もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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灰を被った栗鼠 4

 

 ――ギシギシ、ギィイ……。

 腐りかけの床板と、立て付けの悪い薄い扉が軋みを上げる。

 僅かに開けた隙間から素早く入り、音を抑えながら扉を閉めて、そこでようやく息を吐いた。

 

「……は、ははは――今回もやってやりました。ざまあみろ、冒険者」

 

 そこは薄暗く、狭い小部屋。

 埃臭い部屋の中にあるのは、木の板に毛布を敷いただけの簡素な寝具のみ。

 懐から今日の『戦利品』を取り出し、真っ先に所定の場所に隠した後、それまで纏っていたローブを脱ぎ捨てた。

 床に薄く積もった埃がローブを落とした風圧で宙に舞い、ダンジョンで被っていたのだろうモンスターの残滓――塵灰と混じり合い、壁の穴から差し込む光に当たってキラキラと照らされる。

 それを気に留めることもなくフラフラと部屋の中を進む。そのまま胸に湧き上がる仄暗い喜びと重い疲労感に身を任せ、清潔とは言い難い敷物(シーツ)に倒れ込んだ。

 

「今回は、詰めが甘かったですね……反省、しないと……」

 

 標的の冒険者に『変装』がばれて、それからは必至の逃亡劇を繰り広げた。

 なんとかドサクサにまぎれて逃げることができたが、隠れ家(アジト)に辿り着いた事で緊張の糸が切れたのだろう。疲労が一気に襲ってきた。瞼が落ちるのを止められない。

 

 ――(おぼろ)げになる意識の片隅で、唐突にある童話を思い出す。

 

 家族に虐げられてきた、みすぼらしい少女のお話。

 ある日悪戯好きの精霊に魔法をかけられ、絶世の美女に変身した少女は淡い夢を見る為に王宮に向かい、王子に見初められてしまう。

 精霊の魔法が解けて逃げ出した少女を、王子が方々に手を伸ばして見つけ出す。

 魔法が解けた少女を王子が迎えに行き、彼女は幸せになるのだ。

 

 ……どこで読んだのだっただろうか。内容もロクに覚えていない、ありふれたハッピーエンドの創作物(ツクリモノ)

 それを不意に思い出したのは、怒り狂った冒険者から逃げ出す直前の出来事がきっかけか。

 こんな見ず知らずの、薄汚い小人族(パルゥム)を庇った、いかにも駆け出しなヒューマンの少年。

 彼のこちらに向けた背中が、言葉が、倒れる自分に差し出された彼の手が、妙に頭について離れない。

 

 

 自分がこれまで行ってきたことを知った時、彼は同じように手を差し伸べてくれるのだろうか?

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 自分の思考を鼻で嗤い、一蹴する。

 

 冒険者になった人間なんて、一皮剥けばみんな屑に決まっている。

 一人しかいない部屋の中、乾く心を冒険者への憎しみで上書きしながら、埃っぽいシーツを頭から被る。

 

 ――次の獲物はもう決めた。今は体を休めて、それから『仕事』に取り掛かろう。

 

 叶いもしない夢を見るのは、疲れているせいに違いないのだから。

 今はただ、一時の微睡(まどろみ)に身を任せよう。

 いつか、この手に希望を掴む日を来ると信じて。

 いつか、『終わり()』が来る事を祈りながら、どんどん重くなっていく瞼を落とした。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 冒険者の青年が走り去って行った路地の裏で、僕はこめかみから顎に伝う汗を拭った。

 

「大丈夫でしたか?」

 

 紙袋を抱えたままのエルフの少女は、そう言ってゆっくりと歩み寄ってくる。

 手にしていたはずの小太刀は既になく、見間違いだったのかと思ってしまう。

 その動き一つで彼女が実力者である事が分かる。僕なんかじゃ相手にもならない程の。

 

「あっ、はい……え、えっと、『豊穣の女主人』の店員さん、ですよね?」

 

 エルフの少女が着ている、若草色の給仕服を見てそう尋ねれば、彼女は首肯を返した。

 

「ああ、これは失礼を。私の名はリューといいます」

「リューさんですね。僕はベル・クラネルです」

「存じています、クラネルさん。貴方の事はシルからよく聞いていますので」

 

 ……シルさん、一体僕の何を話しているんだろう。変な事じゃ無きゃいいけど。

 

