もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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栗鼠に鐘鳴り響く 7

 

「お待たせ。リリ、立てる?」

 

 動き出すモンスターが居ないことを確認して剣を収めると、僕はリリの下へ近づき手を差し出した。

 

「……どうして」

「え? 何、リリ?」

「どうして、リリを助けたんですか?」

 

 合流した直後は取り乱していたリリだけど、今は時間も空いた事で落ち着いたみたいだ。

 だけど、リリは僕の手を見つめるだけで掴もうとしてくれなかった。

 

「どうしてって……」

「何でこんな所までリリを探しに来てるんですか? どうしてベル様はリリを見捨てなかったんですかっ?」

「……ええぇ?」

 

 リリの言葉に困惑してしまう。きっと今の僕は間抜けな顔を浮かべているんだろう。

 言葉の意味がよく理解できずにいると、僕の浮かべた表情を見たリリが(せき)を切ったように声を荒げた。

 リリの言葉は激流となって僕へと放たれる。

 

「ベル様も聞いたでしょうっあの冒険者の言葉を! あれは全部真実です! リリはこれまで冒険者達から何度も盗みを働いてきましたしベル様に近づいたのもその剣が目的でした!」

「え、えと……」

「これまでリリが大人しくしていたのはベル様が都市最上級の派閥(フレイヤ・ファミリア)に所属していたからです! じゃなきゃベル様みたいな人を疑う事を知らないお人好し、とっくに目ぼしい装備を巻き上げて姿を消していました!」

「ま、ちょっと待って、リリ」

「待ちませんっ、ええそうです! リリがベル様に手を出さなかったのはフレイヤ・ファミリアの構成員だったからであって、ベル様と一緒に居るのが心地よかったからではありません! これっぽっちもないです! というか毎日毎日朝からズタボロで来ないで貰えませんか!? 先輩と訓練してたんだアハハーじゃないですよ毎回訓練の内容聞かされるこっちはドン引きなんですよ!!」

「えっ」

「そもそもリリとベル様とのサポーター契約なんかもうとっくに切ってます! ベル様にリリを助ける義務はないんですよ! それなのにこんな所までリリを追ってきて、ベル様はリリのストーカーなんですか!?」 

「ち、ちがっ」

 

 先程のモンスターの群勢を遥かに勝る勢いの強さに、僕は押し流されそうになってしまう。

 というか次々と暴露されるリリの内心が、鋭利な刃となって僕の胸にブスブス突き刺さる。

 胸が痛い。思わず目に涙を浮かべてしまいそうだ。

 

「ここまで言われてもベル様はまだリリを助けるなんて寝言を口にするんですか!? もしそうならベル様はとんだ能天気(アホ)な頭の持ち主ですよ! 分かり易く言って差し上げますっリリは悪い奴です! 恩知らずの盗人(ぬすっと)です! ベル様を騙し続けていた最低なパルゥムです!!」

「リリ……」

「だからっ、だからもう……ベル様はリリの側にいるべきじゃ……ないんですよ」

 

 肩を何度も上下に動かして息を荒げながら、歯を食いしばるような表情でリリは僕の顔を見つめる。

 リリの視線から目を逸らさずに、僕ははっきりと告げる。

 

 

「でも……それでも僕は、何度だってリリを助けるよ」

「――っ! どうしてっ!?」

 

 

 ………………えっ?

 

 どうして? リリを助けるのに理由が必要なの?

 リリの剣幕と想像していなかった追及に、軽く動転してしまった僕は反射的にその言葉を口にした。してしまった。

 

 

「お、女の子だから?」

 

 

 言葉を口にして、僕はすぐに「あ、失敗した」と悟った。

 僕の言葉を聞いたリリが顔を真っ赤にして、眉を怒りの角度に持ち上げるのを見たからだ。

 そして次の瞬間、僕の魔法なんか目じゃないくらいの言葉の速射砲が火蓋を切られた。

 

「ばかぁっ! ベル様の馬鹿ぁっっ! ()()そんなことを言って、あの時と同じじゃないですか! ベル様は女性の方だったら誰でも助けるんですか!? 信じられませんっ、最低です! ベル様のすけこましっ、女ったらしっ、スケベっ、女の敵ぃぃぃぃッッ!!」

 

 暴風雨(ストーム)の様に打ち付けられる批難の数々が僕の全身を殴打していく。

 明らかな過剰攻撃(オーバーキル)。僕の体力(ヒットポイント)はもうゼロだ。

 たじたじになりながらリリの言葉を受け止め続けていると、やがて息も絶え絶えになったリリがその大きな瞳で僕を睨んでくる。

 

 そんな、こちらを見上げるその眼に、どうしようもなく既視感を覚えてしまって。

 気が付けば、僕はリリの頭を撫でていた。

 

 

「じゃあ、リリだからだよ」

 

 

 思い返せば、たった一か月前。

 たった一人の家族だったお祖父ちゃんがいなくなって、一人になってしまって。

 家族(ファミリア)という、『絆』を求めて迷宮都市に足を踏み入れて。

 いくつものファミリアから加入を断られて、現実に打ちのめされて。

 運よく入れて貰えた派閥には、求めていた絆の形は存在しなくて。

 入団してしばらく。周りにいる人達からは疎まれて。

 僕はずっと針の(むしろ)に座らされている気分だった。

 覚悟が決まった後はそれもいくらかはマシになったけれど、それでも僕はさみしかったんだ。

 

 

 そんなある日、君と出会って。

 一緒にダンジョンに潜る様になってから、僕はすごく楽しかった。

 一緒に生死を共にして、一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合って。

 まるで妹が出来たみたいに、新しい家族が出来たみたいで嬉しくて。

 

 そんな僕だから、気付くことが出来たのかもしれない。

 君が、すごく寂しそうにしているのを。

 

 

 自分じゃ気付いてなかったみたいだったけど、君がふとした瞬間に泣きそうな表情を浮かべるのを、僕は何度も目にしてた。

 ころころ笑っている最中に、急に口元を引き締めてたり、眩しそうに目を(すが)めたり。

 

 今だって、こっちを睨んでいるはずなのに、まるで迷子になった子供みたい。

 その表情(かお)が、オラリオをたった一人で彷徨っていた、不安と孤独に押し潰されそうになっていた自分とそっくりだったから。

 

 だから、僕は

 

 

「リリだから、助けたかったんだ。リリだからいなくなってほしくないんだ」

「ふ、えっ……!」

「それ以外に、理由なんて見つけられないよ。僕、もっとリリと一緒に居たいよ。だから、急にいなくなったりしないでよ」

 

 リリの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちていく。

 喉をしゃくりながら僕の腰に抱き着いたリリは、やがて声を上げて泣き始めてしまった。

 

「僕って馬鹿だからさ、言ってくれなきゃ分からないんだ。だからさ、リリ。困ってるんなら僕を頼ってよ」

 

 ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続ける少女の頭と背中を、あやすように撫でながら僕は優しく告げた。

 

「ちゃんと、助けるから」

 

 

 泣き続ける彼女の耳にもその言葉は届いたのか、より一層涙声は大きく、背中に回された腕はより一層強くなる。

 ポツポツと、ダンジョンの地面に雫が落ちていく中、僕は頑張り続けた少女を労わる様に、彼女を優しく抱きしめた。

 

 

 温かい雨が降り止むその時まで、淡い燐光が一つになった影を落とし続けていた。

 

 

 

 

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