もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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剣の名前間違えてた……後で直しとこ




栗鼠に鐘鳴り響く 6

「……、カヒュー、コヒュー……」

 

 突然の裏切りにゲドは崩れ落ちた。

 かすかに漏れ聞こえる音から息はあるようだが、それもいつまでもつか。明らかに致命傷だ。

 倒れ伏せたゲドの周囲に血だまりが広がっていく。

 カヌゥはそんなゲドの傍らにしゃがみ込み、手や服が汚れる事を気にも留めず、血に塗れた装備や財布などを無造作にむしり取っていく。

 

「チッ、こんだけしか持ってないのかよ。シケてんな」

「……な、なにをして、いるんですか……?」

「あん? 見てわかるだろぉ、坊主。有効活用してやってんだよ。こいつにはもういらないだろうからな」

 

 当然のように言ってのけるカヌゥに、僕も、そしてリリも戦慄する。

 視線をずらせば、もう一人の方もゲドにやられた冒険者の懐を漁っていた。

 

 

 …………吐き気がする。

 本来ならば、冒険者はたとえ派閥が違ったとしても助け合う。そして屍を晒す同業者があればそれを背負い、地上へと連れて行くのが冒険者としての暗黙の規則(ルール)

 それを、自分から刃を向け、あまつさえその装備を『奪う』なんて。

 

 リリとゲドを始末すると算段を付けていた事と言い、彼等の行動原理が僕の中の価値観と遠く離れすぎている。

 目を背けたくなるほどに醜悪。非道すぎる蛮行だ。

 僕にはまるで彼らがヒトであるにも関わらず、まるでモンスターのようにも見えてしまった。

 

 

「ワケが分からねぇって顔してるな? まあいい。ちょいと俺の話を聞いてくれや」

 

 青ざめる僕たちにカヌゥは語り始めた。その顔には再び姿を見せた時からずっと、何の感情の色も浮かんでいない。僕たちへの怒りも、ゲドへの暗い愉悦も、何も窺い知ることが出来ない。

 そしてカヌゥは語りだした。

 僕に出来たのは、警戒を絶やさずそれをただ聞くだけ。

 

 

「……俺らはよう、今の生活には結構満足してんだわ。適当にモンスターをぶっ殺したり弱ぇ冒険者を鴨にしてりゃ、そこそこ金が手に入るしそいつで美味い酒が呑める。派閥の上役共がデケェ面してんのは気に食わねえが、まぁ、不満らしい不満ってのはそんくらいだ」

 

「だがな、最初からそうだったわけじゃねえんだ。これでも若ぇ頃はギラついててな。今みたいに酒だけじゃなく金も、女も、名誉も全部求めてダンジョンに潜ってた時期もあったんだぜ?」

 

「だが、それは長く続かなかった。俺達は諦めて、妥協したのさ……何でか分かるか?」

 

 

 ――自分の限界ってものを知ったからだ、と。

 

 カヌゥはそう言って、わらった。

 無から一転。つまらないものを見て浮かべる失笑のような、諦念混じりの失望から浮かべる、そんな自分への嘲笑をその顔に浮かべた。

 

「俺達より後に冒険者になった奴らがどんどん先に行くのを見送っていく気分が、お前に想像できるか? いいや、出来ないね。何故ならお前も俺達を置いて先に行く側だからだ。つい最近までただの田舎者だったガキに惨敗した時は、自分の考えが正しかったって事を反吐が出るほど痛感したぜ」

 

 そこで一人語りを切り上げ、ゲドの傍らから立ち上がったカヌゥと、同じく金品を漁り終わったのかカヌゥの側へ移動する男に警戒を続ける僕の耳に、()()が聞こえたのは同時だった。

 背に庇うリリも同じ物が聞こえていたのか、身動ぎするのを気配で感じた。

 

「この音……まさか……」

「リリ?」

「逃げて下さい、ベル様! これは――」

 

 突然取り乱し始めたリリの声が気になって横目で彼女の様子を窺えば、先程のカヌゥの凶行を目にした時以上に青褪め、焦燥に駆られていた。

 その表情を見て、だんだんと大きくなっていく、いや、近づいてくる()()を耳にして、僕の脳裏に一つの単語が頭に浮かぶ。

 その予想を確信づける様に、リリがその言葉を口にした。

 

 

「『怪物進呈(パス・パレード)』です!!」 

 

 

 何重にもなった怪物達の咆哮が、僕の鼓膜を震わせた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ――しまった、なんで気付かなかったんだ!

 

 

 リリの叫びを聞くと同時に、僕は自分の愚かさをこれでもかと言うくらい攻めた。

 カヌゥ達が言っていたのを僕は聞いていたじゃないか、二人しかここに姿を見せていなかった時点で察するべきだったのに!

