一から無限に広がる物語(かのうせい) ヒト、それをオクトパストーリーと呼ぶ   作:オクトパストーリー主催者

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2020年12月お題募集分
いつもそばに (作:hasegawa)


 鳥の鳴き声の聞こえる、穏やかな朝。

 それはいつもの朝のようでいて、どこか違った朝だった。

 

 この家の主、雪代宜弘(ゆきしろよしひろ)が、いつものように軽く欠伸をしながらキッチンに向かうと、其処には先客がいたのだ。

 

「……? な、何で儀子が……ここに?」

 

 とある事情で同居中の幼馴染――水無瀬儀子(みなせ のりこ)がそこに立っていた。

 

 背中まで伸びた、セミロングの髪。

 仔犬か栗鼠のような印象を想わせる、くりっとした榛色の目。

 小さく整った、卵型の顔。

 鼻筋が通ってお雛様のような、小さな口。

 そしてなにより、目を引き付ける雨宿りができそうなほど、せり出した胸――――

 

 そんな彼女はいま三角巾を付け、忙しなくキッチンを動き回っている。

 割烹着姿で煮物の味見をしたかと思えば、まな板の上で何かを刻んだり、冷蔵庫から何かを出して盛りつけたり。

 

(貴方作る人、私食べる人。

 ……なんていつも言っていた儀子が、料理だなんて。……夢かな?)

 

 しばらくの間、宜弘がその姿に見惚れていると、やがて儀子がふぅと一息吐き、三角巾を外して軽く頭を振る。

 解いた長い髪が一瞬散るように踊り、サラッと肩へ流れた。

 

 そして儀子は何かを考える様に、口元に指をあてながら、周囲を見回し始める。

 ふと振り向けば、そこにいる宜弘と視線が合わさった。

 

「あら宜弘様、お早うございます」

 

「えっ、宜弘……様? それにその言葉遣いは……え?」

 

「もう宜弘様……。朝はお早う、昼はこんにちは、夜は今晩は……ですよ?

 人が生活するには、挨拶が肝要でしてよ」

 

 そして窘めるようでいて、けぶる様な笑みを浮かべ……、

 

「お早うございます、宜弘様――――」

 

 鈴を転がすような声を、宜弘にかけたのだった。

 

「あ、おはよう。……って、何で儀子が台所に……?」

 

「もうすぐ朝食ができますから、お座りになってお待ちくださいね」

 

「え? ……あ、あぁ」

 

 目の前の出来事に戸惑っている宜弘をよそに、儀子は手際よく朝食の用意をしている。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(なんで儀子がここにいる……?

 そんなハズないだろう。だって……)

 

 促されるままに、いつものテーブルへ。

 だが未だ宏明は混乱から抜け出せぬまま、ただキッチンに立つ儀子を見つめるばかり。

 

「料理をするのは、本当に久しぶり……。

 こうして包丁を握り、手を動かしているだけで、嬉しく思います」

 

 その表情は、こちらからは窺えない。だが儀子がしみじみと感じ入るように、そう呟いているのが分かる。

 

「もう少しだけお待ちくださいね? すぐ出来上がりますから」

 

 だがその声を聞いても、宏明の心が静まる事は無い。

 

(動けるハズが無いんだ。

 ……ここでこんな風に、のほほんと料理なんぞ出来るワケが無い)

 

 思わず周囲を見回し、どこかに手ごろな道具は無いかを探す。

 引き出しにあるハサミ、戸棚に仕舞ってある包丁、そしてどこかにあったハズの縄を思い浮かべた。

 

(こいつは押し入れの中にいるハズだ(・・・・・・・・・・・)

 手足を縛られ、口を塞がれ、いっさい身動きを出来なくしていたハズだ)

 

 この数日、宏明は儀子を自宅に監禁し、そして暴行の限りを尽くしていた。

 手足を縛ってはいるが、本来ならばそんな物がなくとも、儀子は動く事が出来ないハズだった。

 

 何故なら――――とうの昔に手足などへし折っている。

 ついでに声など出せないよう、喉も潰してやったハズだ。助けを呼ばせない為に。

 

(どうやって出た? どうやってここに?

