もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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第一章 愛より与えられし剣
白兎は『おう』を仰ぐ 1


 あの日、僕は『運命の出会い』をした。

 

 

 冒険者になる為に、期待に胸を膨らませてオラリオに来た僕は、田舎者丸出しの雰囲気と弱そうな見た目も相まって、いくつものファミリアの入団を断られ続けた。

 とうとう家から持ってきたお金が底を尽き、宿に泊まることもできなくなった僕は、賑やかな通りに居る事が辛くなり、逃げる様に裏通りに足を向けた。

 オラリオに来る前していた予定では、とっくに僕は冒険者になって、モンスターをバッサバッサと切り伏せていたのに、現実ではこの様だ。

 この活気に満ちた大きな都市の中で、自分が矮小で惨めな存在だと感じてしまった僕は、細い道の隅で独り。冷たい地面にお尻を着け、立てた膝の間に顔を伏せてふさぎ込んでいた。

 

 そんな無様な僕に声がかけられた。

 

「おいカヌゥ、こんなところにガキがいやがるぜ」

「お? どうした、迷子か?」

 

 その声に顔を上げれば、数人の男の人が僕を見下ろしていた。

 腰に武器を吊り下げている所を見ると、この人たちは冒険者なのだろう。

 男の一人の、獣人の中年が僕に向けてきた質問に、僕は頭を横に振った。

 僕はその人達に、オラリオに来てからの事情を話した。

 あわよくば、この人達の同情を買ってファミリアに入れて貰えないかという打算も少しあった。

 でもそれ以上に、ファミリアの入団を断られ続け疲弊した僕の心には、こうして誰かに声を掛けて貰えたという事が、春の陽光の様に温かく染み入り、気が緩んでしまったのだ。

 

「そうか、それは大変だったなぁ。可哀そうに」

「田舎から出てきたばかりで、知り合いもいないのかぁ」

「まだ年も若くて、よく見れば中々の面してるじゃないか」

 

 僕の話を聞き終えた男の人達は、そう言って僕を慰めてくれた。

 話している時も、時折頷いてくれたり、信じられないとばかりに顔を突き合わせていた彼らの対応が、僕にはどうしようもなく嬉しくて、途中から目が潤んでしまい、彼らの姿がにじんで良く見えなくなっていた。

 ――だから、僕を見る彼らが浮かべる表情に、気付けなかった。

 

「安心しろ。これから俺達がお前をいい所に連れて行ってやるよ」

「え……?」

「なーに心配するな。そこに居れば寝ているだけで毎日飯が貰えるし、お前ならすぐに人気者になれる場所さ」

「そ、そんな場所が?」

 

 信じられないほど都合のいい話に、僕は呆然としてしまった。

 僕が住んでいた村では、大人も子供も、年中働かなくてはご飯を食べることが出来なかった。

 それなのに、彼らの言う場所は働かなくともご飯が食べられるという。

 『捨てる神あれば、拾う神あり』とは、極東のことわざだったか。

 この時の僕には、彼らが神様にも思えていた。

 

 

 それがとんだ勘違いである事に気付かされたのは、カヌゥと呼ばれた獣人の言葉だった。

 

 

「ああ、そこは『歓楽街』って場所さ。田舎者のお前でも意味くらいは知っているよな?」

「へ? 歓楽街って……え、それはどういう意味ですか?」

 

 流石の僕でも、『歓楽街』という単語がどういう場所を指すのかくらい知っている。

 分からなかったのは、分かりたくなかったのは、目の前の人達がこれから僕をそこに連れて行くという事。

 嫌な予感が一気に膨れ上がり、さっきまで僕の話を親身になって聞いてくれていた彼らが、突然凶悪なモンスターに豹変したかのような錯覚に、僕は襲い掛かられた。

 水気が一気に引っ込んだ瞳を彼らに向ければ、下卑た笑みで僕を見下している男たちの顔が、やけに鮮明になって見えた。

 

 ――逃げなきゃ。

 男達の顔をみて反射的にそう思った僕は、とっさに走り出そうとして――その前に押さえつけられた。

 

「おっと、逃がさねえよ。お前にとっても悪い話じゃないだろう?」

「こんな路地裏と違って屋根もあるし、なにより女を抱けるんだぜ? 役得じゃねーか」

「俺達はお前を売った金を貰えて幸せ。お前は女を抱けて幸せ。ほら、だーれも損をしない、素晴らしい案だと思わないか?」

「まあ相手は選べねえがな。最初の客はカエルみたいな面した大女かもな。ギャハハハッ」

「おいそのたとえはマジでやめろ」

「あっ、その…………すまん」

「……いや、いい。勘違いされただけで最後までいかなかったからな。……美形に生まれなくて良かったと思ったのは、あの時が初めてだったぜ」

「お、おう」

 

