魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ   作:soranora

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均衡の魔女

               【折り紙の魔女】

 マミにとっては見慣れた空間となっていた。カサッカサッと模様を変化させる空間は千変万化の美しさを造り出している。オハジキの宝石が舞ってきらびやかに輝いた。心を奪われそうな幻想的な光景に、なぜ冷酷な魔女がこのような美しい空間を造り出して住みつくのか、マミは複雑な感情を覚えた。

 

使い魔が例のごとくブラブラと揺れながらマミの周りを取り囲んでいた。手に握られている武器は以前のものとは異なり、カザグルマではなくけん玉のおもちゃだった。まるで一緒に遊んでほしいとマミにせがんで集まっているようにも見える。

 

マミは迫ってくる使い魔をマスケット銃で応戦する――

 

しかしブラブラ揺れる使い魔達は、マスケット銃からの弾丸をヒラリヒラリとかわしていく。

 

「どうして当たらないの!」

 

喚くようにマスケット銃を連発させるがまったくとらえることができない。

魔女の本体はダイヤモンドの形態を保ったまま、空間の中央でフワフワ静かにこちらを窺っている。マミにはそれが不気味でならない、この前は大きなビー玉を弾丸にして襲ってきたが、今回はまったく予測ができない。使い魔を倒すことができない上に得体が知れない本体、まるで雲を掴むような戦いだ。

 

使い魔の持っているけん玉からフワフワと玉が浮かびあがった。そして持っている剣をグルグルと回しはじめる。紐でつながれた球はブンブンと唸りを上げて円を描いた。まるで鎖鎌のような武器だ。すると使い魔は剣を振り下し、鞭のようにしなった紐の先から玉を叩きつける―――

 

マミは素早い身のこなしでかわす―――

 

玉は分銅のようにドスッと鈍い音を立てて地面に埋まる。使い魔は一体だけではない、二体目、三体目の攻撃が連続する―――

 

マミは次々と襲ってくる攻撃を避けながら、マスケット銃を召還させて使い魔に狙いを定める。途端に飛んできたけん玉がマスケット銃に巻きつくように絡みついた。

 

「!」突飛の事にマミは隙をつくってしまう。

 

そして銃を引っぱりあげられて無防備になった所へ、けん玉の紐が次々と手足に巻きつき、たちまちマミは拘束されてしまう。

 

「しまった!」マミは苦悶の表情を浮かべながら焦りの声を漏らす。

 

マミ自身も魔法のリボンを駆使して、相手の動きを封じる戦術を得意とする魔法少女ではあるが、皮肉にもそのお株を奪われる形となってしまった。

 

四肢を拘束されたマミは、十字架に磔にされるようなかたちで、上空へ浮かび上がった。息をひそめていた本体が、この機会を待望していたのだろうか、体を紙吹雪のようにバラバラにして空間に散らばる。バラバラになった本体は、一つの集合体になり、やがて大きな筒の大砲を作り上げた。大砲の内部には、以前の大きさとは比にならない程の巨大なビー玉が装填されている。大砲からヒョロッと伸びた導火線に、ケラケラ笑う使い魔がマッチで火をつけた。向けられた大砲の先に拘束されたマミ―――

 

マミは命を奪われる恐怖で心胆を震わせる。死神の鎌が首筋に添えられた。世界から自分という存在が消えてなくなり、どこともわからない所へ連れて行かれてしまう、正真正銘のひとりぼっちになる。ついさっき別れた和美と姫野の姿、病室での香織の笑顔が脳裏を過った。あの心弾む輪に再び戻れなくなると思うと、堪えることのできない淋しさがマミを襲った。

 

「いやだ!死にたくない!」思わず叫び声を上げた。

溢れる感情と力強く閉じたまぶたが、目に溜っていた涙を絞り出した。

 

ドンッっという轟音―――

 

マミめがけて砲弾は発射された。死神の鎌が振り上げられる。マミは観念しなければならない場面で観念することができない。そしてあわれもない悲鳴をあげた。

 

「イヤャャャァァァァァ!!!」生への執着が断末魔となる。

 

轟音をあげて飛んでくる砲弾はマミに着弾するその刹那―――

 

「!?」

 

