もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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閑話・それは庭かけ回る様に

 オラリオの南東部。

 その第三区画の一角に、石塊を積み上げて造られた大きな館が建っている。

 時刻は夜。空に浮かぶ三日月から降り落ちる淡い光が、見下ろされる全てに薄い影を落とす。

 箱型の館の中央からは半球状の屋根が頭一つ飛び出しており、その頂上には一本の旗が立てられ、風に煽られながら三日月の光が影を落としていた。

 日の下で、もしくは満月の光に照らされれば、その旗に描かれたものも確認できたのだろう。だがこの欠けた弦月の光では、それらに到底およばず。

 見上げる瞳に、旗の紋章は映ることなく。分かるのは建物と旗の輪郭、その陰影のみだった。

 

 

 

 開けられた窓から吹き込んできた涼やかな夜風が前髪を揺らし、己を見下ろす三日月に男性は薄い笑みを浮かべながら乾杯する。

 傾けた杯から喉を通る液体、僅かに喉を焼く感覚と、舌を悦ばせる味に陶酔したように目を細める男の名はザニス。

 リリルカ・アーデの所属する【ソーマ・ファミリア】の団長である。

 

 杯を空にしたザニスはその余韻を楽しんだ後、空いた杯に陶器の瓶を傾ける。瓶の口からそこらの水よりも透き通ったソレが、差し込まれた月光を飲み込みながら杯に注がれていく。

 ザニスは開けた窓から覗く淡い月明かりと、それに照らされる自分自身を肴に注いだソレを、再び喉に流し込んだ。

 何時もの様に、主神の許可なく盗み出してきた『神酒』がもたらす極上の味にザニスは笑みを漏らしていた。

 

 

 ――カンカンカンッ、カンカンカンッ!

 

 

 突如、それまでの静けさを破る様に打ち鳴らされた鐘の音に、そして同時に、それが襲撃を意味する合図であることを悟って眉をしかめた。

 

「何事だッ!」

「ザ、ザニス様っ、敵襲です! 数はまだ未明っおそらく少数かと!」

「チッ! せっかくの気分が台無しだ! おい、私は主神様の護衛に回る。お前たちはチャンドラと共に侵入者の撃退に当たれ!」

 

 自室から出て、丁度近くにいたファミリアの一人から事態を把握するや、手早く命令を出したザニスはすぐさま主神の神室へと向かう。

 カツカツと間の短い靴音を響かせるザニスは、本拠の最奥へ辿り着くと同時に両開きの大扉を押し開いた。

 

「失礼します、ソーマ様。今お時間はよろしいでしょうか」

「何の用だザニス。雑事は全てお前に任せたはずだぞ」

 

 ノックもなしに慇懃な言葉と共に室内に入った眷属に、主神であるソーマは咎めることをしない。そして視線を向ける事もしなかった。

 蝋燭の明りに照らされた作業机の前に座るソーマは、手に持った乳鉢から視線を動かさないまま、ただ不愉快そうに声をあげた。

 

 『造酒を除く全てに興味はない。お前の好きにさせてやる。だから自分を煩わせるな』

 

 彼の主神の背中は、言葉なくそう語っていた。

 

 普段と何の変りもない主神の様子に、ザニスは侮蔑の感情を漏らさぬよう、何時もの様に薄い笑みを顔に張り付ける。

 

「申し訳ありません。どうやらこの本拠(ホーム)に愚か者が侵入したようです。排除が完了するまでの間、僭越(せんえつ)ながら私が護衛をいたします。どうかそれまでご辛抱を」

「……フン」

 

 眷属の言葉に鼻を鳴らしたソーマは、それきりザニスの存在を言葉通り無視して手の中の乳鉢と、その中身を磨り潰す事に没頭する。

 そんな主神の背中を見下(みくだ)しながら、嘲笑を浮かべたザニスは、やがて首を傾げた。

 階下から届く破砕音。狼藉者(ろうぜきもの)と今も戦闘を続けているのだろうが、何か違和感がある。

 

 

 何故音が止まない? ここは我らがホームだぞ?

 相手が何人いようが数の理はこちらにあるはずだ。それなのに音が、だんだんと近づいて――?

