もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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白兎に雷鳴響く 3

 

 

 薄暗い迷宮の一角。薄青色の燐光を染め上げる強烈な閃光が瞼の上から網膜を焼き付ける。それと同時に全身を震わせる程の轟音が鳴り響く。

 真っ白な闇とひどい耳鳴りが五感の内の二つを奪われる。ほとんどの人にとっては不快な感覚。だけど僕はそんな感覚に強い既視感を覚えている。

 

 どこか身に覚えのある音と光は、遠くに過ぎ去ってしまった過去の記憶を呼び起こす。

 そう、あれは確か、まだ僕が幼い頃。

 

 記憶にある中でも一段と強い嵐が通り過ぎたその翌日。

 青空の下、祖父に連れられ村近くの森へと足を踏み入れた時の事。

 

 真っ白になった視界に、いつかの光景が浮かび上がっていく――

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 小さな背丈で見上げる視界に入るのは、青々と茂る木々と、幼い僕の手を引く外衣(トーガ)の纏った大きな背中。

 今はもういない、たった一人の僕の家族。大好きだったおじいちゃんの背中だ。

 

 おじいちゃんに連れられて森の中を進んでいくと、やがてぽっかりと開けた空間に辿り着く。

 その中心に、大の大人が二、三人並ぶほどの太さを持った大きな(かし)の樹が(そび)え立っているのを、僕は見た。

 古代から存在していたのだろう、一目で分かるほどに永い歴史を積み重ねてきた威容(いよう)さを誇るはずの大樹はしかし、今や真っ二つに引き裂かれ、ほぼすべての部分が炭化して黒ずんでしまっていた。

 原型を保っているのが精一杯という姿に、一体この大樹に何があったのだと、幼い僕は驚きと困惑で呆けるばかり。

 そんな僕の頭に手を置きながら、やっぱりここに落ちたかとおじいちゃんは呟いた。

 

 先日村を襲った大雨。その時落ちた雷のせいだとおじいちゃんは語った。

 おじいちゃんは山火事を心配した村人に請われ、村近くの森で一番の高さを誇るこの樫の樹の様子を見に来たのだ。

 

 ――やっぱ雷はすげえよなぁ。

 ――こんなデカい樹もブチ割っちまうんだぜぇ。

 ――ゴロゴロバリバリうるせぇし、怖いよなぁ。

 

 古来より、人は雷を畏れてきた。重く分厚い黒雲を引き裂き、轟音を伴って地に落ちる光は、天界に座す神々の怒りなのだと言い伝えられてきた。

 幼い僕もまた、窓板を叩き付ける雨音をかき消す轟音と、夜闇を白く染める閃光に畏れを抱き、大雨の日の晩は一人で眠れずおじいちゃんの寝床に潜り込んでいた。

 おじいちゃんはそんな僕を見て笑っていたけど、その時の僕はそれを気にする余裕もなく、背中を撫でる大きな手に縋る様に布団の中で身を丸めるばかりだった。

 眠れない時間を過ごす中、ある時突然大きな、まるで辺り一帯が爆発したかのような音が鳴り響き、地面が揺れるのを感じた。

 次の朝、僕はおじいちゃんの布団の上に大きな地図を描く事になった。

 

 きっとあの音の原因が、目の前にあるこの大樹を引き裂いたのだろう。

 恐ろしい爆音を思い出し、その威力に(おのの)き青褪める。

 そんな僕の頭の上に手を置いたまま、おじいちゃんは「でもな」と言って、自分を見上げる幼い孫の髪を雑に、そして優しく撫でつけた。

 そして言う。

 

 雷の後は、決まって晴天がやってくる。

 何よりも疾く、何よりも強大で恐ろしい雷。

 だからこそ、天を覆う雨雲を消し飛ばし、お天道様を呼んできてくれる。

 

 明けない夜がないように。

 止まない雨がないように。

 天を引き裂く雷の矢は、いつだって明るい希望(そら)を連れてくるんだ、と。

 

 

 その言葉に、僕はまるで祖父のようだと思った。

 祖父は格好良かった。

 僕がゴブリンに殺されかけたとき、誰よりも速く、放たれた矢の様に一直線に駆けつけて来て、手に持った(くわ)雷霆(らいてい)の如くモンスターへ叩き込み、僕をモンスターの凶手から救い出してくれた。

 

