もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
読まなくても話の流れに関係ないよ!
でも読んでくれると作者が喜ぶよ!
――熱く、熱く。
自分では御しきれぬ熱が、身の内で暴れまわる。
獲物を握る手に、万力のように力が籠もる。
風を斬りながら突き進む俺の眼前には、夜天を貫く様に伸びた白亜の塔と、その下で大口を開ける、迷宮へ続く穴が、静かに広がっていた。
薄らと記憶に残るのは、視界一面に雪景色が広がる、故郷の光景。
俺は地元でもそこそこ有名な豪農の家の長男として生まれ、エッゾと名付けられた。
家はそれなりに裕福で、ガキの頃の俺は、近所の年の近い奴等と遊びまわるのが仕事だった。外で動いて腹が減ったら、お袋が作った美味い飯を腹いっぱい食って、夜になれば温かい布団にくるまって寝て、次の日を向かえる。
ありふれた幸せの日常。それがずっと続くもんだと疑わなかった。
そんな俺の考えとは裏腹に、日常が終わりを迎えたのは、突然だった。
始まりは、親父の死。
ある日の晩、フラフラになりながら
まだ幼かった俺は、それが何を意味するのかを理解できず、もっと幼かった双子の妹達が泣きわめくのを、ただ
それからは、ただ転がり落ちていった。
どこかから集まってきた大人たちが、抵抗するお袋を気にも留めず、ウチの畑を、家畜を、家すらも争いあう様に奪い取っていった。
気付けば、俺達は貧民街の片隅で、その日食べるにも困る生活を送っていた。
仕事をしようにも、俺はまだ子供で、ロクな
金はなくても腹は減る。ひもじいと涙を流す妹達のため、お袋は身売りをして小銭を稼ぎ、その金で俺達に少ない食料を与えた。お袋はどんどん痩せ細っていった。
だから、そんな生活が二年を越えた頃には親父と同じ様に、眠ったきり。二度と目を覚ますことはなかった。
残ったのは、五歳になる妹と、ガキの俺。
俺は生きるため、盗みを覚えた。
獣人の身体能力に加え、貧民暮らし以前の生活のおかげで体格良く育った俺は、幾度となく盗みに成功し、時には同じ貧民街の奴等からも食料を奪い取る事もあった。
そんな事を続けて恨みを溜めていたからか、ある日つまらないヘマをして、十数人から囲まれてリンチされた。
ロクな抵抗もできずにボロボロになった俺は、そのままゴミ捨て場に放置された。
骨を何本も折られ、怪我のない場所を探す方が難しい。そんな体で盗みが出来るはずもなく、これで終わりかと諦めかけたとき、あのお方が俺の前に現れた。
『あなた、ウチの子にならない?』
そして、あのお方に拾われ、妹達と共にオラリオに来た俺は、冒険者になった。
冒険者は俺の天職だった。ダンジョンに潜り、モンスターをブッ殺し続けて、俺はすぐに頭角を現した。
その稼ぎで、早い段階から妹達を学区へ送ることもできた。
冒険者になって三年も経つ頃にはレベルが上がり、これで更にあのお方へ恩を返せると、勢い込んでいた。
そんな時だ。
「お願いしますっ! 僕と闘ってくださいっ!」
俺が同期の奴との戦闘を切り上げ、一息ついていた時の事だった。たまたま俺と目が合ったソイツが、イノシシみてぇにまっすぐにこっちへ駆け寄ってきたと思ったら、頭を下げてそう叫んだ。
俺は正直に『何だ、コイツ』って思った。だってそうだろう?