 

 【ソーマ・ファミリア】の構成員は同規模の派閥と比べても――その質はともかくとして――数が多い。

 『神が造った極上の酒』という噂に釣られた者達が門戸を叩き、趣味の為に多くの資金を必要とする神が、それらの人品を問わず全てを眷属に招き入れるからであった。

 数の多さとはすなわち力の強さ。

 

 だというのに、まだ騒ぎの音は止まず、それどころか大きくなっているようにも聞こえる。

 疑問を抱き始めたザニスの胸に不安が過る。そして、神室の唯一の出入り口である大扉が、轟音を立てて突き破られた。

 

 

 砕かれた大扉から、何かが室内に転がり込んでくる。

 

「なっ、チ、チャンドラ!?」

 

 ザニスが驚愕と共に叫んだのは、神室に飛び込んできたドワーフの男の名だった。

 チャンドラと呼ばれた大柄のドワーフは、ザニスと同じ【ソーマ・ファミリア】でも数少ない上級冒険者(レベル2)の一人。そのはずだ。

 なのにその彼は全身のいたるところに傷を負い、完全に気を失っている。

 

 コツリ、と靴音が動転するザニスの耳に届く。

 

 

「こんばんわ、ソーマ。いい夜ね」

 

 

 開かれた入り口から姿を現したのは、絶世の美女。

 濃紺のローブから覗く銀糸の髪。冷徹な月を思わせる瞳をこちらへ向けた女神が、涼やかに響く声を己と同じ神であるソーマに掛けた。

 しかし、ソーマはフレイヤを一瞥(いちべつ)もしない。

 男なら誰もが浮足立たずにいられない程の美神(びじん)から声を掛けられたというのに――許可なく神室(ししつ)に足を踏み入られているのに、当の本神(ほんにん)は未だ無関心を貫いたままである。

 

「か、神フレイヤ……」

 

 突然の、そして何よりも予想だにしなかった襲撃者の正体に、ザニスは声を震わせた。

 思わず漏らした声に、名を呼ばれたフレイヤはザニスに横目を流す。

 自分に向けられた美神の視線に、ザニスは自身の中にある男の情欲が刺激されると同時に、その超越した『美』に畏怖すら感じてしまう。

 困惑と恐れの感情を急いで張り付けた笑みの裏にひた隠し、気丈に振舞うザニスはフレイヤを問いただす。

 

「とっ、都市最大派閥の主神殿が、こんな矮小なファミリアの本拠に何の御用ですか?」

「貴方は?」

「これは失礼いたしました。私はこのファミリアの団長を務めておりますザニス、と申します」

「そう。それで、用だったかしら?」

「ええ、よろしければお聞かせ願いたい」

 

 オラリオでも一、二を争う派閥の旗頭を相手に、ザニスは泰然(たいぜん)とした態度でもって、これに向き合った。

 怖れも、焦りも見せぬように、必死になって慇懃なそぶりでフレイヤと対話する。

 薄い笑みを張り付けた男に、体を大きく見せようとする小動物の姿が重なった。全てを見透かす瞳に映ったそれに、フレイヤは小さく笑った。

 

「ここの構成員に、私の眷属()が襲われたらしくてね。故意に『怪物進呈(パス・パレード)』までされたみたいなの。これはそのお返し」

「はぁっ!? そんな事で!?」

 

 ザニスは目を剥いて驚いた。

 問いに対して答えを求めてはいた。しかしそんな()()()()()事でこんな事をするのかと、都市最大派閥の主神の言葉が信じられなかった。

 確かに、故意に『怪物進呈(パス・パレード)』を行うことはギルドが固く禁じている。

 しかし、それが故意かそうでないかの判断は簡単にはつけられないし、証拠も当人の言葉しかない。そもそもダンジョンに潜っている時点で命がけなのは当然だ。

 自分達が生き残る為ならば、見ず知らずの他人を犠牲にしたところで()()と言う事はあるのか。

 取り決め上禁止しているギルドですら、そんな話を持ち掛けたところでまともに取り合おうとしないだろう。

 

 ある程度ダンジョンで活動していれば分かることを、それを目の前の神物が、それも都市最大の主神が持ち出した事実が信じられなかった。

 ザニスも思わず言動を取り繕うことも忘れ、地の言葉が口から転がり出てしまう。

 

 

「フフッ、冗談よ。流石にその程度の事でここまでしないわ。これは建前」

「……ンンッ、では、本題は?」

 

 慌てふためく自分をクスクスと笑うフレイヤに、ザニスの頭に昇った血が更に上がりかけ、僅かに残った理性がそれを止めた。

 一度咳払いをして、調子を整えたザニスが再度問う。

 しかし一度醜態を晒してしまった事実は、どう取り繕ったところで露出してしまった小物感と共に拭え切れるものでなく。

 クスリ、と止めたはずの笑みがフレイヤの口から小さく漏れた。

 