 痛くて、苦しくて、怖くて堪らなかった時、辺り一帯を震わせるほどの怒声と共にモンスターを吹き飛ばした祖父の姿は鮮烈で。

 全身を土と血で汚す僕を、(いと)うことなく大事に抱え込む丸太の様に太い腕は、他の何よりも頼もしく。

 喉を震わせ、ボロボロと大粒の涙を流す僕の頭を撫でる、大きな大きな手は優しくて、力強くて。その手に僕は心の底から安堵(あんど)した。。

 

 痛みと恐怖に満ちた絶望を吹き飛ばした祖父は、彼自身が言うところの(いかづち)そのものだった。

 だから僕は、憧れた。

 

 苦しむ誰かを、颯爽と駆けつけ救い出す英雄に。

 それが僕の原点。

 

 

 何よりも迅く、誰よりも強くて格好の良い、そんな雷霆(えいゆう)の背中を、僕は決して忘れない。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

「それじゃあ失礼します、女神様」

「ええ、おやすみなさい」

 

 ステイタスの更新を終え、女神様の下を後にした僕は、すぐに部屋に戻ると寝台の上に寝転がって、おとなしく明日が来るのを待つことにする。

 

 ……なんて、出来るはずがなくて。

 

 

 この二日間、手入れする時間以外バックパックに収められたままだった防具を取り出して手早く身に付け始めた。

 

 防具を装備し終わったら、武器も持たずにそのままダンジョンへと直行。

 澄み切った夜の空気の中を走り抜ける僕の、火照った頬が月明かりに照らされる。

 

 

 ……女神様の言った通り、読書をして正解だった。

 

 だって今、僕はこんなにも気力に()(あふ)れている。

 部屋で何をするでもなくゴロゴロしていた時が嘘の様に、僕は飛び跳ねる様にメインストリートを駆けて白亜の塔へ、その下にあるダンジョンへ向かっていた。

 

 勿論、今の僕の状態は普通に本を読んだせいだとは言い難い。

 でも、あの魔法の入門書を読んだことが魔法を発現する呼び水になったのなら。この胸が躍り出す感覚は、やっぱり読書のおかげなんだろう。

 あの時読書を勧めてくれた女神様に、ますますの感謝と敬意を抱く。

 

 

 そして、なによりも。

 

「魔法をっ使ってみたい! 今すぐ!」

 

 今僕の頭を占めている考えは全て、これに尽きた。

 

 

 落ちる様にバベル下に伸びる螺旋階段を駆け下り、途中でこらえきれずにフチから穴へと飛び込んだ。

 ダンッ! と音を立てて着地。僅かに痺れる足を無視して通路の奥へと駆け出して行く。

 

「……」

 

 通路を走り始めてから少しして。ざり、と止めた足が地面を擦る。

 わずかに弾む息を(ひそ)めれば、聞こえてくるかすかな足音に胸が高鳴る。

 

 

 ――幅の広い一本道。薄暗い視界の先でうすらと見える、緑色の小さな影。

 

 早速現れた好機。

 的の大きさといい、間合いといい、申し分ない。

 

 ゴクリと、喉を大きく嚥下する。

 緊張に全身が震え、手のひらに汗がにじむ。

 

 小さな影――ゴブリンがこちらに気付いた。唸り声を上げるとドタドタと音を立てながら走ってくる。

 そして僕は何度か手の開閉を繰り返して、右腕を真っすぐゴブリンへ突き出した。

 

 

 一拍を置き、声高らかに咆哮する。

 

 

「【サンダーボルト】!」

 

 

 次の瞬間、雷鳴がダンジョンに(とどろ)き響いた。

 

 駆け抜けたのは紫電の一矢。

 鋭角的かつ不規則な線条を描く青紫色の(いかづち)が、一瞬でゴブリンの胴体を貫いた。

 僕の目が追えたのはそこまで。

 雷の矢がゴブリンに着弾した瞬間、()()()()(まばゆ)い閃光が炸裂する。

 

『……ギ、ァ』

 

 黒焦げた胴体に大穴を空け、もうもうと煙を上げるゴブリンは断末魔代わりに口から白煙を吐き出して、そのまま床に倒れた。

 

「――――――」

 

 

 出た。

 僕の掌から、本当に。

 

 呆然と立ち尽くしていた僕は、伸ばしていた腕を戻して自分の手の平を見下ろした。

 線の細い、マメだらけの白い手。

 何も変わらない、見慣れた僕の手だ。

 

 でも、出たんだ。

 この手から、僕の魔法が。

 

「……は、ははっ」

 

 笑いが、こぼれた。

 次第に全身が発熱し、開いていた手を握り締め、拳を作る。

 堰き止められていた感情は、すぐに決壊した。

 

「あは、あはは、あははははははっ! ――やったぁぁああああああああああっ!!

