もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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白兎は高く跳ぶ 4

 昼食をはさみ、二度目のダンジョン探索を終えた僕は、ギルドの換金所で魔石とモンスターがたまに残す『ドロップアイテム』をお金に換えていた。

 本日の収入は、過去最高の七千二百ヴァリス。運が良いのか悪いのか、モンスターとの遭遇数が普段よりも多かったためだ。

 通常魔石を失うことで灰になるモンスターだが、時折体の一部を残すことがある。『ドロップアイテム』と呼ばれるその現象は、原理はともかく魔石と同じくお金になるものが増える事と同義だ。

 物によってはソレ一つで魔石数個分の換金率を誇る素材もあって、今日採取した中にもそれがいくつかあったようだった。

 普段以上の魔石に加え『ドロップアイテム』も詰め込んだせいで、肩に食い込むバックパックの紐の痛みを、我慢しながら階段を上がった甲斐があったというものだ。

 

「これならシルさんの所で食事しても大丈夫だよね……多分」

 

 過去最重量を記録した財布の重さを手に感じながら、このうちのどれほどがシルさんのお給金に換わってしまうのかと考えてみれば、不安が胸によぎる。

 優しくも強かな彼女の事だ。知らぬ間に僕が大食漢になっていてもおかしくない気がする。

 

「ご飯を食べないと、強くなることも、成長することもない、かぁ……」

 

 昨日、本拠でオッタルさんに言われた言葉を思い出す。

 あの人の鋼のような肉体は、やっぱりたくさんご飯を食べた事で手に入れたのだろうか。

 ふと、自分の体を見下ろせば、長年農具を握っていたことで出来た手のタコと、ひょろっとした細い腕が目に映る。

 

「僕もあんな風になれるのかな……」

 

 太い手首。広く張った肩幅。隆々と盛り上がった胸筋と、男なら誰もが憧れる、鍛え抜かれた肉体美。僕みたいな貧弱そうな見た目ならなおさらに。

 今日は、ううん、今日からたくさんご飯を食べよう。そして僕もオッタルさんみたいなムキムキになるんだ。

 僕を待ち受ける『豊穣の女主人』の料理がどれほどの量と値段を誇るのかは知らないけれど、その全てを受け入れよう。

 ジャラリと音を鳴らす財布を握り締め、僕は覚悟を決める。

 ともすれば、ダンジョンに行くのと同じか、それ以上の気迫を伴って、僕はギルドを後にした。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 夕餉には微妙な時間だったこともあり、ホームに戻った僕は、装備の汚れを落とすなどして時間を潰す。

 油に浸した布で所々へこんだ鎧や剣を拭き、モンスターの血や砂ぼこりを落とすと共に、錆ないよう満遍なく油を塗りたくる。

 これを怠ると、あっという間に劣化が進み、ダンジョンでの活動に支障が来たす。そしてそれは自身の命に直結する。手を抜くことなど出来るはずもない。

 丁寧を心掛けて作業していた為か、終わる頃には窓から差す光が陰り、空は真っ赤になっていた。もう直に夜の(とばり)が落ちるだろう。

 壁に立てかけた剣と鎧に塗り込まれた油が、赤い光を艶めかしく反射するのに目を細め、ウンと固まっていた背筋を伸ばした。

 

 ――この後はご飯を食べに行くだけだし、護身用に剣だけ持っていけばいいよね。

 外出するために身支度を整えた後、鎧はそのままに腰帯に財布と剣だけを括り付けて部屋を出る。

 

 長い廊下を誰ともすれ違うことなく通り、館の玄関の扉を開く。

 同時に聞こえてくるのは、絶えることのない怒号と剣戟の音。

 目の前の原野で広がるのは、【フレイヤ・ファミリア】構成員同士での闘争。

 流石に半月も見ていれば驚く事はなくなったものの、同じ『家族(ファミリア)』同士で傷つけあうこの光景には、未だ慣れることが出来ずにいる。

 

「俺の糧になれぇっ!」

「女神に我が武勇を捧げるために!」

「御身の愛に報いるために!!」

「ゥオォオオオォオー――ッ!!」

 

 強くなる為なら、ダンジョンに潜るだけで充分じゃないのだろうか。実際、僕は半月前とは比べ物にならないくらい強くなれている。

 だからこそ、肩を並べ、生死を共にする仲間同士で血を流しあう必要があるのか、理解が出来ない。

 本拠を囲う壁の向こう側に沈みかけている紅い日の光が原野を照らし出し、まるで戦いの気炎が燃え広がった野火にも、傷口から滴る血で満ちた海原にも見える。

 胸が締め付けられるような感覚に、その光景から目を逸らせば、何時もの様に隅っこに寄って『戦いの野(フォールクヴァング)』から通り過ぎた。

 

 やけに遠く感じる道のりを越え、絶えず上がり続ける雄たけびを背にして、僅かに開けた門の隙間から素早く体をねじ込むと同時に、息を漏らす。

 いつまでたっても、銀閃と鮮血に色づく原野を通るのに緊張が抜けない。

 

