魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ   作:soranora

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暗雲

 目が覚めるといつもの天井があいさつをしてくれた。マミは眠気眼でベッドから上体だけを起こして、辺りを見回した。無事にいつもの朝がやってきたようだ。両腕をいっぱいにのばして大きく息をはく、頭ははっきりしているが、疲れは少し残っている。昨日は危ないところを杏子に助けられた、もし彼女がいなければこの朝を迎えることはできなかったであろう。反りが合わないとはいえ杏子には感謝しなければならない。

 

「でも人様のものを勝手に食べる事はいけないことよ」と、マミは窘めるようにひとり言を呟いた。

 

洗面台の水で眠気を晴らすと、身だしなみを整える為に化粧台に向かう。クッションの上で丸くなるキュウべえの横を、通りすがりにおはようと声をかけた。

キュウべえはマミにとって全てを知る唯一の存在であり、魔法少女としての心の拠り所でもあった。そのぬいぐるみのような様相と、キュートな眼差しはマミを癒した。意見の相違があるにしても、寂しがり屋のマミにとっては、大事な友達である。

化粧台の前に座ったマミは、この世界で存在していることを確認するように、自分の顔と向き合った。魔法少女としての運命の渦中にあっても、生きていられるだけで一入に感じる。それ程までに九死に一生を得た昨日の出来事が、マミの心に生への執着を刻みつけた。鏡越しに寝ているキュウべえの姿を映して、不意に来る安堵から頬を緩めた。

身だしなみを整えて、制服に着替えるとリビングの窓から快晴の広がる景色を眺めた。これから学校へ行けると思うと気持ちは高揚する。朝食を済ませてマンションを出る―――

 

学校へは交通機関は使わずに徒歩で向かう。片道二十分といったところだ。マミは学校付近にある敷石で舗装された通りにさしかかった、この付近になると見滝原へ登校する生徒の姿が多く見かけるようになる。舗装路の横に流れる小川が太陽光に反射されてキラキラと輝いた。植樹されている森林の小鳥たちと挨拶を交わすと、校舎に入り、長い渡り廊下を渡って、教室のドアを潜った―――

 

マミは入室と同時に騒然とした空気が滞留していることに気が付いた、いつも元気にあいさつを交わす仲間たちは、その空気の発生源を注視してマミの入室に気が付かなかったようだ。その先に視線をうつすと、学級委員長の姫野が馴染みのない三人組の女子生徒と睨みあっている。

ツインテールに人を見下すような鋭く吊り上った目、口はへの字に曲げて力を誇示するように腕を組む。その様相は居丈高で傲慢さが窺える。両脇にはボブヘアーの女生徒と茶髪ロングの女生徒を従わせている。マミの登校に気が付いた和美がおののきながら声をかけてきた。

 

「大変だよ巴さん!上級生に目を付けられちゃったよ、しかもあの瑠美先輩に」

 

「瑠美先輩?」マミは学校の内情には疎い。

 

「あのツインテールの真ん中にいる人、理事長の娘で、この見滝原中学では物凄く影響力があるの。逆らった生徒はみんな陰険な苛めにあって、登校できなくなった生徒がいるとか」

 

怯えながら説明する和美と、瑠美から放たれる自尊心のオーラから、瑠美はこの学校に君臨する独裁者といったところか。

 

「その瑠美さんが、どうしてここへ?」

 

「この間の調理実習で色々壊したでしょう?それを咎めにきたみたいなんだけど、実際は私たちの出し物を潰しに来たんだよ、きっと」

 

瑠美を見て取る和美に、マミは合点がいかない。

「潰しにって、どうしてそんな事がわかるの?」

 

「瑠美先輩のクラスが同じ喫茶店のお店を出すからだと思う、多分それが気に食わないんだよ」

 

落胆する和美に、マミは憤りの声をあげる。

「そんな理不尽な話はないわ!」

 

「あの人は、そういう人だから………」現状に屈する和美は、クラスの矢面に立つ姫野を案じた。「大丈夫かなぁ、流石の委員長もあの人には敵わないよ」

 

私たちの出し物を、たった一人のくだらない自尊心の為に潰してなるものか。そんな勝手を許す訳にはいかない、これはみんなで船出をした取り組みであり、まだ航海の途中なのだ。その中にはもちろん香織も含まれている。マミは睨み合いの現場を見据えてゆっくり歩きだす。

和美はマミを制止させるように呼びかけた。

 

「ちょっと!巴さん!」

 

マミは無視して瑠美たちいるところへ向かう。

 

瑠美は姫野を見下ろすように睨みつけながら、淡々と述べる。

「仕方がないでしょう、あなた達が調理器具を壊したのだから。辞めてもらうのは当然。私たちの喫茶店まで出店できなくなったらどう責任を取ってくれるのかしら?」

 

「調理器具を壊してしまったことは謝ります。しかし出店そのものを辞めろというのは承知しかねます」姫野は唇を噛んだ。

 

「だからこれはペナルティーなの、わかる?私が言っているのだから辞めてもらえるかしら。この意味わかるでしょ?」

 

冷淡に話す瑠美。姫野は蛇に睨まれたカエルのようだ。

 

途端にマミが割って入った。

「意味なんてわからないわ!」

 

思わぬ訪問者に姫野が目を丸くした。

「巴さん!」

 