「と、とにかく……ありがとうございました。助けて頂いて」

「いえ、こちらこそ差し出がましい真似を。貴方ならあの程度、差して労することもなく退けられたでしょう」

「いや、まあ……あはは」

 

 彼女の歯に衣着せぬ物言いに苦笑いが浮かぶ。

 だけど、確かに彼女の言う通りだった。

 

 先程の青年と対峙する光景を思い返す。

 隙だらけの構え。不用心な上段構えでガラ空きになった脇。

 どこからどう打ち込んでも、攻撃が通るイメージしか湧かなかった。

 『戦いの原野(フォールクヴァング)』でのファミリアの先輩達と比べれば、あの冒険者の青年は、その挙動の全てがお粗末に過ぎた。

 

 と言っても、流石にそれを正直に口に出すことは出来なくて。僕は頬を掻いて視線を横に逸らす。

 

「……その、リューさんはどうしてここに?」

「夜の営業に向けて買い出しをしていました。昼間とは異なり冒険者が店に押し寄せますから、準備をしておかないと大変な事になるので。その途中で貴方を見かけてしまい、つい」

 

 なるほどと納得する。あれから何回かお店にお邪魔した時――毎回シルさんが注文を取りに来てくれた――いつも盛況だったことを思えば、生半可な準備だと食料もお酒もすぐに底をついてしまうのだろう。

 それにしても、つい、か。僕とはあまり面識は無い筈なのに……正義感が強い人なのかな。

 

「貴方はここで何を?」

「あっ、そうだ。あの子……あれ?」

 

 周囲を見渡して背後に居たパルゥムの女の子の姿を探せば、先程までいた筈だったのに、彼女は忽然(こつぜん)と姿を消していた。

 

「誰かいたのですか?」

「その筈なんですけど……」

「……察するに、貴方はその人物を助けるために、あの冒険者の男と対峙していたようですね」

「え、ええ、まあ」

「なるほど。クラネルさん、やはり貴方は善良で、信頼のおけるヒューマンのようだ」

 

 そして、リューさんは突然僕に頭を下げた。それはもう、深々と。

 

「遅まきながら、貴方に感謝を。私のかけがえのない同僚を、シルを守って頂けたこと、真に有難く思います」

「ふぁっ!? いやいや、止めて下さいリューさんっ! 守っただなんて、そんな……あの時は逃げるのに精いっぱいで、最後の方ではシルさんを突き離す形になっちゃったし……貴女にお礼を言われるような事、僕はしてません。……出来てません」

 

 いきなりの事で慌てた僕は、頭に浮かんだ言葉そのままに口を動かした。

 自身の至らなさばかりが浮き彫りになった、あの日の出来事にお礼を言われるのが、どうにも申し訳なくて。弁明する途中で目を下に向けてしまった僕を、いつの間にか頭を上げていたリューさんが静かに見つめる。

 

「クラネルさん……謙虚なのは美徳ではありますが、時には侮辱になりえる事もあると、覚えておいて下さい。少なくとも、あの時あの場に居合わすこともできなかった私よりも、貴方の方が優れている」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「ならば、胸を張りなさい。貴方のおかげでシルが無事だったのは揺るがない事実だ」

 

 リューさんは空色をしたアーモンド形の瞳で、まっすぐに僕を見つめて叱り、そして励ましてくれた。

 その後すぐに、彼女は端正な顔を僅かに歪めると、申し訳なさそうに頭を低くする。

 

「……すみません、自身の不甲斐なさから、貴方を叱責する様な真似をしてしまった」

「い、いえ、その……ありがとうございます」

 

 今の今まで残っていた()()()が取れたような思いだった。

 きっと、この人にとってシルさんは大切な人なんだろう。

 あの日、シルさんに大きな怪我を負わせずに済ませた事は、この人にとっても大きな事で。それに貢献できた僕がいつまでも悔やんでいることは、リューさんに対しても失礼だ。

 もう僕はあの日の事で自分を卑下にしない。

 あの日の苦い思いを糧にして、同じ事を繰り返さないように強くなる。

 

 ……また一つ、強くなりたい理由が増えた。

 

 

「それでは、私はこれで」

「はい。本当に、ありがとうございました。助けてくれたことも、それ以外でも……また今度、近いうちにお店に行きますね」

「……ええ、シルにも伝えておきます。きっと喜ぶでしょう」

 

 

 やがて僕とリューさんはお互いにお辞儀を交わし合い、その場で別れた。

 

 

 

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