「ここに来た本当の理由は、【ソーマ・ファミリア(そちら)】の眷属を一人、こちらに貰いたくて。それを伝えにね」

「……それならばその者は差し上げましょう。ですので――」

「でも建前も本当。後から口を出されても面倒だもの。動く口は少ない方がいいわよね?」

 

 だから潰す。そんな副音声が聞こえそうな物言いに、ザニスははっきりと顔を青ざめた。

 相手はオラリオの、いや世界の頂点に位置する派閥。

 規模も、影響力も、戦力全てにおいて【ソーマ・ファミリア】では比較するのもおこがましい存在。

 そんな相手に敵対宣言されたという事は、終わりを意味するに等しい。

 

 

「――ま、まてっ! いや、お待ちいただきたい! それは早計ではないでしょうか!? 我がファミリアには利用価値があります! 例えば、例えば……そうっ! 『神酒』です! このファミリアの主神であるソーマ様は造酒を司る神の一柱であり、その手で作り出された酒の味はまさに絶品!! 一度お試しいただいてからっ――げへぇぇっっ!?」

 

 泡を食ったように、という表現が相応しい慌てぶりを見せるザニスは、フレイヤの考えを押しとどめる為の材料を探して――室内中に巡らせた視線を壁際に置かれた棚に止めると、一目散にそれに駆け寄って酒の瓶をつかみ取った。

 

 その勢いのまま、詰め寄る様にしてフレイヤへと近づいたザニスは、体を()の字に折り曲げ吹き飛ばされた。

 

「控えろ、三下」

「エッゾ」

「……差し出がましい真似、伏してお詫び申し上げます我が主よ。あの者の御身への態度に(こら)え切れず」

「別にいいわ。用があるのはソレじゃないもの」

 

 フレイヤからザニスを遠ざけたのは、柴色(ふしいろ)の髪を逆立てた犬人の青年。第三級冒険者であるエッゾだった。

 扉の影に身を潜めていた彼は、フレイヤの前に姿を晒してしまった後、即座に跪いて頭を垂れた。

 そんな、自身への無礼を平伏する眷属をフレイヤは許した。いい加減あの小物の相手をするのが面倒になっていたのだ。

 

「初めましてね、ソーマ」

「……フレイヤ、か」

 

 フレイヤから声を掛けられたソーマは、代わりに対応させる相手(ザニス)が居なくなったことで、ようやく作業机からフレイヤへと目を移した。

 といっても向けたのは目だけであり、体はいつでも作業に戻れるよう先程までと同じ姿勢のまま、動く事はない。

 

「聞いていたと思うのだけど、ここ潰すわね? 場合によっては貴方も天界に還ってもらうかも」

「……そうか」

「私の言葉に対して、何もないの? 自分でも勝手な事を言ってる自覚はあるし、文句の一つくらいはあると思っていたのだけれど」

「……文句は、ある。酒造りが出来なくなるのは、困る」

「眷属を勝手にされることに対しては、何もないの?」

 

 その問いに、長い髪に覆われた奥から覗き見える、真っ黒な瞳が濁ったのを、フレイヤの紫の瞳は見た。

 

 

「……下界の子供達は、脆い」

 

 

 ソーマのその一言は、瞳は、自分は下界の者らに一切の期待もしていないのだと、フレイヤに告げるようだった。

 

 

 

 

 何もソーマは初めから()()だったわけではない。

 『頑張った者には、俺の酒を与えよう』

 切っ掛けは、ただそれだけ。

 自分の趣味に協力してくれる子供達への、ちょっとしたご褒美くらいの気持ちだった。

 悪意など無かった。害そうと言う気は微塵たりとも存在していなかった。

 趣味(しゅぞう)しか能のない自分に支払える唯一が、自製の美味い酒だった。ただそれだけなのだ。

 

 しかし眷属たちはそんなソーマが与えた酒の味に酔い痴れた。

 『神酒(ソーマ)』の魔力(みりょく)に憑りつかれた眷属は、一度神酒を口にしただけで我を忘れ醜態を晒し続けた。

 もう一度、もう一度と憐れむほどに愚かしく、酒に飢える餓鬼となってしまった己の眷属を見続けたソーマには、最早関心も、執着も持つことが出来なくなってしまった。

 酒が欲しいのならばくれてやる。だからもう、俺の視界の中に入ってくるな。

 

 

 眷属たちに見切りをつけたソーマは、代替行為とばかりに趣味に没頭した。

 

 世界は己と己の趣味のみ。

 それ以外に向ける関心は、ソーマの中にはほとんど残っていなかった。

 

 

