もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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白兎は走り出す 4

「ゴブゥァッ!」

「ほっと」

 

 振り下ろされるゴブリンの鋭利な爪を、横に大きく跳んで避ける。

 殺意の()められた攻撃は、風切り音を立てて何もない空間を通り過ぎた。

 

「ギィイ……――シャァッ」

 

 続けて距離を開けた僕に飛び掛かり、二回、三回と腕を振り回すゴブリンを足さばきだけで()なしていく。

 薄暗いダンジョンの中で、後ろや横にステップを踏む僕は、ゴブリンと踊る様にして立ち位置を変えていた。

 一向に当たらない攻撃に業を煮やしたゴブリンは、単調な動きを怒りで更に単純化させ、それに比例して攻撃が避けやすくなっていく。

 

 ……ここらへんかな。

 

 周囲の状況を(かんが)みて、ここが潮時だと決めた僕は、手に持つだけだった抜身の直剣を振るった。

 

「グギャアァァッ!?」

 

 こちらに突き出されたゴブリンの腕が、振るわれた剣に断ち切られたことで、回転しながらどこかに飛んでいくのを視界の端で見送った。

 直ぐに視界の外に出ていった腕の行く先は気に留めず、斬り飛ばされた腕を抑えてのけ反るゴブリンのガラ空きになった胴体を、剣先でひっかく様に斬り裂く。

 あまり力の乗せてない攻撃だったけど、細身の体躯であるゴブリンには十分な致命傷を与えられたようだった。

 しかし、重傷を負ったとは言えまだ息のあるゴブリンは、憎悪の籠もった眼を僕に向けている。

 健在である片方の腕が、僕を傷つけようと振りかぶられ――ゴブリンは上から降ってきた物体に圧し潰された。

 

 

 ゴブリンに剣を振るった後、即座に後ろへ飛び退いていた僕には、とっくに落ちてきた物の範囲から出ていたため何の影響もないが、ソレの真下に居たゴブリンはひとたまりもなかったようだ。

 

「グギゲゲゲ……」

 

 上からの奇襲を完全に躱されたソレは、悔しそうに喉を震わせた。

 『ダンジョン・リザード』。それが目の前にいるモンスターの名前。

 ヤモリを巨大化させたようなモンスターで、吸盤状になった手足で壁や天井を這いずり回るのが特徴だ。

 

 ダンジョンの二階層から四階層までを出現域とする低級モンスターだが、二Mに届くほどの体の大きさと、それに見合った重量が頭上から降ってくるのはかなりの脅威だ。

 目の前のゴブリンやコボルトに意識を集中していて、天井から落ちてくる『ダンジョン・リザード』に気付かずに潰される冒険者も多いのだとか。教えてくれたエイナさんには感謝しかない。

 

 『ダンジョン・リザード』の厄介なところは、文字通り縦横無尽の行動範囲だ。天井などを移動されたら、刃渡りが六〇Cしかない僕の直剣では手が出せない。

 だから、先程の様に他のモンスターとの戦闘を行いながら、地面に降り立つのを誘ってやらなくてはいけない。そう言った点でも厄介なモンスターだ。

 

「やぁあああっ!」

「グゲェッ!」

 

 壁からそれなりの距離を離したとはいえ、再び壁や天井に登られる前に、素早くダンジョン・リザードへと飛び込み剣を振り下ろす。

 鈍色の半月がモンスターの体を通過する。両断とまではいかなかったけど、深い傷を負ったダンジョン・リザードは、短く痙攣した後に動かなくなった。

 

 

 沈黙したモンスターに用心しつつ周囲を見回し、しばらく。

 危険がないか確認を終えると、戦闘で張りつめていた緊張の糸を少し緩めた。

 

「ふぅ……よしっ」

 

 勝利の余韻に浸りすぎることもなく、魔石を回収した後その場を離れる。今回は『ドロップ・アイテム』は出なかった。

 

 

 

 

