一から無限に広がる物語(かのうせい) ヒト、それをオクトパストーリーと呼ぶ   作:オクトパストーリー主催者

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2021年02月お題募集分
思い出は…… (作:fire-cat)


 神無月も半ばを過ぎ、庭の紅葉も散り始めた午後。

 その日、空はどこまでも高く、上空には鱗状の雲が現れていた。

 久方ぶりのいい天気に遠くで近所の子どもが遊ぶ声がする。

 その声につられて庭に面した窓を開け、室内に風を呼び込む。窓からの風は心地よく揺り椅子に腰かけ揺れに身を任せているうちに深いまどろみに落ちそうになった。

 そんなまどろみは思いもかけないところから破られた。

 私の目の前のマントルピースに置いてあった思い出の品――中央に小さな鏡が付いた仲の良さそうな男の子と女の子が手を繋いでいるマイセンの置物――が、水晶が擦れ合うような音とともに突然砕け散ったのだ。

 物語であれば、狙撃された、あるいはPKや魔力の発動などと言う出来事なのだろうが、あいにく私は一般的な市民に過ぎず、狙撃されるような覚えも、特殊な能力や才能もない――ないはずだ。

 突如として砕けた置物を呆然と見つめる私の脳裏に、これを贈ってくれた幼馴染の姿が思い浮かんだ。

 (沙由梨!?)

 脳裏に浮かんできた幼馴染の姿を思い浮かべると同時に得も言われぬ不安感で胸が締め付けられた。

 妙に自分の心がざわざわと波立つのを感じ、そのざわつきは暫くの間治まることが無かった。

 


 

「……夢か」

 

 霜月も下旬を迎え、ざわついていた心もようやく落ち着きを取り戻した。

 そんな矢先、夢を見た。他愛もない昔の幼馴染と私の思い出だった。

 私の幼馴染は、今はヴァイオリニストとして世界を股にかけ活躍している。

 昔は、近所という事もあり二人でよくままごとをして遊んだものだった。

 

 

『私、大きくなったら誠君のお嫁さんになる!』

 

『ホント!? 約束だよ、沙由梨ちゃん』

 

『指きりげんまん、嘘ついたら針千本呑~ます。指切った』

 

 

 そんな他愛もない約束を交わしたことも今となっては懐かしい思い出だ。

 彼女とは家も近く互いの両親も幼馴染同士という事もあり家族ぐるみの付き合いだった。

 小学校、中学校、高校と私達はいつも同じ時を過ごしていた。

 

「あの頃が一番良かったかもな」

 

 

 二人の関係が変化したのは高校に入学した年。

 沙由梨は入部していた吹奏楽部の先輩と交際を始め、私達は『幼馴染』という関係以外接点を持たなくなっていた。

 そんな関係が続き、卒業を間近に控えた晩冬の頃、沙由梨から珍しく相談したいことがあると電話があった。

 

『……誠』

 

 電話口のどこか奥歯にものが挟まったような彼女に

 

『どうした、沙由梨』

 

 なるべく優しく声をかけた私に投げつけられたのは特大級の爆弾だった。

 

『うん。……私、お腹に子供がいるの』

 

 今でもあの時の衝撃は忘れられない。

 あの時は口を半開きにして、しばらくそのまま現実味を失ったような拍子抜けのした表情を浮かべていたと思う。

 

『誰の子だ?』

 

 沙由梨から思いがけない相談を受け、発した最初の言葉がこれだった。

 誰の子、か。

 今から振り返ると、とんだ愚問だった。

 あの時の沙由梨は当時見られた『援交』という名の売春をするような娘では決してなかった。

 極端に身持ちも固く、すでに交際していた彼以外の異性とは必要最小限の会話しか交わさない姿はともすればお高くとまっているなどと言われかねなかったが、彼女の徳分もあったのだろう、異性同性問わず惹きつけ周囲には華があり、同じような男女交際にはいささか古風な考えの持ち主が集っていた。

