もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
「どうしてっ、シルさんが狙われてるんですか!?」
「し、知りませんよっ! あんなモンスターとは初対面ですっ」
「僕の時みたいに、酒場でお金を巻き上げたんじゃないんですかっ?」
「するわけないじゃないですか、そんな事っ! 私、ちゃんと相手は選んでいますっ!」
「それもどうかと思うんですけどぉ!?」
昼間でも薄暗い、狭い路地裏をシルさんと共に走る。
シルさんの細い手を握り締めながら、悲鳴じみた声で尋ねた。
こっちが聞きたいという様に返す彼女も、不安を押し殺すように僕の手を握り返す。
背後から迫る、獰猛な気配は一向に消えない。
いきなり僕たちに襲い掛かってきたモンスター『シルバーバック』は僕たちを、いやシルさんを追いかけてきている。
手当たり次第に人を襲うモンスターらしからぬ、異常な行動。
まるで誰かに命令され、操られているかのような。明確な意思を持って行動しているのが見て取れた。
(冒険者に調教されたモンスター? いやでも、こんなことをしてなんの意味が……)
色んなものが
入り組んだ路地裏を闇雲に走り回る中、僕は後ろを振り向く。
息を切らして苦しそうなシルさんを視線が横切り、通り過ぎた細い路に目を向ければ、暗い影が落ちている。モンスターの姿は見えない。
……だけど。
あいつはしっかりとついて来ていると、直感はそう訴えてくる。
荒く息を吐くシルさんを連れて走り続け、しばらくした後。
それまで走ってきた細い路は突然終わりを迎え、代わりに混迷した空間が現れた。
「『ダイダロス通り』……っ!?」
『ダイダロス通り』。
それはオラリオに存在するもう一つの迷宮。
度重なる区画整理で、猥雑に入り混じった通路、階段、住宅街が、眼前に立ち塞がる。
都市の貧民層が住まう、複雑怪奇なこの領域は、一度迷い込めば最後。二度と出てこられないと言う。その点ではある意味、ダンジョンよりもダンジョンらしい。
――無茶だ。こんなところでモンスターと追いかけっこなんて。
いつ袋小路に出くわし、追い詰められるか分かったものじゃない。
「行きま、しょうっ、ベルさんっ」
「シ、シルさん!?」
眼下に広がる光景に棒立ちになる僕を、シルさんが引っ張った。
引きずり込まれる様に『ダイダロス通り』に足を踏み入れた僕は、そのまま階段を、通路を駆けていく。
「何しているんですか!? もしも行き止まりになったら――」
「この、ままじゃ……どっちみち見つかります!」
『……――ァアアアアァァッ!』
後方から響く雄叫びに、肩が跳ねる。
反響して分かりにくいが、距離が近い。
渋面を浮かべる僕に、シルさんは苦しそうにしながらも、何時もの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、私……ここら辺の事は、少し詳しいのでっ」
シルさんの表情と言葉を信じた僕は、先導する彼女に従っていくつもの階段と通路を駆け抜け――立ち塞がる大きな壁に行き着いた。
目を見開く僕をそのままに、シルさんは足を緩めることなく壁に突撃する。
「シ、シルさんっ!?」
このままじゃ、ぶつかってしまう――っ!?
そんな僕の心配をよそに、シルさんはまっすぐ壁に突っ込み、通り抜けた。
引っ張られるままだった僕も、そのまま壁に――正しくは壁の一部だと思っていた隠し穴から壁の向こう側に入った。
僕が通った後、シルさんはすぐに押し開かれた板を戻し、穴を塞いだ。
『グゥゥ……グルォオオオオオオォォォォ……ッ!!』
その後すぐに、壁の向こう側でモンスターの唸り声が上がり、やがて離れていった。
モンスターの気配を間近に感じている間。二人して同じように両手で口を塞いでいた僕たちは、同じように口から手を離すと同時に、深く息を吐いた。
「……撒けましたかね?」
「はぁ、はぁっ……どう、でしょうか……でも、時間稼ぎくらいは、出来るはずです」
身体能力が強化されている僕とは違って、一般人と変わらないシルさんの体力は限界のようだった。
顔色は悪く、呼吸は安定せず、汗と砂埃で体が汚れてしまっている。
いつの間にか、肩に掛けられていたケープはなくなっていた。
苦し気に肩を上下させるシルさんの姿に、どうしようもなく悔しさがこみあげてくる。
先程まで彼女とつないでいた方の手とは別。もう片方の手で握り締めているのは、半ばから折れた、剣だった物。その残骸。
思い返してみれば、心当たりはいくつもある。
ミノタウロスへの刺突から始まり、ファミリアの先達との訓練での酷使。ダンジョンでのモンスターと戦闘の際にも、無茶な使い方をしたのは数えきれない程。
それでも、その分手入れは怠らなかったし、整備には細心の注意を払った。
しかし、それが気休めにもならない程、負担が積み重なっていたのだろう。
だからシルバーバックの一撃が止めとなって、破断してしまったのだ。
しかし、何よりも。担い手である僕が未熟だったのが一番の原因であることは、僕が一番理解している。
この半月の間、僕を支えてくれた愛剣は、僕が弱いせいで
そして、武器がない僕では、あのモンスターと闘う事が出来ない。
いくら勇気を振り絞ったって、今の僕じゃモンスターを倒せない。
弱い僕じゃあ、隣で苦しんでいる彼女を守れない。
同じだ。あの時と。
力のない自分が恨めしい。
逃げる事しかできない自分が恥ずかしい。
立ち向かう事すら叶わない弱さが、泣きたくなる程悔しくて仕方がない。
『ウオオオォォォォォー――ッッ!!』
「っ!」
獣の遠吠え。
怒りに燃えたモンスターの大声が、ダイダロス通りに響き渡る。
遠からず、ここも場所がばれるだろう。
(どうする、どうすればいい――っ!?)
先程までと同じく、矢鱈目鱈に走り回るわけにはいかないだろう。依然呼吸が収まらないシルさんに、そんな余裕はない。
僕をお店に誘ってくれて。
勝手に飛び出した僕を追いかけてくれて。
置き去りだった財布を返しに来てくれた、優しい女の子。
彼女を守るには、助けるには、一体どうすればいいんだ。何か手は――
「……ぁ」
「ベルさん、どうされましたか……?」
瞬間、僕の脳髄に雷霆の如く閃きが転がり落ちた。
単純な事だ。
彼女を助ける為に、彼女を守る必要は一切ないのだ。
「シルさん、聞きたいことがあります」
僕は、