなさんに見てもらいたい!」っと長い黒髪を振りながら力強く白い箱を調理台の上に置いた。
参加している生徒たちは驚きの声をあげる。姫野の隣に立っていたマミも思わぬサプライズに驚きながら尋ねた。
「姫野さんが自分で作ったの!?」
「もちろん、学級委員長である私が皆さんの模範となることは当然のことです」
マミは姫野のそのキリッとした態度に頼もしさを感じた。この取り組みは幸先のいいスタートを切ったマミはそう思った。調理台に集まって来た仲間たち。
「どんなケーキを作ったの?」
「さすがは委員長!」
女生徒の割合が多い中、男子生徒も数名参加していた。
「早く開けてみようぜ!」
そう促されるとマミはゆっくり箱を開けた。中から現れたのは炭のように真っ黒い塊、どう見ても口に入れていいものではないと誰もが思った。さっきまでの明るい雰囲気が一転して凍りついた空気に変わる。それでも『どうだ!』っと言わんばかりの姫野。凍りついた空気の中、マミが徐に口を開いた。
「姫野さん、これは?」
「シフォンケーキです」キリッと答える姫野。
「ショコラ?」マミは聞き間違えたのかと思った。
「シフォンケーキです」再びキリッと答える。
沈黙の空気………
「さあ、お召になってください」姫野が自信を持って進める。
その言葉に全員がギョっとする。誰かが口にしなければいけない、そんな空気になっていた。勇気を振り絞った男子生徒がゆっくり手をあげる。
「じゃ、じゃあ俺が………」
マミはどこをどう切り分けていいのかわからないその黒い塊を一口サイズに切り分けてその男子生徒に手渡した。もしかしたら私の与り知らないとてもおいしいケーキなのかもしれない、見た目に騙されてはダメ。マミはそんなことを思いながら男子生徒がそれを口にするのを待った。
「よし!」男子生徒は意を決したようにそれを口の中へ放り込んだ。
仲間たちは固唾を飲んで見守る………
「ん!」口にした男子生徒が奇妙な声を発した。そして嘔吐いた口を両手で抑えた。
「ん!ん!ん!ん!んんんんんんんん!!!!!!!!!!」奇声をあげてその男子生徒は実習室を飛び出して行った。
そして彼が再び戻ってくることはなかった。悲惨な光景を目撃した誰もが思った『私でなくてよかった』と、ただ一人を除いて。
「まさかあそこまで喜んでもらえるとは」姫野の放ったその一言に、その場にいた全員が唖然とする。
そんなこんなでマミの料理教室はスタートした。チームを二つに分けて、ホイップクリームを作るチームと生地を作るチーム。マミをこの企画の中心候補にあげた新垣和美は泡だて器を使ってボウルの中にある生クリームをぎこちない手つきでかき回している。肩に力が入りビチャビチャと生クリームがボウルの外へ飛び跳ねた。様子を見に来たマミが優しく声をかける。
「もっと肩の力を抜いた方がいいわよ」
「やってみるとなかなか難しいね」和美は苦笑を浮べた。
「慣れるまでは大変だけど、コツを掴めばうまくできるようになるわ」
急にガチャーン!と床に何かを落とす音が響く、近くで同様の作業をしていた女子生徒がボウルを手から落としてしまったようだ。
「巴さん、どうしよう~」女子生徒は訴えかけるような目でマミに視線を送ってくる。すると違う所から女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。
「キャー!燃えてる!」
黒い煙があがっていることに気が付いたマミは目を丸くした。
「嘘」と呟くと煙の所へ素早く駆け出す―――
電子レンジから黒い煙がモクモクとあがっていた。
「早く停めて!」マミが叫ぶ。
おどおどした女子生徒が停止のスイッチを押す。マミがレンジを開けると真っ黒焦げの塊が姿を現した。どうやらレンジとオーブンを間違えたようだ。後から駆けつけた姫野が言った。
「おお!なかなかいい色が出てますな」
マミは無表情な視線を姫野に送った………
また別の場所でバタンと響いた。
(今度は何が起きたの?)
