もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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活動報告上げましたので、そちらも確認お願いします。





白兎は走り出す 9

 コトリ、とテーブルにコップが置かれる。

 素朴な木製品の周りには水滴が浮かび上がり、中に注がれた水の冷たさを物語っている。

 掴んだコップに口を付けて、中身の水を一息に飲み干せば、全身が喜ぶように震え、隣からクスリと笑う声が漏れ聞こえた。

 

「お疲れ様です。ベルさん」

「──プハッ。シルさんも、無事でよかったです」

 

 時刻は夕暮れ時。

 僕は今『豊穣の女主人』に居た。

 あの後、シルバーバックとの闘いの行方を隠れて見守っていた、ダイダロス通りの住民たちが、僕の勝利と同時に興奮を爆発させる中。僕は地下道から逃がしたシルさんを探しに、その場からすぐに身をひるがえした。

 

 幸い――かは分からないけれど、そう離れていない場所で彼女と再び合流を果たすことができた。

 シルさんの無事が確認できた安心からか、戦闘後も張りつめていた緊張の糸が切れ、急に押し寄せてきた疲労感に、その場で腰を下ろしてしまった僕の様子に、シルさんは自身が務める酒場の離れの二階で体を休めてはどうかと提案してきた。

 その申し出を有難く受け入れた僕は、彼女と共にダイダロス通りを抜け――移動する際、やけに身を寄せてくるシルさんには面喰ってしまったけれど――こうして体を休めることが出来ていた。

 

 

「今日はすいませんでした。私がお祭りに誘ったせいで、災難に巻き込まれてしまって……」

「い、いえっ、そんなっシルさんのせいじゃないですよ!」

 

 あれから二度お水をお替りして、一息ついた僕に、シルさんが目を伏せながらそう言った。

 落ち込むシルさんに慌てて声を掛ける。

 モンスターが脱走したのは、シルさんに何の関係もない。それに、僕が居ない状況であのモンスターと出くわしたらと想像すれば、むしろ巻き込まれて良かったとも思う。

 まあ、結果論でしかないのだけれど。

 

「でも、酒場の時だって。私の行いで、ベルさんには迷惑をおかけしてばかりで」

「止めて下さい、シルさん。僕はあの時誘ってくれたシルさんに感謝しているんですから。今日だって、一緒にお祭りを見て回るの、その……楽しかったですし……」

 

 自身を卑下する彼女の言葉を、僕は強く否定する。事実として、彼女と一緒に祭りを見て回るのは楽しかった。……まあ、最後の辺りでは、照れが出てしまって尻すぼみになっちゃったけど。

 そんな僕の言葉の後も、しばらく申し訳なさそうにしていたシルさんだったけど、頑として譲らない僕の様子に観念したのか、やがて頬を緩め口元を和らげた。

 

「……私も、楽しかったです。それに、今日の騒ぎで街の皆さんが口々に言われてました。あの冒険者は、ベルさんは勇敢だったって」

「え……」

「私もそう思います。私を守ってくれたベルさんは、とても格好良かったです」

「そ、そんな。僕なんて、ただ逃げ回っていただけです。それに、貴方を逃がすのが精一杯で。守る事なんて、全然できていなかった」

「それでも、です……あのトンネルの前で、貴方を置いて行くのがとても苦しかった。でも、そのおかげで私は、こうして怪我を負うこともなく、ここにいることが出来ています」

 

 シルさんがおもむろに僕の手を取り、僕のそれよりも小さな両手で包み込んだ。

 長年農具を握り、最近は剣を振り続けていることで硬くなった掌に、彼女の柔らかな手の感触が伝わり、頬が熱くなる。

 窓から入る西日が、こちらを見つめる彼女の顔を朱色に染め、僕を映す瞳を熱っぽく見せる。 

 シルさんが、僕を真っ直ぐに見て、言った。

 

 

「守ってくれて、ありがとうございます」

 

 