 そもそもなぜコイツは立っている? 声など出せる?)

 

 2週間ほど前、宏明は長年恋焦がれていた自身の幼馴染が、知らない誰かと婚約していたという事を知った。

 それからの数日間、宏明は入念に計画を練り、道具や取り揃え、環境を整え、この自宅に儀子を監禁する為の準備を整えた。

 

 もう二度と、自分以外の誰かなどを見ないように。見られないように。

 幼馴染である自分の想いを裏切った、儀子を罰する為に。

 

(治った? 足りなかったのか? もっと完膚なきまでにへし折るべきだったか?

 ……そんなワケが無い。たしかに俺は、儀子の骨が砕ける音を聞いたじゃないか。

 どれだけ泣き叫ぼうと、金槌で殴り続けたじゃないか)

 

 親に関してのちょっとした頼み事だと騙し、なんとか彼女をこの家に連れ込んだ日から、宏明は毎日のように暴行を加えた。

 だから彼女の今の状態をよく知っているし、あんなにも身体の隅々まで観察してきたのだから、思い違いなどするワケが無い。

 

 そもそも、自分がどれだけ彼女の事を想い、四六時中彼女の事を考えていると?

 こんな事をしてまで手に入れようとする位に、心から彼女を愛しているのだ。

 そんな自分がミスを犯すはずは無く、この練りに練った計画が完璧で無いはずもない。

 

 だから、この現状はありえないハズなのだ――――

 

「さぁ出来ましたよ宏明さま。

 テーブルの上を片付けてくださいますか?」

 

「あ……あぁすまない。少し待ってくれ」

 

 言われるがままに、新聞や小物などをテーブルからどけて、料理を置く為のスペースを作る。

 思わず声が裏返りそうになるが、なんとか堪えて平静を装う。何気ない口調を意識して。

 

 だが宏明の目が、彼女から離される事は無い。その目は狡猾に、そして猛禽類のように儀子を捉え続ける。

 

 隙を見せたなら、いつでも儀子を拘束できるように。

 また部屋に押し込み、彼女と共に生きられるように。

 二人きりで、愛のある人生を、おくるためにも。

 

「さぁ召し上がれ。お口に合うと良いのですが」

 

 対面の席に着き、儀子は薄い微笑みを浮かべて宏明を見ている。

 料理を食べて貰える幸せを感じるかのように。そして食べてくれる人の笑顔を、思い浮かべているかのように。

 

「……」

 

 箸を手に取り、手を合わせる。そして目の前の温かな湯気を放つ料理と対面する。

 未だ頭は混乱し、呆けてはいるものの、これ以上注意などされぬよう「いただきます」の言葉だけは、しっかりと口にする。

 もうこれ以上、儀子の言葉を聞く事が怖かったのかもしれない。少しでも口を開かせないようにと。

 

「思えば……こうして料理を作ってもらう事は、初めてでしょう?

 いつもは宏明さまが、儀子の食事を用意しているのだから。

 たまにはこういうのも、良ぅございますでしょう?」

 

 そうだ。生まれてこのかた、母親以外に料理を作って貰った事など無い。

 学生時代のバレンタインでさえ、儀子は想い人に贈るばかりで、自分にチョコなど作りはしなかった。

 彼女の手料理どころか、ちょっとした贈り物や、好意的な言葉でさえ……自分は何一つ受け取った事は無い。

 幼少期の出会い以来、自分はいつも遠くから儀子を見守るばかり。

 多少の会話や、ちょっとした頼み事をされる関係ではあるものの……自身は彼女に何かをしてもらった思い出など、ひとつもありはしないのだ。

 

 そしていつもの如く、自分が儀子の食事を用意する為に早起きしてみれば……、そこには何故か儀子の姿があるときた。

 仕事の時間の関係で、まだろくに日が昇らぬ内から台所へと来てみれば、確かに押し入れに放り込んでいたハズの儀子が、そこにいたのだ。

 