 

 

「煩わしいのは、嫌いだ。俺は、酒が造れさえすれば……それでいい」

「それについては申し訳ないのだけれど、私がここに来たせいでしばらく騒がしくなるかもしれないわね。貴方の趣味にも障りが出てしまうかも」

「……」

 

 その言葉にソーマは固まった。

 それは困る。眷属(こども)の事を気にしてしまう。

 己が招いてしまった()()()を、目にしてしまう。

 趣味(とうひ)が、出来なくなる。

 無言のままに、しかし目に見えて不快気になるソーマに、フレイヤが提案をする。

 

「そんなに嫌なら、いっそ天界に還ったらどうかしら? そんなに下界にこだわる必要があるの?」

「……」

 

 その提案に、ソーマは微動だにせず無言を続けたまま、蝋燭の灯が揺れるのに合わせて二柱(ふたり)の影が揺れ動く。

 

「……そう、か…………そうだな」

 

 しばらくの間を置いて、ソーマはそう小さく呟いた。

 意を決めたソーマはその後すぐに腰を上げ、神室から出て行ってしまった。

 主が消えた部屋には、フレイヤとエッゾ。気絶したザニスとチャンドラが取り残される。

 部外者を置いたままどこかへ行ってしまったソーマに、自分の予想していた神物像(じんぶつぞう)よりも斜め上だったとフレイヤは呆れ、肩をすくめる。

 

 あの様子なら、今晩にでも天界へ還るだろう。

 溜息をついたフレイヤは、すでに消えた男の背中に目を細める。

 

 

「馬鹿な男。最初から強い子供なんているわけがないのに」

 

「育てることも、導くこともせずに見限って、放り出して」

 

「自分から最初に手を離したくせに、子供に失望したとか言って。最後は逃げ出すなんて、勝手すぎるんじゃない?」

 

 

 下界(こども)可能性(せいちょう)を目にすることなく天界に還るだろう神を嘲る様に、憐れむ様にフレイヤは微笑を浮かべる。

 

 まぁ最期に後押ししたのは私だけど。と笑みに自嘲を混じらせたフレイヤの視界にふと、ソレが目に留まった。

 散乱する扉の残骸を避けながら近付き、拾い上げたソレを跪いたままのエッゾに差し出した。

 

「『これ』が例のお酒らしいのだけれど、アナタ呑んでみる?」

「……では、失礼します」

 

 主神から賜った神酒を両手で受け取ったエッゾは立ち上がり、陶器の瓶に鼻を寄せた。

 瓶に口を付け、一気に傾ける。

 

「――――」

 

 瓶の中身が勢いよく喉の奥に注ぎ込まれ、酒精が喉を熱くする。

 芳醇な香りが鼻孔の中に広がり、心地よい眩暈が脳を浸していく。

 これまで飲んできた酒のどれもが、泥水に思えてしまうほどの、美酒。

 

 

「……どう?」

 

 薄い笑みを崩さないまま、フレイヤは眷属に尋ねる。

 酒を呑んだ感想を聞いたのか、それとも酒に呑まれてしまったかを聞いたのか。

 主神に問いかけられた眷属は、しかし平然とした様子で返答した。

 

「確かに、言うだけのことはあって美味いですね。ただ、ウチのモンでコイツに痴れる奴はいないでしょう」

「あら、そうなの?」

 

 これまで多くの者を惑わし、()り殺してきた神の酒の魔力を、簡単に跳ね除けた青年に僅かにつまらなそうにするフレイヤは、続いた言葉に笑みを漏らした。

 

 

 

「俺達は皆、こんな酒などよりも御身の『愛』に溺れ切っていますから」

「――……ふふっ、あはははははっ」

 

 

 

「ねぇエッゾ、今晩私の(ねや)に来ない?」

「……この上ない喜びにございます」

「ふふっ」

「……何か、ございましたか?」

 

 

 愛する眷属(おとこ)の言葉に、自分の為に強くあろうとする姿に、フレイヤはそれまで以上の愛おしさと――情欲を抱く。

 傍らに立つ偉丈夫の頬に指を滑らせ誘いの言葉を向ければ、青年は頬を赤く染めて綻ぶように顔を緩めた。

 

 『それ』がどうしようもなく可愛らしくて、愛らしくて。フレイヤは思わず吹き出してしまった。

 

 

 

「尻尾、凄い事になってるわよ?」

「んぐっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、今宵未明。

 

 

 

 

 ――ドンッッ!!! と、

 

 オラリオの夜天に、光の柱が突き立った。

 

 

 

 

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