もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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prologue

 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

 数多の階層に分かれる無限の迷宮。凶悪なモンスターの坩堝(るつぼ)

 富と名声を求め自分も命知らずの冒険者達に仲間入り。ギルドに名前を登録していざ出陣。

 手に持つ剣一本でのし上がり、末に到達するのはモンスターに襲われる美少女との出会い。

 響き渡る悲鳴、怪物の汚い咆哮、間一髪で飛び込み(ひるがえ)る鋭い剣の音。

 怪物は倒れ、残るは地面に座り込む可愛い女の子と、クールにたたずむ格好の良い自分。

 ほんのりと染まる頬、自分の姿を映す潤んだ綺麗な瞳、芽吹く淡い恋心。

 

 子供からちょっと成長して、英雄の冒険譚に憧れる男が考えそうな事。

 可愛い女の子と仲良くしたい。綺麗な異種族の女性と交流したい。可能ならば一人でも多く。

 そんな、少し(よこしま)でいかにも青臭い考えを抱くのは、やっぱり若い雄なりの性なんじゃないだろうか。

 ダンジョンに出会いを、訂正、ハーレムを求めるのは間違っているだろうか?

 

 

 

 結論。

 僕が間違っていた。

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」

「ほぁあああああああああああああああああああっ⁉」

 

 少し(よこしま)でいかにも青臭い考えを抱いて冒険者になった結果、僕は今、死にかけている。

 具体的には牛頭人体のモンスター、『ミノタウロス』に追いかけられている。

 駆け出しの僕では決して敵わない化け物に、喰い殺されようとしている。

 詰んだ。間違いなく、詰んだ。

 浅はかで卑猥な妄想に憑りつかれた僕の末路。牛の餌。僕の愚物。

 運命の出会いに期待した僕が馬鹿だった。

 なまじダンジョンに潜る前に、人生百回やり直しても二度あるかも分からない、素晴らしい出会いがあったものだから、勘違いをしていた。

 きっと僕の運はあの時全て使い果たしていたのだ。

 一獲千金ならぬ、一獲美女なんて夢のまた夢だった。

 日々数えきれない死者を出すダンジョンにそれを求めていた時点で、僕は終わっていたんだ。

 あぁ戻りたい。いい歳して瞳をキラキラさせながら、ギルドの冒険者登録書にサインした僕自身を殴り飛ばすために、あの時に戻りたい。

 そんな馬鹿な後悔をしていると、すぐ目の前には岩の壁が立ち塞がっていた。

 

「行き止まりっ……⁉」

「ヴゥムゥンッ‼」

「でぇっ⁉」

 

 ミノタウロスの蹄。

 予想外の事態に、体が一瞬硬直した隙を狙われた。

 背後からの一撃は体を捉える事こそしなかったものの、岩の地面を砕き、ちょうど僕の足場も巻き込んだ。

 両脚が地面から離れる。とっさに崩れた体勢を空中で整えは出来たものの、綺麗な着地とはいかなかった。

 無様に両手と両膝を地面についた、平伏の姿勢(ポーズ)。拝む相手は岩の壁。

 

「ブフゥー、フゥーッ!」

 

 何十もの通路を抜けて、辿り着いた広いフロア。正方形の空間の隅に僕は追い込まれた。

 ミノタウロスの荒く臭い鼻息が僕の肌を殴る。

 振り返れば、自分よりも一回りも二回りも大きい筋骨隆々の体が僕を見下ろしている。

 逃れようのない『死』が、すぐそこまで迫ってきていた。

 

 ――いやだ。

 

 僕の内から湧き上がる衝動。

 こんなところで死ぬのが嫌だった。

 情けなく逃げ回ったあげく、ダンジョンの隅で惨めに骸を晒すのが嫌だった。

 醜い牛頭が、追いつめた獲物を前に嘲笑するように口端を吊り上げるのが嫌だった。

 なにより、“あの人”みたいな格好いい英雄になる前に死んでしまう事が、どうしようもなく、嫌で仕方なかった。

 

「――ぅあぁああああああああああっ‼」

 

 だから僕は、目前まで迫った運命(おわり)に抗った。自棄になったともいっていい。

 ここまで手放さなかった抜身の長剣、その切っ先を、立ち上がる勢いを乗せて油断しているミノタウロスに突き出した。

 生死の別れるこの局面。正真正銘、僕の全身全霊が掛けられた必殺の刺突。

 

 狙うは相手の胸部、その一点。

 モンスターがモンスターたる所以。

 モンスターであるが故に抱え持つ、唯一無二にして『最大の弱点』。

 

 ――『魔石』。モンスターを倒す上での絶対の有効打。

 

 こちらをコケにして嗤っていた牛の表情が戸惑いと焦りに変わるのが分かった。

 追いつめた獲物の反撃が、自身の急所へと吸い込まれるのをただ眺め――皮一枚を貫いて、突き出された剣は止まる。

 

(――そんなっ⁉)

 

 まるで岩のようなミノタウロスの胸筋に、僕の渾身(こんしん)の一撃が阻まれた。

 剣を握る手に強烈な痺れが伝わるのを、どこか遠い出来事の様に感じる。

 剣を突き出したままの体勢で見上げるミノタウロスは、よくもビビらせやがったな、と言う様に怒りの咆哮を上げ、腕を振り上げた。

 

(あぁ、死んでしまった……)

 

 ごめんなさい、女神様。せっかく拾っていただけたのに。

 恩を返せず死ぬ僕を、どうかお許しください。

 そして生まれ変わることができたなら、その時はハーレムなんか目指さず貞淑に生きる事を誓います。

 