 そんな彼女の宿した子供が彼以外の子であるはずがなかった。

 事実、

 

『……今付き合っている先輩の子』

 

 と予想通りの回答だった。

 

『それで?』

 

 確か、あの時私が思い浮かべたのは、こんな大事な時に何をやっているのか。と言う呆れと怒りが入り混じった感情だった。

 感情を押し殺し続きを促した私に

 

『うん……両親にこんなこと言えないし……彼も今が一番大事な時期だから余計な心配させたくないし。頼れるの、誠しかいなかったの』

 

 明らかに沙由梨の声には不安と当惑の調子がこもっていた。同時に私には救いを求める悲しい声が、不安と悲しみ、そして恐れ。そうした押し隠すことのできない幾つもの感情が入り混じった悲痛な声が確かに聞こえた。

 沙由梨が付き合っていた『彼』は当時、某有名音大の一年生ながら俊英として名を轟かせ、すでにウィーン留学が決定していた。

 

『……どうする気だ? 産むのか堕すのか』

『……』

 電話越しにも涙が沙由梨の頬を伝わっていることが分かった。

『産むつもりか……』

 

 あの時はため息もつきたくなったが、それを何とか堪えアドバイスめいた言葉をかけ電話を切った気がする。

 沙由梨の置かれている状況はわかったが、流石に当時は今とは違いさしていい考えも思い浮かばず、自分がとった行動はろくな結果を生まなかった。

 

 幾つかの細工をし、結果的には沙由梨の想いとその子供の命を守りとおすことはできた。

 が、代償として得た結果は私の大学推薦の取り消しと沙由梨の家と私の家の関係の悪化、そして両親からの勘当だった。

 沙由梨は当時付き合っていた彼と卒業を待たずに正式に婚約し、ウィーン留学に付き添う形で現地で籍を入れる事が決まった。

 私が何とか自力で地方の大学に補欠で合格し、生まれ育った家と街を離れることが決まったのはその直後だった。

 

 石もて追われるように家を出ることになった朝、思いがけない人物が私を見送りに来た。

 沙由梨だった。

 沙由梨とは電話越しでの話の後は会う事も出来ずにいた。

 先方の両親にしてみれば、二度と会わせないと考えるのは当然のことで、一度は話をしてみたかったがこの先会うことはないだろうとの思いはあった。

 あの時、沙由梨は両親に内緒で私に会いに来てくれたのだ。

 

『……ごめんなさい……私のせいで……』

 

 泣いても泣ききれない悲痛な表情を浮かべる沙由梨に対し色々と複雑な思いを抱いていた私はかなり素っ気無く言葉を発していた。

 

『気にするな。それよりどうした?』

 

 素っ気無く答えた私に対し沙由梨は

 

『あの人から誠に渡して欲しいって手紙を預かったの』

 

 そう言って懐から一通の封筒をおずおずと差し出してきた。その手紙を私は無造作に懐に仕舞い込み

 

『人に見つかったらまずい。早く行け』

 

 顎をしゃくって早く立ち去るように促した。

 今振り返ると、かなり冷淡な対応だった気がしてならなかったが、当時の私が抱えていた思いからするとあれが精いっぱいの強がりだったのだろう。

 そんな私に対し

 

『……誠』

 

 立ち去ることもなく、どことなく躊躇いがちに沙由梨が声をかけてきた。

 

『どうした』

 

 沙由梨は、何度も手を握りしめては開く仕草を繰り返し、その度に口を開いては閉じ声にならない声を上げようとしていた。

 その仕草を見れば何か大事な、だが言いにくい事を言いたいのだろう程度の事はわかるし、どうせ最後だからと言葉が出るまでその場で待っていた。

 やがて踏ん切りがついたのか、沙由梨には珍しく、いまにも消え入りそうなか細い声で

 

『ありがとう、赤ちゃんを守ってくれて』

 

 そんな言葉を伝えてきた。

 沙由梨の子供を守る。その点についてだけは私は今も後悔していない。もちろんあの時も。 

 