 朝からダンジョンに潜り続けた僕は、ここらで探索を切り上げる事にした。腹の空き具合から、今は正午に近い時間だろうか。それまでモンスターとの戦闘を重ねたことで、背中のバックパックが魔石やモンスターの素材で膨らみ、重くなっていた。

 正規の道順(ルート)を通り、最短距離で階段を昇っていく。

 ダンジョンと外を繋ぐ唯一の出入り口へと続く『始まりの道』とも呼ばれる、幅の広い大通路を進んでいくと、大きな空間に出る。

 天を仰ぐように顔を上げれば、今自分がいる場所が地上に開いた大きな穴の底だというのが分かる。

 穴の深さはおよそ十M程か。円筒状の大穴に沿う様に、緩やかな螺旋を描く階段が穴の淵まで続いている。

 丁度今からダンジョンに潜るのだろう、冒険者達の邪魔にならない様、隅に寄りながら階段を上がっていくと、普段とは様子が違っていることに気が付いた。

 

 

『――上げるぞー、気を付けろよーっ』

『そのまま、そのまま……おいっ端に寄せ過ぎだ!』

『す、すみませんっ』

 

 上の方からそんな会話が聞こえた事で、おもむろに顔を上げた先。

 大穴の外から突き出された柱から、太い鋼線が穴の底から巨大な箱を吊り上げていくという光景が見えた。

 大規模な【ファミリア】が遠征する際に用いるという、カーゴと呼ばれる物資運搬用の収納ケース。クレーンという専用の装置で地上に運ばれて行く様子は、規模の大きさから言って圧巻の一言だ。

 

 ゆっくりと大きなカーゴが持ち上がっていく光景を、口を半開きにして見続けていると、突然カーゴが激しく揺れた。

 

「!?」

 

 上でクレーンを操作する人たちが何かをしたわけでなく、独りでに動くカーゴに、僕はその中身が何なのかを察した。

 その予想を裏付ける様に、カーゴの内側から唸り声まで聞こえてきたことで、途端にカーゴが『檻』に見え始める。

 

『あー、そういえばそんな時期か……』

『またやるのか、アレ』

怪物祭(モンスターフィリア)、ねぇ‥…』

 

 階段の途中で立ち止まる僕の横を通り過ぎる冒険者たちが、揺れるカーゴを見て話し合うのを耳が拾う。

 

 

「……怪物祭(モンスターフィリア)

 

 

 その単語に、僕は今朝の出来事を思い返した。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 それはまだ早朝の事。

 

 ダンジョンに向かうべくホームを出た僕が、見知った少女から声を掛けられたのが始まりだった。

 

 

「……」

「……」

 

 鈍色の髪に、動きやすそうなワンピースが良く似合っている女の子。

 【豊穣の女主人】で給仕をしていた、シルさんだ。

 

 目の前にシルさんがいるというこの状況に、僕は軽い混乱状態に陥ってしまっていた。

 なぜ彼女がここに居るのか。いつからここに居たのか。僕の前に現れた理由はやはり、先日の店を飛び出した件か。いやいや、もしや料理の代金が置いてきた金額じゃ足りなかったんじゃないのか。それともまた別の件か。

 いろんな考えが浮かんでは消え、また浮かぶ。

 

 僕は動揺を隠せず、視線をあちこちに泳がせながら硬直して、動けなかった。

 

「……あの、これ」

「!」

 

 そうして固まる中。声を掛けられ、彼女から差し出されたものを咄嗟(とっさ)に受け取った。

 

 彼女が差し出したのは、見覚えのある布袋。

 記憶よりも大分その膨らみを小さくさせた、僕の財布だった。

 

 ……これを渡すために、わざわざ?

