もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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白兎は走り出す 6

 石に囲まれた湿った薄暗い空間に、カツ、カツと硬質な音が反響する。

 

「……ぅ、ぐぁ……」

 

 天井には空間の広さに見合わない、小さな魔石灯が吊り下げられ、仄かな光が床で倒れ伏せた、幾つかの人影を照らしている。

 

 それらを意にも介さず、ローブでその姿を覆い隠す何者かが、靴音を鳴らして闊歩する。

 その音をかき消すように、四方から獣が唸るような声が上がる。

 本来広いはずの空間は、今はいくつもの鉄の檻によって、狭められていた。

 檻の中には、鎖に繋がれたモンスターが、自身に近づいてくる何者かに歯を剥きだして威嚇する。

 その様子は警告するようにも、虚勢を張っているようにも見えた。

 モンスターを閉じ込める檻の前で脚が止められ、ローブの人物が何かを呟くと、ローブの中から現れた腕が等間隔に並ぶ鉄格子の間に入れられる。

 

 カチリ、と金属が擦れる小さな音と、ギィと軋む音の後。

 

 

 『闘技場』の『地下』に、怪物の咆哮が(とどろ)いた。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

「ふぅーっ、お祭り、楽しいですね。ベルさんっ」

「……それは、良かったですね」

 

 満面の笑みを浮かべるシルさんに対して、隣にいる僕は苦笑いが絶えなかった。

 あれから、いくつものお店で食べ物を購入したり、珍しい品を並べる露天を冷かしたりと、大いにはしゃぐシルさんに振り回されっぱなしだった僕は、今や下手くそな笑みを張り付けるだけで精いっぱいだ。

 弾むような足取りでストリートを進むシルさんには悪いけど、正直もうヘトヘトだ。

 

「私、こんなに楽しいお祭り初めてかもしれません」

 

 だけど、今もこうして隣で笑う彼女の手前、そんな事を言い出せそうにもなく、繋がれたままの手を引っ張られる様にして、彼女の後を着いていく。

 

「そろそろいい時間でしょうし、闘技場の方に行ってみますか?」

「いいですね。そうしましょう」

 

 『神の恩恵』のおかげで、体力は一般人のシルさんよりあるはずなのに。まだまだ元気そうな彼女と変わって、一旦腰を落ち着けたい思いでいっぱいだった僕は、その提案に飛びついた。

 屋台から屋台へ、吸い寄せられるように移動していた僕たちの現在地は、闘技場を中心として西側に伸びるストリート。

 少し離れたここからでも、闘技場で行われているだろう『見世物(ショー)』の歓声と熱気が伝わってきている。

 脚を進めるごとにそれらは大きくなっていき――僕は、その場で立ち止まった。

 

「ベルさん?」

 

 シルさんへの返答も忘れ、僕は周囲を見回す。

 ……今、確かに。

 明るく賑やかな祭りのざわめきとは違う、背筋を冷たくするような――悲鳴が、聞こえた。

 次の瞬間、切迫した誰かの叫びが響き渡る。

 

 

「モ、モンスターだぁぁあああああっ!?」

 

 

 凍り付いた様に、楽し気な喧騒に満ちていた大通りから、音が消えた。

 

 そして、僕は見た。

 僕等が進む先、闘技場方面の通りの奥から、一匹のモンスターがこちらに向かってきているのを。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「な、なんで街中にモンスターが!?」

 

 その姿が目に入った瞬間から、静まり返っていた大通りは一転、騒然となった。

 周囲からは悲鳴混じりの叫びがいくつも上がり、多くの人が慌てふためきながら逃げ出す。

 残されたのは、突然の事態に動けず棒立ちになる、僕のような人たち。逃げ出さない僕の隣に立つシルさんも、顔を真っ青にしている。

 

『ルググゥ……!』

 

 地面を揺らしながら猛進してきたモンスターは、僕たちのすぐ近くで足を止めると、その場で鼻を動かす仕草を繰り返す。

 天高くに昇った日の光が、モンスターの毛並みに反射して、白く大きな獣を白日の下に照らし出した。

 

 シルバーバック。

 

 エイナさんから教えて貰ったモンスターの知識の中から、目の前のモンスターの特徴と、それが一致する。

 尻尾と見間違うほど長い銀色の髪を持つ、大猿のモンスター。

 ダンジョンの十一階層を生息域とする、今の僕の到達階層である六階層よりも、遥か下層の住人。

 そいつの圧倒的な存在感は、あの日の脅威(ミノタウロス)には劣るとはいえ、確かな恐怖と、それに付随した苦い記憶を想起させるには、十分すぎるものだった。

 そんなモンスターの首には金属製の首輪(サークル)が嵌められ、両手首には鉄枷と、半ばで引きちぎられた跡のある鉄の鎖が繋がっていた。

 おそらく『怪物祭(モンスターフィリア)』の為に、地上に連れてこられたモンスターの内の一匹だろう。

 何かを探すように、しきりに臭いを嗅いでいたシルバーバックは、理性の欠片もない瞳をぎょろりと、僕たちの方へと向けた。

 そして、ニィイと口端を吊り上げたのが、見えた。

 

