もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
「よし……」
朝日と共に目を覚まし、今日もダンジョンに潜る為に準備を整える。
装備の点検は万全。消耗品の補充も抜かりなし。
新しい装備に身を包んだ僕は、倉庫から引っ張り出してきた姿見の前に立つ。
昨日購入した白いライトアーマーは、下に着こんだ黒地のインナーと相まってよく映えていた。
体を捻ったり屈んだりして鎧に不備がないか確認した後、左手にエイナさんから貰った
拳を握ったり緩めたりを繰り返し、調整と確認を終えた僕は、中央に嵌め込まれた
おもむろに、自分の全身が写る姿見を見ながら鞘から抜いた《
駆け出しの装備から新規一転した新装備。やっと冒険者らしくなってきたと、僕は内心得意気になる。
にやけそうな頬を引き締めて前を向けば、そこに居たのは精悍な顔つきで剣を構える白髪の少年の姿。ウン。格好いい。
何度か
早速戦い合ってる先輩達の怒声を背中に
気持ちのいい天気に、今日はいいことがあるんじゃないかなんて考えが浮かぶ。
メインストリートを進み、次第に数を多くしていく冒険者達の波に乗って
ダンジョンはもうすぐ近く。
今はとにかく、この新しい装備の具合を確かめたくて仕方がなかった。
そんな、はた目からも分かるくらい浮かれきった僕に、掛けられる声が一つ。
「お兄さん、お兄さん。白い髪のお兄さん」
「えっ?」
足を止めて声のした方向を振り返るも、僕を通り過ぎていく冒険者たちが視界を遮るだけで声の人物らしき姿は見られない。
「お兄さん、下、下ですよ」
あどけない少女のような声に従って顎を引くと――いた。
身長およそ一〇〇
「君は……」
僕の腰程しかない低い身長と、フードの
「
記憶を掘り起こそうとする前に、少女は僕の背後を指さしてそう言った。
少女が差す指の先にあるのは、僕の背負うバックパック。
ソロで探索する冒険者がバックパックを装備する光景を見れば、誰であってもその心中を察する事ができる。
それはズバリ、『サポーターがいてくれたらなぁ』だ。
故に、彼女は僕に尋ねたのだと言う。「サポーターはいりませんか」と。
「ぇ、ええっ?」
「混乱しているんですか? でも今の状況は簡単ですよ? 冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです」
眉をうねらせて困惑する僕とは逆に、少女はおひさまの様に笑って見せた。
「そ、そうじゃなくて……君、昨日の……?」
「……? お兄さん、リリとどこかでお会いしたことがありました?」
「え? だ、だって……あれぇ?」
可愛らしく首を傾げる少女の様子に、僕も首を傾げてしまう。
……僕の気のせい、なのかなぁ?
「それでお兄さん、どうですか、サポーターはいりませんか?」
「え、えぇと……で、できるなら、欲しいかな……」
「本当ですかっ! なら、リリを連れて行ってくれませんか、お兄さん!」
「う、うん。それはいいけど、うーん……?」
「あっ、名前ですか? 失礼しました! リリは自己紹介もしていませんでした」
少女は一歩下がり、ほがらかな笑顔を浮かべる。
「リリの名前はリリルカ・アーデです。お兄さんのお名前は何と言うのですか?」
「えっと、僕はベル・クラネルです。よろしくお願いします、リリルカさん」
澄み渡る青空の下で、僕は初めてのパーティーをリリルカさんと組むことになった。
* * * *
「それじゃあ君は【ソーマ・ファミリア】の構成員だけど、【ファミリア】から仲間外れにされているってこと?」
「えへへ、リリはこんなに小さいですし、腕っぷしもからっきしなので。何やっても鈍くさいリリは、皆さん邪魔者にしか思えないのでしょう」
バベルの二階、簡易食堂。大半の冒険者達がダンジョンに潜る正午前で人影のほとんどない中、僕は小さな少女とテーブルを挟んで座っていた。
僕と共にダンジョンへ潜りたいと告げた彼女と落ち着ける場所に移動した後、面接とまでいかないけど簡単な質疑応答を交わしていた。
話を聞くに、今まで行動を共にしていた冒険者と契約を解消され、困り果てた末にボクを見つけ出したらしい。
