「ねぇ、次郎さん」
「ん?」
最初に会話を持ちかけたのは白の方だった。
「あなた、1度ここを出たでしょ?」
「ああ、出たな」
「召喚されたの?」
「いや、空間を割った」
「......あなた、一体何者?」
彼女は、目の前の人間を理解出来ずにいた。地獄に耐えられる体を持つ人間など、未だかつていなかった。
だけでなく、召喚以外の方法で脱出したかと思えばまたいる。今の白にとって次郎は未確認生物と何ら変わりなかった。
「何者と言われてものう......職業は美食屋。人間としか言えんのじゃが」
「美食屋?」
「美食屋というのは、より美味いものを求め、調達する者のことじゃ。美味いものを食えば食うほど、細胞は活性化する」
この説明に白はなるほど、と言葉少なく応じた。
次郎としては、最後の細胞の活性化についてはまだ疑問が残っていた。
(......この世界にグルメ時代よりも美味いものがあれば、の話じゃが)
そんなことを思っていると、白がいきなり次郎の顔を間近で覗き込むようにして見てきた。
突然の行動に次郎が少し戸惑いつつも、どうしたのかと聞くと、
「細胞が活性化する、というのはどういうこと?」
「......一重に活性化すると言っても、幅は人それぞれじゃ。細胞の中に潜む食欲が強ければ強いほど、活性化の幅も広がる」
「細胞の中に欲がある?少しよく分からないのだけど」
「そうじゃな......まずグルメ細胞について説明しようかの」
次郎はそこらの骨を1つ手に取り、地面に人の体を描く。
そして両隣に注射と肉を描いた。
その2つを丸で囲み、そこから矢印を人の体に向ける。
「まず生まれたての、というか人間自体にグルメ細胞はない。だから外から取り入れる。細胞を含んだ食物を経口摂取するか、注入して馴染ませるか」
「その2つしか方法はないの?」
「ワシが知る限りはな」
「そう......」
「間違っても摂取しようなどと思ってはダメじゃぞ」
この世界にグルメ細胞は無いとは思うが、次郎は念を押した。
白はクスッと少し笑い、安心してと告げた。
「大丈夫よ。そんなことしないわ」
「そうか......失敗したら死ぬ危険性もあるからの」
「よくそんなもの食べてたわね」
次郎は明後日の方向を見て遠い目をした。
そして露骨に話を戻した。
「......続けるぞ。このグルメ細胞と人間の体細胞を結合させて成功した場合、さっき言ったように美味いものを食えば食うほど生物として成長する」
「どういう成長か教えてくれる?」
次郎は人の体の周りにオーラのようなものを描いて活性化したように見せる。
そして食欲が強すぎる場合、と付け加えて体の上にもう1つ化身のようなものを描いた。
「グルメ細胞を持つ者の食欲が強ければ、中に潜む悪魔が具現化する。今描いた化身のようなものがグルメ細胞の悪魔じゃ」
「悪魔......私達とは違うんでしょうね」
とは言うが、白の見た目はお世辞にも悪魔とは言い難い。冷たい眼光と血のように赤い瞳は悪魔のようだと言えるが、その外見は色気のある女性そのものだった。
「ああ、この悪魔は食欲そのもの。持つ者はグルメ細胞保有者の中でもごく一部じゃよ。この悪魔を持っているか持っていないかで、進化の幅は大きく変わる」
「差はどれくらいあるの?」
「そうじゃの......同じだけ同じものを食った場合、この髑髏をデコピンで壊せるか、拳で壊せるかくらいかの」
「ちなみに、あなたは持ってるの?」
「いや、持っとらん」
次郎の放った言葉に白は疑いの目を向ける。そして次郎の体全体を見てもう一度疑いの目を向けた。
「......その悪魔を持ってなくても、あなたみたいに強くなるのかしら?強くなくとも、ここの環境に適応できる体になるの?」
「戦闘力は、最高の師匠と家族がいたからついたものじゃよ。皆がいなければ、ワシはただの獣じゃった」
「そう......」
「まぁ、環境に適応するのに関しては慣れとしか言えんわい」
アカシア達のお陰とは言ったものの、次郎は幼少の頃に最強の狼に育てられた過去を持つ。その時、食事の際に濃い細胞を大量に取り込んでいた事により、細胞自体のレベルが桁違いに高くなっており、グルメ細胞の悪魔を持たずとも世界最強クラスの力を身に付けることができたのである。
「慣れ、ね......」
そして環境に関しては、前述の通りグルメ界での慣れとしか言えなかった。
アイスヘルやベジタブルスカイ、アングラの森。
そもそもグルメ界にいる時点で次郎の体は常時鍛え上げられていた。
「というか、見ただけで強さなどわかるものなのか?」
「私達の前で平然としている時点で十分よ。そもそも、悪魔を見て反応しないのもおかしな話だと思うわ」
「まぁグルメ細胞の話じゃが悪魔なんざ何度も見てきたからの」
「ふーん......」
まぁ世界の環境の差もあるが、と付け加えた。