 

「正気ですか、カヌゥさん!?」

「ハッ! 正気か、だと? んなワケねえだろアーデ! こんな一銭にもならない真似、俺がしない事くらいお前も知ってんだろ?」

「では何故!?」

「……俺達にもプライドってモンがあるんだよ。駆け出しにボコされて黙ってられるほど腑抜けちゃいねぇ!」

 

 声を荒げるリリを軽くあしらうカヌゥは、下卑た笑みを僕に向ける。

 

「なぁに、そう大したモンじゃねぇよ。先輩達からのちょっとした洗礼(プレゼント)だ。……まあ、ゲドでも相手にならなかった手前ェじゃ、この程度()でもねえだろうがな」

「カヌゥ! 来たぞ!」

「おう! ……そこのアーデと居続ける限り、今日と同じ事をいつまでも繰り返してやる。それが嫌なら早めにそいつと手を切るんだな」

 

 カヌゥの仲間の内、姿が見えなかった一人が通路から飛び出したと思えば、仲間に一言かけるとそのまま別の通路からルームを出て行った。男の一人もそれに続き、残っていたカヌゥも僕にそう言い残して足早にルームから姿を消す。

 残るのはまだ走れそうにないリリとその傍らに立つ僕。そして身動ぎ一つしなくなったゲドと名も知らぬ冒険者の亡骸だけだ。

 

 近付く音は騒々しさを増し、やがてモンスターの群れが通路の奥からルームに姿を現した。

 一瞥しただけでも確認できるモンスターの数は多く、その種類もゴブリンやコボルト、フロッグシューターにダンジョンリザードなど、この階層で出現するモンスターの見本市のような有様だ。

 対するは僕一人。

 多勢に無勢。これ以上ないほどの孤立無援。

 背後のリリから歯を食いしばる音が聞こえた。

 

「……ベル様、今からでも遅くないです。逃げてくださ「リリ」」

 

 口を開くリリの言葉を途中で遮り、僕は通路に向けて手を突き出した。

 

「さっきも言ったでしょ? もう君を傷つけさせないって」

 

 以前のウォーシャドウと闘った時よりも数の多い怪物達を前にしても、僕は少しも焦りや恐怖を感じていなかった。

 ルームの中にモンスターが押し寄せても、通路の幅のせいで同時に入ってくるのはせいぜい二、三体程度。そして通路は一直線。

 この状況は、今の僕にとって都合が良かった。

 

 

 モンスターの咆哮の中に、僕の砲声が混じる。

 

 

「サンダーボルトッッ!!」

 

 

 紫電の稲光がモンスターで埋め尽くされた通路を駆け抜ける。

 撃ち放たれた雷の矢が先頭を走るモンスターの一体に命中し、そのままその背後に連なるモンスター達を貫いていく。

 モンスターの肉体を通過するごとに威力を減衰させる魔法の雷は、最後に着撃したモンスターの動きを止め、後から迫るモンスター達に踏み潰されながらその進行を阻害する。

 

 貫通と麻痺。それがこの魔法の隠された特性。

 

 精神疲弊(マインドダウン)を起こすまで魔法を使い続けたおかげで、僕は自分の魔法の性能を十分に把握することができていた。

 《魔法》の欄に記された速攻魔法の文字の通り、速射砲の如く連発される雷の矢。蛇行しながら周囲に漏れ散る電光がモンスターの体を舐め、その自由を奪い取る。

 

 

 十数発を撃ったところで、魔法の使用を止める。

 かなりの数を減らしたとはいえ、まだまだモンスターの数は多く残っている。精神(マインド)を使い過ぎて動けなくなるわけにはいかない。

 蒼銀の輝きを纏う《愛の剣(マリアムドシーズ)》を握り締め、《緑玉の小盾(エメラルド・バックラー)》を前に突き出して走り出す。

 

「あぁああああああああぁぁっ!!」

 

 既に(たお)れた仲間達を踏み越え、ルームに侵入し続けるモンスターの集団とぶつかる様に接敵。

 

 蹂躙が始まった。

 

 

 魔法の余波を浴びて感電したせいか、それとも同胞の骸でできた壁を乗り越え続けた疲労からか、動きが鈍くなっているモンスター達を次々と切り伏せていく。

 繰り出される攻撃も、(ことごと)くを躱し、小盾で受け流し、横から叩いて逸らしていく。周囲を囲まれて尚、僕の体に届いたものは一つとしてない。

 

 モンスター達の間をすり抜け、上を飛び越え、《愛の剣》を振るう度、モンスターの体を両断していく。

 駆け抜ける背後に引き連れた月光の軌跡が、斬り飛ばされたモンスターの肉塊が、(ほとばし)る体液が、迷宮の薄青い宙を(いろど)る。

 

 

 しばらくして、ルームに立っているのは僕一人だけになっていた。

 目の前には死屍累々の光景が広がり、血に染まった剣を握る僕の背中から後ろには、モンスターの死骸は一体たりとも存在することを許さなかった。

 

 

 

 


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