魔法少女まどか☆マギカ外伝 ~エピソード・オブ・マミ~ 友情のティロ・フィナーレ 作:soranora
そう、あくまで私のやり方を貫く―――
力強い足取りで姫野舞は所定の位置へ向かう。そこはホームルームの時間に立ついつもの壇上だ。
学級委員という立場を利用して、アイデンティティーを確立したエゴイストがどういうものかを見せてやる!―――
両手を教卓についた姫野は、その鋭く光るメガネでクラスメイトの表情を見渡す。皆は複雑な表情を浮かばせている、それは何かうしろめたいものを抱えているような表情だ。その中に両膝にバンソコを貼った和美が委員長がんばれとばかりに視線を送る。マミも真剣な表情で見守った。凛と立った姫野が開口一番に放つ。
「あなた達は自分さえよければいいのですか?」
核をついた質問にクラス中が姫野を睨んだ。お前たちは卑怯者だと言っているようなものだ。一揆に空気が張りつめる。
一拍置いて、一転。
姫野はあっけらかんと言った。
「私も自分さえよければいいと思っています。なので瑠美先輩がおっしゃっるように喫茶店は辞めることにしました」
張りつめた空気が風船をしぼませたように抜けていくのがわかる。肩すかしのクラスメイト達は鳩に豆鉄砲を食らった顔を並べた。
あんたは何を言っているんだい?とばかりに和美は口をあんぐり開けている。
「それではみなさんで次の案を模索していきましょう、お化け屋敷なんてどうですか?季節外れでおもしろいですよ」
サバサバと進行していく姫野はホワイトボードにお化け屋敷と書いた。
「他にご意見はありませんか?」
沈黙した中に再び複雑な空気が入り混じる。本当にこのまま喫茶店を辞めていいのか?そんなやりきれない雰囲気が充満した。たまらず一人の女子生徒がおずおずと手を挙げる。
「あのー委員長」
「なんでしょう?」
「巴さんは?」
「は?」
「いや、巴さんは納得したのかなって」
「何のことですか?」
姫野を目をパチクリする。
「巴さんは喫茶店の中止に納得したのかなって?」女子生徒が訊く。
「あーそのことですか」姫野は合点がいったように言うと、「みなさん安心してください!委員長である私がその女には一切勝手なまねをさせませんから」
姫野はマミの事をその女と言い放った。しかも敵意むき出しに言うものだから、クラスメイト達は傷口を触るようにチラチラとマミの表情を窺った。その視線には申し訳ないという思いを匂わせた。論を俟たないことだ。総員一致で決めたクラスの取り組みを、瑠美の非難中傷から単身守ったのは他でもないマミなのだ。それに加えてマミという人格が皆をそのような思いにさせていたのだろう。知ってか知らずかマミは真剣な表情のまま黙っている。
姫野はマミの席へ威勢よく歩き出した。そして皆に訴える。
「だいたいこの女には困ったものです、あの瑠美先輩に背くとは、愚の骨頂とはこういうことを言うのではないでしょうか?」
姫野は力強くマミの机に手をつき、黙って座るマミに詰問した、「あなたは、私たちを学校の爪弾き者にしたいのですか!」
マミは表情をピクリとも変えずに黙って前を見据えている。
姫野は鼻を鳴らす。
「あやうく私達もこの女に騙されるところでした。優雅にケーキを作っては私たちを愉快に欺き、調理実習で献身的に尽くして油断させ、おまけに作ったものを口にさせることで感動の波紋を広げて惑わす。周到に張り巡らされた誘惑の罠!それはまるで魔女の所業!」
鼻息を荒くした姫野は一転、静かに質問した。
「しかし、なぜあんなことを?」
マミは静かに答える。「友人のためよ」
姫野は再び訴えるように口を開く。
「そう!全ては重い病を抱えた友人の為とか!しかも!あろうことかその彼女にまでこの危険な輪の中へ入るよう強要させた!そのうえ独善的に、あきらめるわけにはいかないと身勝手な主張を繰り返す!」
姫野は舌を鳴らし、マミを上から見下して言った。
「まあそんなことは私たちには一切関係ありませんけどね!友情ごっこは他でやってほしいものです。そのようなくだらない事で瑠美先輩に目をつけられたとあっては目もあてられませんよ!」
力強い語尾を残すと姫野は再び所定の位置へ向かう。
そして首を横に振り、残念そうに言いながら歩いた。
「しかしその友人はあまりにも気の毒だ。フィギュアスケートの夢を挫かれた彼女は、その女から前進への一歩と、言葉巧みにオリジナル紅茶の制作を押し付けられた。なんとも残酷な言葉をかけたものです」
一番高い所から振り返り、姫野は力強くマミを指さして叫んだ。
「この女は!皆の気も知らずに調和を乱し!野心の為なら平気で傍若無人を貫く!冷酷無比の最低最悪女だ!」
静まり返った教室、敵意は一色となった。その矛先はマミにではなく自然と姫野を刺していた。咄嗟に一人の女子生徒が立ち上がった。
「私は巴さんと喫茶店をやるわ!」
姫野は心の中で唇を舐める。そして殊更にほのめかして言った。
「いいのですか?それは瑠美先輩に対する反逆ですよ?よく吟味して結論を述べた方がよろしいのでは?」