巨大な槍によって弾かれた。玉はマミに当たる事なく、そのままあさっての方向で大爆発を起こした。自分がまだ生きている事を確認するように、閉じた瞼をゆっくり開く。マミは起こった状況がわからない。

 

「いったい?」

 

忽ちマミを拘束していた紐が赤い閃光によって切り裂かれる。解放されて落下するマミの眼前に見覚えのある後ろ姿が現れた。爆発で舞い散った火の粉と吹き荒れる爆風の中で、赤いノースリーブの魔法衣とポニーテールが揺れる。赤いポニーテールはマミに振り返り八重歯を見せて不適に笑う。

 

「よおっ」

 

佐倉杏子だ。

 

目を剝いたマミが声をあげた「佐倉さん!」

 

華麗に着地した二人、マミがすかさず訊いた。

「どうしてここへ?」

 

「話は後だ、ずらかるぞ!」

 

杏子はそう言って駆け出す。マミは「えっ」という表情をするが杏子のあとを追った―――

 

佐倉杏子、彼女は隣町をテリトリーにしている魔法少女。伸縮・湾曲・分割可能な多節棍の先に槍を備えた武器を操る経験豊富な実力者である。他のテリトリーに介入することを嫌う彼女がなぜここに、マミは杏子の後姿を訝しの目で追った。

 

 

                   ◆ ◆ ◆

 

 

 マミと杏子は魔女の結界から抜けて薄暗い大型の倉庫内に出た。箱詰めされた荷物が山のようにあり、積まれた箱は区画ごとに分けられて並んでいる。どうやら運送屋の倉庫らしく、トラックの搬出口が数か所あった。今はその搬出口は閉じられて、普段馬車馬のように働くフォークリフトも英気を養っている。外はすっかり暗闇に包まれ、倉庫の窓から入る月明かりを頼りに行動した。

 

危機一髪のところを杏子に助けられたマミ。もし杏子が来なかったことを考えると恐怖のあまり手を小刻みに震わせた。死を間近に感じたのは交通事故以来の2度目。仲間と過ごす事が多かったことで、戦いへの危機感が薄れていたのかもしれない。日常の高揚する機会が多くなるほど生への執着で溢れている事に気が付いた。

 

自分にはいつでも死ぬ準備ができている、魔法少女としての生業は、マミに過酷な日常と孤独をもたらした。永遠に続く失望感に、いつ死んでもいいと思っていた。生きる事に未練などある筈はなかった………。

 

しかし心の奥底で生きたいと望んでいる。最後に上げた断末魔がその決定的証拠となった。マミは小刻みに震える手をもう片方の手でおさえる。

 

「ほらよっ」と杏子の声。

 

目の前に投げられたリンゴをマミは咄嗟にキャッチした。杏子が肩に槍を担いで、リンゴに噛りついて歩いて来る。思わず掴んだリンゴを見てマミが杏子を咎める。

 

「あなた、また人様のものを!」

 

杏子は食べる事が好きで、食べながら歩く癖がある。その食べ物の調達はきまって魔法を悪用して人から奪ったものだ。杏子に悪びれるようすはない。

 

「そう固いこと言うなよ、その人様のために、こっちは魔女を狩ってやってるんだ。あたしはあんたみたいに執拗な正義感かざして魔女退治しているわけじゃないんだ。見返りをもらったっていいじゃんかよ」

 

杏子の自分勝手な主張に、マミは目じりをキュッと吊り上げた。

「私たちはグリーフシードを手に入れる為に戦っているのよ、人から見返りをもらう為じゃないわ」

 

マミは繊細で献身的なのに対し、杏子はがさつで独善的だ。対照的な二人の主張が合うわけもない。マミは杏子とは反りの合わないと感じていた、それは相手にとっても同じことだ。

 

「フーン、まあ、あんたならきっとそんなことを言うだろうと思っていたけどな、巴マミ」杏子は認証の印を押すように、マミの名前を呼んでニヤリと笑った。

 

真剣なまなざしでマミが訊く。

「ところで、どうしてここへ?」

 

杏子はおどけた口調で「どうしてって、危ないところを助けてやったんだぜ、お礼の一つもねえのかよ」

 

