アーマード・コア ~The answer of infinity~ 作:ジギタリス
首輪付きは妙な感覚に襲われていた。
それは既視感という概念から言えば真逆の境地、「いまだ嘗て見たことない」光景だ。
「ねーねー、どうかな? 君なら可愛がってあげるよ?」
先ほどの話の続きなのだろう。そう問いかけてくる女性だが、その格好は彼にとって常識外の一言に尽きた。青地のエプロンドレスと、腰に巻いたベルト代わりの巨大リボン。そしてなにより頭についた機械仕掛けの動物の耳。
衣服とは生きるにあたって「さほど必要のないもの」レベルのものとしている彼にとっても、その格好は一瞬彼の思考を停止させるほどに面妖であった。
「はぁ……束、どうやってここに来た?」
「『どうやって』って嫌だなちーちゃん、普通に正面からに決まってるじゃない」
「……『千冬先生』だ」
千冬が再び深いため息をつく。首輪付きは、おそらくこの保管室が厳重にロックされている事を踏まえての質問なのだと推測した。すると同時に「なぜここまで来れたのか」という疑問にも行き着くが、目の前の女性に只者ではない何かを察した彼はそれが言わずもがなであると理解した。
「あいつは一体誰なんだ?」
「私はね、束さんだよ!!」
千冬が答える前に自身でそう答えた束は、そういいながら自分の顔を両人差し指で差す。挙動の一つ一つがオーバーな束に首輪付きは思わず身じろぐ。
「こいつは篠ノ之束、ISを開発した技術者だ」
「この女が……」
「ブイブイ!」
千冬の補足説明を受けて、首輪付きは眼前でダブルピースをする謎の女性の異常性を得心する。
飄々とした態度の中に含まれる得も言われぬ威圧感、そして厳重である筈の保管庫まで来れるほどの卓越した技術力。かつて首輪付きのいた世界の変態科学者たちとベクトルは違えど、根本の部分は同じかそれ以上であるのも納得できた。
しかし同時にその心中は穏やかではなかった。もしこの女性がこの世界に蔓延るISの基を作った人間なら、このネクストという異次元の存在を知られるのはもはや危険どころの話ではない。
「それよりー、そのロボットはなんだい?」
「……これから廃棄される粗大ゴミだ」
「そんな面白そうなものを捨てるなんてもったいないよー!! なら私に頂戴?」
首輪付きは出来るだけ遠い言い回しを心がけたが、案の定束は既にネクストに興味深々だった。
確かに、平和とは無縁の世界で生まれたものならば、平和な世界の技術者としては喉から手が出るほど欲しいものだろう。技術転用し放題、言わばオーバーテクノロジーに近い存在なのだから。
「駄目だ、廃棄する。これが人の手に渡れば、多くの人が死ぬ」
「えー、ちょっとくらい良いじゃん」
「……駄目だ」
冷静を装いつつも、その言葉に彼は思わず息を飲む。
「良いじゃん」という言葉が果たして「廃棄する」事に対するものなのか、もしくは「死ぬ」事に対してなのか。当然前者であると信じたいところだが、根本が変態科学者達と似ている以上『後者』である可能性も否めない。束の笑顔の裏に隠れた『怪物』に、首輪付きはアサルトセルを見たとき以来の悪寒を感じた。
「束、いい加減にしろ……!!」
「はいはい、相変わらずちーちゃんはおっかないなぁ」
千冬に睨まれてようやく話の流れが切れたことで、首輪付きは小さく安堵の息を零す。
「じゃあそこの君が私のペットになるのは?」
首輪付きは吐いた筈の安堵の息を再び吸い込む。もともと会話自体をあまり好まない彼にとって、知的好奇心を全開にする束は心底会話を避けたい存在なのだ。
逆に反応のない首輪付きを見て束は、更に好奇心を強めたのか、突如首輪付きに近づいて顔を近づけながらニコリと笑みを浮かべた。
