もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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栗鼠に鐘鳴り響く 4

 リリが姿を消してから、数日が経った。

 あれから、いろんな人に道すがら聞いてみたけれど、リリと思われそうな()()()()()の情報は一つとして入ってこなかった。

 彼女を探しながら、彼女の身を案じる僕の頭の中には、ずっと彼女を陥れると告げたあの男の言葉が残り続けていて。

 そして、僕から離れる直前。リリが浮かべていたあの何もかもを諦めたような表情が、嫌になるくらい瞼の裏に鮮明に焼き付いて消えなかった。

 

 

 ――さよなら。

 そう言って消えてしまった小さな女の子は、今どこで何をしているのか。

 危険な目に合っていないだろうか、合わされていないだろうか。

 ただ焦燥感だけが(くすぶ)り続けるばかりで、何もできない現状に歯噛みする。

 あてもなく都市中を探し回っている内に、いつの間にかリリと別れた中央広場(セントラルパーク)に足を運んでいた。

 一縷(いちる)の希望に縋って辺りを見回してみるも、大きなバックパックを背負った犬人の少女の姿はどこにもない。

 落胆に肩を落としかけたその時。広場に生えた広葉樹の一本。昨日リリがいちゃもんを付けられていたその場所で、話し合う声が耳に届いた。

 

『――獲物が罠に掛かったってのは、本当か?』

『嘘は言いませんぜ、旦那。手筈通りに行きましょうや』

「――――ッ」

 

 男達の声に息を呑み、とっさに近場の物陰に身を隠す。

 

 この数日間、少しでもリリの情報がつかめないかと、周囲の話し声に意識を向けていたからか、二人の男性が話し合う声がどちらも聞いた覚えのある声だとすぐに気づくことが出来た。

 それも片方はつい最近聞いたばかりのモノ。

 僕にリリを差し出せと持ち掛けてきた、黒髪の男が発したそれだった。

 

 物陰からそっと顔を出して様子を(うかが)う僕に気付くことなく、ニヤついた嫌らしい笑みを浮かべた男達は一塊になって移動していく。

 その先にあるのは、白亜の摩天楼。

 

 

 恐ろしい魔物達が蔓延(はびこ)るダンジョンだった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 男達の後を気づかれないように慎重に追跡して、辿り着いたのは五階層。

 途中で更に二人の男が合流し、薄緑色の燐光が四人分の陰を落とす中、男達は何事か話し合うと再び二つのグループに分かれた。

 黒髪の男一人と狸人を中心とした三人パーティーが、それぞれ別の道へ足を進めていく。

 

 

 ――しまった! このまま全員で移動していくものだと思い込んでた!

 どうする、どっちを追うべきだ……?

 

「……よし。ゲドの奴は疑うことなくアーデの所に向かった。こっちも計画通りいくぞ」

「おう」

「……まあ、いいけどよー。今回の俺の役目キツ過ぎねえ?」

「それはこの前全員で話し合って決めただろ。ゲドの野郎を口封じするにしても、アイツの方が俺達全員より強いかもしれねぇって。かわりに配分4:3:3で4の方がそっちっつーことでお前も納得してたじゃねーか。つか、失敗すれば俺達だって危ないんだから、大差ねえよ」

「だからいーけどって言っただろ! ……モンスターを引き付けて『怪物進呈(パス・パレード)』するための餌役なんてやるんだ。そんくらいの役得がねぇとやってらんねーぜ」

 

 既に通路の奥に姿を消した男をよそに、話し始めた狸人達の声に頭が真っ白になった。

 『口封じ』。『配分』。『報酬』。それに――『怪物進呈(パス・パレード)』?

 聞こえてくる単語だけでも彼らの会話から不穏さがにじみ出てくる。

 ゲドって人の事は分からないけれど、たしかアーデはリリの姓だったはず。つまり彼らはリリの居る場所にモンスターを連れてこようとしてるってこと?

