もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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栗鼠に鐘鳴り響く 3

 

「それでは、今日もよろしくお願いします冒険者様っ!」

「おう、足引っ張んじゃねえぞチビ」

 

 オラリオの昼下がり。

 中央広場でヒューマンの青年と猫人(キャットピープル)の少女が声を交わし合う。

 にこにこと朗らかな笑みを浮かべる少女に対し、青年はぞんざいな態度で応える。

 

 とあるファミリアに所属する青年は、つい先日冒険者として二年目を迎えたソロ冒険者であり、近ごろダンジョンでの探索にも慣れ始め、余裕が見える様になっていた。

 そしてソロ冒険者なら誰もが通る道と同じく、戦闘の度に重さを増すバックパックと、身軽さ優先のバックパックの容量の少なさに嫌気が差し始める時期が来た。

 日に何度も地上へ換金しに行っていてはロクな稼ぎが生まれず、かといって大きなバックパックでは戦闘の邪魔になってしまう。

 過度な重荷を背負っていて、いざという時とっさに動けなくなるのは危険すぎるのだ。ソロ探索では戦闘・採取・運搬・警戒の全てを自分一人で行わなければならないのに、自分からリスクを増やしていくのは馬鹿でしかない。

 あっちを立てればこっちが立たずと、青年は頭をかかえていた。

 そんな時、猫人の少女から声を掛けられたのだ。

 

 「サポーターはいりませんか?」と。

 

 青年はこれ幸いと少女の提案に飛びついた。すぐに少女と契約を交わし、サポーターとして彼女を雇って数日が過ぎた。

 初日はバックパックを手放して身軽になったことを喜んだ。戦闘時間も増え、それに比例して稼ぎも大きく増加する。

 しかし、その喜びはすぐに陰りを見せる。それと同じくして、青年の少女への対応も悪化の一途を辿った。

 

「おいっ何トロトロしてんだ! おせぇぞ、ノロマが!」

「す、すみません!」

 

 大柄な青年に対し、幼女と表現するのが正しい背丈の少女では、そもそもの一歩の歩幅に大きな差が生まれる。加えて少女は魔石や各種の道具で膨らんだバックパックを背負っているのだ。一度の戦闘を越す度に少女の歩みは青年にどんどん遅れがちになっていく。

 大股で先を進む青年は、足の遅い少女に対して罵声を飛ばす。

 青年は足手まとい(サポーター)に侮蔑を隠すことなく舌打ちをして、振り返ることなく広間(ルーム)へとつながる通路を進んでいく。

 だからか、振り返る事無く前を行く青年は、クリーム色のフードを目深に被った少女の、口元に浮かぶ暗い微笑に気付くことができなかった。

 

 

「グギャァッ!」

「おらぁっ!」

 

 ルーム内を徘徊していた数体のモンスターの内、一番手前に位置していた個体に青年は駆け寄り武器を振るう。

 油断していたモンスターにファーストアタックを成功させ、深手を負わせる。

 しかし、その攻撃は致命傷を与えるには程遠く、同胞の悲鳴を聞いた他のモンスターが青年に襲い掛かる。

 そこでようやく青年に追いついた少女がルームに足を踏み入ると同時に、青年に迫る危機に声を張り上げた。

 

「冒険者様! 頭上にモンスター一体! ダンジョンリザードです!」

「あぁっ!? 今手が付けられねぇ! お前が相手しとけっ、囮ぐらい出来るだろっ!」

「っっ!」

 

 飛び掛かってくる複数のモンスターに防戦一方の青年は頭上に移動してくるダンジョンリザードに気付かず、それを指摘した少女に『囮』を指示した。

 その言葉に少女は息を呑んで、安心したように口端を歪めた。

 

 ……ああ、それでこそ『冒険者様』だ。

 そうでいてくれなくては、こちらの方が困るというもの。

 

 猫人の少女――に変装したリリが右手の外套(ローブ)の裾をまくり上げ、腕を伸ばすと拳の先を天井に張り付くダンジョンリザードに向ける。

 その腕に取り付けられた小型のハンドボウガンから細い金属矢が放たれる。それはダンジョンリザードには当たらず、その歩みを妨害するべく進行方向へと突き刺さった。

 不意に向けられた攻撃に、ダンジョンリザードの意識が青年だけでなくリリにも向けられる事になる。

 

「こっちですよ!」

 

