魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
放課後の調理実習室。いつもなら有志のメンバーが数十名集まり、活気があふれていたマミの料理教室も、和美と姫野を含めた三名だけになっていた。
瑠美との悶着があった後、回数を重ねる度に参加人数は減少していった。参加したメンバーは瑠美から脅迫ともとれるメッセージを種々な形として受け取った。そのほとんどががインターネットを使用した携帯端末からの脅迫。受け取った生徒は次々と参加を辞退した。それは自分の身を守るためには致し方のないことだった。根も葉もない情報をインターネットの掲示板に書かれ、自分の知らない所で一人歩きをはじめる。やがて周りとの人間関係がおかしくなり、パニック状態に陥るという寸法だ。
瑠美はこの学校では絶対の権力を持っている。書かれた掲示板があからさまな嘘だとわかるような内容であっても、瑠美の仲間がそれを増長した。そうやって瑠美は独裁的な空気を作りあげた。
その被害は和美や姫野、マミにまで及んでいた。脅迫を無視して邁進する三人は、すでに孤立ぎみとなっていたのだ。今日も紅茶の実習をする予定でクラスメイトに声をかけたのだが、揃って三人を避けた。嫌いだからではない、仲間だと思われる事が怖いのだ。
閑散とした調理実習室でマミは元気なく椅子に座った。
和美は両手を膝にあてながら意気消沈したように下を向いて座っている。
姫野は座った状態から調理台に頬杖をついて淡々と言った。
「私は学級委員長という立場を利用して、アイデンティティーを確立するエゴイストだそうです」
「私は人を惑わす魔女で、人間ではないそうよ」とマミが呟く。
「私は二人の腰巾着で能無しだって、死んだ方がいいみたい」と和美は言葉を弱くして言う。
「よく考えたものね」マミはぽつりと言った。
全てはネットの噂から広まった悪口だ。三人は溜息をついた。
「…………」
「誰も来なくなちゃったね」和美が苦笑いを浮かべる。
「皆、制裁を受ける事が怖いんです。仕方のないことです」姫野は寂しそうに言う。
「どうしよう、みんな来てくれないと喫茶店できないよ」
「そんなことは承知の上です」
マミはそんな二人のやりとりを思案顔で聞いていた。沈黙が続き重たい空気が漂う。
その重たい空気を振り払ったのはマミだった。
「今日はみんなで紅茶を入れる予定だったわよね?」
「ええ、そうですけど」姫野が答える。
「ねえ」マミはニッコリ笑って人差し指を立てる。「今日は場所を変えてやろうか?」
二人はきょとんとした表情でマミを見た―――
◆ ◆ ◆
マミが変更した場所。それは香織の病室だった。実習というよりかは二人を香織に会わせたかった。ここにも協力してくれる仲間がいることを知ってほしかったのだ。意気消沈する二人に少しでも元気になってほしかったし、香織にとっても応援してくれる仲間が増えることで病気と闘う励みになればと思った。
思った通り二人は香織とすぐ打ち解ける事が出来た。香織は和美の事をかわいらしい妹のような印象をもったようだった。第一印象を下級生と思ったらしく、学年の垣根を越えた合同企画なのかと勘違いした。和美は香織に対して、初めはむくれる様子はあったが、社交的な香織の性格にすぐなついてしまった。
対する姫野の印象は頼りになる姉のような印象をもったようだ。香織はマミの耳元で小さく「あれが黒焦げのケーキを披露した子ね」と小さく笑った。
そしてマミが香織にオリジナル紅茶の進捗状況を聞くと、自信たっぷりな顔で「試作品だけど」とブレンド紅茶を作りだした。道具の使い方が板についており、ブレンドした葉は企業秘密と言って教えてはくれなかったものの、三人分の紅茶を作って見せた。出された紅茶からは香ばしい匂いが漂っている。見た目は特別変わったところはないようだ。
カップを手に取ってクンクンと匂いを嗅ぐ和美が言った。
「匂いだけでもおいしそうだよ」
姫野は紅茶をまじまじと見ながら「見た目は普通の紅茶のようですね」