 その言葉に、胸が詰まった。

 声を出すことが出来ず、何と返せばいいかも分からなくて、しばらくの間を空けて小さく頷くことで、返事をする。

 シルさんはこう言うけれど、僕自身、彼女を守れたと胸を張って言い切ることは出来ない。

 それでも、その言葉でどこか救われた気がして。確かに嬉しくて。

 僕は、僅かにでも彼女を守れたのだと、実感する事が出来た。

 

 

 涙がこぼれない様、目を固く閉じる僕に、シルさんはふと尋ねた。

 

「そう言えば、ベルさんの腰に付けている剣は、一体どうしたんですか?」

「これは――」

 

 彼女の言葉に、腰に帯びた白鞘に納められた剣に触れる。自然と緩む口角に、僕はあの後の光景を思い浮かべた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「フレイヤ様、ありがとうございます。この剣のおかげで、モンスターに勝つことが出来ました」

「おめでとう、ベル。さっきも言ったけれど、その剣の力は貴方の力。もっと自信を持ちなさい? それにしても……ふふっ、格好良かったわよ?」

「あ、ありがとう、ございます……でも、本当にいいんでしょうか。僕なんかが、こんな立派な物を頂いてしまっても。良く見れば【ヘファイストス】の文字が刻まれてますし、ものすごく高い物なんじゃ……」

 

 ヘファイストスの刻印。それは【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師が打ったという証明。

 オラリオに存在する武器の中でも最高品質を誇る、ブランドの中のブランドだ。

 駆け出しの僕が持つには、あまりにも畏れ多い。

 

「強くなりたいのでしょう?」

「!」

「言ったじゃない。応援したくなったと。このくらいのお節介は許して頂戴?」

 

 微笑みと共に向けられたその思いやりに喉が引き攣り、視界がにじんだ。口元の震えが、抑えられない。

 

「受け取って、くれるかしら?」

 

 女神様の言葉に、コクリと一つ、頭を下げる。

 釣られて、ぼろろ、とこらえきれずに(まなじり)から涙滴が零れ落ちた。

 

「その剣の()は――《愛の剣(マリア厶ドシーズ)》。大事にしてね?」

 

 僕は再度、頭を振る。

 腕に抱えた剣に滴が降り落ちて、刃を伝い、蒼銀の色をまといながら流れていった。

 

 

 しばらくして、高ぶった感情が収まった後。目元を腕で拭った先に、女神様の姿はなくなっていた。

 どこに行かれたのか――銀の色を探す僕の脳裏に、薄鈍色の髪の女の子の姿がよぎり、僕は鳴り止まぬ歓声を後にした。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「僕の主神であるフレイヤ様が、僕に下賜してくださったんです。僕の力になる様に、と」

「……そう、だったんですね」

「はい。フレイヤ様には感謝してもしきれません」

 

 これのおかげであのモンスターにも勝てたんです。そういって笑みを浮かべた僕は、剣の柄頭を手で撫でた。

 正直なところ、僕の実力ではこの剣の力に釣り合っていないと思う。

 だけど、いやだからこそ。今は分不相応な剣の持ち主として、恥ずかしくないように強くなろうという思いが溢れて止まらない。

 僕はまだ、強くなれる。

 一度は敵わないと思った、自分よりも強く、大きな怪物にだって勝つことができたように。

 

 今の僕は、弱い。

 脳裏に過ぎるのは、女神様のファミリアとなった初日の原野での光景。

 僕がそれまで過ごしてきた中で経験してきた何よりも鮮烈な剣の(わざ)

 原野での模擬戦を経るごとに、初日に見せて貰ったオッタルさんの動きが、その精度が、僕の実力を強く知らしめる。

 遠い。遠すぎる。

 僕とオッタルさんとの距離は、一体どこまで離れているんだろう。

 あの人は、どれほどの高みに立っているんだろう。

 

 圧倒的なまでの現実が、僕の心に重くのしかかる。

 

 

『――貴方が自分を信じられなくても、私は貴方を信じているわ』

 

 

