もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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白兎は高く跳ぶ 6

「――ってな。ギャハハハッ!」

 

 ベルが店から出た後も、ベートはエールを片手に語り続ける。

 その内容に眉をしかめていたハイエルフが、耐えきれなくなったのか口を開いた。

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、侮蔑するなど(もっ)ての外だ。恥を知れ」

「ぶべつだぁ? 馬鹿言ってんじゃねえ。俺は本当の事を言ってるだけだぜ」

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

「雑魚に雑魚と言って何が悪い? 雑魚の上に立つ俺達がこき下ろさなくて、誰がそいつをこき下ろす」

「お前の価値観を他人に押し付けるな。そも、話を聞くにその少年は駆け出し。レベル2相当のミノタウロスに敵うはずもないだろう。お前の言は道理に合わない」

 

 リヴェリアの非難の言葉を、ハッと鼻で笑ったベートは、エールで喉を潤した後、赤ら顔の口端を吊り上げた。

 

「アイツは吠えたぞ」

 

 ()したジョッキをテーブルに叩き付ける。

 

「流石はエルフ様。プライドの高いこって。侮蔑してるのはどっちの方だ?」

「何?」

「話を聞いてなかったのかぁ? あのガキは、追い詰められた状態から、ミノに向かって吠えたんだぜ?」

 

 ベートの笑みが嘲笑(ちょうしょう)のそれに変わる。

 脳裏に浮かぶ、返り血で真っ赤に染まった少年の、恥辱に満ちた表情へ向けて。

 雌に助けられた、情けない一匹の雄を嘲笑(あざわら)う。

 

「あそこで吠えれるような奴が、赤の他人から何言われたって、どうもしねぇよ。屈辱に(まみ)れようが、絶望に叩き落とされようが、そういう奴はそのうち這い上がって来るもんだ」

 

 むしろこき下ろされた方が奮い立つんじゃねえの? そう言ってまだ手つかずだったエールのジョッキに手を伸ばす。

 それまで己に絡んでくる褐色肌の少女の猛攻を受け流しながら、酒場の喧騒を楽しんでいた金髪の小人族(パルゥム)が、彼にそこまで言わせた件の少年に感心したように、そこまで言ったベートに驚嘆するように、口を開く。

 

「君がそこまで言うなんてね、ベート。大分酔ってるんじゃないのかい?」

「あぁ? 俺ぁ酔ってなんかいねーよ」

「そうかい? 随分気分が高揚しているみたいだけど、そこらへんで飲むのは抑えた方がいいと思うよ」

「何を言ってやがる。高揚してるだぁ? むしろあのガキの情けねえ姿を思い出して、胸糞悪りぃくらいだぜ。……ああ、そう言えばうちにもいたなぁ。情けねぇヤツが。……テメェの事だラウルゥッ!」

 

 それまで大して目立つこともなく、黙々と料理を口に運ぶだけだった地味目な青年が、突然向けられた話の矛先に慌てふためく。

 

「えぇぇええっ!? じ、自分っすかっ? さっきまでの話に何も関係なかったと思いますけど!?」

「うるせぇっ! 少し異常事態(イレギュラー)が起きたくらいでギャーギャー喚きやがって、てめぇもレベル4ならそれらしくしやがれっ!」

「えぇ……」

 

 予想外にとばっちりを受けて、困惑するラウル。

 そんなラウルの隣に座っていた猫人の美女が、彼を慰めるように戸惑う同僚の肩に手を置いた。

 

「まぁまぁ、ラウルが情けないのは今に始まったことじゃないでしょ?」

「今ぐらいは優しく慰めて欲しかったっすよ、アキ……」

 

 ニヤニヤとしながらラウルをからかうアキと、肩を落とすラウルのいつものやり取りに、周囲が笑いだす。

 駆け出しの少年の話題はそれで流れた切り、再び持ち上げられる事は無く、【ロキ・ファミリア】の宴は続いていく。

 

 

 しかし、一人だけ。

 そんな騒がしくも楽し気な空間から席を外していた少女がいた。

 

(ベル……)

 

 店の外で夜風に吹かれながら、飛び出していった少年の背を眺め続けていたアイズは、彼の知り合いであろう少女が叫んだ名前を、薄桃色の小振りな唇に乗せる。

 

(あの時の……店にいたんだ)

 

 突然音をたてながら店を飛び出して行った客が、昨日助けた少年だと気付いたアイズは、半ば反射的にその背を追い、夜の町に消えていくのを見送った。

 走り去って行く、自分達が傷つけてしまったのだろう少年の紅い目には光るものが見え、湧き上がる罪悪感に、整った眉を悲し気に歪める。

 その後、自分を連れ戻しに来た主神をあしらいながら、どんちゃん騒ぎを続ける一団の中に、アイズは再び戻って行く。

 

 既に見えなくなってしまった白い兎に、今度会えた時には誠意をもって謝罪しようと胸に決めながら。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

(畜生っ、畜生っ、畜生っ!)

