もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
つい昨日、僕がエイナさんに叱られた要因であるダンジョンの四階層進出。
ダンジョンは四階層までとそれ以降からは、明確な違いがある。
迷宮の構造とその範囲、出現モンスターの種類は勿論だけど、中でも特筆するべきはモンスターの出現する頻度だ。
五階層からのダンジョンは、モンスターが生れ落ちる
袋小路に入った瞬間、壁から這い出てきた数匹のモンスターに囲まれた、なんていう事例も多くあるとか。
また、七階層からその姿が見られる『キラーアント』といった、
だから、通常は四階層までの階層で冒険者としての下地を作り、地道に、ゆっくり、焦らずに力を蓄えることが重要なのだと、エイナさんは僕に教えてくれた。
でも、僕にはそんな悠長にしていられるほどの余裕はない。
辿り着きたい場所に手をかけるには、いち冒険者の
……幸い、今の僕の【ステイタス】の伸びは普通の人よりもちょっとだけいいらしい――女神様は成長期だと言っていた――。だから少し無茶な背伸びをしても、無理にならない程度に収まっていた。
現在位置は七階層。
薄緑色の岩壁に囲まれた、迷宮の薄暗い一角で、僕は押し寄せてくるモンスターの群れの中に自ら飛び込んで行った。
一体、また一体と、襲い掛かるモンスターを切り伏せる僕の頭上。有毒な鱗粉を持つ巨大な蛾のモンスター『パープル・モス』が、大量の鱗粉を振りまきながら降下してくる。
『ジギギギギギギッ――ギィッ!?』
『パープル・モス』が《
向かう先は、硬い殻で全身を覆った巨大蟻のモンスター『キラーアント』。それも二体。
駆け寄る敵に威嚇するモンスターに対して、僕は前触れなくギアを上げ、一気に加速する。
『ギギギギギ……グギュィッ!?』
『ギッ!? ギシャァッ!』
急激な速度の変化に対応が遅れるモンスター。二体の内、右側に位置したモンスターの細い胴体を繰り出した大薙ぎの一撃が真っ二つにする。
同胞を殺されたモンスターが一瞬の動揺の後、仇である僕に向けて腕の先から伸びる鋭利な鉤爪を振るった。
剣を振った直後で体勢が悪い僕は、もう一方のキラーアントに攻撃が出来ない――が、焦ることはなく。僕は剣を持った手とは別の、小盾を装備した左腕を突き出すことでモンスターの攻撃に対処する。
『ギッ!?』
「っつぁああああっ!」
キラーアントの攻撃と、硬殻をもってしてもキズ一つつかない防具は、モンスターを大きくのけ反らせた。
突き出した左腕を引き戻し、その反動を十全に利用して右腕を振り抜く。
『――ギ』
断末魔をロクに上げることもなくモンスターの首が飛ぶ。そしてそれを見届ける事もない。既に僕は次の標的に向かって走っている。
『キュッ!? キューン、キューンッ!』
数多のモンスターを斬り伏せた僕に向けて、鳴き声を上げる、赤い瞳を潤ませ僕を見つめる一匹の白兎。
柔らかそうな白い毛と、コロコロと丸みを帯びた見た目が愛嬌を感じさせる。
しかし、その額から長く鋭い角が伸びている事が、その兎がただの兎ではなく、立派なモンスターである事を証明していた。
必死に何かを訴えかけている様子の兎のモンスター『ニードルラビット』を、僕は容赦なく剣の餌食にする。
白い毛皮を赤く染め終えた僕の後方から、幼さを感じさせる高い声が上がった。
「わああっ!? ベ、ベル様ーっ! また産まれましたぁー!」
その声にダンジョンの壁に目を向ければ、もう何度目かも分からないモンスターの産声が上がる。
壁から這い出てこようともがくキラーアントに、疾走する。
「せぇー、のぉっ!」
『グビュッ!?』
助走をつけて、思いっきり地面を踏み切って、まだ壁から完全に出ていないキラーアントに飛び蹴りをかます。
ズンッと重い音の後、キラーアントは首を折り曲げ、力なく壁面に垂れ下がった。
「――……ふぅっ」
「す、すごいですベル様! あれだけの数のモンスターをソロで、それもこんな短時間で倒されてしまうなんて!」
モンスター襲撃の波が途切れ、静寂が訪れたダンジョンの中で、一息ついた僕に声が掛けられた。
剣から滴るモンスターの体液を振るい落として、鞘に納めた後。僕は彼女に振り返る。
顔を向けた先には、満面の笑みをこちらに向ける小さな犬人の少女。そして笑顔のまま一箇所に集めたモンスターの死骸の上に新しい死骸を放り込み、小山を更に高くする光景が映った。
「あはは、ありがとうございますリリルカさん。でも、まだまだですよ、僕なんか」