 だけど、こんな弱い僕を、女神様は信じてくれた。

 今の僕はまだ、走り始めたばかり。これからどれほどの時間が掛かろうが、きっと。

 僕の憧憬に。見果てぬ高みに――絶対に至って見せる。

 それが、僕に出来る女神様への最大の恩返し。

 

 

 決意をみなぎらせると同時に強さへの渇望が、憧憬への羨望が燃え上がっていくのを感じる。

 それと合わせて、女神様への敬意が(つの)っていくのも。

 

「あの、ベルさん?」

 

 一人でいきなりニヤニヤしていたからだろうか、シルさんが遠慮がちに声を掛けてきたことによって、僕は我に返った。

 

「あっ、す、すみませんシルさんっ! ちょっとボーッとしちゃってて」

「いえ、いいんです。ですが、やはりお疲れのようですね。今日はもう休まれますか?」

「そう、ですね。そうします。お水、ありがとうございました」

「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です。今日は、本当にありがとうございました」

 

 裏口まで見送ってくれたシルさんに手を振って別れ、僕は夕日で赤く染まるストリートを走り出す。

 さっきまでは疲労や心労が重なってヘトヘトだったのに、今は体が熱くて仕方がなかった。

 一連の騒動もあってか、祭りの熱気もすっかりと引き、下がり始めた気温が火照った体に心地良い。

 腰に吊られた女神様の剣――《愛の剣(マリアムドシーズ)》の重みも、自然と頬が緩んでしまうのを助長する。

 

 怪物祭によっていつもより人通りの多いストリートを、僕は笑みを浮かべながら走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走り去る、白髪の少年の背中が遠ざかっていくのを、『銀の瞳』が追い続ける。

 

 やがて小さくなり、通りの向こうに姿が消えてしまった後も、(なお)

 

 頬は紅潮し、堪えきれず恍惚の吐息が喉奥から漏れ出した。

 

 全身が(ふる)え、下腹部の疼きが収まらない。

 

 少年を見つけたあの日から、ずっと。

 

 否。日を重ねるごとにそれは募っていく。

 

 彼の魂を見る度に、透明な光がその輝きを増すごとに。

 

 嗚呼。と彼女は(ひと)()ちる。その様子はまるで陶酔したようで。

 

 

「よろしかったのですか」

 

 そんな彼女に掛けられる、従者の声。主語のないそれに、彼女は目を逸らさないまま応える。

 

「いいのよ。今回あの子が魅せてくれたあの光景を思えば、魔道具の一つや二つ」

 

 従者が手に持つのは、血の様に紅い鞭。

 迷宮都市の『暗黒期』から少しの時を置いて、いくつかの偶然を経て【フレイヤ・ファミリア】の下に転がり込んできた希少な魔道具、その片割れであった。

 従者が持つ物はそれだけでなく、もう片方の手の中には、小さな小瓶。

 手渡されたそれを弄びながら、彼女はここから遠く離れた砂漠で出会った少女を思い浮かべる。

 今や一国を治める王となった者が、大恩ある彼女に献上した嗜好品の一つ。

 砂漠に生息する数少ない植物――その中でも更に希少な花から精製された香油が、その小瓶に入っていた。

 

 その価値は計り知れず、金額にすれば、人が一生かけても買えるかどうか。

 それらを使い、一つは失ってしまったとしても、惜しく思う事は一切なかった。

 彼女にとって、それ以上に価値があるものをこの目で見ることが出来たのだから。

 

「……貴方ならば、きっと――」

 

 

 銀の瞳は尚も見つめ続ける。

 既に通りの奥へと消えてしまった少年の姿を。その魂を。

 あの日、自らの手で証を刻み込んだ白い少年の背中を、いつまでも、何処までも、見つめ続けていた。

 

 

 

 

そこに刻まれるのは、物語。

子供たちが織り成し、神々が書き記す冒険譚。

過去、幾度(いくたび)も重ね、(つづ)られてきた英雄神話。

 

 

 

これは、一人の少年が、一柱の女神の英雄へと駆け上がる

 

眷属(ファミリア)()物語(ミィス)

 

 

 

 

 

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