お疲れ様です。
遅ればせながら風都編を更新いたします。
「嫌だ! 私は・・・帰らない!」
「響!」
鳴海探偵事務所に轟くのは少女の叫びとそれを嗜める彼女の父親の声。それほど広くはない室内には探偵達、そして響とその家族が揃っていた。
「嫌だったら、嫌だ!」
「どうしてなんだ⁉︎」
「だって・・・」
続きを言いかけるが口をつぐむ彼女。響はそのまま家族の側を走り抜けると事務所を飛び出していった。
「響ちゃん!」
室内の人間達が呆然とする中、亜樹子だけが彼女を追って扉を抜けていった。残された響の父、洸は力無く追い縋る腕を下ろす。
「どうして・・・」
時間を少しだけ戻そう。
響の保護から二日程経ち、彼女の体調が回復した頃にその知らせはもたらされた。
「左、邪魔するぞ」
ノックと共に現れた照井 竜は愛妻に差し入れのケーキを手渡すと顔を正し、告げた。
「立花の家族がこの街に到着した。間も無く此処に来る手筈となっている」
その言葉に身を震わせる響はソファから立ち上がると赤い服の刑事に詰め寄った。しかし厳しい目で訴えかける少女に動じる彼ではない。至極冷静な目を返すと彼女の肩に手を置き、語りかける。
「家族に会えるのが、嬉しくないのか?」
「・・・それは」
顔を逸らした少女は何かを言いたげだったが、そのまま何も言わずに彼の手から逃れた。静かに元の位置に戻るとそのまま顔を伏せる。
そんな彼女の沈んだ表情に亜樹子だけが懸念を抱いていた。
「響ちゃんってば!」
走り続ける少女の後を追う亜樹子は何とか追いつくと彼女の肩に手をかけた。既に場所は事務所からはだいぶ遠い。そこまで逃げ出したい程に響は走り続けていた。
「一体どうしたの?」
家族に会える。
本来ならそれは喜ぶべきものだ。亜樹子自身も父である荘吉に会う為にこの街に来た。
・・・あの時はここに来れば父に会える。あの大きな手で撫でてもらえると心を躍らせたものだ。
でも。この少女の様子はおかしい。
引き止められても、顔を伏せたまま立ちすくむ彼女はやがて座り込んでしまった。
動きを止めた響。その顔を自身の着る灰色のパーカーの腕に埋めると一向に上げようとはしない。
そのまま動く事をやめた立花 響を見下ろしていた亜樹子はやがて気がついた。
彼女の、灰色のパーカーが色を濃くしている事を。
それは彼女の目元が接している、そこ。
人気の無い街外れの道路に座り込む彼女は顔を埋めて泣いている。
亜樹子にはその意図はわからない。だが彼女の側に膝をつくと亜樹子は側に寄り添った。
泣き続ける少女の頭に手を置くとゆっくりと撫でる。
その手が動く度に少女は身を震わせ続ける。
やがて。
顔を上げた響の目は真っ赤に染まっていた。泣き腫らしたその瞳は悲しみと共に少しずつその想いを発し始める。
「戻りたくない。ううん、私はあそこに戻っちゃいけないんだ。・・・私がいたら、お父さん達に迷惑がかかる・・・」
「私なんかのせいで皆に迷惑がかかっちゃう。お父さんもお母さんもお婆ちゃんも、いつもいつも辛そうな顔をしてた」
「・・・だから私は家を出たんだ」
「私さえいなければ、私なんかがいなければもっと幸せになれるから。窓を破られる事もないし、壁に落書きもされないで済む。皆が誰にも傷つけられなくて済む」
「もうあそこにいる権利がない」
「私は・・・これ以上家族に迷惑をかけたくないよ」
年齢よりもずっと幼く感じる彼女はいつまでもその瞳から光を流し、暗く染めていた。
呟く響の側に座った亜樹子は彼女を抱きしめた。小さなその身体は震え続けている。耳にはしゃっくりあげる声も聞こえる。
そんな少女の心中を察した亜樹子は一度ギュッと抱きしめると、その腕を離した。
そして・・・。
「それなら、そうと、言わんかーい!」
『ちゃんと話しなさい!』と書かれたスリッパで響の頭を叩いた。
「あいたッ!」
「なんでそれを言わないの!」
