もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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灰を被った栗鼠 3

「代金は99000ヴァリスね」

「じゃあ、丁度で」

 

 カウンターで支払いを終わらせた僕は、受け取ったライトアーマーをバックパックに詰め込んだ。

 店員さんの前に商品を出したら、「本当にそれでいいのか」と尋ねられたけど、僕は構わず首肯すると共に代金を受け皿に落とした。

 取引の後に何故そんなことを聞くのかと尋ねれば、この防具に刻まれた銘があまりにも奇抜すぎるせいで、購入した者が漏れなく、身に着ける前に返品してきたからだと返された。

 ちなみに、この防具の銘は『兎鎧(ピョンキチ)Mk(マーク)(ツー)』と言うらしい。

 

 ……………まあ、うん。名前によって品質が変わることはないし。

 これが気に入ったのは本当だし、その………キニシナイデオコウ。

 

 ともかく、購入を終えた僕は、バックパックを背負うと辺りを見回した。

 

「エイナさん、何処にいったのかな……?」

 

 乱雑に積み上げられたボックスの一つ入れられた『兎鎧Mk‐Ⅱ』――いや、『白いライトアーマー』を見出した僕が意識を惹き込まれていると、僕に合った装備を選りすぐっていてくれたらしいエイナさんが声を掛けてきた。

 申し訳なく思いながら、僕が既に装備を決めた旨を伝えると、残念そうにしながらも僕の想いに賛同してくれた。

 それから、僕がちゃんと購入できるよう、後ろの方で見守っていてくれてたはずだったのだけど。

 

「あ、ベル君こっちこっち」

 

 きょろきょろと顔を振る僕に、声がかかる。

 そちらに目を向ければ、手招きをするエイナさんの姿。

 

「はい、これ」

「……へ?」

 

 足早に彼女の下へと向かえば、エイナさんは後ろに回していた腕を、僕へと差し出した。

 とっさに受け取ったソレは、直径三十C(セルチ)ほどの小盾(バックラー)

 

 総金属製とは思えない程に軽く、丸みを帯びた鉄色の円形の中央には、エイナさんの瞳と同じ、緑玉(エメラルド)色の膨らみ(ボス)が設けられている。

 手に取っただけでも、いい品であることが分かる。それだけにこれに付与された価値が相応の値がすることは予想に易かった。

 

「私からのプレゼント。ちゃんと使ってあげてね?」

「え、いやそんな。わ、悪いですよっ! 僕なんかに、こんな……」

 

 頬を僅かに赤らめながら渡されたソレを、慌てて突き返そうとする。

 こんな、女性に貢がれるような真似なんて自分には畏れ多く。何よりも情けなくて……申し訳なかった。

 うつむきがちになる僕に、エイナさんは女性からのプレゼントは素直に受け取るべきだと言って、ふっと微笑んだ。

 

「……本当にさ、冒険者はいつ死んじゃうかわからないんだ。どんなに強いと思っていた人でも、ある日突然いなくなっちゃう」

「……」

「これまで、たくさんの冒険者がダンジョンに行って、戻ってこなかったのを見てきたから」

 

 だから、と彼女は僕を上目がちに窺って、言った。

 

「キミが、私の所にまた戻ってこられるように、コレを受け取ってほしいな」

「………………はぃ。ありがとう、ございます………」

 

 僕は、床を見た。

 熱くなった目頭を前髪で隠し、突き出していた小盾を胸に抱え込んだ。

 

 

 胸の中の防具は硬く冷たい金属製なのに、緑玉(エメラルド)の色を持ったソレが、なんだか温もりに満ちているような気がした。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「ちょっと遅くなっちゃったな……」

 

 買い物を終えた後、僕はエイナさんを彼女の住居まで送ってから帰路についていた。

 時刻は夕方を回り、空はすっかり赤くなっている。

 

 背中のバックパックを背負いなおし、足取りも軽く路地を進む。

 バックパックの肩ひもを引っ張った拍子に、中からカチンッと音が鳴る。その音が、これまでの人生の中でした一番大きな買い物である白いライトアーマーと、エイナさんから贈られた小盾が、確かに詰め込まれているという事を実感させてくれた。

 ……あ、だめだ。顔がニヤケちゃいそう。

 

 女の人が、僕の事を思って渡してくれた贈り物(プレゼント)

 これが嬉しく思わないなんて嘘だ。

 

「……足音?」

 

 緩みそうになる表情筋を我慢して引き締めていると、路地裏の奥から一人、いや二人分か。こちらに近づいてくる大小の異なった音が聞こえてきた。

 好奇心がそそられた僕は、音が聞こえてくる狭い通りを覗き込もうとする。

 

「あうっ!」

「えっ?」

 

 路地裏を覗き込んだ、その出し抜けに小さな影が目の前を勢いよく転がった。

 どうやら身を乗り出した僕の足が、曲がり角の先から飛び出してきた小さな影に丁度引っかかってしまったみたい。

 

「あっ、す、すみませんっ! 大丈夫ですか?」

「ぅ……っ」

 

 地面に倒れた小さな影に慌てて近寄れば、その特徴的な外見に、()()の種族がパルゥムであることを察した。

 ヒューマンの子供によく似た、しかしヒューマンよりも体のパーツの一つ一つがとても小さな亜人(デミ・ヒューマン)

 目の前のその子も、それに違わず僕の腰程しかないであろう低い身長に、触れれば折れてしまいそうな細い手足をしている。肩まで伸びた栗色の髪に、同じ色をした大きくてつぶらな瞳を見て、幼い女の子という印象を僕に与える。

 

「――追いついたぞ、この糞パルゥムがっ!!」

 

 僕が彼女に手を差し出したその時、彼女が出てきた曲がり角から、新たに一つの影が姿を見せた。

 