『沙由梨。おまえ、あの時涙流してたろ。電話越しでも良く判ったよ。まぁ生まれた時からの付き合いで俺が先輩だ。おまけに姫に忠誠を誓った騎士としては当然のことをしたまでさ』

 

 幼い頃の出来事を引き合いに出す私に

 

『2ヶ月早く生まれた先輩、か。誠の口癖だもんね』

 

 そう言った沙由梨の微笑を私は今でも思い出す。その後の私の言葉とともに。

 

『沙由梨、今の俺は何も出来ない。でもな、このまま腐るつもりは毛頭ない。親父達にボロクソに貶された俺の社会的名声や地位ってやつも何れ取り返してやる。だからな、俺が一端の社会的地位を取り戻した後、お前に何かあったら遠慮なく俺に相談しろ』

 

 いつになく気を入れた私の言葉に

 

『うん、遠慮なく相談させてもらうね。……でも、私の相談は面倒だから覚悟してね、今みたいに』

 

 肩で大きく息をし。目を潤ませながら。寂しげに震える声を上げながら。不安で胸が一杯のくせに生意気な微笑を口元に貼り付けて。無理に軽口をたたく沙由梨を正面から見つめ

 

『何なら子供の面倒だって見てやるからな』

 

 敢えて大真面目な表情を作り軽口をたたいた。

 沙由梨が一瞬きょとんとした表情を浮かべ、互いに顔を見合わせていた私たちはどちらからともなく吹出してしまった。

 ひとしきり笑った後、

 

『それと。これを誠に受け取って欲しかったの』

 

 そう言って沙由梨が小さな包みを渡してきた。

 

『これは……?』

 

『誠には迷惑ばかりかけ続けたし、こんなことにもなっちゃって。ホント、こんなんじゃお礼にもならないけど』

 

 また沙由梨が自分を苛まないうちに。と開けても良いかと視線で沙由梨に問い、頷いたことを確かめ受け取った包みを開けると、中央に小さな鏡が付いた仲の良さそうな男の子と女の子が手を繋いでいるマイセンの置物が出てきた。

 

『これは……』

 

『深い意味はないの。私が気に入った置物だったから、その、もしよければ』

 

『ありがとう。大切にするからな』

 

 その言葉に、沙由梨の整った色の薄い唇がやさしい形に笑いを形作った。夏に咲き誇る向日葵と言われた、久方ぶりに見た笑顔だった。

 

『うん。それと……ありがとう、誠』

 

 その言葉とともに唇を柔らかいものが一瞬覆った。

 

『沙由梨?』

 

 一瞬だけ触れた柔らかい感触に戸惑った私に

 

『幼稚園の時の約束は守れなくなっちゃったから、針千本呑む代わりね』

 

 そう言うと、静かに溶けてしまいそうな光を目の奥に宿し、いまにも消え入りそうな笑みを浮かべ一歩、また一歩と後ずさる沙由梨。

 

『……沙由梨』

 

『じゃあ、元気で』

 

 そう言い残し身を翻すと沙由梨は私から去って行った。

 


  

 それ以来、私達はお互いに会うこともなかった。

 数年後、『彼』とは別れてしまったと風の便りに聞いたが、それまでに沙由梨は『彼』の薫陶を受け世界的なバイオリニストに成長していた。

 以前、機会があれば逢いたい。と手紙が来たこともあったが、互いの都合がつかず逢えないままでいる。何れは逢いたいものだ。

  

 

「今ごろ何故こんな夢を?」

 

 ふと我に返ると、時計の針は8時を指していた。

 久しぶりの休日という事で、午前中はゆっくりと惰眠を貪るつもりであったが、何とはなしにそのまま身支度を整えると、朝食とそれに続く朝の紅茶の香りを楽しんだ。

 さて今日は何をしようかと新聞を読みながら考えていると 玄関でインターホンが鳴った。

 宅配便でも来たかとインターホンの画面を確認すると、12、3歳に見える、どこかの制服姿の少女が所在なげに立っていた。

 

(沙由梨!?)

