もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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prologue 裏

 迷宮都市都市オラリオ。

 『ダンジョン』と称される広大な地下迷宮の上に築き上げられた巨大都市。

 都市の周囲は高く、堅牢な壁で囲われ、都市の形を完璧な円に形作っている。

 そしてその円の中央には、天を衝くようにして伸びる、白亜の摩天楼。

 それを取り囲むように並び立つ大小の建物よりも高く、それらを外から覆い隠すほどに巨大な、オラリオを囲う市壁よりも更に高く、まさに天を削り取るかのように(そび)え立つ塔。

 ダンジョンにて生み出されるモンスターが地上に上がってこないように、ダンジョンの『蓋』として機能するこの摩天楼施設、通称『バベル』と、その下に広がるダンジョンを文字通り中心として、このオラリオは栄えている。

 

 そのバベルの最上階。

 塔の中でも最上の品質を誇る一室に、一柱の『神』が居た。

 

 透き通る様に白く、きめ細やかな白皙(はくせき)の肌。

 小ぶりで柔い臀部とそれに乗ったくびれた腰。

 覆い隠す生地を押し出さんばかりに豊かな乳房。

 黄金律という概念から抽出されたような、完璧なプロポーション。

 その肢体に見合う――否。それ以上に目を引くのは、その(かお)である。

 睫毛は儚くも長く。銀の瞳は切れ目で涼しく、その相貌は凛々しくありながら、どこか少女のようなあどけなさを残していた。

 腰まで届こうかという銀の長髪は、細かく砕いた水晶を散りばめたかのように輝き、揺れる度に情欲を煽る芳香を室内に振り撒いている。

 それら全てが見る者に圧倒的なまでの『美』を抱かせる。

 超越した『美』の化身。

 それが『神フレイヤ』である。

 

 フレイヤはオラリオで最も高い位置にある己の一室、その壁一面を占領する透明で巨大な硝子が嵌め込まれた窓へと歩み寄った。

 中天を目指す太陽の光が窓から室内に入り、窓際に立つフレイヤの美しい躰をスポットライトの如く鮮明に照らす。

 時間は早朝。遥か下へと視線を落とせば、これから働きに出ようとする人々の活気溢れる様子が目に映る。

 一日の始まりに、慌ただしくも力をみなぎらせている者達の姿。それを見降ろすフレイヤの顔は、それらとは逆に、薄く影が落とされていた。

 沈鬱するフレイヤの表情にかかる影は、彼女の美しさを損なうものでなく、むしろ普段とは異なった魅力を見る者に与えるだろう。

 そんなフレイヤの桃色の唇がかすかに動きだし、本人しか聞き取れない程度のささやきを漏らした。

 

 

 ――私の『伴侶(オーズ)』はどこにいるのかしら?

 

 

 フレイヤはたまに『発作』を起こす。

 自身の『伴侶(オーズ)』――言葉の通り己の隣に立つ者を探し求めて、一人でふらりと旅に出る事が度々あるのだ。

 少し前にも発作を起こし、都市内の神とその眷属を――僅かな例外を除いて――オラリオから外へ流出することを断固禁止しているギルドの手をすり抜けて、オラリオの南東――地平線まで広がる砂の海『カイオス砂漠』へと足を向けた。

 そこで出会ったのはとある国の王子にして姫君。

 滅びに瀕した己の国を憂う一人の少女だった。

 彼女に目を止めたフレイヤは彼女に近づき、己を追ってきた眷属を彼女に貸して、彼女の国を危機から救った。

 

 ――全てはその『魂の輝き』を引き出すために。

 事実、彼女は素晴らしかった。

 未熟で小さな光がフレイヤの――全知の『神』の予想を飛び越え、まばゆく輝く紫水晶(アメジスト)へと変わっていく様は、フレイヤをして期待させる程であった。

 

 ――しかし、フレイヤの望みは叶わなかった。

 

 少女の輝きは『王』であるからこその輝きであり、フレイヤが求める(モノ)ではなかった。

 フレイヤは『王』である少女と別れ、オラリオに戻ってきた。

 

