もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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栗鼠に鐘鳴り響く 5

 

「……ベル、さま?」

「そうだよリリッ! 遅くなってごめんねっ!? それよりも酷い怪我だ、早くこれ飲んで!」

 

 倒れるリリの下へ駆け寄り、その小さな体を抱き起こす。

 リリはそんな僕を焦点の合ってない目で見上げてくる。

 彼女の全身は土埃に(まみ)れ、口元からは僅かに血を垂らしていた。

 肌のいたるところに青紫色のアザがあり、中でも剥き出しの腹部が一段とヒドい。

 

 慌てて腰のポーチからポーションを取り出しリリの口元に寄せれば、リリはぼんやりとしたままゆっくりと口を開き、青い薬液を飲んでくれた。

 次第に全身の痣が薄くなっていき、腕の中から感じる気配に活力が戻っていくのを見て、僕は安堵の息を漏らす。

 ポーションを飲み干し、けほっけほっと軽いせき込みをした後。痛みはないかと聞く僕に首を横に振ったリリは、腕を動かしたと思ったら何故か僕の顔に向かって指を差す。

 

「……幻覚?」

 

 ポカンとした表情のまま、こちらに指を向けてくる少女に僕は目を剥いた。

 まさか――

 

「リリ大丈夫っ!? 頭打ったりとかしてないよねっ? この指何本に見える!?」

「し、失礼な幻覚ですねっ! リリは正常ですよ!? 二本です!」

「あ、よかった………じゃなくて、失礼なのはリリの方だよね!? 僕はちゃんとここにいるから!」

「幻覚じゃない……? じゃあこれは死後の夢ですか? お前は既に死んでいるなんですかー――っ!?」

「な、何言って「何言ってんだテメエ等は!?」

 

 錯乱している様子のリリとそれに困惑する僕に、それまで静かだった男が急に大声を上げた。

 さっきまでは突然現れた僕に驚いていたんだろうけど、時間が経つにつれソレが収まったらしい。

 リリに向けていた眼を男へ向ければ、やっぱりと言うか、見覚えのある顔だった。

 

 ――カヌゥ達からゲドと呼ばれていた冒険者。

 路地裏でパルゥムの少女を追い詰め、中央広場で僕に共謀を持ち掛けてきた男だ。

 見覚えのある、と言っても以前の時とは印象がまるで違った。

 何の返り血なのか、顔から全身に掛けて赤黒い液体に彩られた彼は、薄暗い迷宮の中でもハッキリとわかる狂相を浮かべていた。

 そして気付く。

 彼の後方、倒れ伏せるもう一人の青年。その首から先にあるべきはずのモノが無い事を。そしてそれを成したのが目の前のこの男だという事も。

 

 背筋が凍る。もう少し遅かったらリリも……と嫌な光景が鮮明に浮かんでしまった。ザッと幻聴が鳴るほどに血の気が降りていくのが分かる。

 無意識の内にリリを抱える腕に力が込もる。

 

「その白髪……俺の提案を蹴ったガキか!? ハッ、わざわざこんな所まで来やがって、そんなにそのパルゥムが大事かよ?」

「貴方は……こんな小さな女の子に何をしようしていたんだっ!? いや、それどころかそっちの人の事だって……許されないぞこんな事っっ!?」

「あぁ? ……いきなりシャシャり出て来て何言ってんだ馬鹿が。俺がそのチビに何しようとソレは正当な権利だっつうの。あそこに転がってる奴は……まああれだ。ちょっとした事故みたいなもんだな」

 

 不快気に顔を歪める男――ゲドは、吐き捨てる様にそう言うと口端を吊り上げた。

 目に見える傷はかなり癒えたものの、未だ動けそうにないリリと、それを抱える僕に向かって、ゲドは血に濡れた大剣を振り上げる。

 

「……そんで、今からテメエを殺すのも正当な行為(ぼうえい)だ。お前から先に攻撃したんだ。やり返されるのは当然だよなぁっ!?」

「……リリ、いつもみたいに待ってて」

 

 絶対に、これ以上傷つけさせないから。

 その言葉と共にリリから手を離した僕が立ち上がるのと、ゲドが駆け出すのは同時だった。

 

「魔法だか魔剣だか知らねえが、俺の動きに反応できないテメェに使える暇があると思うなよっ!」

 

 嗜虐欲に塗れた狂笑を顔に張り付け、ゲドが飛び掛かってくる。

 男を前にして少女(リリ)を背に庇う。

 振り上げられた剣も、ゲドが浮かべる獰猛な笑みも、飛び掛かるその挙動の一つさえ、まるで初めてこの男と対峙したあの時の路地裏をやり直すかのようだった。

 違うのは、その一声にて男を止めたリューさんが現れる事がないことだけ。

 

 

 つまり、この場において僕を制止するものは何もない。

 

 

「フッッ!」

 