 恩人への謝罪と、なにより自分を死に追いやった考えをこれ以上ないほどに後悔しながら、僕の目は上腕を振り下ろそうとするモンスターの姿を映す。

 次の瞬間、その怪物の胴体に一線が走った。

 

「え?」

「ヴォ?」

 

 僕とミノタウロスの間抜けな声。

 走り抜けた線は胴だけにとどまらず、振り上げられた腕、太腿、肩――そして首と連続して刻み込まれる。

 ミノタウロスの首をすり抜けた銀の光が最後だけ見えた。

 やがて、僕では薄皮一枚しか傷をつけられなかった恐ろしいモンスターが、ただの肉塊になり下がる。

 

「グブゥ⁉ ヴゥ、ヴゥモォオオオオオオオオォォォォォッ――⁉」

 

 断末摩が響き渡り、刻まれた線に沿ってミノタウロスの体のパーツがずれ落ちていき、血飛沫。

 赤黒い液体を噴出して、モンスターの体が一気に崩れ落ちた。

 ソレの、大量の血のシャワーを全身に浴びた僕は、呆然と時を止める。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 牛の怪物に代わって現れたのは、金色の美少女だった。

 青色の軽装に包まれた細身の体。

 鎧から伸びるしなやかな肢体は、思わず目が惹かれるほど美しい。

 繊細な体のパーツの中で自己主張する胸を抑え込む、銀の胸当てと、同じ色の手甲、サーベル。地に向けられた剣先からは血が滴り落ちている。

 女性からしても華奢な体の上には、女神さまにも劣らないほど整った、幼さの残る顔。

 腰まで真っすぐ伸びる髪と、こちらを見つめる瞳は、いかなる黄金財宝にも負けない程の、輝かしい金の色。

 

 ――青い装備に身を包んだ、金髪金眼の女剣士。

 Lv1で駆け出しの冒険者である僕でも、目の前の人物が誰だか分かってしまった。

 都市最強の一角と名高き、【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者。

 オラリオの女性の中でも最強と謳われる、英雄の領域に手をかけたLv5。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

「…………はい。助けて下さって……ありがとうございます」

 

 ――違う。

 

 大丈夫じゃない。

 全然大丈夫なんかじゃない。

 響き渡る声、怪物の恐ろしい咆哮、間一髪で飛び込み冴え渡る剣の技。

 怪物は倒れ、残るのは間抜けに立ち尽くす僕と、麗しき女剣士。

 まるで物語の英雄が目の前に現れたようなこの状況に、僕の全身がカッと燃える様に熱くなる。

 

 今にも剣をこの胸に突き立ててしまいたい衝動に駆られるほどの激情が、大丈夫なわけがない。

 この感情の名前は、きっと『羞恥』。

 こんな綺麗で、格好の良い人に、僕は命を救われたのか。

 そんな人に、僕は死にかけている所を見られてしまったのか。

 

 死にたくなるほどの恥ずかしさに、僕は音がなるほど歯を食いしばり、拳を握る。

 

「――おい」

 

 突然聞こえてきたのは、目の前の女性とは違う、低い男の人の声。

 音の方向に顔を向ければ、獣人の青年が僕を睨んでいた。

 美形っぽい顔立ちでありながら、しっかりと男らしくて、同性の僕から見てもすごく格好良い。

 

 そんな青年が、返り血に塗れた僕の胸倉を掴み上げた。

 

「雑魚が調子に乗ってるんじゃねえぞ」

 

 その言葉が、僕の心臓を跳ねさせた。

 

「追いつめられねぇと牙を剥けねぇなら、最初から戦うんじゃねえ」

 

「鳴いて逃げるしかできねぇなら、最初からダンジョンに潜るんじゃねえ」

 

「俺達は冒険者だ。クソモンスター共をぶっ殺すのが俺達だ」

 

「尻尾巻いて逃げていいのは、目の前のクソを殺す方法を考える時だけだ」

 

「そんなことも分からねえなら、冒険者なんてやめちまえ!」

 

 

 僕はその言葉に、何も言い返すことが出来なかった。

 その通りだと、思ってしまった。

 アイズさんの隣に立つこの人も、きっとLv5の冒険者。

 位階を昇華させた上級冒険者の中でも一握りの、更に上に位置する選ばれた人達、その一人にこの人も入っているのだろう。

 そんな『選ばれた者』の言葉が、僕の胸の奥底に深々と突き刺さる。

 

「……ベートさん、そんな言い方」

「――チッ! アイズ、行くぞ!」

「あ……その、ごめんなさい」

 

 アイズさんの言葉に舌打ちをして、青年は僕を掴んでいた手を離した。

 突然解放された僕は、地面に尻餅をついてしまう。

 無様に臀部を床に落とした僕を見向きもせずに、青年は背中を向けて去って行く。

 アイズさんは僕と青年を交互に見た後、申し訳なさそうに謝り、青年の後を追っていった。

 

 

 残されたのはバラバラになったモンスターと、その血だまりに座り込む僕。

 死にたくなるくらい恥ずかしくて、泣きたくなるくらい悔しくて、そんな行き場のない感情に、堪らず僕は岩の地面を殴りつけた。

 岩に(ヒビ)一つ入れられない貧弱な拳が、扱いに抗議するように痛みを訴える。

 

 ――僕は、弱い。

 

 

「ちくしょう……」

 

 

 不意に漏れた小さなつぶやきが、鉄臭いダンジョンの空気に溶けて消えた。

 

 

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