「じゃあ、取引をしようよ」
「……」
「黙るって事は、聞く気はあるんだね? 私そういう建設的な人は好きだよ?」
束はそう言って一歩下がると、今度は首輪付きを通り過ぎてネクストの前に来た所で振り返る。
「私はこのロボットと君を調べさせてもらう。勿論これで得た知識や情報は誰かに言ったりしない。そしてその代わりに、私が君の名前と居場所を確保してあげる」
常人が考えれば即時否定なこの提案も、首輪付きは別の部分で逡巡していた。
こういう科学者は自分が得た情報は自分だけのものにしたい筈。その点では信用できそうだが、重要なのは、その得た情報を基に新たな兵器を作らないとは言っていない事だ。
「駄目だな、お前のような科学者を俺は山ほど見てきた。そいつらは自分の知的好奇心を満たすためなら平気で人を犠牲にする変態ばかりだった」
「レディーに対して変態だなんてヒドーイ!! それに私も箒ちゃんといっくんとかは犠牲にしたくないんだよ?」
突然知らない名前が出てくる。呼び方からしておそらく束に近しい人物の筈だが、となるとさすがにそこまで人間の心が無い訳でもないのらしい。しかしまだそれ以外は「どうでもいい」となってしまう辺りに束の異常性が聞いて取れた。
「ねぇ、お願い」
束は首輪付きに近づくと上目づかいでささやく。
普通の人間ならば大きく天秤が揺れるその姿も、首輪付きからすればもはや勘定にすら入らない位に無意味なものだった。しかし首輪付き自身も、名前はともかく居場所については最重要項目の一つとして考えていた。彼とて、それが簡単にクリアできるのならばそれに越したことはない。
「……はぁ、分かった良いだろう。だが俺を調べるのは無しだ」
「えー、しょうがないなぁ。束さんの出血大サービスだよ?」
「ふっ……存外、甘い男なのだな」
首輪付きは隣にいた千冬から、なぜか意地悪な笑みを浮かべながら首輪付きという男を達観したような表情で眺められる。首輪付きの言葉の真意を知ってか知らないでか、それは千冬にしかわからない。
千冬は続けて束の方に視線を向ける。
「とはいえ束、どこで調べる気だ? ここにお前のラボはないだろう」
「それなら大丈夫だよちーちゃん。こんなこともあろうかとラボから必要なものは持ってきていたのだよ!!」
束は保管庫の陰に一度消えると、数秒してからどう見ても飽和状態のカバンを持ち出した。
「一時間あれば終わるから、そしたらあとは廃棄しちゃってもいいよ」
束はロボットの前まで移動するとカバンを置いて、ロボットをぺたぺたと触り始める。そして必要なものが分かったのかカバンの中から検査装置のようなものを取り出すと、それをジェネレーターにいくつかあてがい始める。
条件を飲んだ瞬間に放置された首輪付きは、束の様子を見て呆れ顔で束に声をかける。
「……それで、俺の交換条件は?」
「あーそうだったねぇ。じゃあ――」
束は本当に忘れていたかように気の抜けた声を上げると、しばらく検査を続けながら考えた後、振り返って千冬を指差した。
「ちーちゃん、あとは任せたよ!!」
束に指さされた千冬は、ほとほと呆れた様子で溜息をつく。
「……束、こいつはお前と取引したのだろう?」
「でもやっぱり、そういう事に関しては私よりちーちゃんの方が向いてると思うんだー」
束は次々に必要なものをカバンから取り出しながら、こちらに振りえることなく嬉々とした声でそう言った。それを聞いた千冬は既に答えが分かっていたのか、しばらくした後、諦念した様子で今一度溜息を吐いた。
「お前の尻拭いをするのも私か……仕方ない、来い」
「あ、ああ」
千冬は早々に束に背を向け保管庫から歩きだす。首輪付きは束に一瞥をくれつつも、千冬に言われるがままに共に保管庫を後にした。