もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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17巻発売記念に投稿再開です。
本屋言ったら今日が発売日なのに置いてありましたよ。やったぜ。

投稿待っててくれてた人が居たらうれしいなぁ。


第二章 泡沫の舞踏会
灰を被った栗鼠 1


 

 キチキチと、油を切らした金属が擦れ合う様な音が岩の壁に反響する。

 天井から落ちる燐光が辺りを薄い緑に照らす中、ソイツは真っ赤な双眼で僕を睨みつけている。

 僅かに引いた足がじり、と地面を擦るおとを鳴らす。

 

 ……狙うは、一撃必殺。

 コイツを相手に手数を重ねるのは愚行でしかない。

 

 赤い眼を光らせる敵は、地を這う様にしていた頭を僕の腰程まで持ち上げると、カチカチと顎を打ち鳴らした。

 威嚇の音だ。機は近い――……今。

 

「――ふっ!」

『ギィッ』

 

 敵が僕へと飛び掛かる、その一瞬前に、僕の方から飛び掛かる。

 拍子を外したように動きを鈍らせた敵へと、紫紺の光に包まれた刃を振り下ろす。

 薄緑の明りを鈍く照らし返す外殻は、金属を想わせる硬い質感を持っている。

 並の武器では、その硬い殻を断つことはおろか、傷一つつけることなく弾かれてしまうだろう。

 しかし、僕が持つのは並の武器ではない。

 

 刃から漏れ出た蒼銀の燐光が、宙に線を残す。

 弦を描く月光の軌跡は、吸い込まれる様に敵の硬殻へ届き、そのまま通り抜けていった。

 

 サンッ、と小気味よい音の後。一拍を置いて敵の体がズレ落ちる。

 

 

 ……うん。いい。

 

 硬いモノを断ったとは思えない程に軽い感触とは裏腹に、確かな手ごたえを感じた僕は、無意識の内に笑みを浮かべてしまう。

 倒した敵から魔石を取りだした後、足取りも軽やかに迷宮の奥へと僕は進んでいく。

 

 

 ここは、ダンジョンの七階層。

 僕は、到達階層を順調に増やしていた。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

「なぁなかぁいそぉ~?」

「は、はひぃっ!?」

 

 エイナは激怒した。

 必ず、かの暴虎馮河(ぼうこひょうが)の少年を諭さねばならぬと決意した。

 エイナには『冒険』が分からぬ。なれどエイナは、冒険者のアドバイザーである。

 彼が為を思い、迷宮の脅威を知らしめ、跋扈(ばっこ)する怪物達の恐ろしさを教授してきた。

 エイナは少年に言いつける。『冒険』は死と隣り合わせである。汝、『冒険』に手を出すなかれと。

 しかしエイナの思いもむなしく、今ほど到達階層を大幅に更新したと、喜色満面、意気揚々と少年はエイナに報告をしてきたのだ。

 

 エイナは激怒した。それこそ、『(オーガ)』も()くやあらんとばかりに。

 

 

「キィミィはぁっ! 私の言った事ぜんっぜん分かってないじゃないっ!! 五階層を越えた上にあまつさえ七階層!? 迂闊にも程があるよっ!?」

「すすすすすすみませぇんっっ!?」

 

 ダンッ! とエイナが机に両手を叩きつける音に少年――ベルの肩が跳ね上がり、顔色を一瞬で青くさせた。

 エイナが怒っているのは言葉の通り、ベルが身の程もわきまえずに到達階層をホイホイと増やしたことにある。

 

「一週間とちょっと前、ミノタウロスに殺されかけたのは、一体誰だったかな!?」

「ぼ、僕ですっ!」

「じゃあ何でキミは下層に降りるているの! キミには危機感が足りない! 全然足りてないっ!!」

 

 エイナの言葉は正しい。

 ダンジョンは決まった階層を境にして地形も形質もがらりと変わる。

 1~4階層は薄青色のつるりとした壁で構築されており、出現するモンスターもゴブリンなどの低級モンスターばかり。種類もそう多くはない。

 しかし、5階層からは状況が一変する。

 外観が薄緑色の岩壁に変わるだけでなく、迷路自体の構造も複雑になり、出現するモンスターも多様さを増す。そして、その凶悪さも。

 