 

「アーデが貯め込んでる金は相当な(モン)だ。危ない橋を渡る価値は十分にある。ほら、分かったらさっさと行けって。ゲドを始末するのに十分な数集めろよ」

「簡単に言うんじゃねーよ、カヌゥ! つかこんな事しなくても俺達だけで全部やればいいんじゃねえか!?」

「あのなぁ……前にも言っただろうが。俺達はアーデが他派閥の冒険者に襲われてた所をたまたま通りがかって助けるんだよ。そんでアーデは自分を助けてくれた俺達に感激して金を差し出した後、不幸にもモンスターの群れに襲われた俺達を庇って命を落とす。そ-いう筋書き(シナリオ)だ」

「……でもよう、それならあの男に全部協力してもらえば――」

「バカ野郎っ! せっかく手に入る俺達の金を、あんな奴に渡すってのか!? 利用してポイが一番だろうが! ……つっても俺達でゲドとやり合うのはちょいと分が悪い。だからお前が引っ張ってくるモンスターが要るんだよ。何より、モンスター共にはアーデを始末してもらわなきゃいけねぇ。万が一、俺達が直接手を下してあの『ひきこもり』にばれても見ろ。()()()()でも一応神だ。嘘は通じねぇ。ファミリア(アーデ)を殺したせいで神酒(さけ)を取り上げられるのだけは絶対にごめんだ」

 

 

 …………彼らは、一体何を言っているんだろう。

 

 リリを始末する? それは、リリの事を殺すって意味なの?

 どうして?

 何のために、いや、なんでそんなことをするのか、全く理解ができない。

 じわじわと、頭が熱くなってくる。それと同じくらい、芯の方が冷えていく感じがする。 

 

「……そろそろアーデを引き連れた冒険者が所定のルームに来る頃合いだ。もうあんま時間ねぇぞ」

「待てっっっ!!」

 

 気が付けば、僕は彼らの前に姿を晒していた。

 全身が震えている。噛み締めた歯はギリリと擦れ、目がチカチカする。

 握り締めた拳は力を入れすぎたせいで痛い。もしかしたら血も出てるかもしれない。

 そのくらい、あふれ出る感情が全身から発露していた。

 そのくらい、僕は激怒していた。

 

「なんで……なんでそんなことするんだっ! なんでっそんなことが出来るんだっ! 貴方達はリリと同じ仲間(ファミリア)なんでしょうっっ!?」

「あぁっ!? なんだお前!」

 

 カヌゥとその仲間達の防具に刻まれているのは『三日月を背景に置いた杯』のエンブレム。

 リリから聞いた【ソーマ・ファミリア】のシンボル通りのそれが、彼等がリリと同じファミリアであることを証明していた。

 怒りに震える僕をカヌゥ達は胡乱気(うろんげ)に見ると何かに気付いたのか、あ、と声を漏らした。

 

「もしかしてゲドが言ってた白髪のガキってお前か? ――はっ、てっきりアーデの奴からアイテムを巻き上げられたと思ってたんだが、気付いてないだけか?」

「僕はリリから何も盗られちゃいない!」

「ふん。おめでたい奴だ……お前、アーデが今まで何してきたか知ってんのか――って、なんだよ?」

「なぁおいカヌゥ。こいつどっかで見たことないか?」

「は? こんなガキ知らねぇ……と言いたいが、確かに、どっかで……」

「あっ! おいあいつだよ! あの裏路地の、オッタルに横取りされた田舎者のガキ!」

「はぁ? あいつはオッタルに殺されたはずだろ!?」

「僕は死んでないし、オッタルさんはそんなことをしない! あのヒトを馬鹿にするな!」

 

 カヌゥの仲間の一人が言った通り、彼等は僕が女神様の眷属になる前、僕を歓楽街に売ろうとしてきた冒険者の一団だった。

 彼らの行いがあったから僕はオッタルさんに救われ、彼と言う憧憬に出会うことが出来た。それについては彼らのおかげと言えるかもしれないけど、今回の事もあって感謝する気持ちは一抹(いちまつ)も湧いてこない。

 その憧憬に言われもない濡れ衣を被せようとする目の前の男たちに、僕の怒りは更に目盛り(ボルテージ)を上げる。

 

「……まあいい。どの道計画を聞かれたからにはただじゃ置けねぇんだ。口封じついでに今度こそ色街に売り飛ばしてやるよ! おめぇら!」

「おうっ速攻で終わらせてやる!」

「田舎から出たばかりの駆け出しが、調子に乗るんじゃねえっての!」

「――っ!」

 

 三人が各々の武器を抜き、襲い掛かってきた。

 僕もまた《愛の剣》を抜き構えると、彼等を迎え撃った。

 