 それからのフレイヤは暇をもて余していた。

 それまでと変わらない漫然とした日々が続き、かつていた天界を思い出させるような『退屈』という名の毒を杯一杯(さかずきいっぱい)に飲み干す毎日。

 かといって発作が起こるほどでもなく、暇つぶしに旅に出るほどフレイヤは旅が好きでもなかった。(というか眷属たちに外に出してもらえなかった)

 故にフレイヤは、自身を慰める様に、今を精一杯生きている人々をバベルの上から見下ろしながら、流れる時間に身を任せていた。

 ……やはり下界でも私の『伴侶(オーズ)』とは出会えないのか――そう諦めかけていた時だった。

 

 その『少年』を見つけ出したのは。

 

 ――フレイヤには『洞察眼』と言うべきか、下界の者達の『魂』の本質(いろ)を見抜く瞳がある。

 彼女の眷属たちはみな、この()にかなった者達で構成されており、故にこそこの迷宮都市の中でも隔絶した実力を有しているのだ。

 そんなフレイヤだからこそ、下界の者達――中でも抜きんでた、もしくはその素質のある者――が持つ魂の色は、どれも見慣れたものだった。

 

 しかしその少年は違った。

 その輝きは小さく、鈍い。それこそ彼女の眷属とは比べるまでもない程に。

 

 だがそれがどうしたというのだ。

 

 輝きが小さいのならば、自身が大きくしてやればいいだけの事。

 フレイヤの目を引いたのは、少年の魂の色だ。

 白? 純白? いいや、透明の色だ。

 透き通った綺麗なその光に、フレイヤは一目見た瞬間から釘付けにされた。

 

 ――欲しい。

 

 少女との出会いから久しく感じていなかったあの感覚。全身がぞくぞくと打ち震え、下腹部は疼き、恍惚の吐息が喉の淵から溢れだしてくる。

 アレを自分のモノにしたい。そんな純粋な願望が体の奥底から溢れだして止まらない。

 

 フレイヤをそうさせるのは、少年の現状にあった。

 まだ“どの神の眷属にもなっていない”、手つかずの状態でフレイヤの目に留まってしまったからだ。

 神の眷属になった者は、五つのアビリティによって身体能力を向上させるほか、自己を実現させる形で魔法を発現させたり、その者の秘められた本質、素質、願望をスキルとして引きずり出され、背中のステイタスに刻まれる。

 フレイヤからしてみれば、神の眷属となった者は、そうでない者と比べて魂の輝きが鋭くなって見えるのだ。

 そして、今もフレイヤが見つめ続ける少年の魂の輝きは後者。

 これがもし、既に誰かのモノであったならば、その時はしばらく様子を見ようとしたのかもしれない。

 しかし、今の少年の、その髪の色と同じく、誰にも踏み荒らされていない処女雪のような魂に、己を刻みつけたいと思うのはごく自然なことであった。

 そしてそんな思いを抱いた時には、既に体が動き出していた。

 

「オッタル」

「はっ」

 

 フレイヤが名を呼ぶと、厳めしい声がそれに応える。

 最初から室内に身を置いていたのか、己の主から名を呼ばれるまで物音一つ立てずに、入り口近くに佇立(ちょりつ)していた二Mの体躯を持つ猪の獣人が、彫像のように身動きすることなく次の言葉を待つ。

 

「外に出るわ」

「供をいたします」

 

 フレイヤの決定に反論をせず、しかし断固としてフレイヤ一人にはしないという意思を感じた。

 フレイヤは従者の言葉を受け入れる。内心むしろ都合がいいとも思った為、従者からローブを受け取り身に纏うと、そのまま従者を引き連れて部屋を出た。

 

 その足取りは軽く、期待に胸が高鳴っていることをフレイヤは自覚する。

 艶やかな唇が自然と弧を描き、頬を上気させた表情は、まるで恋をする乙女のよう。

 その胸に抱く想いはただ一つ。

 

 

 

 ――どうか貴方が私の『伴侶(オーズ)』でありますように。

 

 

 

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