もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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白兎は走り出す 5

 早朝。

 

 太陽が地平の彼方から顔を出し、紺色の空を青く塗り替えていく。

 ゆっくりと上に昇っていく金の光はオラリオを囲う壁を越え、僕の部屋の窓から入り込んで宵の暗闇を払い除けた。

 開け放たれた窓の外からは、早起きな小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。

 

 爽やかな、朝。

 固いベットから体を起こし、日光の差す窓辺に寄れば、そよぐ風が僕の髪を揺らす。

 気持ちのいい、朝。――――普段ならば。

 

 

「……ね、寝られなかった…………」

 

 念のためにと、早めに(とこ)に就いたのに。

 

 先日ホームの前で、シルさんから告げられたデートのお誘いが、どうにも頭から離れず一晩中悶々としてしまった。

 ダンジョン探索で体はクタクタに疲れているのに、心臓がドキドキして、頭は休むことなくシルさんの言葉と笑顔を再生し続ける。

 

 不安と、緊張と、盛大な期待がないまぜになって――眼が冴えて仕方がなかった。

 眠れ眠れと、自分に言い聞かせながら目を瞑っても、一向に眠気がくる気配はなく。結局、寝台の上でゴロゴロしているうちに夜が明けてしまった。

 幸い、ステイタスで強化された体は、一日寝なくとも大きな支障は出ない。……はずだ。

 色々と諦めて、窓の外を充血した目で睨むと、深く呼吸をして、朝の空気を体に取り込んだ。

 

(――覚悟を決めろ、ベル・クラネル。おじいちゃんも言っていたじゃないか。女の子と一緒に祭りに行くのは、男の本懐なんだって)

 

 眩しい太陽に目を(すが)めて、そう自分に言い聞かせれば、驚くほど心が落ち着いた。

 突如、そんな僕の頭の奥に、直接響くようにして声が聞こえた。

 

 

『――祭りの熱に浮き立つ空気』

『日常から切り離された解放感に、女子(おなご)たちの火照る頬と潤んだ眼』

『心するのだ。ベルよ』

 

『……これもうワンチャン――イクしかないじゃろぉ!』

 

 

 涼やかな風に撫でられ、澄み切った頭の奥から響く、懐かしい祖父の声。

 

 徹夜明けの幻聴かな?

 

 

 

 『わんちゃん』って……どういう意味なの、おじいちゃん。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

「お待たせしました、ベルさん」

「い、いえっ! 僕も今来たとこですっ!」

 

 待ち合わせ場所に決めていたのは、南西のメインストリートから少しはずれた広場。

 浮ついた雰囲気を纏う男女が仲睦まじく寄り添う中、待ち合わせの目印である女神像の前で、落ち着きなく立っていた僕に声が掛けられる。

 慌てて返事をして、声がした方に目を向ければ、柔らかな笑みを浮かべたシルさんが立っていた。

 

 白を基調とした、清楚なワンピース。

 まだ少し肌寒いからか、薄紫色のケープも合わせられ、良家のお嬢様が町に抜け出してきた様な装いだ。

 僕の視線に気付いたのだろう、シルさんはほんのりと頬を赤らめ、ワンピースの裾を少し引っ張った。

 

「……どう、ですか?」

「えっ? あ、その、お、お似合いですっ! すごく!」

「ふふっ。ありがとうございます」

 

 突然尋ねられた服の感想に、狼狽(うろた)えてしまう僕。

 シルさん以上に頬を赤くした僕に、恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな笑顔を浮かべた彼女は、自然な動作で僕の手を取った。

 一気に近づく彼女の体温と柔らかさに、心臓が跳ねる。

 

(――花の、香り……?)

 

 フワリと、嗅ぎ慣れない甘い香りが鼻孔をくすぐり、一拍遅れて、熱かった顔が更に熱を増した。

 

「シッ、シルさんっ!? なにを――」

「行きましょうっ、ベルさん。お祭りの時間は短いんですからっ!」

 

 シルさんはそう言って駆け出し、人が混雑する大通りへと僕を連れ込んだ。

 それが照れ隠しからの行動と思い至る頃には、僕たちは通りを歩く人の群れの中で、ぶつからないように人と人の合間を縫う事で忙しくなっていた。

 

 

 シルさんと繋がれたままの手が、確かな熱を僕に伝えてくる。

 

 人々がごった返す通りの先で。

 巨大な闘技場から上がった空砲の音が、オラリオの空に響き渡った。

 

 

 

 ――『怪物祭(モンスターフィリア)』、開催。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 闘技場に近づくにつれ、人の塊がバラける。

 

 そのまま闘技場の中へ進む人。

 通りに並ぶ屋台や露天商の呼び声に引き寄せられる人。

 

 そんな人達の波に流されない様にしながら、忙しなく顔を動かせば、様々なものが目に入ってくる。

 

 露天商の座る敷物の上に広げられているのは、ここぞとばかりに置かれた怪物祭にちなんだ小物やアクセサリー。勿論他にも色んな商品が並べられているけれど、それが多くの面積を占めていた。

 それ以外にも、流石は迷宮都市と言うべきか。本物の武器が並べられた屋台には、思わず目を見張ってしまった。

 

 そんな、お店で売り出される品の中で圧倒的に多いのは、串焼きなどの手軽に食べられる食べ物系の屋台。

 朝ごはんは済ませてあるものの、辺りに漂う美味しそうな臭いに食欲をそそられる。

 

「それではベルさん、これからどうしますか?」

「どう、とは?」

「このまま闘技場に行くのか、しばらく散策するのか、ですよ」

「え、えっと……おまかせ、します」

 