 

 

 

「つ、つえぇ……」

「イテェ、痛えよ~」

「……グフッ」

 

 勝った。

 

 初めて交わした自派閥の人以外との戦闘は、特に描写することなく一瞬で終わった。

 なんというか、原野で手合わせする人たちに比べて彼らの戦い方は雑と言うか……力に振り回されている印象を受けた。

 

 ……ああ、そっか。立ち回りとか、心理的なやり取り。言うなれば『技』と『駆け引き』がこの人たちは(つたな)いんだ。

 『戦いの野(フォールクヴァング)』で、先輩達と半ば殺し合いに近い闘争を繰り広げていれば嫌でも身に付くそれらが、目の前で倒れたまま動けずにいる男達には圧倒的に足りていなかった。

 

「テ、テメェこのガキ……こんなことしてただで済むと」

「リリはどこにいるんだ! 教えろっ!」

「ヒィッ、あ、あっちの通路を進んで二つ目のルームっ、そこでゲドがアーデを襲う算段になってる!」

「おいっ! テメェ!」

 

 何かを言いかけた男に一人に剣先を突き付けながら問うと、すぐに答えてくれた。

 すぐに走り出した僕は男達の何事かわめく声を背中に受けながら、リリの下へ向かう。

 一つ目のルームを駆け抜け二つ目に差し掛かる頃――見えた。

 

 クリーム色の外套をまとった小さな女の子と、それに近寄る血に濡れた大剣を手にした冒険者の男性の姿。

 

「リリッ……!」

 

 見覚えのある外套、それを纏う小さな体。間違いない、リリだ。

 しかし安堵は出来ない。姿が見えたとはいえ、ルームまでまだ距離がある。

 剥き出しの剣を手にした男が今もリリの下へと歩み寄っていく。男がリリの下まで行ったとして、その後何をするのか。

 嫌な想像ばかりが頭によぎる。

 

 

 間に合わない。

 すぐ近くに見えているのに、今の僕には遠すぎる。

 圧倒的に敏捷(はやさ)が足りない。

 このままじゃリリはっ、リリがっ!

 

 焦燥感に全身を支配される中、リリと出会ってからの記憶がすごい速さで脳裏を駆け巡る。

 

 リリとダンジョンに潜ったこと。

 稼いだお金の額にリリと手を取り合って喜びあったこと。

 一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合ったこと。

 それまでソロで潜り続けていたのに、リリが横にいないダンジョン探索に気力が湧かなかったこと。

 そんな思い出の数々の中で、いつだったか誰かに『何か』を尋ねられた事をうっすらと思い出した。

 『何』を想って、

 『何』が欲しくて、

 『何』を求めて、

 『何』になりたいのか。

 

 虫食いだらけの穴だらけで、ほとんど残っていない泡沫(ほうまつ)の出来事。

 それらの問いに、僕がなんて答えたのか全然覚えていない。

 でも、ひとつだけ。これだけは分かる。

 

 ゴブリンから助けてくれた祖父の様に。

 ミノタウロスから守ってくれたアイズ・ヴァレンシュタインさんの様に。

 そして、絶望の中から救い出してくれたオッタルさんの様に。

 少しでも速く、あの人達の様に。

 何よりも速く、憧憬の様に。

 

 そして、目の前の困っている誰かの下へと颯爽と駆け付け救うような――

 そんな存在(えいゆう)に、僕はなりたいって想った事を。

 

 

 

「リリィィィィィィィィー――――ッッ!」

 

 

 まだまだ弱くて未熟な僕には分不相応な、想い。

 ちょっと前までは夢物語だった、願い。

 それでも、今なら。

 目の前で危ない目に遭っている女の子(リリ)を助けられる力が――今の僕の手にはある!

 

 全力で足を動かしながら、僕は左手を限界まで前へと伸ばす。

 大きく息を吸って、眦を吊り上げた。

 

 

 

 砲声(ほうせい)する。

 

 

「サンダーボルトォォォォォォォォォォォォッ!!」

 

 

 閃光と轟音。放たれた雷矢。

 

 発動と同時に光の速度で、リリと男のちょうど中間に突き刺さった速攻魔法が男の歩みを止めた。

 

 そして生まれる僅かな猶予。

 僕がリリの下まで辿り着くには、それで十分だった。

 

 

 

 

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