 

 道行く人々を追い抜いて、周囲の風景を置き去りにして、走る、走る、走る。

 歪められた(まなじり)から水滴が浮かんでは、背後へと流れていく。

 頭の中に過ぎるのは先程の出来事。

 惨めな自分が恥ずかしくて、笑い種に使われ失笑され、挙句の果てに庇われるこんな自分を、初めて消し去ってしまいたいと思った。

 

(馬鹿かよ、僕は、馬鹿かよっ!)

 

 青年の放った全ての言葉が胸に突き刺さる。

 情けない。胸糞悪い。無様。現実が見えていない――ただの雑魚。

 その通りだと、青年の言葉を肯定してしまう自分が許せない。

 何も言い返すことのできない自分が許せない。

 英雄を夢に見ているだけの、ただの凡人でしかない自分が許せない。

 

 強くなりたいなんて、口だけで何の行動にも移してこなかった自分が、どうしようにもないほど、許せない。

 

(何が魔法やスキルが欲しい、だっ!?)

 

 そのための努力なんて、してこなかったくせに。

 無償で何かを期待していた、愚かな自分に対して殺意すら覚える。

 

 憧憬(ユメ)に近づく資格を、欠片も所持していない自分が、堪らなく悔しくて仕方がなかった。

 

「……ッッ!」

 

 辿り着いたその場所を前に、少年は足を止めた。

 紅玉(ルベライト)双眸(そうぼう)が、町を切り取る様に高く築かれた壁を睨む。

 そこに空けられた巨大な門を、体当たり同然に押し開き、口を開けた門は、猛る少年を内に飲み込んだ。

 

 目指すは戦いの原野。目指すは高み。

 

 

 今ならば理解できる。絶えず争い、同胞同士で血を流し合う彼らの想いが。

 狂わんばかりに力を求め、頂に手を伸ばす彼らの焦燥が。

 安穏(あんのん)など不要だと、強さだけを必要とする彼らが、自身と同じ想いを持つ者を気遣うことなど、ありえないのだと。

 

「お願いしますっ! 僕と闘ってくださいっ!!」

 

 原野にいくつか立てられたかがり火の下で、腰を下ろしている青年の下に駆け寄り、頭を下げて()う。

 

「何だ、お前。……ああ、この前入ってきた新人か」

 

 逆立った茶髪の上に、同じ毛色の耳を生やした犬人(シアンスロープ)の若い男性が、胡乱気(うろんげ)に僕を見やり、鼻で笑った。

 

「戦えだと? 俺はレベル2だぞ。なんでその俺が、お前なんかの相手をしてやらねーといけないんだ?」

「強くなりたいんです! お願いしますっ!」

 

 身を焦がすような焦燥感に煽られるままに、頭を下げ続ける。

 

「……ふん。駆け出し風情が調子に乗りやがって」

 

 そう言って、青年は腰を上げる。

 そのまま立ち去られてしまうのか。その予想は裏切られ、青年は近くに突き立てられていた武器を手に取った。

 

「来いよ。お前の事は前から気に入らなかったんだ。精々這いつくばらせてやる」

 

 穂先が幅広の剣のようになった短槍の先端を下に向け、腰だめに構える青年へ。感謝の念を抱きながら腰の剣を鞘から引き抜き、こちらも構える。

 同じ『仲間(ファミリア)』を相手に、刃を潰してもいない鉄剣を向けるのは、正直まだ気が引ける。

 それでも、馬鹿みたいに熱を灯す胸の奥が、そんな意識すらも焼き尽くしていくように、剣を引くことをさせなかった。

 何より、対峙することで僅かにでも理解した彼我の力量(レベル)差が、その懸念は不要だと悟らせる。

 

 ――レベル2。僕が惨敗したミノタウロスと、同等以上の強さの持ち主。

 知らずの内に、喉を鳴らす。

 構えているだけの相手に対して、僕は気圧(けお)されていた。

 

「どうした、来ねぇのか。威勢がいいのは口先だけか?」

 

 その言葉に、胸を焦がす熱が頭まで駆け昇った。

 

 ――『口先だけ』。

 今、一番言われたくない言葉。今、一番認めたくない言葉。

 それを、告げられてしまった。

 

 かぁっ、と全身が熱く燃える。羞恥か、痛憤(つうふん)か。多分、後者。

 

「ぅああぁああああああああっ!」

「ハッ、馬鹿が」

 

 地面を蹴りながら直剣を振り上げ、雄叫びと共に――思い切り振り下ろす。

 

 相手が生身の人間だなんて考えも浮かべず、常人を離れ始めた身体能力を躊躇なく振るう。

 そして僕は――吹っ飛んだ。

 

「が、あっ……!?」

 

 何が起きたのかも理解する間もなく、腹部へ叩き込まれた衝撃が体を後ろへ運んでいく。

 僅かな浮遊感が全身を包み――墜落(ついらく)

 強かに背中を打ち付けた事で、肺の中の空気が全て口から吐き出ていった。

 

 

 仰向けに倒れた僕の、視界一杯に広がる満天の星空が、とても綺麗で――視界がぼやけてしまった。

 

 

 

「ち、くしょう……」

 

 

 

 ――僕は、どうしようもなく、弱い。

 

 

 

 

 





低くしゃがんで、力を溜める。
その眼差しが見つめる先は――どこまでも高く、高く。

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