もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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栗鼠に鐘鳴り響く 2

 晴れ渡る空の下。

 今日も今日とてダンジョン探索に赴くべく、装備を整えた僕はホームを出てバベルへ向かう。

 

 

 昨日、女神様の忠告も聞かずにダンジョンへ降りた僕は、魔法を使い続けるうちに意識を失ってしまった。

 そして目を覚ましたのは、何故かバベルの治療室。その寝台の上。

 丁度近くを通りすがった治癒師の人に聞いたところ、どうやら大穴付近で倒れていた僕を、他の冒険者の人達がここまで運んできてくれたらしい。

 推測するに、あの後不明瞭な意識のまま階層を上がり、ダンジョンを出たところで限界がきたんだろう。……全く記憶にないけど。

 

 それはともかく、また、危ない真似をしてしまった。

 これがエイナさんに知られたらただじゃすまないだろうなぁ。

 ……よし、黙っていよう。

 

 

 ここまで運んできてくれた冒険者の方にお礼が言いたくて、どんな人だったか治癒師の人に尋ねたけれど、答えて貰えなかった。

 その人が言うには、その冒険者達は「礼は必要ない。ダンジョンでは助け合うのが冒険者だ」と告げて去ってしまったらしい。

 それを聞かされた僕は口をポカンと開けて愕然としてしまった。

 

 なんだよそれ……滅茶苦茶格好いいジャン!

 見返りを求めない善行。人知れず誰かを救い、颯爽と背をひるがえす様はまるで物語の登場人物の様で、僕は感謝と尊敬を抱かざるを得ない。

 いつかもっと立派な冒険者になった時、機会があれば先人と同じ様にしようと僕は心に誓ったのだった。

 

 とりあえず目が覚めたのはまだ日が昇り始めた位の時間だったので、僕は治癒師の人にお礼を伝えて一旦ホームに戻ることにした。

 

 

 

 これは余談だけど、治療してくれた治癒師の人に、後頭部に大きなタンコブが出来ていましたよと結構笑われた。

 勿論手当のおかげで腫れは引いているけど、話に聞いてしまったせいか、その後しばらく後頭部の鈍痛に悩まされた。

 

 ……一体どこでぶつけたんだろう。

 

 

 

 ともあれ、僕はホームに帰って朝ごはんを食べた後、中央広場へ向かった。

 広場には僕と同じように装備を整えた冒険者達が立ち並んでいる。

 ここはバベルに近い事から冒険者達の待ち合わせ場所によく使われていて、僕達もその例に漏れずいつもここを使っていた。しかし、辺りを見渡すもパーティーメンバーである獣人の少女の姿は見えなかった。

 今日からまた、リリと探索を再開する約束を交わしていて、あらかじめ今日の時間と場所を決めておいたのだけど――僕がホームで二度寝してしまったせいもあるけど――広場の時計を見ても既に時間は過ぎている。

 

 いつもの集合場所である中央広場に来れば、必ず僕よりも早くそこに居るのに。

 この前言っていた【ソーマ・ファミリア】の会合で何かあったのでは、と不安が鎌首をもたげる。

 その時だった。

 

 

『――から……こせっ……!』

『も……いですっ! 本当に……っ』

 

 木漏れ日の差す広葉樹の葉を風が揺らし、その風に乗って声が聞こえた。

 聞き覚えのある声に顔を向ければ、中央広場の一角。人影の少ない木陰でリリと、リリを取り囲むように立つ見慣れぬ男達の姿があった。

 彼女たちを取り巻く空気は、どうにもいいモノには見えない。

 

「おい、待てよ」

 

 言い争う様に声を荒げる彼女たちの下へ向かおうとする直前。そんな僕を阻む様に肩に手が置かれた。

 

「やっぱりあの時のガキだったか。……まあいい。一つ聞きてぇんだけどよ、お前、あのサポーター雇ってんのか?」

「……そうだったら、貴方に何か関係あるんですか?」

 

 突然体に触れられた事に驚き振り返れば、大剣を背負った冒険者の男性が僕を見下ろしていた。

 いつかの路地裏で出会った、黒髪の青年。

 あの時は怒りを露わに恐ろしい顔をしていたけれど、今の彼は警戒する僕にニヤニヤとした、嫌らしい笑みを向けていた。

 

「ハッ、関係だぁ? 大有りだっつうの。だがまあ、今はいいんだそんな事……それよりもお前、俺に協力しろ。一緒にあのチビから金を巻き上げようぜ」

「なっ!?」

「ここだけの話、あのチビ結構ため込んでるらしくてな。お前の仕事は簡単だ。ダンジョンでアイツを孤立させるだけでいい。後は俺と俺のツレで全部やる。簡単だろ? ああ、安心しな。ちゃんと分け前はくれてやるからよ」

 

 目の前の男から突然持ち掛けられた話に、僕は唖然とするばかりで何も返すことが出来ない。

 まるでソレが当然の事と言わんばかりに笑う彼の事が、理解できなかった。いや、頭が理解することを拒んでいる、と言うのが正しい。

 

「お前だって足手まとい(サポーター)の一人や二人居なくなったところで、痛くも痒くもねぇだろ? むしろそれだけで金が手に入るんだ。誰も損をしない、素晴らしい話じゃねえか」

 

 その発言を、頭が認識するのに瞬き一回分の時間を置いて。

 理解した瞬間、感情の針が限界を振り切った。

 目の前が真っ赤になって、腹の底から燃え滾る熱が一気に頭のてっぺんまで噴き上げた。

 

「……とわる」

「ぁあ?」

「絶対に、断るっ……!」

「……、……この、クソガキがぁっっ」

 