大して面識も無いやつが、急に近づいてきて戦えって言ってきたら、誰だって面喰うわ。
「何だ、お前。……ああ、この前入ってきた新人か」
口を開いた後、目の前に突き出された老人みたいな白髪に、半月前にファミリアに入団した新入りだと思い出した。
コイツが来た当初は、あのお方の隣にこ汚いガキが立ってんじゃねーよと思ったもんだ。
まあ、あとはあのお方の寵愛を争うヤツが増えた。ってのも浮かんだが、見るからにひょろっちそうな体に、そんな考えはすぐに消えた。
――放っておけばそのうち死ぬだろ。
そう思った奴は、俺以外にもいただろうし、実際、似たような雰囲気を纏ってた奴らが、知らない内にダンジョンでくたばってたのは、少なくない。
だからこいつも、そのうちの一人になると思ってた。
だが、どうにもコイツへの待遇が、俺達の時とは違い過ぎた。
まず、オッタルのクソ野郎に直接指導されていた。
通常、新入りはそこそこ経験を積んだ
俺もそのうちの一人だ。
駆け出しの時は、雑用よろしくこき使ってきたカス共の寝首をいつ掻こうかと、何度も考えたもんだった。
まあ、その時の奴等のほとんどが、俺が独り立ちした後、ダンジョンでつまらねぇミスしてくたばったらしいが。
そんなワケで、団長自ら新入りの面倒を見るなんて事、まずありえない。
オッタルのヤツだって、率先して後進を育てるなんてしないだろうし、そんなアイツを動かせることが出来るのは、ただ一人。あのお方を置いて他に居ない。
その推測が、俺の胸をザワつかせる。
極めつけは、まさにあのお方だ。
それまでは、ホームに来られることが珍しく、運よく
しかし、最近は、というか明らかにあのガキが入って来てから、あのお方がホームに訪れる頻度が多い。
少なくとも、三日に一度は新入りの様子を見に来るためだけに、足を運ばれている。
当の本人は、自分がどれだけ恵まれた立場にいるかもわかっていないようで、いつもいつもビクビクと情けない姿を俺達の前にさらしている。
そんな奴にいい感情を持つ者は、このファミリアには存在しない。
そいつが今、俺に対して戦えなどと催促してくる。
俺のレベルは2。ダンジョンと『戦いの野』での戦闘で、何度も死にかけながら偉業を重ね、器を昇華させた上級冒険者。
駆け出し程度が相手になるはずもなく、相手をしてやっても、こっちが得るものなど何もない。
だから、頭を下げ続ける新入りに向かって、言ってやった。
「強くなりたいんです! お願いしますっ!」
それに対する返事が、それだった。
血を吐く様にも聞こえたその叫びに、改めてそいつの様子を観察してみれば、見るからに余裕などなく、握り続ける拳は、力を込め過ぎたのか血がにじんでいた。
――強くなりたい。
体裁も、何もかも放り捨て、ただそれだけを求めて
だから、気が迷ってしまったのだろう。
気が付けば、俺はそいつに自身の獲物を向けていた。
「来いよ。お前の事は前から気に入らなかったんだ。精々這いつくばらせてやる」
そう言うと、新入りもまた獲物を抜き、構える。
格上らしく、向こうの出方を待ってやる。が、しかし。一向に踏み込んでくる様子はない。
見れば、完全に怖気づいていた。
少し拍子抜けになる。そちらから言い出して来たんだろうと。力の差が歴然な事くらい、分かっていただろうと。
それを指摘してやれば、新入りは顔を赤らめて、怒りの声を上げながら斬りかかってきた。
まあ、こんなもんか。
そう思いながら、振り下ろされる剣の横腹を叩いて逸らし、がら空きになった腹を蹴り飛ばした。
あっけなく吹っ飛んだそいつを見て、僅かに落胆した。
……落胆した? 冒険者になって半月もしていないガキに、俺は少しでも期待していたって言うのか?