「もう逃がさねぇからな……っ!!」

 

 怒声と共に現れたのは、僕と同じヒューマンの男性だった。年は二十くらいで、背中に大振りの剣を差していることから、冒険者である事がわかる。

 しかし、何よりも目を引くのは、悪鬼のようなその形相。

 血走った眼をギラつかせ、歯を剥き出しにして憤激するヒューマンの男性の怒り様は、横から見てるだけの僕まで思わずのけ反ってしまうほど激しい。

 ならばと、直接その表情と怒声を向けられたパルゥムの少女はと目を向ければ、その子は可哀想になるくらい怯えていた。

 

「待ってください」

 

 次の瞬間には、勝手に体が動いていた。

 少女の体を隠すようにして、男の前に立ち塞がる。

 冒険者の男はそこで初めて僕の存在に気が付いたのだろう。怒りに染まった顔に、僅かに怪訝そうな色が浮かんだ。

 

「……あぁ? 邪魔だ、そこを退けガキ」

「嫌です。この子に何をする気ですか?」

「うるせぇぞガキッ! 今すぐ消え失せねえと後ろのソイツごと叩き切るぞっ!」

 

 その言葉に、僕の意志が固まった。

 事情は知らないけど、この人は間違いなく後ろの女の子に酷い事をする。

 背負っていたバックパックを下ろして路地の隅に寄せる。その行動に、それが意味する事に目の前の男はもちろん、後ろの少女も驚きを露わにする。

 

「ガキィ……! マジで殺されてえのか……!?」

「……」

 

 男の言葉に、僕は何も返さない。したことと言えば、すぐに動き出せるように体勢を少し低くするだけ。

 

「何なんだテメェはっ!? そのチビの仲間なのかっ!?」

「……彼女とは初対面です」

「じゃあ何でソイツ庇ってんだ!?」

 

 確かに、このヒトの言葉はもっともだ。……あれ、ホントに何でだろう?

 

「……ぉ、女の子、だから?」

「何言ってんだよテメェはっ!?」

 

 彼の言う通り、僕は何を言っているんだろう。

 でもしょうがないと思う。実際、それだけが理由なんだから。

 だって、男なら普通そうするでしょ? 女の子が危ない目に遭ってたら、普通助けるでしょ?

 常識(こんなこと)に理由を探せって方が、無理ってもんだよ!

 

「……もういい。そんなに死にてえって言うんなら、まずはテメェからぶっ殺すっ……!」

 

 男はその言葉と共に背中の剣を引き抜いた。

 自身に向けられた混じり気のない殺気に、反射的に僕も腰の剣を抜く。

 背後から、はっと息を呑む音。ちらりと様子を窺えば、後ろの少女が僕を――いや、僕の握る蒼銀の剣を、《愛の剣(マリアムドシーズ)》を注視している?

 

 僕が即座に武器を抜いたことに、男は一瞬怯んだようにも見えたが、舌打ちすると共にボクを射殺さんとばかりに睨んできた。

 一触即発の雰囲気。少女から視線を切り、僕は冒険者の男だけに意識を向ける。

 ダンジョンの中ではなく、街中で。モンスターではなくヒトに向けて、お互いに武器を構え合って、対峙する。

 

 

 男は一歩間合いを詰める。

 僕は動かない。

 

 男が剣を高く掲げる。

 僕は動かない。

 

 男が動かない僕に何かを思ったのか、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた。

 僕はまだ、動かない。

 

 男が前傾し、直後に地面を蹴って飛び掛かってくる。

 そこで、僕は腕を動かそうとして――

 

 

「止めなさい」

 

 

 ――場に割って入ってきた鋭い声に、僕と男は動きを止めた。

 

 はっと振り向いた僕たちの目に、大きな紙袋を抱えたエルフの少女の姿が映った。

 若葉色の髪から突き出した長い耳と、整い過ぎた目鼻立ちが特徴の亜人。その空色の瞳から向けられる視線が、剣を振り上げた男を真っすぐに貫いていた。

 

「次から次へと……っ! 今度は何だぁっ!!」

「貴方が剣を向けているその人……彼は、私のかけがえのない同僚の伴侶となる方です。手を出すのは許しません」

 

 ……今何か、彼女が変な事を言った気がしたんだけど。

 

「どいつもこいつも、訳の分からねえことばっか言いやがって……っ! ぶっ殺されてえのか、あぁんっ!?」

「吠えるな」

 

 空気が凍る、とはこのことを言うのだろう。

 大声を散らしていた男は言葉を呑み込み、僕もまた息を呑んだ。

 エルフの少女から放たれる途轍もない威圧感に、僕と男は圧倒されていた。

 

「手荒なことはしたくありません。私はいつもやり過ぎてしまう」

「……っ、……!?」

 

 怒りで顔を赤くしていた男が、今度はみるみると顔色を青く染めていく。

 言葉を出さないまま、口をぱくぱくとさせる男に、エルフの少女は最終勧告を告げる様に、紙袋から離したその手に持つ小太刀を見せる。

 一体、いつの間に。

 彼女から目を離してなかったのに、その僅かな動作の中でいつ武器を出したのか、まったく見えなかった。

 

「――く、くそがぁっ!?」

 

 僕と同じ様に見えなかったのだろう。それがダメ押しとなって、冒険者の男は退散していった。

 走り去る音が遠ざかり、後に僕とエルフの少女が路地裏に残される。

 

 戦わずして冒険者の男を追い払ってしまった目の前の女の子に、僕は少しの畏怖を覚えてしまった。

 

 




次の投稿は5月7日。そこからは週一更新の予定。
ストックが尽きるか二章が終わるまで連載します。
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