アーマード・コア ~The answer of infinity~ 作:ジギタリス
不思議な感覚に襲われていた。
AMSの過負荷によって脳に甚大なダメージを受け、もはや意識さえもままならない状態だった。その筈が、首輪付きは徐々に手、足と自分の体の感覚を取り戻していた。
なぜ生きてる?
今の彼にはそう思い、また悔いる事しか出来ずに、遂には瞼が閉じている感覚も取り戻した。
「……?」
目を開けた彼の視界に入ったのは、彼の想像を遥かに超える景色であった。
『医務室』
本来この世界の人間ならばすぐにそう理解できるレベルである。だが彼にとっては機体の中にいないというだけではなく、彼が昔夢見た穏やかな世界がそこに広がっていたのだ。
首輪付きはすぐに上体を起こすと、動揺に激しく脈打つ己の心臓を感じながらあたりの見回す。
「なんだ、ここは……!?」
一定の間隔を空けておかれたベッド、出入り口と思しき扉の近くにはおそらく簡単な医療行為を行うための器具が揃った机と棚。すぐ横の開け放たれた窓からは、暖かな陽気と共に眩い光が注がれている。そこで首輪付きは改めてこの空間の異質さを認識した。
窓から見える景色はどう見ても「地上」。しかしそれにしてはこの空間があまりに『揃い過ぎている』のだ。まるで国家解体戦争が始まる何十年以上も前、人々がみな地上に暮らしていた時の様に。
「どうして……」
死んだはずが生きている。死後の世界と言いたいところだが、それにしてはあまりに情景がリアルすぎる。やがて首輪付きは一分も思考に浸らない内に、ひとまずこの異質な空間が何なのかを確かめるべく、ベッドから身を乗り出す。
「……?」
首輪付きはそこで初めて体が動かせない事に気付いた。手と足にはめられた鉄製の拘束具はベッドから離れられないようになっていた。試しに外そうと試みたが、どうあがいても人力で外したり壊したりする事が出来ないものであるとわかると、彼は早々に手を止めた。
「どうやら目が覚めたようだな」
扉の開く音と同時に、凛とした女性の声が聞こえる。
その瞬間、首輪付きは心臓を握られたかのような感覚に陥った。
もう聞くことはないと思っていた声。
もう見ることはないと思っていた姿。
様々な感情と思考が頭の中に渦巻き、突然生じた頭痛に首輪付きは頭を押さえる。そこでAMS使用の反動が完全に治ってはない事を再確認するが、彼の頭の中は理性とは対照的に余計に混乱し始める。
「セレン……なのか?」
「……? どうやらまだ頭が混乱しているようだな」
目の前に現れた女性を見て、首輪付きは失望と安堵の溜息を吐く。
自身の目の前に現れた凛とした女性はセレンとそっくりではあるものの、身なりはセレンの趣味とはまるで違う。何より発した言葉に、明らかな不信感が含まれているのだ。治まらない頭痛に眉を顰めがら、彼女の凛とした双眸を見つめる。
「アンタは……いや、まずここはどこだ?」
「ここはIS学園の保健室だ。お前にはISコアを狙った襲撃者としての容疑が掛けられている為、これから尋問としてこちらからの質問に答えてもらう。まず、名前は?」
「IS……? なんだそれは? そもそもここは――」
首輪付きがそう言いかけたところで、女性は持っていた竹刀の切先で地面を小突く。
「今のお前に質問の権利はない。まずはこちらからの質問に答えてもらおうか」
首輪付きはしばらく黙考した。ここで無闇に逆らうよりは、ひとまず従って相手の反応から現状の把握をしたほうが得策である。こちらは拘束されている上、向こうは武器のようなものを所持している以上これ以上の何かができるわけでもない。
首輪付きはそう結論付けたところで改めて質問に答えようとしたが、すぐに口を噤む。そして女性に見えない程度に頭を俯けると、やや自嘲気味に声を落とした。
「……ない」
「……それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。……忘れてしまった」
この時点で女性は訝しげに目の前の男を睨むが、溜息を一度つくとすぐさま再び口を開いた。
「では、コードネームはあるか?」
「……首輪付き」
「では、お前の飼い主は誰だ?」
「……もう、いない」
女性は眉間に皺を寄せる。いまいち要領を得ない会話もそうだが、首輪付きという存在自体がイレギュラーな背景にあるからだ。
首輪付きは突如としてアリーナ上空から落ちてきた。それだけでも驚きだが、さらに驚いたのがロボットと共に落ちてきたということだ。しかもそのロボットはすでにボロボロで、職員が試してみたが起動する気配もなく、むしろ起動の為のコンソールすら存在しなかった。
その時が春休みでアリーナに誰もいなかったのは不幸中の幸いだろう。実際、首輪付きにかけられた容疑も仮のもので、本来の狙いはこのイレギュラーな存在の男を調査するためなのだ。
「これでは話が進まんな。……仕方ない、質問を許可しよう」
「……IS学園とはなんだ?」
「IS学園とはその名の通り、ISを勉強するための学園だ」
「……ISとは何だ?」
「……? ISとはInfinite Stratos《インフィニット・ストラトス》の略。篠ノ之博士が開発した女性にしか反応しない兵器だが、まさか知らない訳ではあるまい」
首輪付きは女性の妙な反応に疑うように目を細める。そしてしばらく眉間の辺りを指で押さえていると、やがて眉間に皺を寄せて俯いたまま口を開いた。
「国家解体戦争、リンクス、カラード、オーメル、インテリオル、アルドラ、ORCA、エーレンベルグ、クレイドル。……この中で聞き覚えのある単語はあるか?」
「……いや、ないな」
「そうか、やはり……」
「……率直に聞こう。お前は一体何者なんだ?」
男が何かを思索しているのを見て、女性は心の奥底に得も言われぬ畏怖を感じ、悪寒が背筋を走る。
首輪付きは今だ脳に残るピリピリとした痛みに、生きている実感と兵器から離れられない皮肉を感じながらやや伏せ気味の視線を女性に向ける。
「俺はリンクス。おそらくこことは別の世界に住み、ネクストと呼ばれる兵器を使って傭兵をしていた、人間ではない何かだ」