「はぐらかさないで、あなたが私を助ける為に、こんなところまで来るはずないもの」

 

「これでもあんたを助けるぐらいの器量は、持っているつもりなんだけどな」杏子は薄笑みを浮かべながら、横目でマミを見る。

 

マミは真顔のまま杏子を睨み返した。

 

一泊置いてから杏子はフンッと鼻を鳴らして「あんたにはかなわないな」そう呟くと持っていたリンゴを数回齧った。よく味わったリンゴを呑み込むと、薄ら笑みを消して唐突に訊いた。

「あの魔女の結界に何回入った?」

 

間髪入れずにマミが答える。「今日で四回目よ」

 

「四回目!」杏子が目を剝く。「あんた、物好きにもほどがあるぜ!あんなのと四回も戦ったのか?」

 

マミは平然と肯く。

 

「よく生きていられたもんだぜ」杏子は感心したように言う。

 

「あなたは、あの魔女のことを何か知っている様子ね?」

 

「知っているも何も、あの魔女は元々あたしの街にいたんだ」

 

「風見野に?」

 

「ああ、あたしは一度であの魔女とは戦うことをやめたよ。直感的に倒すことは不可能だと思った、他の魔女とは違うものを感じたんだ」

 

「違うもの?」

 

「四回もやりあってるんだ、とっくに気が付いてるだろ?」

 

マミはそれがなんだかわかっていない様子に、杏子は舌打ちする。

「攻撃がまるで当たらなかっただろ?そこに攻撃が来ることをあらかじめ予測できているような動き、いや予測と言うよりは知っていると言った感じだ」

 

相手の動きをあらかじめ知る事なんて……あの魔女には数秒先の未来が見えるとでも言うのか、時間を止めていることも考えられる。人間の動きを読む事、それは?そもそも人間は脳の信号によって行動を起こす。脳からの信号………、マミがはっと閃いた。

 

「心!心を読むの!?」

 

杏子は大きく息を吐いた。「恐らくね」

 

「そんな魔女、見たことも、聞いたことも無いわ」

 

「あたしもだよ」杏子は眉間に皺を寄せた。「きっとあいつは魔女の中でも特殊なんだろう、トランプで言ったらジョーカーのような」

 

杏子が漏らした推理にどこからともなく声が響いた。

「ほほ正解といったところだね」

 

マミと杏子はその聞きなれた声のする方へ視線を向けた。、窓から入る月明かりが逆光となり、黒い影絵が動いている。それはキュウべえが尻尾をユラリと振って座っている姿だった。

 

「キュウべえ!」

 

マミはいつのまにか姿を晦ましていたキュウべえに安堵を含んだ声をかける。結界に入る以前までは、たしかに姿があった。制止させる言葉を振り切って進むマミに呆れたのだろう、結界の中までは同行しなかったようだ。

 

「テメェ!、何か知ってんのか!」怒気を込めた杏子が詰問する。

 

キュウべえは思案しているように尻尾をしばらく振ってから、ゆっくり話し始める。

「杏子、君が持っているリンゴが一つ減るとこの世界ではどういうことが起こると思う?」

 

「あ?」杏子は奇異な質問に食べかけのリンゴを注視した。

 

「この世界からリンゴの絶対数が一つ消えることになる、消えたリンゴが元に戻ることは無いよね、だから作り出して均衡を保つんだ。無くなってしまわないように―――

この世界ではそんなことがいたるところで起きているんだよ。経済の需要と供給、自然界のサイクル、君たちの体内でもそれは起こっている。これがもし偏ってしまったらどうなると思う、たちまちその世界の形は保っていられなくなる。魔法少女と魔女の関係世界でもその例外ではないんだ」

 

マミは思案顔からピンとくる。「まさか!あの魔女が魔法少女と魔女との力関係を保っている!」

 

「ご名答」キュウべえは無表情のまま答える。「天秤で例えるなら、今は魔法少女に傾いている状態だ」

 

杏子が苛立って言う。「どういうことだオイ!さっぱり意味がわからねーぞ!」

 