 自身に視線を向けられた瞬間、機を逃さずリリが声を上げた事が決め手となり、ダンジョンリザードのヘイトが完全にリリに切り替わる。

 釣れた。そう察したリリは青年と対角になる様にルームを走る。

 リリの小さな歩幅では、複数のモンスターと戦闘を続ける青年の邪魔にならない位置まで移動する頃には、ダンジョンリザードがリリの真上まで迫って来ていた。

 天井からモンスターがリリに向かって急降下してくる。

 

「くっ」

 

 事前に身構えていたおかげでその落下攻撃を避ける事は出来た物の、戦闘職でないリリには、ここからの対応する策はほとんどなかった。

 出来ることと言えば大荷物を背負ったまま――魔石などの詰まったバックパックを放棄することは契約に反する、そもそも冒険者達が許してくれない――襲い掛かるダンジョンリザードから逃げ回るだけだ。

 

 苦し紛れにハンドボウガンで放った矢もほとんどはダンジョンリザード皮膚に弾かれる。最後の一本がまぐれで眼球に突き刺さってくれたが、かえって激怒させるに終わった。

 

「はあ、はあっ――ぁうっ!」

 

 どれほど走り続けたのか、疲弊した足が地面の凹凸に引っ掛かり、体勢を崩してしまう。

 転びながらも懐に手を差し入れたリリに、占めたとばかりに大口を開けるモンスターは、振り下ろされた刃で地面に縫い留められたことで動きを止めた。

 

「マジで鈍くさい奴だな。囮も満足にこなせねぇのか? 本当に役立たず以外の何でもないな」

「……すみません」

 

 隙を見せた獲物に意識を集中していたダンジョンリザードは、それまで相手していたモンスターを全て倒した青年にバックアタックを決められ、それが致命傷となった。

 複数のモンスターを一度に相手取り、今のも含めた全てに勝利を収めた自分に対して、たった一体を引き付けておくだけで疲弊し、死にかけている目の前のサポーターに青年は心底からの侮蔑を向ける。

 

「おら、休んでねーで仕事しろ、このグズ!」

「……はい」

「それが終わったら、前にも言った通り今日は五階層まで降りるからな」

 

 よろめきながら起き上がったリリは、重い体を引きずりながらモンスターの死骸に近づいた。

 モンスターにナイフを突き立てていくリリの脳裏をよぎるのは、最近までパーティーを組んでいた一人の冒険者(しょうねん)の顔。

 冒険者になってからまだ一か月とは思えない戦果を上げ続け、今もこちらに罵声を浴びせる青年と違って戦闘中すらリリの身を気遣い、守ってもくれた前途有望な駆け出しの少年。

 これまでリリが見てきたどの冒険者の中でも、一番の変わり者だった存在。

 それもそのはず。その少年はかの【フレイヤ・ファミリア】に所属する一人で、リリやこの青年のような凡百の者達とは一線を画する存在なのだ。

 

 今の、この状況が『普通』。

 彼が『特別』だったに過ぎない。

 

 

 そのはずだ。

 そうでなくては、いけない。

 じゃないと、リリは、リリは――

 

 

「……終わりました」

「やっとか。さっさと行くぞ」

 

 リリがモンスターの死骸から魔石を回収し終えると、青年の言葉通りダンジョンの階層を下りていく。

 その後も幾度かの戦闘を経て、五階層に数ある広間の内の一つに入ると、リリは足を止めた。

 ルームに入ってすぐの所に散乱する、血生臭さを放つモンスターの死骸と、そのすぐそばに立つ見覚えのある先客が居たからだ。 

 大剣を背負った黒髪の男。

 いつかの路地裏でリリを追いかけた冒険者の男が、リリの目の前に立っていた。

 

「待ってたぜぇ、コソ泥の糞パルゥム!」

「っ!」

「おっと」

 

 ハメられた! そう認識すると同時に踵を返そうとするのを、ここまで同行してきた青年が阻む。

 バックパックを掴んだ青年に顔を向けた直後、横向きになった頬に衝撃が襲った。

 

「あぎぃっ!」

「ひゃははははっ! まんまと騙されやがって、ザマァねぇ……なぁっ!」

 

 熱に酷似した痛みで視界が明滅する。

 痛みに呻く間もなく、哄笑をあげる冒険者の男に横腹を蹴り飛ばされた。

 

 バックパックを掴んでいた青年の手はいつの間にか離されていて、自由を取り戻した体は吹き飛び地面を転がっていく。

 背負っていたバックパックは転がる途中に背中から離れ、勢いが止まる頃に再び蹴りを入れられる。

 

 ――……痛い、痛い痛い痛いっ! 息が、できなっ――ッ!

