アーマード・コア ~The answer of infinity~ 作:ジギタリス
閑散としたIS学園の廊下を歩きながら、数歩先を行く千冬が不意に口を開いた。
「まずは居場所の方だが……お前、年はいくつだ?」
「それも分からない」
「やはりな……そう言うと思って――」
そう言って千冬はとある扉の前で立ち止まる。
「ここは?」
「ここはISの適正を検査する場所だが、身体情報もある程度ならわかる。あとはわかるな?」
首輪付きは縦に一度頷く。つまりは大凡の年齢を身体情報から推測するという事である。年齢がいくつであれ、居場所を確保してなければならない。名前はおろか自分に関する情報の一切が不詳というのは、平和なこの世界では生きていく上で不利になる。
千冬が扉を開けると、目の前に円柱状の筐体がいくつか現れた。おそらくこれがその検査装置だと理解した首輪付きは、そんな違う方向での技術の発展の志方に羨望を抱いていた。
「では上着を脱いで、その中に入れ」
検査室に入ると、千冬は筐体の隣に備えられた操作盤をいじり始める。首輪付きは上半身を晒す事に若干の抵抗をおぼえながらも、仕方なくシャツの裾に手をかける。
「……では、これから検査を始める」
千冬は首輪付きの傷だらけの上半身を見て一瞬の戸惑いを見せたものの、泰然とした表情は崩さずに操作を続けた。
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「残念だなぁ、あの人、なかなか調べ甲斐がありそうだったのに」
保管庫の中で、データを採取する束は心のままにそう呟いていた。
束が興味を持つ研究材料としては、首輪付きは十二分にその条件を満たしていた。
操作盤のないコクピット、どう考えても普通の人間が乗ることを想定していない機体設計。ジェネレーター、ブースターがありながらコアとなるシステムがない事。
そしてジェネレーターに対して機体が運用するであろうエネルギーが明らかに不足している事。それはつまり、このジェネレーターに既存のエネルギー以外の何かがあったという証拠でもあるのだ。
「あの人を調べたら、それが分かったかもしれないのになぁー」
心底残念そうに呟くが、首輪付きという存在はあくまで知的好奇心を満たすものでしかない彼女にとってはさほど憂慮すべきことではなかった。
ネクスト程人間離れした性能の機体ならば、それに搭乗する人間も当然ながら普通ではない。束にとって効率の良いエネルギー変換方法や奇抜な設計技術などは欲しいが、それ以上のものをネクストには求めていない。
あくまでISは人が乗ることを前提として作られた兵器であり、その前提を覆す技術は使わない、使わせないが、彼女の矜持であった。
「んーまあ、無人のゴーレム位になら利用できるかも」
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「ふむ……」
一通り調べ終えたところで、千冬は操作盤の画面を見ながら唸っていた。
「それで、何歳だった?」
「……そうだな、とりあえずお前はこの学園への入学手続を済ませろ」
千冬の発言に首輪付きは心の中で胸を撫で下ろした。成年としてより、未成年としてこの学園に身を置いた方が一先ずは生きるのに苦労しない。結果として最重要項目の一つは早々に達成された訳で、今後の身の振り方についても考える猶予が与えられた事に等しい。
しかしながら解せない点もある。ここがIS学園という女性しかいない場所である。そもそもISが女性にしか扱えないと言っている時点でこの学園に入るのはおかしいという事になる。なのにこの学園への入学手続きをしろという事は、それなりの何かがあって良いはずだ。
「……俺にはIS適正があるのか?」
その問いに千冬は暫く黙り込む。やがて操作盤の表示画面を見ながら渋るように口を開いた。
「正直判断しかねるな、これは。『分からない』というのが事実だろう」
「それは俺に対する意趣返しか何かか?」
口先では飄々と受け答えしたものの、首輪付きの内心はそれとは真逆の状態になっていた。
女性しか扱えない筈のISが使えるともなれば、それこそ面倒な事態に発生しかねない。それは同時に、自分の体の事や『ストレイド』の情報も漏れる可能性がある事を意味しているのだ。
「とにかく、あとはお前の名前を決めるだけだが……」
「好きにつけてくれて構わない」
「……自分で決めろ」
「自分で自分の名前を決めるのもおかしな話だろう?」
そこまで首輪付きが言ったところで、千冬は言葉に詰まった。赤ん坊と違い、目の前の人間に対して「名前」を付けるのはかなり精神的に難しい行為だ。相手がいろいろな意味で分別のつく大人だからこそ、名前の良し悪しをその場で判断されてしまうからだ。
それも重々わかっていた首輪付きは流石に丸投げしすぎたと反省しながら、バツの悪さを感じてか露骨に悪びれる様子を見せながらため息を吐いた。
「千冬、確かアンタはドイツにいたことがあるんだよな?」
唐突な質問に千冬は何も言わずにうなずく。首輪付きはそれを見てしばらく考えた後、自嘲するかのように鼻で笑いながら千冬を見た。
「そうだな、じゃあヴァン・デラールなんてどうだろうか」
「……『放浪者』か。フッ……今のお前にはぴったりかもな」
千冬は見守るような優しい目つきで笑みを浮かべてそう呟いた。今まで『首輪付き』として生きていただけに『人として』はまだ若さが残っているヴァンを、これからIS学園に通う自分の弟とどこか重ね合わせていた。
それもたった数秒だけで、次の瞬間には教師としての『織村千冬』となってヴァンの前に立った。
「ひとまずお前には部屋を用意しておく。だがそれ以外の必要最低限のものは自分でどうにかしろ」
「分かった」
きっと千冬自身この言葉にさほど深い意味はないのだろう。
しかし『生きたければ戦え』――そんな傭兵としての矜持が形を変えて必要となった事はヴァンにとっては皮肉に近い。束が言った『居場所』というのはきっと学園の生徒としてだけではない。束はいずれヴァンが自分を必要とする事を分かっていて改めて『居場所』を交換材料として出してくる。つまりはISに関する何かしらの供与、そう結論付けた上で取引を飲んだ。
もしその時が来た際に束が謀でも企んでいたら実力で排除すれば良い。なによりこれ以上千冬に迷惑をかけるのはいろいろな意味で良くないとヴァンは思っていた。
「来い、色々と手続をいないといけないからな」
千冬は結果画面を閉じると、服を着たヴァンを先導するように検査室の扉を開けた。
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「どれどれー……」
千冬とヴァンが検査室を去った後、機体の調査を終えた束は密かに操作盤をいじっていた。
本来は操作を止めた時点でその情報は破棄される筈だが、操作盤からハッキングを行い、データのごみの山からヴァンの身体情報を探し出すことなど束にとっては息をするのと等しい位に容易い事だった。
束はヴァンの診断結果を一通り見て、人差し指を顎に当てて暫く考えるような仕草を見せた後、証拠を消しながら操作盤と閉じる。
「やっぱり予想どーり、面白いなあの男の人ー」
束は不吉な笑みを浮かべ、軽快なスキップを小さく刻みながら検査室を後にした。
『名前:ゲスト』
『身体年齢:error』
『健康状況:error』
『特記情報:error』
『IS適正:error』