もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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白兎は走り出す 2

 カンカンと照り付ける太陽の光が、瞼の裏にまで刺し込む様で目に染みた。

 時間は正午を少し過ぎた位。

 雲一つない、清々しいほどに青い空に、僕のお腹の音が盛大に響き渡った。

 

「……………お腹空いた」

 

 内臓が締め付けられるような感覚に、お腹に手を当てながらそう呟けば、ますます空腹感が大きくなっていくようで、またお腹が大きく鳴ってしまった。

 

 僕がこんなにも苦しんでいる理由は一つ。お金がないから。

 昨晩、オッタルさんから教えて貰った『豊穣の女主人』から飛び出した際、料理の代金に財布ごと置いてきてしまったからだ。

 あんなに重く膨らんでいた懐はいまや見る影もなく、僕は文字通り、一文無しになってしまっていた。

 かと言って、引き留める声に耳を貸さずに店から出ていった手前、再び店に顔を出す度胸は僕にはなかった。

 仕方なしに、朝食抜きでダンジョンに稼ぎに潜ったのだけど、何を考えていたのか、今朝の僕が『行けるとこまで行ってみよう』なんて馬鹿な事をしたせいで、僕は現在、壮絶な空腹感に苦しめられていた。

 

 

 六階層でウォーシャドウ二体に勝利を収めた後、追加で現れたモンスターの集団も相手取り、なんとか切り抜けることが出来た僕は、直ぐにダンジョンから退却した。

 ロクな準備もせず、更には空腹でダンジョンに潜り、挙句の果てに到達階層を一つ増やして危ない目に遭っただなんて、エイナさんに知られたらそれこそ大目玉だ。

 先日のお説教が可愛く思えるほどの雷が、降り荒れる事になるだろう。想像しただけで背筋が凍りそうになる。

 

 それでも、僕はこれからも同じ事を繰り返す。

 エイナさんは、無理せず、焦らずに進んでいけばいいと言ってくれた。

 でも、それじゃあダメなんだと、悟ってしまった。

 僕が目指している場所は、そんな調子じゃ絶対に辿り着けない。

 僕がなりたいモノは、その程度なんかじゃ絶対になれない。

 

 『何もかもを、死に物狂いでしなければ』、自分は憧憬に手を伸ばすことすら許されない。

 金色の剣の姫に、命を救われた時。

 涙を流しながら夜の街を駆け抜いた時。

 女の人に助けられて、それを大勢に笑われながら、自身の弱さを晒されたあの夜の苦い思いが、それを僕に告げていた。

 

 

 だから僕は、走り出す。

 脚を緩めるなんてことはしない。まだ遥か遠く、見果てぬ程の高みに立つ英雄(オッタルさん)に並び立てるまで、僕は駆け上がる。

 そう、決めた。

 

 

「でも、流石に空きっ腹でダンジョンに潜るのは、もう止めよう」

 

 そう思ってしまうくらいに、空腹感が辛すぎる。

 幸い、先程ギルドで換金を済ませたため、お金はある。

 この苦しみから解放されるためにも、何かすぐにお腹に入れれるようなものを見つけないと――

 

「いらっしゃーい! ジャガ丸君あげたてだよーっ! そこのエルフ君、おひとつどうだい? なんとっ今なら一個お買い上げごとに、ボクのファミリアになれる特典もついてくるぜぃ! ……え、いらない? 間に合ってるって?」

 

 きょろきょろと辺りを見回していると、聞き覚えのある声が耳に入った。

 その声の方に目を向ければ、ツインテール頭の幼い少女が、小さなジャガ丸くんを模した飾りを付けて、屋台の売り子をやっていた。

 丁度いいとばかりに、その屋台に近づいて売り子の少女に声を掛ける。

 

「すいません。ジャガ丸くん二個、いや三個下さい」

「まいどありっ おや、キミはいつぞやの冒険者君じゃないか」

「あれ、僕の事覚えててくれたんですか?」

「まあね! ウチで商品を買ってくれたお客様の事は忘れないよっ……なんてね。あの時の君は、なんだか迷子の子供みたいな雰囲気をしていたから、ちょっと気になっていたんだ」

「え、えっと……あはは」

「その様子だと、何らかの形で心の整理がつけられたみたいだね。ボクも一安心だ。良かった良かった」

 

 そう言って、売り子の少女は、柔らかな笑みを僕に向けた。

 その言葉と表情を向けられた事が、少し気恥ずかしくて。僕は視線を彷徨わせながら首の後ろを撫でさすった。

 