 ベルが今回遭遇し、討伐を果たしたモンスター『キラーアント』。

 7階層から出現する大蟻のモンスターであり、六階層の『ウォーシャドウ』と並んで『新米殺し』の通り名を持つ。

 『キラー』の名のつく通り、このモンスターはその身に纏う頑丈な硬殻に加え、ゴブリンなどとは比較にならない攻撃力を持つ。

 強靭な顎と、発達した四本の鉤爪は、下手な防具を紙きれ同然に引き裂き、5階層までの敵に慣れ切った冒険者の攻撃を弾き致命傷を与える。

 しかし、『キラーアント』の本当に恐ろしい所は、その特性にある。

 このモンスターは、危機に瀕すると特殊なフェロモンを周囲に発散し、同族を呼び寄せるのだ。

 袋小路で襲われ、下手に傷をつけようものなら、その瞬間ベルの命は潰えたも同然。

 獅子を前にした兎の如く震えるベルだが、エイナにしてみれば彼を思っての叱りつけだ。その一心が彼女に獅子の幻影を背負わせるほどに、目の前の(ベル)には死んでほしくなかった。

 

「で、でもっ、僕っ、あれから結構成長したんですよエイナさぁんっ!」

「たった1週間で成長だなんて言うのはどこの口かな……!」

「し、信じてくださいよ!? 僕の【ステイタス】、アビリティがいくつかDまで上がったんです!」

「……D?」

 

 ぴたりと動きを止めたエイナは、胡乱気な表情を浮かべた。

 聞き返されたベルはぶんぶんと勢いよく何度も頷くも、エイナにはとても信じられない。

 がしかし、目の前で涙を浮かべながらも、信じてくれと言わんばかりにこちらを見詰めてくる少年の様子は、どうにも嘘をついているようには見えない。

 エイナがベルの担当アドバイザーとなってまだ日は浅いが、この分かり易すぎる少年の嘘を見抜ける程度には、付き合いを深めていた。

 

 故に、エイナは混乱した。

 ベルが冒険者となってから今日まで半月と少し。エイナがこれまで培ってきた知識と経験上では、その者が特別優秀であったとしても、そんな短い期間ではステータスを一つか二つをGに上げるのが精々なところ。

 それがD? ありえない。

 

 ――普通ならば。

 

 しかし、まことに遺憾ながら、この少年を『普通』と評するには特例(イレギュラー)が過ぎた。

 都市最高峰の主神にスカウトされ、その上、三日間だけだったとはいえ【フレイヤ・ファミリア】の団長である【猛者】直々からダンジョンで指導を受けている。

 冒険者登録の翌日、ギルドが新人に支給(格安、ローン払い)をしている初心者用防具をベルに渡す際、彼の数十M後ろに巨躯の猪人が立っているのを視界に入れてしまった時は、自分の顔が引きつってはいないか不安を覚えたのは記憶に新しい。

 

 そして、この半月間。報告を聞く限りでは、ダンジョン探索でモンスター相手に傷を負う事は無く、駆け出しとは思えない程の成果を上げ続けている。

 これらの事実をして、『普通』であるなどと、どの口がいえようか。

 

「……本当に、D?」

「は、はいっ」

 

 彼の主神が誤った情報を彼に与えている?

 否、流石にそれはないだろう。

 ならば、情報伝達の間で何らかの齟齬(そご)があったのだろうか。

 

 そう疑ってしまうほど、Dというアビリティ評価は非常識なものであった。

 

 ――彼の【ステイタス】を見せて貰おうか。

 ついそんな考えが頭によぎるが、すぐに首を横に振って頭から追い出した。

 彼が零細のファミリアで、かつ他の派閥とのしがらみがなければ、限りなく黒に近い灰色の判定として、エイナも口に出すくらいはしただろう。

 しかし、彼は迷宮都市でも名高き【フレイヤ・ファミリア】の一員。当然その敵対派閥は多く、末端の構成員だとしても、その個人情報の漏洩(ろうえい)に繋がる行いには手を出せない。

 しかし、半月で【ステイタス】をDに上げたなどという、荒唐無稽(こうとうむけい)な言葉を信じるわけにもいかず、故に七階層での探索を許可するわけにもいかず。

 

 

「…………私が何を言おうと、キミは『冒険』しちゃうんだろうなぁ」

 

 だからエイナは迷った。迷った末に、自分が何と言ってもこの目の前の少年は止まらないだろうと、ならば別の方向から彼を守ろうと思い至った。

 彼が少しでも危険から身を防げるように。

 

 彼が命を落とさぬように。

 

 

「え、ええとエイナさん? 何か言いましたか?」

「ううん。気にしないで。……ねぇベル君、明日の予定空いてるかな?」

 

 ……まったく。世話の焼ける冒険者なんだから。

 首を傾げるベルを見つめたまま、エイナはクスリと笑みを溢した。

 

 

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