マミは黙って紅茶に口をつけた。二人もマミに倣うように紅茶を口に運ぶ。香織は緊張した面持ちで三人の反応を待っていた。今までの努力が結果となって表れる瞬間だ。
ややあって、
「香織さん!これグッドだよ!」開口一番親指を立てたのは和美だった。
「本当に!」香織は目を輝かせる。
「和美さんに紅茶の味が分かるとは思えませんが、私もおいしいと思います」と姫野が静かにカップを置いた。
和美は姫野の言葉に「委員長のいじわる」とむくれた。
マミも静かにカップを置いて、目を閉じながら思案しているようだ。香織は固唾を飲んでいる。この中で真に紅茶を評価できるのはマミなのだ。マミに認められなければ成功したとは言えない。目を開いたマミは感慨深そうな目で置いた紅茶を見ながら、静かに告げた。
「素晴らしいわ」
「本当?」香織は確認するように訊く。
マミは表情を変えずに繰り返した。
「素晴らしいわ。十分に一つの紅茶として確立されている。あなたには才能があるのかもしれない」
香織の表情はみるみる歓喜に変わっていく、言葉にならないほどうれしいようだ。
和美は自分のことのように喜びながら、香織の両手を掴んだ。
「やったよ!香織さん!やった!やった!大成功!」
「うん、ありがとう和美ちゃん」香織は祝福してくれる和美にうれしそうに答えた。
姫野が騒ぎ立てる和美を窘めるように言った。
「ちょっと和美さん、香織さんは病人なんですから、もっと丁重に扱ってください」
マミは香織が作った紅茶をひとしきり見ていた。オリジナルのブレンド紅茶を作ることは相当に難易度が高いものだ。プロのティーブレンダ―でなければ確立したブレンド紅茶を作ることなど不可能に等しい。マミでさえもここまでの紅茶は正直作れないと思った。数週間前までは紅茶の知識が皆無に等しかった香織になぜこのような紅茶を作ることができたのか、マミは一つの懸念を抱いた。
和美とはしゃいでいた香織はさらりと言った。
「よーし、あと少しで完成だ」
「へ?」和美は目を丸くした。
マミは耳を疑ったように訊く。
「香織さん、まだやる気なの?」
「やだなー、さっき試作品だって言ったじゃない。それをベースに私らしいパンチの効いた紅茶にこれから仕上げるのよ」香織は拳を前に突き出して言う。
「香織さんかっこいい」尊敬の眼差しで和美が言う。
「でしょ」っと香織はウィンクで和美に答えた。
その返答に慌てて姫野が異を唱えた。
「いやいやいやいや、香織さんこれで十分素晴らしい紅茶です。これに改良なんてものを加えたら、それこそバランスを崩して本来の味を損ねてしまいますよ」
香織は人差し指を振って調子づいたように、
「委員長わかってないなぁ、まだまだ私の力はこんなものじゃないのよ」
横で悪乗りした和美が煽る。
「そうだ、そうだ、香織さんの力はこんなもんじゃないぞ!」
姫野は和美を黙れとばかりに睨みつけた。
マミが口を挟む。「姫野さんの言う通りよ」
マミは神妙な顔で香織を見た。
「香織さん、あなたはこの紅茶を作るのにどれだけ無茶をしたの?片手間ではどんなに才能があってもここまでは作れない。私はここまでしてくれとは頼んでないわ!」
マミは語尾を強めた。
凄い剣幕となったマミに和美はとまどいながら言う。
「ど、どうしたの、巴さん」
「こんな凄い紅茶、私には作ることは到底できない。この意味がわかる?」
マミは和美に問いかけるように言った。
「きっと家族の人や看護師さんの目を盗んでは、ろくに睡眠もとらずに、身を削って作り上げたに違いないわ」
和美は驚愕した。マミの言葉でその意味をやっと理解したようだった。
香織の顔からはおどけた表情は消えていた、やさしく澄んだ目で微笑みかけるようにマミをみつめていた。
マミは香織の両肩に手をかけた。
「いい!あなたは病気なのよ!たしかに私は紅茶の制作をお願いしたけど、あなたの体を蔑ろにしてまでやってほしいとは思ってない。こんなことで命を削るようなまねはしないで!」