マミはとっさにそこへ目をやると尻餅をついて頭から生クリームをかぶった男子生徒、ボウルが頭の上にチョコンっと乗っていた。
「う、嘘でしょ?」マミは目の前の現実が信じられないようだ。
遠くでスポンジケーキを蒸していた炊飯器のフタが吹っ飛んだ。
「キャー!巴さん!助けてー!」
マミはあっけにとられてただ頬を震わせるしかなかった………
◆ ◆ ◆
夕焼けが茜色を彩った学校の屋上。げんなりするマミは、ベンチに座って大きなため息を吐いた。どこからともなく現れたキュウべえの声が聞こえる。
「魔女の方はいいのかい?」
あまりにもひどい料理実習を目のあたりにして疲労困憊の所にキュウべえの追い討ちをかけるような言葉。マミは正直やめておけばよかったと後悔の念が自分の中に広がっているのがわかった。しかし香織との約束もある、魔法少女になってからというもの日常のことで悩む事があまりなかったマミには厳しい試練となりはじめた。マミは大きな息をもう一つ吐いてから答える。
「もちろん忘れたわけじゃないわよ、そう急かさないでくれる」
ちょっとイライラしているのが自分でもわかった。
「魔法少女としての本分を忘れてはいないかとちょっと心配になっただけさ、君のソウルジェムが濁りきったらどんな恐ろしいことになるか、そうしている間にもソウルジェムは濁り続けてる、魔法少女は魔女を倒さなければ生きてはいけないからね」
「そんな事は十分承知よ」
遠くの方からマミを呼ぶ声が聞こえて来る。
「巴さーん」
手を振って駆け寄って来たのは和美だった。
「やっぱりここにいた」息を切らした和美が言った。
「どうしたの?」少し驚いた表情でマミが尋ねた。
「隣座ってもいいかな?」
「え、ええ」
和美はゆっくりマミの横に座った。キュウべえの姿は見えていないようだ。魔法少女の資質が無い人間にはキュウべえの姿は見えない。
「今日は大変だったね、みんな下手くそ過ぎてビックリしちゃった」
なぜか嬉しそうな和美。
「そうね、初日でオーブンレンジを破壊するとは思わなかったし……」
困った表情を浮かべるマミ。
それを見た和美はケタケタ笑いながら、
「巴さんのあんなにあたふたした表情初めて見た」
そう言うと和美は抑えていたものが溢れたようにゲラゲラ笑いだす。
「ちょっと、新垣さん?」
心配そうに尋ねるマミを余所に、和美は笑い続ける。はじめは何が何だかわけのわからない和美に怪訝な表情を浮かべていたが、しだいにつられるようにマミもなんだかおかしくなって笑い出してしまった。
「ご、ごめんね、別にからかいに来たわけじゃないから、でもみんな下手くそ過ぎ」
和美は思い出し笑いを続ける。
「そうね、炊飯器の蓋も飛んだしね」
マミはそう付け加えると腹を抱えるように笑い出した。さっきまでは調理実習の現状が自分を沈鬱にしていたのに、和美が笑ってくれるおかげですっきり飛んでいってしまった。和美は笑うのを抑えて話し出す。
「あ~、今日は本当に楽しかったな」
そう言った和美にマミも笑うのを止めた。
「巴さんが初めてクラスのみんなと溶け込んでいるような気がした、私はそれがとっても嬉しかったんだ」
マミは和美の話を黙って聞いている。
「巴さんて何でも卒なくこなすじゃない、勉強もできてスポーツもできて料理もできてそのうえ美人だし」
「そんなことないわよ」
和美は首を横に振りながら「巴さんはには憧れちゃう、私なんか何をやってもうまくいかないし何の取り柄もない、だから羨ましいなって」
和美は少し思案するような間を取ってから続けた。
「でもね、そんな楽しいはずの巴さんはいつもつまらなそうな顔をしてる、いつも何でなんだろうな?もっとたくさん笑えばきっと楽しいはずなのにって……ごめん、気を悪くした?」
マミは黙って首を横に振った。
「だから、今日は本当に楽しかったし、嬉しかった!巴さん、今日はとっても楽しそうな顔してたから」
私は魔法少女であると同時に日常生活を生きている人間でもある、みんなとは上辺だけの関係を過ごしていた日々、私は現実をしっかり生きていない、和美の言葉はマミにとってそんな意味が含まれているように思えてならなかった。和美は明るく言葉を続けた。
「巴さん!喫茶店、絶対成功させようね!きっと素敵なお店ができるよ!」
マミは微笑みながら「ええ」っと答えた。
さっきまで墨をまぜたような重苦しい夕焼けが、なぜかとても壮麗に見えた。