「私も久しぶりに腕を振るう事が出来、うれしゅう御座いました。

 ささ、宏明さま? どうぞ冷めない内に」

 

 どうやら考え事をするうちに、箸が止まっていたらしい。

 それを儀子に咎められ、宏明は慌てて手を動かす。

 内心の動揺が儀子に伝わってしまったかと、心の中で舌打ちをしながら。

 

 もし一瞬でもコイツが目を離したら、その瞬間に組み伏せてやる。そして二度と抜け出したりしないよう、しっかり身体で分からせてやらなければ。

 

 そう心に決めて、宏明は黙々と箸を動かしていく。

 

「お味は如何ですか? 嫌いな物は御座いませんでしたでしょうか?

 断りも無く作ってしまったもので、少々心配です」

 

 味など分かるか。今はそれどころじゃ無いんだ。

 そう内心で毒づきながら、料理を咀嚼する事で誤魔化し、黙って頷きを返す。

 

「たんと召し上がれ。堪能して下さいましね?

 このような機会は、二度とありませんでしょうから」

 

 それはそうだろう。お前はこの後ひたすら殴りつけられ、また部屋に戻されるんだから。

 宏明はそう思う。……だが一瞬、ふと違和感を覚えた。

 

「此度の食事が、最初で最後。もうこのような事は御座いませんゆえ」

 

 だがなぜ儀子が、そんな事を言う?

 もう二度と料理を作る事はないと、なぜそのように考える? なぜ今それを言う?

 宏明は思わず手を止めて、儀子の目を見つめる。

 

「今後は黙って、ただ宏明さまを見守る事と致します。

 無粋な事はせず――――貴方が憔悴してゆく様を、ただ眺める事と致します」

 

 ニコリと、儀子が笑みを浮かべる。

 その顔を見た途端、宏明の身体が凍り付く。

 

「食べ終わったら、ぜひ押し入れの中を御覧なさい。

 そこに冷たくなった儀子がおりますよ(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 思わず立ち上がる。テーブルの料理が散乱する。

 儀子はただ笑みを浮かべ、こちらを見つめている。

 

『気が付きませんでしたのね、あの子がもう死んでいる事に。

 私の娘(・・・)を、殺してしまった事に』

 

 まるで三日月のように、大きく耳元まで口が裂けていく。

 儀子が今、こちらを見て楽しそうに笑っている――――射貫くような瞳で。

 

「――――お前ッ……! だっ! だッ……?!?!」

 

 身体が動かない。まるで金縛りのように、ピクリとも動かせなくなる。

 儀子だと、そう思っていた者から……目を離せなくなる。

 

『 嬲るのは 楽しゅう御座いましたか?

   抵抗出来ぬ者をいたぶるのは――――心地よぅ御座いましたか?  』

 

 女がスッと立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 浮き上がるように、まるでテーブルなど無いかのように!

 ――――ゆっくり近づいてくる! すく眼前まで!!

 

 

『 次は 貴方の番で  御座いますね ?

   これからずっと    見守っておりますゆえ   娘のかわりに  』

 

 

 ――――彼女が笑っている。

 ――――――とてもとても、嬉しそうに笑う。

 

 

 

『      娘を殺してくれて  ありがとう   

    いつも    わたくしが    傍におりますね     』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が昇る。部屋に眩い光が差し込んでくる。

 その途端、目の前の女は煙のように消える。

 

 そして、まるで何事も無かったかのように、静寂が戻った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「今日は皆さんと楽しく過ごすことができました。今年も一年がんばっていきましょう!

 それでは一旦、ここで締めさせていただきます。

 只今より、皆様の益々のご活躍とご健康を願いまして、【関東一本締め】を行います。

 ――――皆様、どうぞご起立ください」

 

 宜弘のその声に、会場内がざわつきながらも準備が整う。

 宜弘の前には、儀子がにこやかに佇んでいる。

 

「それでは、パン! と一回だけ手を叩く、関東一本締めで締めさせていただきます。

 皆様、お手を拝借。……いよ~っ!」

 

 パンッ

 

「皆様、本年もよろしくお願いいたします」

 

 

 

 

<FIN>

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