少し面白くないと言ったら表情で唇を尖らせる白。
ふと次郎は何かを思い出した。
「あぁ、最後に」
「?」
「グルメ細胞が一番進化する食材のことを”適合食材”という。適合食材を食べれば、グルメ細胞は進化の壁を超える。つまり、どの食材より進化するんじゃ」
「適合食材......難しいわね、グルメ細胞って」
「また会うことがあれば教えてやるわい。外の世界でな」
「......そうね。誰かに召喚してもらったら、その時はよろしく頼もうかしら」
2人の話が終わった頃、紫が目を覚ました。
白と同じように頭を押さえ、起き上がった後すぐに横になった。
そして「う〜」と唸りながら頭を摩っている。
次郎はノッキングガンを駆使して紫の痛みを緩和させた。
「ありがとう、おじいちゃん。すごいね、それ」
「白ちゃんの時は持っているのをすっかり忘れとったわい」
「......私と同じで、完全にはアルコールを分解できなかったのかしら?」
「恐らくそうじゃろう。この調子でいくと黄ちゃんもそうなると思うが」
「......はぁ、まったく世話が焼けるわ」
初めての、未知の飲み物、酒。
2人はもう飲まないと心から誓った。
そんなことを露知らず、黄にもノッキングを施してから酒をガバガバ飲む次郎に2人は少し震えた。
紫に関してはまだ頭痛が続いているので酒を見るのも嫌になった。
「......ん?これ何?」
酒から目を逸らした紫は、目に付いた次郎が描いていた絵を指さした。
「ああ、それはグルメ細胞の説明をする時に使った絵じゃよ」
「グルメ細胞?」
「グルメ細胞というのは次郎さんの中にある、美味しい食べ物を食べれば食べるほど生物として進化、成長できる特殊な細胞よ」
「よくわかんないんだけど。何で人間の体からもう1つ人間が出てるの?」
「それはグルメ細胞の悪魔。細胞保有者の中でもごく一部の者しか持たない食欲そのものの存在、だったかしら?」
先程結構長くかかった説明をこうも短く教えられるとは、しかもそれを平然とやってのけるのだから白の学習能力は恐ろしいなどと思う次郎だった。
「あ、ああ。そうじゃ」
「ということよ。わかった?」
「うん、大体。要するに、おじいちゃんの体はすごいんでしょ?」
「まぁ、そんな感じよ」
「今度会ったら、紫ちゃんにも教えようか。というか、白ちゃんに教えてもらえば良いんじゃないか?」
「やだ」
そう言うと紫は頬を膨らませて白をジト目で見た。
次郎がどうしたのかと思って聞くと、紫は白を指さして淡々と告げた。
「白はボクより知識があるのを良いことにやたら上から話してくるもん」
「あら、それは知識不足が悪いのではなくて?」
「......何?喧嘩売ってる?教えてもらうんだから知識不足は当たり前でしょ?」
「頼む側にも態度というものがあるのではないかしら?」
「そんなこと言ってないでさっさと教えてよババア」
ピキ、と青筋を浮かべながらも耐える白。
すぐに落ち着いて息を吐き、こう言葉をかけた。
「あら、すぐにつっかかって。これだから”お子様”は......」
「死ね!!」
お子様の部分を強調しながら言ったことで紫はキレた。
そして白目掛けて思い切り蹴りを放った。
白は容易に避け、周りの髑髏が吹き飛んだ。
次郎は眠っている黄を抱き上げて少し離れた場所に移動させた。
「おぉ〜、結構やるのう」
黄を避難させた後、次郎は2人の戦いを見ていた。喧嘩とはいえ、実力は悪魔の中でも頂点。規模は凄まじいものだった。
拳を撃ち合うだけで風が吹き荒れ避けられたパンチの風圧で竜巻ができていた。
「女とは、恐ろしいもんじゃのう」
軽く言いながら酒を飲もうとした時、誰かに瓶を取られた。
「お?」
次郎が振り向いた先には、ゴクゴクと美味しそうに酒を飲む黄の姿が。
「まだ飲むのか?」
「ん?ああ、美味いからな」
「酔うぞ」
「大丈夫だ。眠くなるだけだからな!」
「はぁ......」
3人の中で1番の酒飲みは黄だった。調子よく”だけ”などと言う黄だが、今は次郎のノッキングで痛みを緩和しているに過ぎない。
また飲み始めたことに驚きこそしなかったが、飲むなら飲むで瞬時に酔わないで欲しいと思う次郎なのだった。
そして次郎の言った通り、黄は秒で酔った。
顔が赤くなり、目が潤み、次郎の方へ歩み寄ってくる。
次郎は黄の頬に指をあてて、ノッキングを解除した。
「はれ?あたみゃがくらくりゃしゅるじょ......?」
すると、黄の顔はさらに赤くなり、立つことすらままならなくなった。子鹿のように震える黄だが、プライドでもあるのか、どうにか立ち続けようとしている。
そして次第に限界を迎え、体が傾いた。
「呂律が回っとらんぞ。というかこれ......」
「......ふにゃ?」
倒れかける黄を受け止めその辺に座らせる。