マミが真剣な顔で説明する。「魔女がいなくなったら私たちはどうやってソウルジェムを浄化させる?私たちは魔女がいなければ生きてはいけない。きっと魔法少女と魔女の存在はほぼ均等でなければいけないのよ。天秤が私たちに傾き過ぎている。恐らく、私たち魔法少女の存在が多すぎるのか?魔女の存在が減少しつつあるのか?少なくとも今は、魔法少女と魔女との勢力バランスが崩れていて、不安定な状態にあるってことよ。だから均衡を保つ存在として、倒すことのできない魔女が現れた」

 

「倒せない魔女ではないよ、正確には倒される事を待っているんだ」キュウべえが訂正して答える。

 

「倒される事を待つ?」マミが怪訝に返した。

 

「あの魔女は自ら運命を作り出しているのさ。因果律って知っているかい?すべての事象は必ずある原因から起こり、原因なしには何事も起こらないという原理のことさ。しかしあの魔女においては全く逆の事が起きている。すでに自らの運命を悟っているんだ。倒されるべき魔法少女を知っている。その定まっている運命の為にあらゆる因を創り出していくんだ。まるで原因があっての結果ではなく、結果の為に原因を創りだしているかのようにね。これは因果律の逆算とも言えるんじゃないかな?あの魔女には未来が見えているんだよ。君たちはこれを神の所業だとは思わないかい?だって運命を創り出す事なんて神以外の何物でもないよ」

 

杏子が訊く。「それじゃあ誰があの魔女を倒すって言うんだ」

 

「少なくとも均衡の魔女を倒す魔法少女が君たちでは無いことは明白だ。これは決められた法則の上に成り立っている。だから待つしかないのさ、救世主となる魔法少女をね」

 

「それまで指をくわえてろってことか?」杏子がボソッと溢した。

 

「そういうことになるね、何度も言うけど君たちにはどうすることもできない、これも運命みたいなものだ」

 

事もなげなキュウべえの言葉を聞くと、思案顔からマミはゆっくり歩きだした。

その場を立ち去ろうとするマミに杏子が声をかける。

 

「おい、どこへ行く気だよ」

 

マミは持っていたリンゴを歩きながら掲げて「これを元の位置へ戻してくるわ」

 

杏子は鼻を鳴らす。

 

マミはキュウべえが語尾に残した言葉を反芻していた。

 

運命―――

 

魔法少女として生きる運命、そして魔法少女となった運命。思えば私は決められた運命の中で、ただ翻弄されるだけの存在でしかないのかもしれない。こんな運命を受け入れるぐらいなら私はいつ死んでもかまわない、そう思っていた………

しかし気付いてしまったのだ。私自身の奥底にある生への執着を。この過酷な運命の中であっても私は生きていく事を望んでいる。たとえそれがどんなに孤独で寂しい世界の中であったとしても………。

 

               ◆ ◆ ◆ 

 

 香織は夜の病室で、オリジナル紅茶の制作に奮闘していた。フタが開けられた茶の葉のアルミケースが散乱し、香織はポットからカップへ紅茶を注いだ。注がれた紅茶を一口運ぶと、首を傾げて腕を組みする。

 

「うーん、なんか違うかな」

香織はマミに借りている紅茶の教材を手に取って一瞥する。

 

「マミはやっぱりすごいな、よくあんな味が出せるよ」

 

そう呟くと香織は頭をかくように手ぐしをする。すると手に何かが絡みつくのを感じた。香織は手に絡みついたものを確認すると息をのんだ。自分の髪の毛がごっそり抜け落ちてしまったのだ。思わず持っていた教材を手から離して、もう片方の手で倣ったように手ぐしをする。またスルリとたくさんの髪の毛が手に絡みついた。両手に絡みついた髪の毛を目のあたりにした香織は、ガタガタと体を震わせて戦慄いた。確実に近づいている死神の足音がヒタヒタと聞こえる。うずくまるように倒れ込む香織、ベットから床に落ちる教材、恐怖に声が震えた。

 

「お願い…助けて…誰か………マミ…」

 

香織は体を小刻みに震わせて啜り泣いた。

香織にも過酷な運命が待ち受けていた、それはマミに与えられた運命よりも遥かに絶望的な運命、選択の余地はなく確実に迫る死の運命だ。

 

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