 目じりを吊り上げ、男を睨みつければ、まさか断られるとは思っていなかったのか、男は自分を見上げる僕に不快感を露わにして睨み返してきた。

 しばらく睨み合いを交わした後、やがて男は舌打ちをして立ち去っていった。

 一触即発の空気は霧散し、沸騰しかけていた頭が冷えていく。それでも燻り続ける怒りのまま、僕は小さくなる男の背中を睨み続ける。

 

「ベル様……?」

「っ!」

 

 そこで、不意に背中に掛けられた声に振り返れば、呆然と僕を見上げるリリが居た。

 

「リリっ! さっき男の人達に絡まれてたみたいだけど、大丈夫だったの!?」

「え? ああ、見ていらしたのですね。大丈夫ですよ、ちょっといちゃもんを付けられただけですから。なんとか説明してわかってもらいましたよ。……それより、ベル様はあの冒険者様と何を話されていたのですか?」

「え? えーと、僕もいちゃもんをつけられて……」

 

 言い切る前に、僕は言葉を切った。

 まさか目の前のリリを陥れる話を持ち掛けられたなんて、本人には言い出しづらく、出まかせでお茶を濁そうとした。のだけれど、すぐにそれでいいのかと疑問が脳裏に過ぎたからだ。

 言いようのない不安が、僕の胸によぎる。

 

「……ねえリリ、今日はダンジョンに行くの止めにしない?」

「何を言い出すんですかベル様、さっきの方達なら大丈夫ですよ。本当にいちゃもんを付けられただけですから。リリは探索を二日も休んでしまったので、今日の稼ぎがないと少し困ったことになってしまいそうなんです」

 

 さあ、行きましょうと目尻を緩めるリリがバベルに足を向けて歩き出そうとするのを、僕は彼女の小さな手を掴んで引き留めた。

突然の事で驚いたのだろう。身を固めるリリに構わず僕は思いついたことを口に出した。

 

「リリは、宿を転々としてるって前に言っていたよね。ならさ、僕のホームの近くに来れないかな」

「……無理ですよ。ベル様の【ファミリア】がある一帯は一等地です。あそこにある宿は大商人か貴族が止まるような場所ばかりで、リリのような貧乏人が泊まれるところなんてありませんよ」

「じ、じゃあ、僕のホームに」

「それこそ無理な話です。他所の派閥(ファミリア)の人間を本拠地に寝泊まりさせるなんて許されませんよ。……というか、どうしたんですかベル様。さっきから変ですよ?」

 

 ああ、やっぱり駄目だ。僕の頭じゃ彼女を納得させられる理由が思いつかない。

 

 もう、正直に話すしか、ない。

 

「……さっき、あの男の人からリリにひどい事をしようって、持ち掛けられた」

「――ぇ」

「お願いだから聞いて、リリ。このままダンジョンに行くと危ない目にあうかもしれない。しばらくダンジョンに行くのは止めよう」

 

 

 僕は片膝をつき、リリの両肩に手を置いて目線を合わせる。

 僕の語った内容に驚愕し、目を見開く彼女は、やがて僕から視線を切る様に俯いて、何事か呟いた。

 

 

「――……やっぱり、こうなるんだ」

 

「え? 何、リリ?」

「ベル様、真に勝手ながら、本日をもって契約を終了させて頂きます。これまでのご愛顧、本当にありがとうございましたっ! ――……さよなら」

「どこに行くのリリ! リリー――っっ!?」

 

 勢い良く顔を上げた彼女は、まくし立てるように言って背中を向ける。

 降ってわいた様な契約終了に、数瞬固まっている内に、走り出したリリと距離を大分開けられてしまう。

 泊まっていた意識を再起動させて、泡を食って追いかけるも、通りから道を逸れた彼女の横顔を最後に、姿を見失なってしまった。

 

「どこ行っちゃったんだよ、リリ……」

 

 

その後、日が暮れるまで街中を走り回っても、終ぞリリを見つけることは出来なかった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 失意に肩を落としながらホームに帰還した僕は、思い切って女神様にリリの事を話した。

 青年に追われていたリリ()()()パルゥムの事。その翌日の唐突な出会いからこれまで。サポーターとしての優秀さ。ダンジョンから帰還したあといつも一緒にご飯を食べた事。会話の端から見えたリリのファミリアでの扱い、そして今日の事。

 全部話した上で僕は、しばらく、せめて身の危険がないと判断できるまで彼女をホームに(かくま)えないかと女神様に相談する。

 

「そうねえ……貴方のお願いを聞いてあげたいのだけど、ごめんなさい。少しムズカシいと思うわ」

「やっぱり、他所の【ファミリア】の人はホームに入れたらダメなんですか?」

「それもあるけど、貴方の話を聞く限り、そのサポーターにはどうにも不可解な点が多いわ」

「で、でもっ」

「貴方の言う冒険者の男に狙われる何かを……いいえ、後ろめたい何かを、彼女は隠しているんじゃないのかしら?」

 

 女神様の言葉に、僕は返す言葉が見つからなかった。

 僕自身、うすうす分かっていた。いや、見ないフリをしていただけかもしれない。

 口を閉じる僕の脳裏に、リリの顔が浮かぶ。

 いつも浮かべて居た、張り付けたような笑顔が。不意に見せる暗い瞳が、浮かんでは消えを繰り返す。

 

「その上で、貴方はどうしたいの、ベル?」

 

 女神様にまっすぐに見つめられる僕は、それまでリリが見せてきた顔を、これまで自分の目で見て聞きた彼女の姿を、全部思い返していく。

 その上で、僕は。

 それでも、僕は。

 

 

「フレイヤ様、僕は――……」

 

 

 

 

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