自分の思考を疑う。
あいつを見ろ。無様に仰向けになったまま、起き上がってこない程度の奴だぞ。
まあ、駆け出しにしては、妙に動きが早く感じたが、それでも。あのお方がそこまで目を掛ける価値を、コイツが持っているとは思えない。
――そう、見切りをつけようとした、その時だ。
「……もう、一回……お願い、します」
ソイツが立ち上がって、そう言ったのは。
腹のモノを戻すまいと、口に手を当ててえずきながら、新入りは剣を構えた。
時間の無駄だ。その言葉を口に出そうとして、ソイツの紅い目と目が合った。
燃える様な、憤激に満ちた瞳に、口が動くよりも先に槍を構えてしまっていた。
「は、ぁ……っつあぁああああっー!」
地面を蹴りつけ距離を詰めてきた新入りは、今度は下から切り上げてくる。
俺は先程と同じように、それを横から叩いて軌道を変えて、体勢を崩してから、先程よりも強めに蹴り飛ばした。
(……軽い)
強めに蹴り飛ばした、はずだった。それなのに、足から伝わる衝撃が先程よりも軽く感じた。
新入りは時間を巻き戻したように、吹っ飛んでいく。
先程と、全く同じように。
(――当たる直前に、自分から後ろに飛んだのか)
今度は、直ぐに起き上がってくる。
「も、もう一回、おねが、ゲホッ……します」
「……テメェ」
その後も、どれだけ蹴り飛ばしても、殴り飛ばしても。何度も何度も立ち上がり、何度も何度も剣を振るいに来るそいつに、俺は毛並みを逆撫でにされたような感覚を覚えた。
こいつのこの強さへの
最後の方では、思わず短槍で斬りつけてしまった。
しかし、新入りはそれまでのやり取りの中で、俺から攻撃の軌道を逸らす技術を盗んだのか、それを俺で実践し、あまつさえ成功させやがった。
いやまあ、成功してなかったら殺すとこだったんだが。
流石に限界を迎えたのか、新入りはそこで気を失い、地面にブッ倒れた。
俺は崩れ落ちた新入りを前に、しばらくその場から動けなかった。
俺自身に、問う。
――俺が、コイツの様に格上に突っ掛かった事、最近あっただろうか、と。
俺は、いつからか実力の離れた相手と闘う事を、避けるようになっていた。
確かに、格上に挑んだってすぐに気絶させられて、その後しばらく動けなくなる。
それなら実力の近い相手と、得物をぶつけ合って、互いに高め合う方が効率がいい。
ダンジョンでだって、勝ち筋があるならともかく、敵わねえと分かり切った敵にわざわざ自分から近づく事は無い。そんなもの、ただの自殺に他ならないからだ。
しかし、目の前で倒れ伏しているコイツの様に、格上だろうが、何だろうが。死に物狂いで食らいついてやるなんて気概は、今の俺にはなかった。
「……ッチ」
汗まみれで息を荒げている新入りに、手持ちのハイポーションをぶっ掛けた後、ささくれた感情を持て余しながら、俺は自室へ向かった。
道すがら、自問する。
俺は、知らずの内に満足してしまっていたのだろうか。
冒険者になって成果を上げ続けてから、寒さに凍えることも、飢えて苦しむこともなくなった。
冒険者として力を着けた頃から、誰かから何かを奪われることなどなく、常に此方が奪う側だった。
もう数年会ってもいない妹達の将来の事だって、例え俺が死んだとしても、学区で身に付けた教養があればどこでだって生きていける。
それで、俺は満ち足りてしまったのだろうか。
ここが、俺の
――違う。
こんなものじゃない。あのお方に拾って頂いた恩義は。
そんなものじゃない。あのお方の愛に
それだけは、あのガキにも負けていない。その自負がある。
自室に戻り、手早く装備を整えてダンジョンに向かう。
雑魚を片手間に潰しながら進み、手頃なモンスターがいる階層に着くと、苛立ちをぶつけるようにモンスター共を殺し続けた。
傷を負おうが、血を吐こうが、モンスターを追い求め続けた。
そのまま俺は、夜通しダンジョンに潜った。
――それからおよそ一月後。新入りがレベル2に上がったとギルドで耳にした俺は、同僚たちを
エッゾ・ファーム。十九歳。
ベルがレベル2となった同時期に到達階層を大幅に更新。
その偉業がひと押しとなって、レベルアップ。
最近は、『戦いの野』で格上相手にも果敢に挑み続ける姿が見られている。
愛用する武器は、
与えられた二つ名は――【銀の匙】。
小樽が居るなら蝦夷も居てもいいやろ。そんなノリ。
オリキャラ君の容姿は駒場とふくぶちょーを足して二で割ったイメージ。