もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
リリとサポーター契約を交わした日から、僕とリリのダンジョン探索はすごく順調だった。
リリの要望、そして僕の目標をふまえ二人で話し合った結果、僕達は階層を踏破するよりも金策を優先することにした。
サポーターとして経験を積み重ねたリリの助力の下、僕たちは七階層周辺で稼ぎに稼いだ。
モンスターを狩る効率は格段に上がり、時にはリリがギルドの掲示板から持ってきた手ごろな
金銭面だけでなく、モンスターとの戦闘でも彼女に助けられた事は多い。
多くの冒険者を見てきた彼女だから出来る助言や、エイナさんから教えて貰わなかったダンジョンでの細かな
リリとパーティーを組めて本当によかったと思う。
ダンジョン探索は順調だ。
モンスターを倒して魔石を換金し、帰りは稼ぎの一部を使って酒場で美味しいご飯を一緒に食べる。
笑顔で手を振って別れてホームに帰還し、今日も充実した一日だったと心地良い疲労感を感じながらぐっすり眠って清々しい朝を迎える。
たまに、というか結構な頻度で早朝から原野でボロボロになったりもするけど、それも話題の一つとしてリリと一緒に笑い合う。
彼女とパーティーを組んでから、毎日が充実していた。
だからだろうか、僕は少し贅沢になっていたのかもしれない。
その日の探索を終えて、いつも通り報酬を山分けした後の事。
申し訳なさそうな表情を浮かべたリリが、突然僕に頭を下げた。
「すみませんベル様。リリは大事な用があってダンジョンに潜ることが出来なくなってしまいました。こちらの都合で申し訳ないのですが、しばらくお休みを頂いてもよろしいですか?」
「えっ? あ、ああ、うん。いいよいいよ、こっちは全然大丈夫だから。むしろ休息を入れるのを忘れていた僕が悪いんだし。次からはもっと気軽に言ってくれていいから」
「ありがとうございます、ベル様」
突然の事で少し驚いたけど、そういえばとエイナさんから『休息を入れるのも冒険者の仕事』なのだと教わったことを思い出す。
連日突き合わせっぱなしだった事を反省しつつ、リリに謝罪と了承を返した僕は、その後も何度も頭を下げる彼女と別れ、その日はまっすぐにホームに帰った。
それが、一昨日の話。
「なんか、気が向かないなぁ……」
僕は寝台で仰向けになって、天井を見つめ続けていた。
リリと別れてから早二日、僕は一回もダンジョンに行っていなかった。
かと言って原野で鍛錬することもなく、ひたすら寝台の上でボーとする時間がただただ過ぎていく。
自分でも原因が分からないけど、どうにも何かしようと言う気力が湧いてこない。
ここのところダンジョン探索するか、鍛錬するぐらいしかしてこなかったからいい休息、なんて自分に言い聞かせているけど……なんだかなぁ。
これじゃあダメだと、頭ではわかっているけれど、どうにもやる気が起きない。
「……相談、してみようかなぁ」
* * * *
「それで私の所に来たの?」
「はい……すみません、こんな事で」
「あら、全然かまわないわよ。むしろ私を頼ってくれて嬉しいわ」
そう言って、
ここは女神様の
無気力な現状を打開するために悩みに悩んだ末、僕は女神様に相談することにした。
こんな些事に女神様のお手を煩わせてしまう事に、罪悪感を覚えてしまう。
その思いから女神様に謝るも、項垂れた僕の頭を女神様は気にするなと言う様に優しく撫でた。
まるきり子供にするような扱いだけど、僕はどうにも女神様に頭を撫でられるのに弱いらしい。気恥ずかしさ以上に安心感を覚えてしまう。
「それじゃあ、今は静養しているの?」
「そんな響きのいいものじゃないんですけど……」
そんな照れくささを隠すように、僕はリリに関することは伏せ、今は何だか気が抜けてしまっている事を打ち明けた。
僕の主神であるフレイヤ様なら、なにかいい感じのアドバイスでも授けてもらえないかな。なんて、ずうずうしい希望がなかったとは言いきれない。
話し終えた僕を女神様はじっと見つめた後、やがて微笑んだ。
「なら、読書なんてどうかしら?」
「読書、ですか?」
「ええ、あなた最近動きっぱなしだったでしょう? それで心身が疲れちゃったのよ。今はゆっくり体を休めて、本でも読んでリフレッシュすればいいと思うわ」
読書……考えてもみなかった。でも確かに、今の僕にはいい薬になるかも。
幼い頃英雄譚を読んだ後いつも感じていた、居ても立っても居られなくなるあの感覚をまた感じられたなら。
昔みたいに本を読めば、今の無気力な状態からも抜け出せるかもしれない。
「読書、いいかもしれません。ありがとうございますフレイヤ様。僕、本を読んでみる事にします」
「そう。役に立ったなら私も嬉しいわ」
「あっ……でも僕、すぐ読める様な本持ってません」
自分の部屋にあるのは、元からあった備え付きの家具以外にはダンジョン用の装備くらい。
あとはちょっとした日用品がいくつかある程度で、本の類は持っていない。
おじいちゃんから貰った英雄譚は前の家に置いてきてしまったし……このあと書店にでも行ってみようかな?
「それなら、私の本を貸してあげる」
「へ? フレイヤ様のですか?」
「ええ。ここにある物ならどれでもいいわよ」
そう言って女神様が目を向ける先には、小さな棚に収められた数冊の本があった。
どれも分厚くて読むのに苦労しそうだ。何より、女神様の私物に手垢をつけるのは気が引ける。
「そう言って貰えて嬉しいですけど……僕が持ち出してフレイヤ様の物を汚しちゃったら」
「気にしなくてもいいのに。……ならそうね。私は少し用があってしばらく外すから、その間ここで読んでいけばいいわ」
「えっ、そんな。いいんですか?」
「ええ、構わないわよ。じゃあ、少ししたら戻るわね」
そう言って女神様は神室から出て行ってしまった。
一人残された僕は、本当にいいのかなと不安を覚えつつも、女神様の好意に甘えることにした。
せっかく女神様から提案していただいたのに、それに従わないのも不敬だろうと思いなおして。
僕は本棚に近づくと、どれにしようか目で物色する。
と言っても、分かるのはほんの背表紙の色と、その分厚さくらいなものだけど。
どの本の背表紙にも、題名らしきものは記されていなかった。かと言って、手当たり次第に触るのも抵抗感がある。女神様はああ言ってくれていたけど、無造作にベタベタと触って手の脂を付けるのは、やっぱり駄目だと思うから。
……女神様が読むくらいだし、どの本もムズカシそうだなぁ。
迷う僕の視界の端で、赤、青、黒と、色とりどりに並んだ本の中で、真っ白なその色が目を引いた。
気が付けば、僕はその本を手に取っていた。
白い本の分厚さは相当なものだ。本を持つ手に感じるズシリとした重量は、ちょっとした武器代わりにもなりそうな程。
あまり難しい内容の本だと読むのがキツそうだけど、もう手に取っちゃったしなぁ……。
代りの本に手を付ける気も起きず、僕はそのまま白い本を読むことにする。
そして僕は、題名も、装飾もないただただ白い本を開き、ページをめくり始めた。
本の中身はほぼ一緒。