 

 

「ごめんなさい」

「……ぇ?」

「私があの日、お店に誘ってしまったせいで、ベルさんを傷つけてしまって」

 

 シルさんに謝られるという状況に、しばし呆然とした後。

 目を伏せがちにして頭を下げ続ける彼女の姿に、事態を認識して急激に顔を熱くさせると同時。それまでの状態をかなぐり捨てて声を張った。

 

「ち、違います! 悪いのは店を飛び出した僕でっ、シルさんは、貴方は全然悪くなくて!? そもそも店に行こうとしたのはシルさんに会う前からだったし、というか、謝らないといけないのは、シルさんの呼び止める声にも耳を貸さずに出ていった僕の方で、財布だってこうしてわざわざ返しに来て貰って……ご、ごめんなさいっっ!」

 

 動揺に動転を重ね、とにかく言わなくてはいけないことを片っ端から口にする。

 自分の身勝手な行いのせいで、この人に謝らせてしまった事を死にたいくらいに恥じた。

 

「その、えっと、だから……」

 

 真っ白になった頭で、本当に伝えなきゃいけないその言葉を必死に手繰り寄せ、何度かどもった末、ようやくそれを口に出すことが出来た。

 

 

「――お店に誘ってくれて、財布を返しに来てくれて……ありがとうございました!」

 

 

 勢いよく頭を下げて、腰を折る。

 そのまま、地面を見つめて十数秒。

 

「……頭を上げて下さい、ベルさん」

 

 頭の裏に掛けられた声に、体勢をもとに戻すと、シルさんは先程までの沈痛そうな表情を和らげ、代わりに困ったような、安心したような微笑みを浮かべていた。

 

「……実は、ベルさんが店を飛び出してしまった後。私、ベルさんを探しに行ったんですよ?」

「えっ」

「でも、店を出た時にはもう見失ってしまってて、お財布も置いたまま音沙汰もなく……すごく、心配しました」

「うっ」

「正直、最後のベルさんの表情から、あの後ダンジョンに向かったんじゃないかって……それで、悪い想像ばかりしてしまって」

「ご、ごめんなさい……」

 

 ………………いや、もう。本当にスミマセンでした。

 

 顔を愁眉(しゅうび)に歪めるシルさんに、僕は申し訳ないやら、情けないやらでいっぱいになった。

 なんだか、最近色んな人に心配を掛けてばかりな気がする。

 

「今日ここに来たのも、メインストリートの屋台でベルさんを見たって噂を聞いたからなんです。ミアお母さんからは放って置けって言われましたけど、気になってしまって……顔を見れて良かったです」

「うぅ……」

 

 心底安堵したという彼女の様子に、僕の良心が猛烈な痛みを訴えている。

 そんな、背を丸める僕の額を、面倒見の良いお姉さんが落ち込む年下の子供を励ます様に、シルさんが指で軽く弾いた。

 

「そんなに気負いしないで下さい。私が勝手に心配しただけなんですから」

「いや、でも」

「……そうですね。もしもベルさんが、お詫びをしたいって言うなら――今度私のお買い物に付き合って貰えませんか?」

「お買い物、ですか?」

 

 オウム返しにシルさんの言葉を繰り返す僕に、彼女は微笑みを浮かべる。

 

「はい。近々お祭りが開催されるんですが、その日にお休みを貰っているんです。でも、私以外の同僚は店の営業で出れないので、彼女たちにもお祭りの雰囲気を味わってもらえるように、お土産を持って行こうって思っていて。言い方は悪いですが、その時の荷物運びとして、ベルさんに力を貸していただけないかなって」

「それくらいでしたら、よろこんで協力しますよ」

「ありがとうございます、ベルさん」

「いえそんな、お礼なんて……元をたどれば僕が悪いんですから、遠慮なく使ってください」

「ふふっ、それじゃあ、頼りにしてますね?」

 

 僕の言葉に彼女は笑い、すぐに悪戯気なそれに変えた。

 

「楽しみにしています、ベルさんとのデート♪」

「……へ? え、えぇっ!?」

 

 満面の笑みで告げられた、思いも寄らないその単語に、数舜の間を置いてその意味を理解した僕は、茹で上がった様に顔が熱くなった。

 その様子を見たシルさんは、悪戯が成功したことを喜ぶように、本当に楽しそうに笑うのだった。

 

 

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