 ……オラリオにいる冒険者の中でも、本拠から出る度に疲れているのは、僕くらいじゃないのかな。

 

「ご飯食べて、英気を養おう……」

 

 帰りに再び原野を通りぬけなくてはいけないことから目を逸らしつつ、僕は朝と同じように酒場への道に足を向けた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「……これは、僕には難易度高過ぎない……?」

 

 

 酒場に到着した僕を待っていたのは、男の人の笑い声が交じった明るい喧騒。――と、美人な女性のウエイトレス達。

 

 いや、別に艶めかしいだとか、そんな雰囲気では全くないのだけれど。

 アレだ。こういう女の子の店って言葉だけでも赤面してしまう僕には敷居が高いのだ。

 

「ベルさんっ」

 

 今日の所は撤退しようかな。なんて考えが頭をよぎったのと同時に、聞き覚えのある声が僕の名前を呼んだ。

 

「あ、シルさん……」

「来てくれたんですね、ありがとうございます!」

「あ、あはは」

 

 いつの間に現れたのか、隣に立っていたシルさんが僕の手を取って笑顔を向ける。

 退路を塞がれた僕は、ひき吊りそうになる口を無理矢理抑え込み、へたくそな笑みを彼女に返した。

 

「約束通り、ご飯を食べに来ました」

「はい、いらっしゃいませ」

 

 シルさんは僕の手を掴んだまま酒場の中に引き込むと、澄んだ声を張り上げた。

 

「お客様一名入りまーす!」

 

 ――酒場ってこんなこといちいち言うの? 初めてなんだから、目立つような行動は止めて欲しい。本当に。

 シルさんに引っ張られたまま店内を進む中、僕は必死になって体を縮こませる。

 女の子に手を引かれながら歩く姿を、店中の人達に見られていると思うと今すぐ店内から引き返したくなる。いやまあ、手を繋がれてるから無理なんだけど。

 

「では、こちらにどうぞ」

「は、はい……」

 

 異常に長く感じた移動時間が終わり、案内されたのは酒場の隅のカウンター席。

 L字になっているカウンターの角の場所で、隣に椅子がなく誰かと並ぶことはない。これなら萎縮することなく自分のペースで食事ができるかもしれない。

 シルさん、入店初めての僕に気を使ってくれたのかな。

 

「アンタがシルのお客さんかい? ははっ、冒険者のくせに可愛い顔してるねぇ!」

 

 ほっとけよ。自覚あるんだから。

 カウンター席である為、必然的に内側に居る女将さんと向き合う事になる。

 そこらの冒険者より恰幅の良いドワーフの女将さんが、席に座った僕に掛けた言葉に、暗い感情が湧き上がった。

 

「何でも、アタシたちに悲鳴上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使っておくれよぉ!」

「!?」

 

 告げられた言葉に、目を剥いてシルさんを見た。

 まだ側に控えていたシルさんは、向けられた視線から逃げる様にサッと目を逸らす。

 予想はしてたけど、本当に大食漢にされているなんて!

 

「……エヘヘ」

「エヘヘ、じゃねー!」

 

 強かなのは知っていたけど、とんだ悪女だ、この人っ。

 

「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振舞ってあげて、と伝えたら……尾ひれがついてこんな事に」

「絶対に故意じゃないですか!? ……って、ミアお母さん?」

「ええ、そうですよ。この人が『豊穣の女主人』の女将のミアさんです。私達はおミア母さんって呼んでます」

「なんだい坊主。アタシの事が気になるのかい?」

「……そんな、ベルさん熟女専なんですか!?」

 

 シルさんが驚愕の表情を浮かべながら僕から一歩下がった。

 カウンターの向こう側から「オイコラ」とドスの利いた声が放たれたのにも気づかずに、慌てて彼女の言葉を否定する。僕は普通に可愛くて綺麗な(若い)女の人が大好きです。

 

「いやいや、違いますよ!? 僕のファミリアの団長がミアさんの料理が美味しいって教えてくれたので、どんな人なのか気になってただけですって!」

「おっ、アタシの料理が美味いって? ソイツはよくわかってるねぇ。誰だい? 次来た時にはサービスしてやんないといけないから教えておくれよ」

「あ、えっと……オッタルさんです」

 

 危うく僕の名誉が棄損されるところを回避すると、女将のミアさんは馬鹿正直に僕の出した名前に、一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、声を上げて笑い出した。

 

「アッハハハッ! アタシの料理が美味かったって、アイツはそう言ってたのかい?」

「は、はい」

「そうかい、そうかい。いや、久々にこんなに笑ったよ。お礼にとびっきり美味いのを出してやるから待ってな!」

 

 そう言ってミアさんは厨房の奥に向かっていった。

 突然の事に呆然としていると、隣から肩を叩かれる。

 

「ベルさん、【フレイヤ・ファミリア】の団員さんだったんですね」

 

 

 ……あっ、バレちゃった。

 

 

 

 

 

 

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