 

「――……ぁっ、づっ、うぐ、ぅあぁぁっ………!?」

「はっははははははっ! イテェかよ、オイッ!? 俺から剣を盗るからそうなるんだよ!!」

「な、なぁアンタ、言われた通りしただろ? 約束の報酬をくれよっ」

「ああ? チッ……おらよ。持ってけ」

 

 腹部から脳髄までに突き抜ける程の痛みにもがき苦しむリリを見て、男はその様を嘲け笑う。それを尻目にこの場までリリを連れてきた青年が男にそう切り出した。

 気分に水を差されたとばかりに舌打ちした後、男は拳ほどの小さな革袋を懐から取り出し、青年よりも後ろへ向けて放り投げた。

 

「おいっ! ちゃんと渡、せ…………は?」

 

 報酬の詰まった革袋を追いかけに後ろを向いた青年だったが、突然天地が逆になった視界に呆然とした後、熟れた果実が潰れる様な音を最期に、糸が切れた様に膝を折る。

 

「はっ、バーカ。手前ぇなんぞにやる金なんざビタ一文ねぇよ」

「な、なにを……」

 

 先程までリリに罵声と侮蔑を向けていた青年が、首を斬り飛ばされたのを見て、リリは目を剥いた。

 ゆっくりと倒れていく青年から噴き出た血を浴びながら、それに酔いしれる様に狂相を浮かべる男に、地面に血だまりを作る一瞬前まで青年だった肉塊に、背筋が凍りついた。

 

「安心しな。すぐにお前もコイツと同じにしてやるからよ。まあその前に、しっかりと落とし前は付けてもらうがな」

「ひっ……!」

 

 手に携えた大剣から血を滴らし、顔にまで飛んだ返り血を気にもせずに近寄る男に、否応なく死を想わせられ、リリは喉を引き攣らせた。

 恐怖に青ざめ体を震わせるリリの様子に、男は嗜虐欲を露わに引き攣った笑みを浮かべる。

 

「だ、だれか……助け――」

 

 二転三転と変わり続ける展開。見せつけられた自身の末路。明確な死の恐怖に原初の欲求が刺激させられる。

 だから、リリはその言葉をこぼした。こぼしてしまった。

 無意識の内に漏れたそれが耳に届くと同時――リリは己に失望した。

 

 

 …………ワタシハ、イマナニヲイッタ?

 

 助けて欲しいと、そう言ったのか?

 

 

 今まであれ程『終わり』を望んできたクセに。

 いざその時になれば物語(つくりばなし)の姫の様に、誰かに救ってほしいと願うなんて。

 ようやく『終われ(死ね)る』と喜ぶどころか、拒んで救いを(のぞ)んでしまうなんて………………無様にも程がある。

 

 口元が歪む。考え直せ。むしろ丁度いいじゃないか。

 薄汚れてなお分を(わきま)えない、浅ましい自分にはお似合いの最期だろう?

 目の前の男に嬲り殺されて、それでもうリセットだ。

 リリの顔に浮かぶ、今際に求めた希望も、それまで願って来た潔い終わりも、全て投げ捨てた諦念(ていねん)の笑み。

 

 ふと、幻聴だろうか。誰かが自分を呼ぶ声が聴こえた気がした。

 

「……、……ぁ」

 

 だから、思ってしまった。

 この後におよんでそれでもと、願ってしまった。

 

 

 ――嗚呼、もし叶うなら。最期にあと一度だけ――。

 

 

 こんな落ちこぼれのサポーター(リリ)にも侮蔑を向けず、裏のない笑みを向ける一人の少年と。

 

 危険だらけのダンジョンで、彼が戦って、リリ(わたし)が手助けをして。

 

 一緒に冒険して、一緒に笑って。

 

 地上に帰った後は、もう常連になってしまった酒場で、杯片手にお互いを称え合って。

 

 

 あの、底抜けにお人好しな少年とまた……一緒にご飯を食べたかったなぁ。

 

 

 

 

「ベル……さま……」

 

 

 

 

 

 

『サンダーボルトォォォォォォォォォォォォッ!!』

 

 

 響く雷鳴。

 紫電の雷光が、ルームに駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

「……ぇ?」

 

 

 

 

 

 

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