「いえいえ、ご謙遜なさらずともっ! あと、リリの事はリリと呼んでください。他の呼び方でも構いませんが、さんづけはお止めください」
「……それを言うなら、リリルカさんの方こそ様付けは止めて欲しいんですけど」
「すみませんが、それは出来ない相談です。仮契約とは言え、上下の立場は明確にしなくてはいけません。ですので、今後はリリに敬語を使うのも止めて下さい」
「いや、でも……」
なおも渋る僕に、モンスターを集め終えたリリルカさんは「いいですか、ベル様」と前置きした後に、語った。
そんなサポーターに敬称を使っていることが他の冒険者に知り渡ったら、彼女の今後の活動に支障がきたすと言う。
冒険者とサポーターを、同列に扱ってはいけない。サポーターは冒険者にへりくだるべき存在。それが彼女の持論だった。
僕はそうは思わない。ダンジョンに一緒に潜っている時点で、彼女にも命の危険があるのは同じだし、戦闘中、地面に転がるモンスターの死骸を彼女が一箇所にまとめてくれていた事で、普段とは段違いに動きやすかった。
今回、ここまで速く戦闘を終えることが出来たのは、彼女の働きも確かな要因の一つ。
それに、モンスターとの戦闘後は、毎回彼女が魔石の回収作業を行ってくれている為――最初の戦闘を終えた後、手伝おうとしたらリリルカさんにやんわりと、しかし断固として拒絶されてしまった――、その間は周囲を警戒しつつも、体を休めることが出来る。
今も僕一人でやっていた時とは比較にならない速さで魔石を回収していくリリルカさんのおかげで、僕の負担はかなり軽くなっていた。
そんな彼女が、彼女自身が言う様な『お荷物』な存在だとは、僕にはとても思えない。
それでも、僕を上目に見つめてくるリリルカさんに、自嘲に歪む彼女の口元に、僕は何も言えなくなってしまう。
「……分かったよ、リリ。今度から気を付ける」
「はい。ありがとうございます、ベル様」
僕との会話の合間にも、彼女の――リリの手元はよどみなく動き続け、モンスターの死骸から魔石を取り出し灰に変えていく。
十数あったモンスターの死骸は、既に大半が灰の山へと姿を変え、残すはあと僅か。
その洗練された動きに、僕は感嘆の声を漏らした。
「
「リリの唯一と言える取り柄ですから! ……っと、これで残りは一つだけですね」
「え? ここにあったモンスターの死骸はそれで最後じゃ……」
「ここにあるのは、ですね。先程ベル様が壁から抜けきる前に倒されたのがまだ残っています」
「あっそうだった」
動きを止めた彼女の手元から、ダンジョンの壁へと視線を移せば、壁にはまって抜け出せなくなったような、間抜けな様子のキラーアントの死骸が垂れ下がっていた。
「あれからも魔石を取り出してしまいましょう。魔石のある胸の部分は外に出てますし、お手数ですがベル様に細い胴体を切断してもらえれば、後はリリがやります」
「うん、分かったよ」
「それではこのナイフを――って、ベル様?」
リリからの提案に頷きを返した僕は、壁から生えるキラーアントの横に立つ。
機会があれば試してみたい事があった。
そして、今がその絶好のチャンス。
垂れ下がるキラーアントの胴体は、丁度僕の目線の辺り。
何度か深呼吸をして、精神を落ち付けてから、ゆっくりと剣を振り上げる。
――思い描くのは憧憬。
美しい原野でこの目に焼き付いた、何処までも研ぎ澄まされた剣の『
脳裏に思い浮かべたオッタルさんの動きを、自分自身に
イメージに沿う様に、踏み出した足に全体重を乗せて、脚から腕の先まで力を伝播させる。
背筋、腹筋、胸筋と、使う筋肉全てに意識を巡らせ――最大威力の唐竹割りを繰り出した。
「――――ふッッ!!」
落雷の如き鋭い一閃。蒼銀の軌跡を残す剣は音もなくモンスターの鋼殻を断ち切り――死骸は爆散。灰塵に消える
剣を止めた僕が結果を理解するよりも速く、背後から非難の声が上がった。
「あ~っ! 何してるんですかベル様っ勿体無いっ!」
「ごっ、ごめぇんっ!?」
どうやら振り下ろす直前で体に無駄な力が入っちゃったせいで、垂直に下ろすはずの剣の軌道が斜めになったみたい。その結果、軌道上にあった魔石も一緒に斬ってしまった。
得られるはずだった儲けがパーになり、荒ぶるリリに即座に謝る僕。
冒険者にへりくだるサポーターなんて、この場には居なかった。
……まだまだ、オッタルさんみたいに剣を振る事は出来ないなぁ。
僕は自分の未熟さを再確認すると共に、頬を膨らませるリリの姿に首をすぼめた。