瑠美は腕を組んだまま横目でマミを睨みつけた。

「どなた?関係ない人は黙っててもらえる」

 

「関係は大有りよ、私がこの企画のリーダーなんだから!」

 

瑠美は酷薄そうな薄い笑みを浮かべる。

「そう、それじゃあその企画を辞めて、ついでにあなたもクビってことでどうかしら?」

 

その身勝手な言い方に苛立ち、マミは熱を帯びた言葉で返した。

「そんなこと承知できるわけないでしょう、これは私たちの企画であって、あなたにとやかく言われる筋合いはないはずよ」

 

ボブヘアーの女生徒がむかっとした口調で応戦する。

「ちょっとあんた、上級生に向かってその口の訊き方は何?しかも相手は瑠美さんよ!」

 

瑠美は手を挙げて女生徒の発言を制した。睨みつけるマミを見ながら薄い笑みを浮かべる。

「あなた、お名前は?」

 

「巴マミよ」

 

瑠美はマミの姿を一瞥した。

「まあいいわ、今日のところは帰ってあげる」

 

取り巻きの女生徒が驚いた様子だったが、瑠美は背を向けゆっくり退室をはじめた。そして教室の出口付近に差し掛かったところで立ち止まった。

 

「巴さん、一つだけ言っておく」

 

そう言うと瑠美はクラスの仲間たちを睨みつけるように見渡しながら、

 

「あなたの仲間達が私に睨まれたと知って、どれだけあなたに協力するのか見ものね」

 

クラスの生徒達は瑠美の視線を怯えるように逸らしていく。

 

「あなたの吠え面が目に浮かぶわ、巴マミ」

と言って瑠美はマミに嘲笑する表情を見せると、退室していった。

 

緊張から解かれたマミは大きく息を吐いた。

 

姫野が浮かない表情で静かに言う。

「巴さん、さすがに相手が悪いです。あの人には正攻法の常識や論理なんて通用しません、この学校の教師でさえあの人の悪事を黙認する始末です。その証拠にほら」と姫野はクラスメイトの様子を見渡す、マミもそれに倣った。

 

クラスの仲間たちは俯いて落胆の表情を露わにしている。いつも毅然と振る舞う委員長の姫野でさえ、瑠美の影におびえていることがよくわかった。瑠美の影響力は誇張されたものではなく本物だ、マミは直感的に悟った。和美が心配そうに駆け寄ってくる。

 

「二人とも大丈夫?」

 

マミは安心させるような笑顔で「大丈夫よ、なんともないわ」と答える。

 

姫野は黙ったまま苦悶の表情で床を見ている。和美はその表情を見て、おずおずと口を開いた。

「辞めた方がいいと思う………」

 

その言葉にハッとしたマミは和美を見る。

 

和美はマミから視線を逸らして言った。

「あの人に睨まれたらもう駄目だよ、きっと誰も協力してくれない。私が巴さんを推薦しておいてこんなこと言うのは本当に申し訳ないけど………」和美は次に出す言葉を詰まらせるとボソッと呟く

 

「あきらめよう………」

 

その言葉はこの学校に蔓延る空気への屈従を象徴した。体験的学習による連想イメージから、高槻瑠美という一つの正論へ染め上げられた空気への屈従。姫野も言わずもがなと下を向き黙った。喫茶店の進行が軌道に乗り始めた矢先の出来事。昨日までは、仲間たちに作ることへの感動を伝えることで、成功への道しるべを築いた。そして香織が仲間に迎えられた。航海は順調だったのだ。しかしここへ来て私たちの船はどす黒い空気に覆われ漂流するはめとなった。これ以上前に進むためにはその空気を打ち払うしか道はない。病室で戦う友の姿が脳裏を過った。マミは魔法少女としてではなく、この学校の生徒としてマスケット銃を握る決意をする。

 

「やりましょう!」

 

和美と姫野は思わずマミを見上げる。マミは鼓舞するように言った。

「だってこれは私たちの喫茶店でしょう?他の誰がなんと言おうとも、これは私たちのものであって、決めるのも私たちよ。周りの声なんて気にする必要なんてないわ」

 

マミの前を向く姿勢に、姫野は思い直したように言った。

「そうですね、私としたことが学級委員という立場にも関わらず、あきらめてしまう所でした。本当は私が皆を奮起させなければいけなかったのですが、面目のしようがありません」

 

「みんなを奮起させるのはこれからよ。頼りにしているわ、委員長」

マミは頭を掻く姫野に言うと、視線を和美に移した。和美は下を向き思い悩んでいるようだった。

 

「新垣さんはやりたい?やりたくない?」マミは優しく声をかけた。

 

和美は小刻みに体を震わせながら「わたしは、わたしは………」と和美の中で葛藤の嵐が吹き荒れているようだった。

 

やがて意を決したのか「わたしは、やりたい!」とマミを強く見た。

 

この企画を一番やりたがっていたのは和美のはずだ。和美は小柄で気が強いわけでもない、その彼女が勇気ある選択をした。マミは称賛を込めて手を差し伸べる。

 

「ありがとう」

 

「うん!」と和美はマミの手を掴む。

 

その場の空気に花が咲いた。しかしそれは局所的なものにすぎなかった。

 

和美は「でも」とクラスを見渡すと、皆の表情は致し方ないものを受け入れて沈んでいた。その沈鬱な空気はこれから起こる由々しき事態を示唆するようだった。

 

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