「えぇッ⁉︎」
叩かれた所を押さえながら見上げると涙と共に怒りを浮かべた瞳で亜樹子が口を震わせて、見下ろしていた。
「言わなきゃわからないこともあるんだよ! それを放棄して、どうするの⁉︎」
「・・・」
返す言葉は無かった。
「相談すればいいでしょ! 一人で抱え込んでどうしようもないんなら誰かに助けを求めるの!」
ボロボロと涙を流す亜樹子はそれを拭わない。みっともない顔を晒したまま、もう一度響を抱きしめた。その腕で彼女を包み込むために。
「誰も貴女の心はわからない。響ちゃんが隠せば尚更! でも私は、私達は響ちゃんを見捨てないよ。それはお父さん達もきっとおんなじ!」
腕の中で震える少女を受け止める。
「だから・・・ちゃんと伝えよう?」
「・・・」
小さかったが確かに響は返事をした。それを聞くと亜樹子は彼女を受け止め続ける。
その涙がちゃんと止まるまで。
「私は、帰らない。帰りたくない」
事務所に戻った響は言われた通りに自分の心を曝け出す。そうして思っている事を伝えた。
自分の存在が家族に迷惑をかけてしまっている事。それを自分自身が負担に思っている事。それが辛くて家出をした事を。
今まで隠していた胸の内を粛々と語り伝える。
それを聞いた家族は涙を流す。気がつくと響自身も泣いていた。揃った立花家全員が涙してその告白を聞く。
「私は・・・お父さん達に迷惑をかけたくなかった」
ポツリポツリと呟き出す彼女の言葉は狭い鳴海探偵事務所に響いていく。
それを壁に寄りかかり聞いていた翔太郎は背を離すと相棒に視線を送る。受け取ったフィリップも小さく頷くと彼に続いた。
「え?・・・え?」
急に部屋を出ていく二人に亜樹子が慌てていると照井は小声で言う。
「俺たちも行くぞ、所長」
「でも」
「ここからは家族の時間だ」
振り向くとそこには響達を見つめる優しい瞳。かつて両親と妹を、家族を失った彼は新しい家族の肩に手を乗せて促した。
その伴侶は彼の意図を汲み、共に部屋を出る。
その背中に聞こえてくる家族の会話を聞きながら。
事務所外ではWの二人が空を見上げていた。その片割れはもう一方に質問する。
「ねぇ翔太郎。もし僕の家族が普通の家族だったら・・・僕が立花 響の様な境遇に陥っていたらあんな風に泣いてくれたのかな?」
フィリップの家族。園崎家はかつてこの街を泣かせた組織『ミュージアム』そのものだった。父を組織の長とし、二人の姉と長姉の婿、ペットのミックでさえも幹部だった。
母は離反して組織に敵対していたが、それでもそばにいてくれたわけではない。
今はもう、実の家族と言える者が来人には誰もいなかった。
「僕はね。今少しだけだが、立花 響が羨ましいよ。ああやって泣いてそばに寄り添ってくれる家族がいる事が羨ましい」
「・・・そうか」
翔太郎は相棒の独白に相槌を打つと帽子を脱ぎ指でクルクルと回しだす。一通り回し終えると宙に浮かせ、その鍔を掴む。
そして取り損ねて落とした。
「あっ!」
「翔太郎・・・」
相変わらずの彼の行動にため息を吐くと落ちた帽子を拾う。彼のトレードマークたる黒い中折れハットの埃を払い手渡しながら、いつの間にかフィリップは笑っていた。
「まったく、だから君は」
「ハーフボイルドじゃないからな!」
反射的に答える相棒にまた笑う。
「まだ何も言っていないよ」
「いいや、お前絶対言うつもりだったろ!」
「さて、どうだろうね」
「フィリップ!」
彼女に家族がいるように、僕にも家族がいる。
「どうした左。またなにかやらかしたのか?」
「またカッコつけ損なったんでしょ?」
「お前らなぁ!!」
冷静ながら熱い心を持った仲間。
騒がしくも逞しい上司。
いつだって隣に立ってくれる頼もしい相棒。
これが僕の、今の家族だ。
そして自分の予想が確かなら、そこにもう一人加わるかもしれない。
新しい家族となる少女が。
なかなか描くのが難しいです。