「酒が飲みたい」
「何ですか急に」
「いや、そういえばこの世界に来てから酒を飲んでいないと思っての」
次郎は何気ない提案をしたが、トレイニーは渋っている様子だった。
「お酒は体に悪いんですよ?飲むなとは言いませんが......」
「”酒は百薬の長”じゃよ」
「はぁ......」
トレイニーが額に手を当ててため息を吐く。
そして指を立てて次郎に詰め寄る。
「じゃよ、じゃないですよ。この間言ったじゃないですか。依存してしまうとダメですよって」
「いや、ワシも断つ時は断つぞ?」
「その断つ時がいつ来るかは分からないでしょう!」
「1口位良いじゃろ?」
「絶対止まらないでしょ!」
譲らない次郎に思わず素の口調になったが、トレイニーは構わず続ける。
「自分の事を”酔いどれ次郎”って言ってたでしょ!酔いどれなんて言葉、相当飲まないと付かないわ!」
「いや、でも───」
「お酒ばかり飲んでその老体に響いたらどうするの!」
「ふん!」
次郎はノッキングで筋骨隆々になる。
というかほぼ若返っているようにも見える。
「これでも老体かの?」
「ノッキングされたらもう何も言えないじゃない!」
「だから酒を───」
「もう!私は次郎が心配なの!お酒をガブガブ飲んで倒れたりしたら嫌なの!」
「安心せい、”ドッハムの湧き酒”を飲んでもアル中にはならなかったんじゃよ」
「そこはガブガブ飲まないって言ってよ!」
前の世界では傍から見れば明らかにアルコール中毒ぽかったが、次郎は自覚がなかった。とはいえ、あれだけ飲みながらグルメ界に行く際はしっかりと断酒している。
そういったメリハリをしっかりつけるのが次郎スタイルなのだ。
「”ドッハムの湧き酒”が何か知らないけど、飲むならお水にして!綺麗なお水を用意するから!」
「酒が良いんじゃよ酒が」
「もう!次郎の分からず屋!」
頬を膨らませてう〜、と唸るトレイニー。
「トレイニーの過保護ー」
次郎は少し煽りたい衝動に駆られてしまった。
「なっ......誰が過保護よ!心配してるのよ!?」
「おぬしはワシの母親か?」
「っ、違うけど......」
「ならそれ位は自由にさせておくれや」
「うっ......」
「ワシを育てた訳でもないだろうに、そんな事を決めんでくれよ」
「でも───」
「というか、おぬしにそこまで言われる筋合いはないぞ」
「っ......」
トレイニーは押し黙ってしまった。
次郎は少し強く言い過ぎたかと思い、チラッとトレイニーの方を見た。
そして、驚きに目を見開いた。
「うっ、ひぐっ.....」
「あ、あの、トレイニーや?」
なんとトレイニーは泣いていたのだ。
そこから次郎のことをどれだけ心配していたかが分かる。
関わって日は浅いが、彼女のこの優しさに次郎はとても申し訳なく思ってしまい、冷や汗が止めどなく流れてくる。
「でも、でもっ、私は次郎が体を壊さないか......心、配で......っ!」
「分かった。分かったわい」
次郎はトレイニーの頭を撫でて優しく告げる。
「すまんかったの。強く言い過ぎたようじゃ。酒は極力控えるから、泣き止んでくれないかのう?」
「うん......えぐ......ひっく......」
「すまんかった。すまんかったから」
あまり刺激せぬようトレイニーが泣き止むのを、彼女を優しく撫でながら待った。
しばらくして泣き止んだ後、トレイニーは顔を真っ赤にして次郎に謝り続けていた。
「私ったら本当に......本当にすみません!」
「いやいや、大丈夫じゃよ。泣かせてしまったワシにも非があるよ」
「......本当にごめんなさい......」
「とりあえず、酒については───」
「良いですよ、次郎さんの好きにして。よく考えてみれば、私にそんなことを指図する権利なんてありませんしね」
「......そうか。まあ、気が向いたらトレイニーも飲んでくれんかの?体に支障をきたさない程度に」
「はい。喜んで」
そう言って笑顔を見せるトレイニーは、スッキリした顔だった。
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とは言ったものの、次郎飲酒の件から2人は、互いに距離があった。
トレイニーは次郎に嫌われないように。
次郎はトレイニーを泣かさないように。
互いが互いに気を遣いすぎていた。
「あ、あの......次郎さん?」
「何じゃ?」
「......そんなに気を遣わなくて大丈夫ですよ?」
「......それなら、おぬしも前の様に接してくれんか?」
「は、はい!」
だがそれは、2人がしっかり話し合った(?)上で解決した。
その上で2人は打ち解け、トレイニーは次郎を呼び捨てで呼ぶようになり、敬語もあまり使わなくなった。
だが、クセが抜けきらず所々入ってしまうのはご愛嬌である。
「次郎」
「ん?」
「あなたが元いた世界って、色々な動物が食べられたのよね?」
「ああ。何と言っても、グルメ時代じゃからの」
「グルメ時代......メルヘンな名前ですね?」
「まあ、誰もが食を求めていたからそうなったんじゃろ」
「私には、分からないわね......まぁ、揚げ芋は美味しいけど」
「......お前さんの種族は、基本的には食事はしないんじゃろ?」
「ええ。でも、美味しいものがあれば食べたいとは思うわ」
「ふむ......」
次郎は顎髭に手をやり、何かを企む様子を見せる。
「次郎?」
「トレイニー、2ヶ月ほど待ってくれんかの?あのお嬢さんの所で」
「......2ヶ月も?」
「ああ。その代わり、おぬしに必ず美味いものを食わせると約束しよう」
「......約束」
トレイニーは小指を次郎に向け、指切りをした。
「......フッ」
「それじゃあ、2ヶ月後に会いましょう?楽しみに待ってるわ」
「ああ」
次郎はあっという間に遥か彼方へ走り去ってしまった。
トレイニーは次郎を見送った後、2ヶ月の間にリムルの所で何をしようかと考えながら、魔国連邦へ向かった。