だが、意識があるのかないのか、黄は次郎の方へ寄り、腿に頭を乗せて寝た。酒を飲む時に立つのはどうにかならないものかと思ったが、黄が離れない。次郎は眠っている黄を前に動くに動けなかった。
「......どうしたものか......ん?」
「クフフフ......あなた達は毎度毎度学習しませんねぇ」
1人の男が、白と紫をボコボコにして担いできた。
男は服に汚れこそあるものの、外見的なダメージは無かった。
そして、何故か次郎はこの男に初めて会う気がしなかった。
「......ふむ、なるほど」
「どうかしましたか?”次郎”さん?」
「おぬし、ワシのことをここから見ていたことがあるだろう」
「おや、気づいていましたか」
「敵意はなかったからのう」
軽く言う次郎に男はクフフ、と笑った。その目は黄とは似て非なる興味深さ故に向けられる視線だった。
男は2人を地面に落とし、「起きなさい」と告げた。
「むむむ......まさか”黒”に出会うなんて......」
「当然でしょう。あなた達のじゃれ合いの余波が、私の所まで響くのです。喧しくて仕方ありませんよ」
「すまんの」
「いえいえ、悪いのはこれですよ」
ボコボコにされながらも瞬時に再生する2人の体。
紫は次郎の後ろに隠れ、白も寄る。
黒から確実に距離を取る2人。
黒は怪しく笑ってすぐに踵を返した。
「まぁ、今は見逃してやりますよ。私は”あの方”を見るので忙しいので」
黒はいつの間にか闇と共に消え、紫と白の喧嘩ムードもすっかり治まっているようだつた。
「ていうか、黄ってこんな風に笑うんだね」
次郎の腿の上で気持ちよさそうに眠る黄を見て、紫は本物かどうか疑った。
それは白も同じで、普段の黄とは似ても似つかぬ様子に若干戸惑っていた。
「......これもお酒の力かしら?」
「眠る時は無防備になるからの。普段見ない姿も出るじゃろう」
「それにしても、安心しきった顔してるね」
黄の顔は、普段見せるような好戦的な表情ではなく、見た目相応の少女のような寝顔だった。
「ここまで来ると、逆に怖いわね」
「......ていうか、おじいちゃん動けないんじゃない?」
「......そうなんじゃよ」
黄自身も、起きる気配は無く、次郎は身動きが取れないので地獄から出ようにも出られない。
「どうしようかしら」
「ワシも手の打ちようが無いんじゃが......」
「待つしかないような気もするけど......」
「......確かにそうかものう......」
3人は何とか黄を次郎から離れさせる方法を絞り出す。だが、いくら考えても出てこず、紫は最終手段に頼ることにした。
「黒に起こしてもらう?」
「それよ!」
「こらこら」
「だってそれしかないじゃん!」
紫と白は黒を呼ぼうとどうにか彼の方へ向かおうとするが、ただ眠っているだけの黄がボコボコにされてはたまったものではないと、次郎は2人を掴んで止める。
2人はかなりの力で進もうとするが、次郎が腕を引いたならばすぐ引き寄せられる程度には筋力の差はあった。
「それか、私達で黄を起こす?」
「いや、多分じゃが、黄ちゃんが怒る→喧嘩が始まる→黒君が来る→またボコボコにされる、という風になると思うぞ」
「じゃあおじいちゃんが起こしたら良いんじゃない?」
「......それじゃ」
次郎は早速黄の肩を叩いて起きるように促す。
「黄ちゃん、起きてくれ」
「......ん」
僅かに反応を示した黄。
もう一度声をかければ目を僅かに開いた。次郎はその瞬間を見逃さず瞬時に起こした。
「ふぅ」
「なんだ?何をしているんだ?」
「黄、あなたが眠ってしまったせいで、次郎さんはろくに動けなかったのよ」
「そうなのか?ならば済まない。なんだか急に眠くなってしまってな......」
「まぁノッキングを解除したから、酒の麻酔作用が一気に押し寄せたんじゃろ。さて、黄ちゃんも起きたことだしワシはそろそろここから出る」
次郎の脱出の手つきは慣れたもので、空間にヒビを入れて世界を割った。悪魔3人娘が有り得ないものを見るかのように驚いていたが、気にせず次郎は穴に片足を通した。
「それじゃあの、3人とも」
「え、ええ」
「またお話しようね」
「...........」
なにやら言いたげな様子の黄に次郎は問うた。
「黄ちゃん、酒が欲しいか?」
「......ああ」
そこまでハマったのかと、白と紫は驚きすぎて完全に固まった。
「そうかそうか。ならばこれをやろう。皆で分けて飲むといい」
次郎はリムルとミョルマイルに頼んで作ってもらったまぼろ酒に限りなく近いものを3人に樽ごと渡した。
黄は花が咲いたような笑顔になり、白はありがとうございますとお礼を言い、紫はまたお酒かと頭を悩ませていた。
次郎が脱出する瞬間、黄は小さな声で呟いた。
「また会おうな、次郎」
その言葉を最後に次郎は地獄から脱出し、穴が閉じるのを見守った。
悪魔3人娘も、最後まで次郎を見送っていた。
「さて......リムル君と合流せねばの」