何故同じ【ファミリア】の冒険者と潜らないのかと尋ねれば、彼女は「頼んでも仲間に入れてもらえない」と、そう返した。
なんてことないように告げる彼女に、僕は思わず面喰ってしまう。
「――そんなわけで、役立たずの身としては肩身の狭い思いでして、今は居心地の悪い【ファミリア】を離れ、割安の宿屋を巡っては寝泊まりを繰り返しています」
彼女の浮かべる表情と語る内容に、お腹の奥が鉛を飲み込んだみたいにズンと重くなる。
こんなこと考えるのは、彼女に対して失礼かもしれないし、一緒にしたら駄目だって分かってる。――それでも、彼女の置かれた境遇が、今の自分の状況と少し似ていると、そう思ってしまった。
「しかし、今の宿に泊まりこむにも、手持ちが心もとなくなってきまして。ぜひっぜひぜひっ! リリはお兄さんとダンジョンに潜りたいんですっ!」
「うん、いいよ」
「【ファミリア】関連の心配なら御無用ですっ! リリの主神のソーマ神は一つの事柄を除いて全てに無関心ですのでっ、ですから――……へ?」
「だから、いいよ。一緒にダンジョンに潜ろっか」
「ええと……予想以上にあっさり過ぎてびっくりしちゃいました。ほ、本当にいいんですか?」
「うん。……あ、でも一つだけ。もしよかったらでいいんだけど、そのフードを取ってくれないかな?」
同情だとか、間違った親近感と言う事は理解している。それでも、いや、だからこそ――贖罪の意味もあって――僕は二つ返事で彼女の提案に了承を伝える。
そうと決めたら早いもので、僕の意識は当初の目的に移ってしまっていた。
昨日、路地裏で出会った
僕が気になっているのはこれだ。あの時、顔や声をしっかりと確認したわけじゃないけど、パッと見た時の印象があの子とそっくりな様に思えてならなかった。
僕の要求に目に見えて動揺したリリルカさんは、戸惑う様に体を揺らした後小さな両手をフードにかけた。
「こ、これでいいですか?」
「……あれっ?」
フードを外して出てきたのは、ぴょんぴょんと跳ねた栗色の髪に、同じ毛色の獣の耳だった。
ピコピコと落ち着きなく動く様子に、彼女の耳が作り物ではないことが分かる。
「じゅ、獣人……?」
「は、はい、リリは
予想が大外れになって放心した僕は、無意識の内にテーブルに身を乗り出し、彼女の両耳に手を伸ばしていた。
「んんっ……!」
「……本物だ」
フサフサの毛とその下の肉付きの柔らかさ、ほんのり感じる体温が一体となって、僕に彼女の耳が本物であることを確証づけた。
昨日の少女は小人族。獣人である彼女とは別人だ。
種族が異なる。これ以上の判断材料はない。
僕の疑念はとんだ見当違いだったというわけだ。
「あ、あのぅ……お兄さぁん……」
驚きから覚めぬまま彼女の耳を撫でまわしていると、おずおずと聞こえそうなくらいに小さく、そして震えた声が耳に届く。
その声に、それまでの自分の行いを客観視した僕は飛び退くように彼女から離れた。
「ごっ、ごめんっ! こんな事するつもりじゃ……っ!?」
「……男性の方に、リリの大切なモノをあんなにされてしまうなんて……これは責任を取って貰わないといけませんね?」
「うっ……」
彼女の言葉に赤面した僕は、それからしばらく謝り続けた。
「本当にごめんなさい……僕に出来る事ならなんでもしますから、衛兵を呼ぶのだけは勘弁してください……」
「今なんでもって……ゴホンッ。気にしないで下さい、リリは大丈夫ですからっ」
サポーターとしてリリを雇ってくださるだけで、こちらとしては十分です。
そう言ってリリルカさんは立ち上がり、うなだれる僕に笑みを向けてくれた。
申しわけなさと有難さを胸にする僕もまた、へにゃりとした情けない笑みを返して椅子から立ち上がる。
「えっと、こういう時って、契約金とか必要になるんですか?」
「今日の所はお試しと言う事で、探索の収入を分ける形で大丈夫です。リリの働きを見て、正式な契約を結ぶかどうかを判断していただければ、それで」
「分かりました。それじゃあ、まずは行ってみましょうか」
「はいっ! よろしくお願いしますね、お兄さんっ!」