「そ、そんなことも分かるなんて、流石ですね。ヘスティア様」

「えへへー、まあ、それほどでもあるかな! なにせボクも神の一柱(ひとり)だからねっ」

 

 僕が褒めると、その少女――ヘスティア様は腰に手を当てて、幼げな顔に見合わぬ、豊かな胸を張り出した。……その光景は僕にしたら少し目に毒だ。

 目の前の少女は、正真正銘『超越存在(デウスデア)』。僕の主神であるフレイヤ様と同じ、神様の一柱(ひとり)だ。

 そんなすごい存在である目の前の方が、路上で軽食売りの屋台で働いているなんて所を初めて見た時は、思わず声に出して驚いてしまったくらいだ。

 

 ……いやまあ、ご本(にん)が楽しそうに売り子をしているなら、いいんだろうけども。周りの人達からも親しまれているみたいだし……マスコット的な意味合いだけど。

 

「それで、ジャガ丸くん三個だったね。味の方はどうする? 新作の小豆苺クリーム味がオススメだよ」

「いや、僕は甘いのは苦手で……普通にプレーンでお願いします。それが一番好きですし」

「おぉっ、奇遇だねぇ! ボクもプレーンが一番好きなんだ。もう好きすぎてジャガ丸くんはプレーンしか食べないくらいにねっ」

「へぇ」

「本当に好きだからね。もう毎日ジャガ丸くんを食べてるくらいさっ……昨日だって朝昼晩ジャガ丸くんだったし、一昨日もジャガ丸くん。その前の日もジャガ丸くん……さらに前の日も…………」

 

 はつらつとした表情だったヘスティア様の目から、どんどん光が消えていく。

 ……それ、好きというより、ただの在庫処分なんじゃ……

 

「あ、あの、ヘスティア様……?」

「――ハッ! いけない、いけないっ。……はい、おまたせ。ジャガ丸君プレーン味三個ね」

「あ、ありがとうございます……あの、つかぬ事をお聞きしますが、ジャガ丸君以外に何か食べたりとかは、されないんですか?」

 

 我に返り、紙に包んだジャガ丸くんを手渡してくれたヘスティア様にそう言うと、ヘスティア様は再び沈み込む様に表情を暗くされてしまった。

 

「……仕方ないんだよ。ボクは眷属のいない神だから、自分で生活費を稼がないといけないんだけど、この屋台の給料じゃ日用品を揃えるのが精一杯でね……そうなると、食費を切り詰めるしかないんだ」

「そ、そうだったんですね」

 

 神様も苦労するんだなぁ。うちの女神様にも、そんな時期があったんだろうか。……何だか想像つかないな。

 

「ま、こんな苦労も今だけさ。そのうちボクの眷属になってくれる子が見つかれば、この生活も大分ましになるはずさ」

「そ、そうですよ! 頑張ってください、ヘスティア様!」

「うん、ありがとう! なに、キミも手伝ってくれてもいいんだぜ?」

「えっ……いや、でも。僕はもう他の神様の眷属ですし。別の神にあまり手を貸すのは……」

「あぁ、違う違う。何も一緒に探せなんて言わないさ。ただ君が有名になった時に、この屋台のジャガ丸くんで強くなれましたーとか、ここの屋台を宣伝してくれるだけでいいんだ。そうすれば、ここの屋台はたちまち人気になって、お客さんが入れ食い状態になる事間違いなしだ。その中に、ボクの眷属になってくれる子がいるかもしれないっ!」

「なるほど! そういうことなら任せて下さいっ! 直ぐに名を上げて、ヘスティア様の手助けになれるよう頑張ります!」

「た、頼もしいなぁ、キミは……うぅ、どうしてキミがボクの眷属じゃないんだろう。ホント、この下界は理不尽に溢れているよ」

「え、えっと……スミマセン?」

 

 何故だろう。ヘスティア様の容姿が幼い少女のものであるせいなのか、この神様(ヒト)が落ち込む姿を見ていると良心が呵責されてしまう。

 

 なんとかヘスティア様を励ました後、追加で購入したジャガ丸くんと共に手を振り合って別れ、僕はジャガ丸くんをかじりながらストリートを歩く。

 揚げたてでホクホクのジャガ丸くんは、空腹がスパイスとなって最高に美味しかった。

 

 ……美味しかったけれど、どこか物足りない気分がするのは何でだろう?

 何が足りないのかも分からず。それでもお腹は満たせたので、首を傾げつつも気にしないことにする。

 

 今はただ、強くなりたいというこの想いのままに。

 本拠(ホーム)に戻って少し体を休めたら、また先輩達に手合わせを願おうと予定を組み立てながら、油でまみれた指をなめた。

 

 

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