「私は巴さんとやる!」間髪入れずに女子生徒は強い視線で答える。
姫野はやれやれといった感じで言った。
「しかたありませんねぇ、私は立場上公平を期さなければなりませんから」とペンを取ってホワイトボードへ喫茶店とわざとらしく声に出しながら書いた。その下に横線を一本引く。すると堰を切ったように志願兵が次々と立ち上がった。
「私も喫茶店をやるわ!」
「私も喫茶店!」
「喫茶店をやるわ!」
「私もよ!」
立ち上がった生徒はマミへ共闘の意思を相槌に込めていく。姫野は無表情で喫茶店の下に正の字を書く。
「ひどいよ!委員長!」
突然声を上げて立ち上がったのは和美だ。その眼には涙を溜めている。姫野の胸に懸念の風が横切る。
(しまった、和美は単純だった!)姫野の顔はひきつった。
「昨日はあきらめないでがんばろうって約束したのに!どうしてあんなひどい事言うのさ!香織さんだって一生懸命紅茶作ったんだよ!香織さんを裏切るの!」
ひきつった表情の姫野は頭の中で崩された積み木を瞬時に組み直していく、そしてある着想へたどりつき口元をニヤリとさせた。
「あら、そういえば愚か者はここにもいましたねぇ」
姫野は居丈高く腕を組み、横目で和美を睨みつける。その仕草はまるで瑠美を彷彿させた。
「昨日はあれだけ痛めつけられたのに、まだ学習できていないと見えます」
目を潤ませている和美を嘲笑いながら言う。
「なんですか?その膝のバンソコは?みっともない」吐き捨てるように語尾を切って、「たしか瑠美先輩に反抗して何度も突き飛ばされた、そうでしたよねぇ?」
その言葉を聞いたクラスメイト達ははざわめき出す。
「瑠美先輩ほどのお方に、あのような見苦しい愚行を晒せば、頬をはたかれるというのは至極当然のこと」
和美は思い出すように目を潤ませながら手を左頬に添える、まるで悲劇のヒロインだ。教室は騒然となる、瑠美に対する非難の声が沸騰したお湯のようにブクブクと湧き上がった。
「和美ちゃんに手をあげるとはどういう了見だあの女!俺も喫茶店だ!委員長!」
「俺もだ!」
「俺も和美ちゃんに一票だ!」
「和美ちゃんに一票!」
憤慨した隠れ和美ファンが立ち上がった。
「許さない!私も喫茶店よ!」
「ひどい!あの人はやりすぎよ!」
姫野は表情を崩さぬまま、喫茶店の下に正の字を築き上げていく。そして冷ややかに笑みを浮かべて続ける。
「あなた、どうしてそのような愚かなまねをしたのかしら?」
もはや姫野には瑠美が乗り移っている、クラスメイト達の目は姫野の姿に瑠美を重ねていた。その仕草、振る舞いは一つに混じりあうような不思議な感覚があった。ここにいるのは委員長ではなく瑠美なのかもしれない。瑠美が委員長という仮の姿を託して挑戦的な笑みを浮かべて立ちはだかっている。そんな錯覚に襲われた。
和美は半べそで悔しさに目を震わせている。
「あなたが、巴さんの大事にしている道具を粉々に壊して、茶の葉を踏みつけたからじゃない!」
教室中が息を巻き、嵐を吹かせた。
高笑いをして姫野が言った。
「たかがそれだけの理由であなたは地面を這いつくばったと言うの?それでも尚私に刃向うと?」
姫野は挑戦的に笑みを浮かべる。クラスメイト達の目は血走り、戦闘モードに移行した。
酷薄な笑み浮かべた姫野は、
「知ってる?犬猫は叩かれれば学習すると言うわ、それでも向かって来るあなたはそれ以下ってことよね?」そう切ると、今にも泣き出しそうなヒロインに渾身の嫌味を込めた、
「ドブネズミは地面でも舐めてな!」
はたして本物の瑠美でもそこまで言うか?しかし燻っていた点火装置に火をつけるには十分だったようだ。憤慨した仲間たちは次々と瑠美に対し反旗の声を上げた。教室は一揆に喫茶店続行ムードとなる、ポカンとした和美はキョロキョロと辺りを見回している。あれよあれよとホワイトボードの正の字は全て喫茶店の下へ並んだ。してやったりの姫野をマミは愉快そうに笑う。さんざめいた中、一人の男子生徒が叫んだ。
「委員長はどうなんだよ!」
その言葉を口火に、仲間たちは次々と姫野に回答を仰いだ。視線を一つに集めた姫野は静かにペンを取る。静まり返る仲間たちは回答、いや次に来るであろう名答を待つ、そんな感じだ。
姫野は大きく息を吐いて、噛みしめるように言った。
「時々は真実を言ってみるものです。嘘をついたときにも信じてもらえますからね」
クラスメイト達を安心させるように陽和な笑みを見せた。
背を向けるとホワイトボードに向かいながら言う。
「私は一つ嘘をつきました。季節外れのお化け屋敷がおもしろい?そんなことを思ったことは一度もありません」
姫野は喫茶店の正の字に票を一本加えた、
「私に闘争する者を嫌いにさせることはできない。闘争する者は弱者を破滅すると言われる。しかしそれは無関心や傍観者も同じことではないでしょうか?」
姫野は目を閉じて香織の涙を思いだす。
「私は今を生きる、立ち上がる時は今この時!」
姫野舞は持ったペンを皆に力強く向けて放った。
「さあ!反旗を翻す時です!」