 

 今は遠く離れた異国で暮らしているはずの幼馴染の顔と目の前の少女の顔が重なった。

 一瞬の自失の後、画面前の少女を確認する。どことなく幼馴染に似た雰囲気と容貌を持つ少女だったが、見知らぬ娘である。とはいうものの、この寒空の中でいつまでも立たせるわけにも行くまい。

 少女を招き入れ、リビングに案内する。

 紅茶を淹れ少女に差し出すと、どことなく震えていた少女はほっとした様子で両手でティーカップを持ち手を温めていた。

 少女が口を開いた。

 

「初めまして。唯です、お父さん」

 

 その少女と二言三言、言葉を交わす。

 私は高校の頃、将来責任をとるような行為をしたであろうか……?

 そう漠然と考え、少女を見つめた。

 見れば見るほど、沙由梨に似ていた。

 

 ふと今朝の夢が思い浮かんだ。

 

『お前に何かあったら遠慮なく俺に相談しろ』

 

 ……まさか、この子は。

 

 ある種の予感を抱き目の前の少女に問いかけようと口を開きかけたその時

 

「母から手紙を預かっています」

 

 その言葉とともに一通の手紙が差し出された。

 目の前に映る懐かしい字句、文章。

 まさしく沙由梨の字。沙由梨の懐かしい文体であった。

 娘を持っても変わらなかったらしい。

 震える手で手紙を読み、目の前の少女から話を聞いた。

 

 ……そうか、沙由梨が。

 

 少女の話を聞き、私は一月ほど前に幼馴染が別の次元への還らぬ演奏旅行へ旅立ったことを知った。

 

 マイセンの置物が砕けた、あの時に君は逝ったのか……。

 

 目の前の、顔が悲しげに曇る幼馴染の忘れ形見。

 どこか不安げに、だが何らかの期待がこもった目で私を見つめてくるその姿に――望む応えを返すことは出来なかった。

 

「そうですか。……私のお父さんじゃ、なかったんですね」

 

 ご迷惑をおかけしました。と物悲しげに微笑み、静かに立ち上がる姿に、思わず行く当てがあるのかと問いかけると

 

「行く当てはありませんけど、見ず知らずの方にご迷惑をおかけするわけにもいきませんから」

 

 と困った顔のまま気弱な笑顔をみせた。ふうっと、ため息をつくような、悲しい笑い方だった。荷物を持って私の前を過ぎ玄関に向かう姿。

 

見知らぬ子に突然お父さんですかって訪ねて来られても困っちゃうよね。なんでお母さん、ここの住所を書き残したんだろう。別れたっていうお父さんの住所だと思ったのに。もうお金もないし、どうしよう

 

 玄関への扉を開ける直前、微かなつぶやきが私の耳に飛び込んできた。

 

 今朝見た夢の中の沙由梨と目の前にいる娘の泣き顔が重なり合った。同時にあの言葉が脳裏に蘇っていた。

 

『お前に何かあったら遠慮なく俺に相談しろ』

『何なら子供の面倒だって見てやるからな』

   

 そうだな、沙由梨。約束、したよな。君との約束はもう果たせない。代わりに……。

 

「まぁ、待ちなさい。君が良ければ暫くここにいると良い。どうしてお母さんがここの住所を書いたのかも心当たりはある」

 

 その言葉に、一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、顔に喜色が表れ雲が晴れてゆくように表情が明るくなる幼馴染の忘れ形見。

 

「本当ですか!? 本当に!? ここに居ても良いんですか!? ありがとうございます。ありがとうございます」

 

 全身で救われたような喜びを表し何度もお辞儀をする幼馴染の忘れ形見。

 

やっぱり私のお父さん、なのかな

 

 何か誤解を生じさせた気もするが、子供の時に忠誠を誓った姫の忘れ形見だ。この子がまた飛び立てるまでは私の娘として扱っても……。

 

 

 

<FIN>

 

 

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