 男の人達が話している間も、身をよじってもがいていたけれど、信じられないくらいの力で押さえつけられていて、逃れることが出来なかった。

 本で読んだ、神の恩恵。背中に刻まれるそれは、与えられた瞬間から人並み外れた身体能力を持つことが出来るという。そして、それをもってモンスターと闘う者達を『冒険者』と呼ぶのだ。

 そんな冒険者の腕力に、ただの村人の僕が敵うはずもなく、あっという間に男の一人が懐から出した包帯で両手足を拘束されてしまった。

 諦め悪くもがく僕を嗤う男たちの声が頭の奥に響く。

 

 

 物語に出てくる悪役で、世の中には悪い人たちもいるのだと、知ってはいた。

 しかし実際に自分がその被害に遭うことなど、考えたこともなかった。

 物語では悪役は、主人公である英雄を引き立てるための登場人物で、最後には決まって正義に討たれて倒される。

 しかし、現実ではどうだ。

 狭く暗い路地裏。助けを呼ぶ声は壁に反響して遠くまで届かず、前後を挟まれ逃げ道は塞がれ、既に手足の自由は奪われた。

 後に待つのは、輝かしい希望を砕いて呑み込む、終わりのない絶望へと続く道。

 物語の様に、困っている人を英雄が助けてくれる、そんな都合のいい展開は現実では起こらない。

 

 そんな当然の事も知らなかった僕は、冷たい現実に打ちのめされて目の前が真っ暗になった。

 今にも涙腺が決壊してしまいそうな僕を見て、哄笑を上げる男達に、その一声は投げられた。

 

 

「そこまでにしておけ」

 

 

 なんてことのない、そのただの一言に、もがいていた僕も、大声で嗤う男達も動きを止めていた。

 狭く暗い路地裏。先程まで影も形もなかった場所で、彼は一人、立っていた。

 薄手の服の上からでも分かる、筋肉の鎧に覆われた巨躯。二M(メドル)を超える身の丈。

 背には巨大な鉄塊と見紛う大剣を背負い、しかし重さなど感じていないかのような悠々とした立ち姿。

 錆色の短髪から生える獣の耳は獣人、獰猛(どうもう)と知られる猪人(ボアズ)の証であった。

 

「あ、ああんっ!? 何の用だテメェッ、邪魔すんじゃねえよ!」

「おい止めろよカヌゥ、マジでヤバいって!」

「コイツもしかしてオッタルなんじゃねえの!?」

 

 気圧(けお)された自分を隠すように大声を散らすカヌゥを、周りの男達が慌てて押さえつける。

 男の一人が発した『オッタル』という単語を耳にした途端、畏怖と不審をない混ぜにした表情を浮かべたカヌゥは、口角泡を飛ばしながらその言葉を否定した。

 

「何を言っていやがるっ、こんな所にそんな奴が来るわけがねぇだろうがっ!」

「で、でもよぉ――」

 

「――俺が誰であろうとも、貴様らには関わりのないことだ」

 

 男の発言を遮り発された声は、低く、重く――腹の底に響くような厳めしい音をしていた。

 その場に居る者全てを黙らせる覇気が、ただの声にすらにじみ出ているかのよう。

 

「貴様らが何をしようと本来俺の知ったことではない。しかし、貴様らが不義を成そうとしているソレは、我が神が所望せしもの。貴様らが触れて良いものではない」

 

 そう言ってその人は、腕を横に伸ばし、路地の壁に手をついた。

 

「今この場を離れるのならそれで良し。そうでないのなら――」

 

 瞬間、触れた手を起点として、巨大な蜘蛛の巣状に広がる罅が、壁に刻まれた。

 

 

「「「ヒッ、ヒィィィー―――――ッ!!」」」

 

 次にこうなるのはお前達だ。というかのような眼差しに、一瞬で顔を青ざめた男たちは、悲鳴を上げて走り去って行った。

 手足を縛られたまま置き去りにされた僕は地面に転がったまま、その人を仰ぎ見る。

 

 鋼鉄で編み込まれた様な盛り上がった硬い筋肉。背中に鉄芯が埋め込まれているのではと思わせる直立不動の自信に満ちた立ち姿。厳格そうに引き締められた表情。

 その全てが『武人』という言葉を僕に想起させる。

 男達の去った方向をしばらく見つめていた彼は、その鋭い目線を僕に向けた。

 

大事(だいじ)はないか、小僧」

 

 大事はないか、だって?

 そんなはずがない。

 

 今にもこの僕の心臓が、爆発して砕け散ってしまいそうな状況が、大事がない訳がない。

『困っている人を英雄が助けてくれる、そんな都合のいい展開は現実では起こらない?』

 馬鹿を言うな。この現状が英雄の登場でなくて何と言うのだ。

 物語の英雄は、現実に存在していた。

 

 ――目の前の彼こそが、僕の英雄。

 

 

 誰よりも、何よりも輝かしい、僕の憧憬(しょうけい)だ。

 

 

 

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