場面は変わり、俺、リムル=テンペストはシズさんの遺した子供達を助けるため、イングラシア王国に来ていた。
子供達の教師として活動している俺は、野外授業と称して模擬戦に励んでいた。
5人の子供達、ケンヤ、リョウタ、ゲイル、アリス、クロエは今はまだ子供だけど、成長すればかなり強くなる。
ハクロウに修行をつけてもらうのも良いかもな。
「お、ランガ!おかえり!」
「はッ!立派に使命を果たして来ました、我が主!」
嬉しそうにブンブンとしっぽを振るランガ。
お使いを頼んで数分......?明らかに速すぎるな。
「どれどれ......あー......」
「如何致しましたか、我が───っ!こ、これは......!」
ランガに運んでもらっていたサンドイッチは、スピードに耐えられず崩れていた。
ランガみると、申し訳なさそうに縮こまっていた。
「振り回しちゃだめって言ったろ?」
「面目ない......」
「ま、こうなったもんは仕方ないさ。おーい、そこまで!お昼にするぞー!」
子供達は模擬戦の後なのに元気に向かってきた。
本当に元気だな。
どうにか救ってやりたい。
「くーっ、運動の後のメシうめーっ!」
焼け石に水かもしれないが、少しでも魔素を発散して、暴走しようとしているエネルギーを減らすことが出来ればいいと思って定期的に模擬戦をしている。
今、俺に出来るのは上位精霊を探すことだけだしな。
「ねぇ、先生と勇者様どっちが強いかな」
「そんなの勇者様に決まってるじゃないの」
「私は先生の方が好き!」
勇者様?
そういやヴェルドラって勇者に封印されたんだよな......
確か300年前だって話だし、さすがに別人だと思うが。
「こんなのにマサユキ様が負けるはずないもん!」
アリスが俺を指さしてくる。
ていうかこんなのって......ん?マサユキ?
「マサユキってのが勇者の名前なのか?」
「先生、勇者様を知らないの!?」
ケンヤとゲイルが驚いて見てくる。
そんなに凄いのか?勇者ってのは。
「とても強いんですよ!」
「金髪でね、すっごくカッコイイんだから!」
ゲイルは尊敬しているのか、勇者のことを嬉しそうに話す。
アリスは......あれか、アイドルを見てる感じか。
......ていうか金髪なのか。日本人っぽい名前なのに。
確か前に、ミリムがヨウムに言ってたな......
”あれは魔王と同じで特別な存在。勇者を自称すれば因果が巡る”
だったか?だから「勇者」じゃなくて「英雄」を名乗れとか何とか......
ってことは、マサユキとやらは本物の───
「グギャアアアアアアアアア!!!!」
「っ!?」
そんな時、デカい叫び声が響いた。
声のした方を見ると、大きな翼を持ったある種族の魔物が飛んでいた。
「何だ!?ドラゴン!?」
今まで見た事ないぞあんなドラゴン!
おい、あれなんだ大賢者。
《解。天空竜です。脅威度は”災厄級”。暴風大妖渦と同じランク帯の魔物です。》
天空竜とやらはイングラシア王国の王都へ向かおうとしている人達に攻撃している。
......まずいな。王都に入ろうとしてた人達が狙われてるのか。
あちらこちらで悲鳴が聞こえる。
災厄級は伊達じゃないな。
「先生......あの人たち死んじゃうの......?」
そう言ってくるクロエの目には不安が見えた。
「......ランガ、子供達を頼む」
「はッ!」
「大丈夫だ、死なないよ。俺が行くからな」
そう言って俺は王都へ飛び出した───は良いものの、西方聖教会に目を付けられても困るし、素性は知られたくないんだよな。
「さて、どうするか......」
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「先生、大丈夫かなぁ......」
「へーきだって!先生だぜ?」
不安そうなクロエに、ケンヤ達が安心したように言う。
リムルは自分達の先生だ。こんな所で死ぬわけが無いとリョウタとゲイルも笑顔で告げ、クロエの表情から不安の色は消え去った。
「先生だもん、大丈夫だよね!」
「へへっ、ああ!」
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ワシの名はミョルマイル。ブルムンド王国の商人だ。
訳あって今イングラシア王国に来ているのだが、不運なことに魔物に襲われている。
「くっ......こんなところで死んでたまるかい」
せっかく手に入れた上位回復薬も先程の攻撃で幾つかダメになってしまった......せめて残りだけでも......!