 

 『怪物祭』の中心である闘技場で行われているのは、祭りを主催する【ガネーシャ・ファミリア】による、モンスターの調教(テイム)だ。

 特殊な技術をもってモンスターと闘い、モンスターに自分の事を格上だと認識させ、従順にさせることが出来るらしい。

 もちろん、大きな危険を伴う行いだけど、【ガネーシャ・ファミリア】はそれを見世物(ショー)にしているのだ。

 そんな『怪物祭』は、普段迷宮に潜らない一般市民にとって、生きているモンスターを安全に見ることが出来る機会という事もあり、都市内外から祭りを見に来る人も多い。

 

 ……ということを、シルさんからお誘いを受けた後に町の人から聞き出したけれど、何分、迷宮都市にきて日も浅いし、こんな大きな祭りは初めてで、目に映るもの全てが新鮮だ。

 自分でも情けないと思うけれど、興味を惹かれるものが多すぎて、自分で判断がつけられなかった。

 

 

「それじゃあ、しばらくお店を見て回りましょうか。昼頃になれば闘技場も少し空くでしょうし」

「よ、よろしくお願いします」

「ふふっ、頼まれました。それじゃあまずは、あのクレープ屋さんに寄りましょう!」

 

 手を繋いだまま、シルさんにクレープを焼いている屋台へと引っ張られる。

 屋台のおじさんにクレープを二つ頼めば、熱い鉄板に生地が引かれ、あっという間に紙に包まれて渡される。

 お金を渡す際、シルさんが財布を忘れてきたことが発覚してしまい、慌てる彼女に苦笑を浮かべながら、僕は使い慣れた布の袋を懐から取り出した。

 

 

「……ごめんなさい、ベルさん」

「あはは、気にしないで下さい。……でも、意外でした。シルさんがそんなミスをするなんて」

「それって、どーゆう意味ですかぁ?」

 

 お店で働いている時のシルさんから、要領のいいしっかり者ってイメージを勝手に持っていたから、財布を忘れるというおっちょこちょいをするのは、予想できなかったのだ。

 

 頬を膨らませるシルさんに謝り、手に持ったクレープを齧る。

 おじさんから渡されたのは、薄い生地に肉を巻いたもので、肉に絡んだタレと溢れる肉汁が口に中で弾けて凄く美味しい。彩りを添える葉野菜も、しっかりとした水気を含んでいて、いい歯ごたえを与えている。

 そんな僕の様子を見ていたシルさんが、何度も頼んでも離してくれなかった手を、クイクイと引いた。

 

「ベルさん、ベルさん」

「あ、はい。何ですか?」

「あーん」

「……へあっ!?」

 

 顔を向けるとシルさんが満面の笑みを浮かべながら、小さな口を開いていて。僕は変な声と共に目を大きく開いてしまう。

 

「シ、シルさん、一体何をっ!?」

「何って、ベルさんのクレープが美味しそうだったので、私も食べてみたいなって」

「自分のがあるじゃないですか!?」

「だって、私のは中身がクリームですし、お肉のも食べてみたいんですよ」

 

 シルさんの言う通り、彼女の手にあるのは僕のと違い、白いクリームが巻かれたものだ。

 固まる僕に、シルさんは一旦口を閉じ、代わりに自分のクレープを差し出した。

 

「考えてみれば、私ばかり貰うのは公平じゃないですね。という事でベルさん、はい、あーん」

「……っ!?」

 

 その行動に、全身が動揺に支配された。

 シルさんに言いたいことが浮かんでは消えて、結局言葉にならない。

 口をパクパクとさせる僕に、シルさんは小さく頬を膨らませた。

 

「……むぅ。ベルさん、私の食べかけたものは口にはできませんか?」

「い、いえっ! そう言う事じゃなくてっ、そのっ……」

 

 しどろもどろになりつつ、降参した僕は素直にクレープを差し出した。

 

「……甘いのは得意じゃないので、これで勘弁してくださいっ」

「あっ、逃げましたね?」

 

 真っ赤になった顔を背けながら、ささっと差し出した僕のクレープに、シルさんは不満げにする。

 しかしすぐに笑顔に戻ったと思えば、目を閉じて唇を開いた。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えまして――あーんっ」

「……あ、あーん」

 

 さっきの行動を繰り返すように、口を開いて待つシルさんに一瞬固まった後、促されるままゆっくりとクレープを近づけていく。

 

「……ふふ、美味しいです。ありがとうございます、ベルさん」

「ど、どういたしまして……」

 

 パクリと、僕のクレープを口付けするように小さく食べたシルさんは、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。

 その表情は普段よりも幼く、そんな顔を向けられた僕の心臓は一層大きく跳ねた。

 思わず彼女から逸らしてしまった僕の顔は、今どんな表情をしているんだろう。

 

 

 その後、片付けるように素早くお腹に入れたクレープは、全然味が分からなかった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、次はあっちのお店にいってみましょうか!」

「ま、まだ行くんですかっ!?」

「当然ですっ! 今日はとことんまで楽しむんですから。心配されなくても、借りたお金はちゃんと返しますよ?」

「そういう事じゃなくて……あ、ちょっと!」

 

 色んな意味でお腹がいっぱいになってしまった僕を、シルさんは振り回すようにして通りに並ぶお店へと引っ張っていく。

 シルさんの進む先を見れば、黒い髪の女の子が呼子をする、ジャガ丸くんの屋台。

 

 

 活気に満ちるオラリオの空に、僕の悲鳴が響き上がった。

 

 

 

 

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