 冷たい汗が背中に浮かび、背筋を伝って流れ落ちていく。

 繋がったままのシルさんの手を、強く握り締めた。

 

「シルさん、こっちに!」

「ベ、ベルさんっ? ――キャァッ!?」

 

 頭の裏側で打ち鳴らされる警鐘に従い、(すく)んでいた足を叱咤して駆け出せば、それまで僕たちが居た場所に向かって、モンスターが飛びかかってきたのは同時だった。

 無理矢理に手を引いたシルさんが、襲い掛かってきたモンスターに悲鳴を上げ、一拍遅れて石畳が砕ける音が大通りに響いた。

 

『ゥウッ……!』

 

 突撃を躱されたシルバーバックはこちらに向き直り、再度、僕たちに襲い掛かる。

 

(何でこっちに!?)

 

 ぎらついた眼光を向けながら、迷いなくこちらに直進してくるモンスターの姿に瞠目しながら、僕は手を引くシルさんを、振り回すように右手の方向へ追いやった。

 敵の進行ルートから外れる位置に、彼女を移動させると同時。腰に帯びていた直剣を鞘から引き抜いた。

 来るなら来いと、迎え撃つ構えをとろうとする僕には目もくれず、シルバーバックは進行方向を変えた。

 

「え……?」

 

 転身したシルバーバックに驚倒する。

 

(こいつ、僕を見ていない。狙いは――シルさんっ!?)

 

 脚が勝手に動いた。敵の走行を遮る為に。

 進路に割入り、正面に立ち塞がる僕に、シルバーバックは一瞥もせずに、その太い右腕を薙いだ。

 何かが軋み、割れる音。――次いで、途方もない衝撃が僕を襲った。

 

「ぐうぅぅっ!?」

 

 無造作に振るわれた丸太のような腕。

 ギリギリ目で追える速度で迫りくる、横薙ぎにされる拳が通るであろうルートに、手に持った直剣を添える様に差し入れた。

 目論見では、それで敵の攻撃の軌道を逸らせる、はずだったのに。僕は吹き飛ばされ、石畳の上を転がっていた。

 

 とっさに体勢を直し、勢いを殺した僕が目にしたのは、半ばから折れた――直剣の成れの果てだった。

 

 全身を襲う鈍い痛みも忘れ去り、僕は呼吸を止めた。

 

 

 半月。言葉にすればひどく短い時間。

 しかし、ダンジョンで生死を賭けた戦いを過ごす中、確かな信頼を寄せるには十分すぎる時間だ。

 尊敬する人に選んでもらって、整備にも手をかけてきたこともあって、愛着を抱くようになっていた。

 そんな、苦楽を共にした僕の相棒が、見るも無残な姿になってしまっていた。

 

 

『ブフゥー……ッ!』

 

 呆然としかける僕の耳が、モンスターの唸り声を拾い上げる。

 顔を向ければ、迫るシルバーバックを前にして、立ちすくむ彼女の姿が見えた。

 

「――ぐっ、あぁぁああああっ!!」

 

 一瞬で赤熱した意識が体を動かした。

 

 石畳を殴って体を起こし、足で蹴りつけて駆け出す。

 モンスターの手枷に繋がった鎖に飛びかかる様に掴んで、力一杯引っ張った。

 

『ガッ!』

 

 ビィン、と鎖が伸び切って、モンスターの歩みが止まる。

 自身の邪魔をする僕に、シルバーバックは煩わしいとばかりに腕を引く。

 凄まじい膂力に、体が持っていかれそうになるのを必死にこらえ、全力で鎖を引き続ける僕は――前触れなく、鎖から手を離した。

 

『ギアッ!?』

 

 僕の抵抗に痺れを切らし、思い切り引こうとしたのだろう。そのタイミングが丁度合わさり、片方の力が無くなった反動で、シルバーバックの体は大きく傾き、反り返る。

 その隙にモンスターの脇を一気に駆け抜け、シルさんの手を取った。

 

「こっちに!」

 

 僕はシルさんの手を引きながら、路地裏へと続く道に駆け出した。

 

 

 

 






使える小道具があったら、使ってみたくなる不思議。必要もないのにね。
邪魔だよという意見があれば修正します。

なければ今後もぼちぼち使うかも。
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