 容赦なく振り下ろされる大剣。その軌道上に挿し込む様に僕は《愛の剣(マリアム・ドーズ)》を薙いだ。

 鋼と鋼がぶつかり合う音。蒼銀の燐光の中にオレンジ色の火花が一瞬混じり、横腹を叩かれた大剣はカン高い断末魔を上げた。

 

「は?」

 

 振り下ろしきった後。ゲドはなぜか己の握る手から感じる重さが半減しているソレに目を向けた。

 そこには半ばから先が消えた、さっきまで大剣だったもの。呆然、唖然。そんな表情を浮かべたまま、ゲドは吹き飛んだ。

 

 『戦いの野』で培った相手の攻撃を逸らす技と、一連の動作を繋げる連撃(コンボ)

 派閥の先達たちから盗んだ『技』と『駆け引き』。その本元の相手には僕程度の稚拙な立ち回りは、そのほとんどが通用しなかった。

 しかし、ついさっき撃退したカヌゥたちや、たった今がら空きの横腹を蹴り飛ばしたゲドの様に、ただ力任せに突っ込んでくるだけの相手には、やったこっちがビックリするくらい綺麗に決まる。

 

「おっごぉぉ……な、にがぁぁっ……!?」

「……」

「ゲホ、ゴホッ……ま、待てっ! いいかっ、俺には協力者がいる! それも複数だ!」

 

 攻撃が一度決まったところで油断などしない。

 追撃するために一歩踏み出したところで、腹を抑えたゲドが僕にそう告げてきた。

 

「この後すぐにそいつ等がここにやってくる算段がついてる! 命が惜しけりゃすぐに――」

「協力者と言うのがカヌゥと呼ばれる獣人なら、ここに来る前に倒しました。この場所も彼らから教えて貰いましたから」

「失せ……はぁっ!? っざけんな、クソが! 使えねぇっ!!」

 

 もしもゲドが言ったように彼等がここに来て、ゲドを含む全員でかかってきたとしても問題にならないと思う。

 対複数の戦闘程度、『戦いの野』で何度も経験してきている。

 それこそ、今の僕では手も足も出ない様な強者を相手にして。

 

「まてまてまてっ! 話を聞いてくれ! そのチビ! ソイツはお前が思っているような奴じゃねえんだ!」

「……ッ」

「いいか、俺だって何も理由なくそいつに手を出したわけじゃねぇ! そいつはな、俺から剣を盗んだんだ! ただ盗んだワケじゃねぇぞっダンジョンの中で、モンスターに襲われている最中に俺から武器を奪っていったんだ! そのせいで俺は危うく死にかけた!」

 

 ゲドが口に出す内容に、背後でリリが息を呑むのが分かった。

 その後も語られる言葉に、僕は足を止めてしまう。

 

「それに、ソイツの姿! あんたも変だと思わないか!? 今は獣人の見た目をしているがそいつの正体はパルゥムだっ、そのチビは魔法で姿を変えられるんだよ! それを使ってこれまで何人もの冒険者を騙して物を盗み続けてきたんだ! 中には死んだ奴もたくさんいるだろうぜ! なぁ、悪いのはそのチビだ、俺は悪くないだろっ!?」

「……」

 

 僕は、何も言わなかった。

 そして、そんな僕を――いや、僕越しに何かを見たゲドがニヤリと笑みを浮かべ――第三者の声が(とう)じられた。

 

「……あーあ、やっぱやられてやがんぜ、ゲドの野郎」

「……は、はっははぁ! 遅えぞ、カヌゥ!」

 

 ゲドが名を呼んだ通り、声の方向に目を向けるとルームの通行口に狸人の中年が立っていた。その横には仲間の男が一人。

 

「今までどこをほっつき歩いてたんだ!? まあいい、手ぇ貸せ。そこのガキをぶっ殺すぞ!」

 

 腹部を抑えながら立ち上がったゲドが、よろめきながらもカヌゥの下へ移動するのを僕はただ見送った。

 カヌゥ達を含めても、僕の有利は変わらない。でもそれは僕が本当に一人だった場合だ。

 あのうちの誰かが飛び道具を所持していたとして、それがリリに向けられたなら。

 消耗(ダメージ)の大きい今のリリに、攻撃を回避することは難しいだろう。

 だから、彼女の近くから安易に離れるわけにはいかなかった。

 

 

 ――だから、僕はそれをただ見ているだけしかできなかった。

 

 

「…………は?」

「旦那ァ、悪いがあんたはもう用済みだ」

 

 こちらに向けられたゲドの背中。そこから鈍色の刃が突然生え、次には引き抜かれた。

 崩れ落ちたゲドの周囲に血だまりが広がっていく。

 

 突然の凶行にもカヌゥ達は平然とした様子で、まるでモンスターの死骸同然にゲドから身ぐるみを剥ぎ始めた。

 

 

 

 

 

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