お疲れ様です。
風都編三話を投稿させて頂きます。
目を開ける。
そこは狭苦しい空間だった。
身を起こすと頭は天井を突きそうな位に近い。よく見るとベッドというよりはかつてテレビで見たカプセルホテルの様な狭さの寝床であった。
顔を横に向けると目に入ってくるのは大きな机と皮張りの1人用ソファ。机には並んだ本とレトロなタイプライターが鎮座している。
「ここ、どこだっけ」
半開きの目でキョロキョロと辺りを見回しながら思考を立ち上げる。見知らぬ部屋で目を覚ました立花 響はそこまでしてやっと自分が何処にいるのか思い出す。行き倒れた自身を保護してくれた人達の家にいる事を思い出した。
半身を起こしたままだった響はゆっくりと寝床から抜け出すと揺らぐ足取りで室内を歩く。
『はやく・・・出ていかないと』
力の入りきらない脚を交互に動かしながら、出口を探す。
凛々しいながらもどこか優しげな目の男性。
心配そうにこちらを見ていた女性。
そして、帽子の下に強い眼差しをした男性。
出会った三人の大人達。
・・・ここに居ては迷惑がかかってしまうだろう。
ハンガーにかかっていた自分のパーカーを着ると響は出口だと思われる扉に向かった。
此処を出て何処に行くのか。
そんな事はわからない。
でも。
自分は此処にいてはいけない人間だ。
そう思い、響は一歩一歩と歩みを進めた。
あと少しで目指した扉に辿り着こうとしたその時、ガチャリとそのドアは開く。
目の前で開く扉。
目の前には帽子を被ったあの男性が買い物袋片手に立っていた。
「お前・・・」
男性は響の姿を見て驚いた様に口を開いた。逃げ出そうとしていた彼女としてはどこかバツが悪く、目を逸らした。
そんな対応をする保護した少女に構わず、男は一歩駆け寄る。
「大丈夫か⁉︎」
心配げな表情と共に伸ばされる腕。身を震わせた響は思わずその手を打ち払っていた。
「・・・ッ」
「私に・・・これ以上関わらないで」
そう自分の心を伝えた響は立ち尽くす彼の横を通り、部屋を出ていこうとする。
だが半熟な探偵はそれを許さなかった。
「・・・待ちなよ、お転婆ガール」
空いた手で響の腕に手を添える。掴むのではない、添えた。格好つけてもう片方の手で帽子を押さえた探偵はそれが決め台詞だとばかりに言う。
彼の顔の横でスーパーの袋が揺れている。どこか間が抜けた光景だ。
「出ていくのは君の自由だ。でも、もう少しだけでいい。ここに居てくれないか?」
「・・・私の自由なら好きにしていいでしょ」
「それでも、だ」
それを聞いた響は身を返すと扉を背に男に向き直る。変わらず帽子を押さえた彼はその格好のままでいた。
「せめて君が元気になるまででいい」
「だから!」
言葉は優しくとも強情に引き留めようとする彼に歯を剥き出した響は拳を振り上げる。そのまま殴りつけた。
「よっ、と」
だが。その力の足りないストレートは容易く受け止められる。掴んだ拳を握りながら男は顔を近づけた。
「だから落ち着けって」
「離せッ!」
掴まれた拳を振り解こうと暴れる響だったが、その手は離されない。
しっかりと、離すまいと握られていた。
「今の君に必要なのは休息だ」
「うるさい!」
もはや叫びにも近い声をあげながら暴れ続ける。だが握られた手は離れなかった。
大きな手は響のそれを包む。
しっかりと響のそれを包む。
その感触に響の顔は歪んだ。
『やめて・・・。やめてよ・・・』
忘れようとしていた感覚に響の目が滲む。
そんな、暖かい手をしないで。
そんな、優しい顔をしないで。
そんな、慈しむ様な目を向けないで!
そんな事をされたら・・・私は頬に、温かいものを流しそうになってしまう。
顔を伏せながら堪える傷だらけの少女は先程とは違う意味でその身を震わせた。
やがて彼女の手から力が抜けて、だらりと垂れ下がった。響の身体が翔太郎の胸にもたれかかる。
少女の背に置かれた手が優しく叩かれた。
「無理しなくていいからよ。横になってろ」
家を飛び出てからは周り全てが怖かった。
どこにいても落ち着く事が出来ず、一つの場所に居続けられない。
逃げ回る日々が自分の日常だった。
人の優しさに触れたのはいつぶりだろう。
響は抱きしめてくれる男性に身を寄せる。普段の自分ならこんな大胆な事は出来ない。
でも今の自分には唯一の温かさを感じさせてくれている彼の側だけが自分の居場所だと思った。
小さく嗚咽を漏らす。
その声は少しずつ大きくなっていく。
そんな年相応な涙を流す響を翔太郎は静かに抱きしめていた。
いつの間にか泣き疲れて眠りだした響を抱えると元の寝床に連れて行く。痩せて軽いその身体を横たえると布団をかけてやる。
目元には涙の跡が流れていた。胸元から出したハンカチで拭ってやる。女の涙を受け止めるのがハードボイルドな男の役割だ。
まぁ・・・女というより少女なんだがな、と翔太郎は微笑む。
保護した少女は昨日見た時よりも落ち着いた表情で眠っていた。少しは安心してくれたらしい。
「ゆっくり眠れよ、お嬢さん」
「君にしてはハードボイルドな立ち振る舞いだね、翔太郎」
「うおっ⁉︎」
格好つけているといつの間にか横には相棒が立っていた。いつもの様に本を片手に立つフィリップが興味深そうに響の寝顔を眺めている。
「鳴海 荘吉が見たら驚くんじゃないかい?」
師の名前を出された翔太郎はつい帽子を取ると、視線をわずかに泳がせた。
『似合う男になれ』
これの似合う男に、今の自分は成っているのだろうか。
自信は・・・正直なかった。
だが、翔太郎は精一杯の虚勢を張ると相棒の顔に笑いかけた。
「だろ? おやっさんが見たらきっと褒めてくれるさ」
「・・・だろうね」
あの日の言葉を遂行するためにここまで戦ってきた。
その日々に嘘は無い。
あの日の罪を償う為に相棒と一緒に走ってきた。
その日々はかけがえの無いものだ。
その遺志を継いだ半熟な青年は瞳を輝かせる。
「・・・俺はこいつを見捨てないぜ」
「君がそういうなら、相棒の僕も見捨てないよ。だって・・・」
「僕らは”二人で一人”なのだからね」
翔太郎はハーフボイルドと言われながらも、ちゃんと彼の目指すハードボイルドに近づいているのではないでしょうか。
そんな彼が大好きな私です。