「おかーさん......おかーさん!」
「子供......っ!!」
泣き叫ぶ子供の傍には、血だらけで倒れている母親と思しき女の姿があった。
母親が重症なのか......しかし、あのまま放っておいては......っ。
「......上位回復薬......」
これがあれば......魔国連邦で手に入れたこれがあれば......!
ええい、ままよ!
「ぬおおおおっ!邪魔だどけぃ!」
「わっ!」
ワシは子供を除け、母親に回復薬をかけた。
「お、おじさんだれ......?おかーさんに、なにしたの!?」
子供は混乱した様子でワシを見てくる。
だが今のワシは回復薬が効くことしか頭になかった。
「ねぇ......っ」
頼む......効いてくれ......頼む......っ。
その時、母親の体がぴくりと動いた。
「......ん......うう......」
「!」
「あ、あれ......?私......」
「おかあさん!」
「っ!」
親子2人はその場で抱き合った。
良かった......効いた......。
それにしても......なんという即効性だ......!
フューズ殿に聞いてはいたが、想像以上の代物だ......!そこらの上位回復薬よりも性能が良い......!
「おじちゃん......うしろ......」
「わかっとるわい!」
気づけば、後ろにドラゴンがいた。
くそ......まさかこれ程近くに来ているとは......。
「......ワシを誰だと思っている。こんなつまらぬ場所で死ぬ男ではないわ。貴様らは邪魔ださっさと行け!」
「......ありがとうございます!」
「おじちゃん、ありがとう!」
親子が去るのを見届け、深呼吸する。
......ワシは幸運な男なのだ。
この場でこの薬を持っているのがその証。
これ程の商機を前に、死を迎えるなど断じて───
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ドラゴンの方に向かった俺だが、目の前の男が死にそうだ。
間に合うか?大賢者。
《解。対象との距離を計測した結果、最高速度でも0.01秒間に合いません。》
クソっ!
俺が諦めかけたその時、顔の横を何かの弾のようなものがとんでもない速度で飛んでいった。
すると───
───シュコン。
そんな音が聞こえた。
「ガ......ガガ......」
すると、あっという間にドラゴンは倒れた。
死んでいる訳では無い。
大賢者、さっきの弾が何かわかるか?
《解。僅かに見えた形を計測し、鑑定───失敗しました。》
マジかよ......大賢者が解析できないなんて......。
「ふう、間に合うたか。と、そこにおるのは......リムル君か?」
「......あんたは......!」
聞き覚えのある声の主は、黒髪リーゼントのファンキーな爺さんこと、次郎さんだった。
ってことは、これは次郎さんが......?
一体どうやって......。
「次郎さん、久しぶりです」
「そうかの?」
「それにしても......これは一体......?」
「ん?ノッキングじゃよ」
ノッキング......って生物分野で言えば、生物の神経に電流や針とかで刺激を与えて麻痺させるっていうあれか!?
「ノッキングってそんな簡単に出来るんですか......?」
「いや、これは師匠に恵まれたからの」
「......凄いです」
「そうかの?まあそれはそれとして......」
次郎さんは先程襲われていた男の方に向き直った。
男は深く頭を下げて礼を言った。
「あなた方がいなければ、今頃ワシは......!ありがとう、リムル=テンペスト殿、次郎殿!」
「ん?」
「お?」
「え?」
あれ、バレてた?