マミは香織の身を本気で案じた、まさか香織がここまでするとは思っていなかったのだ。この紅茶からは香織が体を酷使して作りあげた心労の跡が滲み出ている。マミにはそれがわかった、それほどに素晴らしい紅茶だったのだ。反面マミは後悔した。香織を確実に死に近づけてしまったことを、このことを予期できなかった自分に腹が立った。そして自分の体を粗末に扱う香織にも腹が立った。それは本来の目的を見失っているように見えた。
しだいにマミの口調は強いものになっていた。
「忘れたの!フィギュアスケートを!オリンピックの夢はあきらめてしまったの!あなたがこんなことで死んでしまったら私は悔やんでも悔やみきれない!」
諭すように香織を見据えるマミは涙を浮かべた。
微笑んでいた香織の表情がみるみる険しくなるのがわかった。
「こんなことですって?あなたよくもそんなことを!」
唇を噛んだ香織が怒りで声を震わせる。
「マミ、あなたはこの取り組みをなんだと思っているの?」今度は香織の口調が強くなる。
「ただの文化祭の出し物?学校の行事?和美ちゃんのことをどう思ってる?委員長のことをどう思ってる?クラスの仲間たちは?あなたは今、仲間たちを侮辱したのよ!わからない!」
マミはハッとした。
香織の目はマミの心を突き通すような鋭さがあった。
「私はあなたの提案を受けた時、この取り組みに全てをかけると決めた!滑る事の出来なくなった私に希望をくれたあなたが、またわたしから生きる希望を取り上げるの!私は今を生きているんだよマミ!私は今を生きてる!悔やんでも悔やみきれない?あなたは何もわかってない!和美ちゃんのことも!委員長のことも!クラスの仲間のことも!あなたは自分のことしか考えていない!」
香織の怒声は病室を震わせた。香織はマミから視線を背けるように首を横に向けて泣いた。マミは茫然と怒りに震える香織の肩から手をゆっくり離した。あっとうされた和美と姫野は息をのんでいた。ややあって香織が泣きながら囁いた。
「お願い、もう帰って………」
◆ ◆ ◆
太陽が西に傾き夕闇を招いていた。工場地帯の煙突や鉄柵を影絵のように、辺りに浮かびあがらせる。肩を落として歩く三人。その横を車両が頻繁に通り過ぎていく。
周りの雑多音がマミの耳に激しく入ってくる。しかしその音よりも更に大きな音がマミの頭の中を支配していた。香織の泣き叫ぶ怒声が何度も頭の中を駆け巡るのだ。そのたびに胸を釘で刺されるような痛みを感じる。元気をもらいに行ったはずなのだが、下を向いて帰るはめとなった。
和美と姫野はマミの気持ちを察したのか、ただ黙って一緒に歩いている。二人の中にも何か去来するものがあったのかもしれない。
三人が歩く前方でヨロヨロと杖を突いて歩く老婆の姿が目に入った。そこへ向こうから歩いて来たチンピラ風の男が、邪魔だといわんばかりにその老婆を突き飛ばした。
「!」
三人はその光景に目を疑った―――
老婆はたまらずその場に倒れ込んでしまう。
咄嗟の出来事に三人は倒れた老婆の元へ駆け寄る―――
すぐさま和美が老婆を介抱するように声をかける。
「おばあちゃん、大丈夫!」
老婆は苦悶の表情から、心配しないでとばかりに無理矢理に笑みを作って見せた。
舌打ちをして横を通り過ぎる男に、姫野が噛みつく。
「ちょっと、あなた!」
男は恫喝する声で「ああ!文句あんのか!クソガキ!」と姫野を睨みつけた。
姫野は少したじろぐ様子を見せる。
無理もなかった、その男の顔には大きな傷跡があったのだ。
マミは傷の男が見せた横暴な振る舞いが許せなかった。こんな慈しみの欠片もない醜悪な人間がのうのうと生きている、どうして一生懸命に生きる香織のような人間があのような惨い運命にあるのか。その遣り切れない気持ちが憤りとなって傷の男を睨みつける。その眼光はいつものマミのものではない、魔女を狩るときに見せる鋭いものになっていた。
傷の男はマミの鋭い眼光に思わず怯んだように表情を曇らせた。
「!?」
たまらず一つ鼻を鳴らすと傷の男はすごすごと立ち去って行った。
姫野は胸を撫で下ろして大きく息をはく。
その背後でマミは表情を崩さずに立ち去る男を睨み続けた。
香織さん、あなたは死んではいけない人間よ―――