 

 初めてダンジョンに潜った時にオッタルさんから注意されていた事も忘れ、ダンジョンの中で一人。僕は拳を突き上げ歓喜の叫びを上げて狂喜乱舞した。

 ダンジョンの中に、僕の笑い声が反響して広がっていく。

 でも笑う事を止められなかった。やめられなかった。

 

 馬鹿みたいにはしゃいで、馬鹿みたいに目を輝かした。

 僕はそのまま、満面の笑みを浮かべながら次の獲物を求めて、その場から駆け出した。

 

 

 ……何が言いたいのかといえば、そう。

 結果として、魔法によって興奮が最高潮に達した僕は、また調子に乗ってしまったのだ。

 無謀にも三階層から五階層に踏み入り、ミノタウロスに遭遇したあの日の様に。

 

 ダンジョンの恐ろしさを理解していなかった、あの時の僕の様に。

 

 

 

「サンダーボルトっ!」

『グァッ』

 

 モンスターに会っては魔法を撃ち、

 

「サンダーボルトォっ!」

『ギャンッ!?』

 

 モンスターを見ては魔法を撃ち、

 

「サンダーボルトォォっ!」

『キュッ!? ピギュィッ!』

 

 モンスターの居そうな所へ魔法を撃ちこんだ。

 見敵即射。

 

 

「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト?」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルト!」「サンダーボルトォォッ!!!」

 

 

 その後も何度も何度も狂ったように、時には何もない所に向けてまで魔法を撃ちまくり、気付けばいつの間にか、周りの壁が薄い緑色の燐光を発していた。

 

 

「ありゃ、五階層まへ来ひゃっ……ふぇ……?」

 

 

 夢中になって魔法を乱発していた僕は、いつのまにか薄青色から薄緑色に変わっていた壁面の燐光を見て引き返そうとして、突然近づいてきた地面を最後に意識を失った。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「止まれ、アイズ」

「……?」

 

 二人の冒険者が五階層に足を踏み入れていた。

 一方は流れる様な新緑の髪から長い耳を覗かせたエルフ――リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 もう一方は煌めく金の髪を持った剣士――アイズ・ヴァレンシュタイン。

 深層域に潜っていた二人の第一級冒険者は、しっかりとした足取りで地上への帰路を辿っていた。

 地下深くの深層から三十数階を上に登り、ダンジョンからの帰還を目前にする彼女達であったが、ここにきて後衛のリヴェリアが前衛のアイズを止めた事で二人の動きが止まった。

 

「……何やら聞き慣れない音がする」

「……ほんとだ」

 

 エルフ、正確にはハイエルフのリヴェリアは、長い耳を特徴に持つだけに聴力が高い。

 その為前衛として警戒をするアイズよりも先に、その()()に気付くことが出来た。

 

 その異常とは何かを引きずるような、ズル、ズルと言った地面を擦る妙な音だ。

 一拍遅れてアイズもその音を察知する。

 音の発生先は曲がり角の奥、リヴェリアの記憶ではこの先にあるのは大きめのルームとなっている。

 

 

 ……モンスターか? いやしかし、この階層にはこのような音を立てるモノはいないはずだ。

 まさか、『ワーム・ウェール』?

 

 『ワーム・ウェール』。本来なら深層域に出現するモンスター。

 『大蛇(ワーム)()井戸(ウェール)』の名を与えられた蛇型のモンスターには、階層間に穴を掘り生息域よりも上層に進出する《習性》を持つ。

 その《習性》から、探索域を深層まで進めた冒険者達から付けられた二つ名が【ラムトン】。

 稀に下層に現れては冒険者達に全滅必至の結末を言い渡す、【凶兆(ラムトン)】である。

 

 深層のモンスターがこんな上層に現れたとあっては、先のミノタウロス以上の災厄を引き起こしかねない。まさに特級の『異常事態(イレギュラー)』だ。

 リヴェリア、そして彼女と同じ思考に至っていたアイズは、レベルの低い冒険者達の犠牲が出る前に、ここで必ず討伐すると意思を固めた。

 

 

 第一級冒険者である二人をして、尋常でない気配を感じさせる異常な音の主は、ズリズリと地を這いながらゆっくりと近づいてくる。

 そして、曲がり角からその姿を現した時。二人はそろって驚愕の表情を浮かべる事になる。

 

 

 

 




ストックはあるけど推敲できなくなってきたので、しばらく更新止めます。
次回は未定。
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