もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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二章はこれで終わり。
三章の投稿は……ナオキです。

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栗鼠に鐘鳴り響く 9

 太陽が山の峰から顔を出し、更に上へと昇る。

 迷宮都市を囲う市壁をも越え、静まり返っていた街は徐々ににぎやかさを増していく。

 

 太陽が中天に差し掛かる頃、人通りの多いメインストリートを進みながら、リリは隣ゆくベルに気づかれないようにため息を漏らした。

 

 

 どうして、こうなったのだろう。

 いや、理由は分かっている。

 

 ――昨日、いやもう一昨日になるのか。

 リリの主神であったソーマ神が、突然天界に送還されたことで失ってしまったリリの寄る辺。そして、ダンジョンで活動するために必要不可欠な『恩恵(ファルナ)』。

 それらを再び取得するためには、どこかのファミリアに所属し、再び『恩恵』を刻んで貰わなければならない。

 しかし、素直に言って……リリには何の才能も、取り柄もなかった。

 

 冒険者としては三流もいい所で、落ちこぼれの代名詞でもある専門職サポーターにならざるを得ず。周囲からの侮蔑や嘲笑に耐えながら糊口(ここう)をしのぐ日々を過ごしてきた。

 与えられる『恩恵』は、どの神から刻まれたとしても全く同じものであり、崇める神が変わったところで強さが変わる事は無い。

 つまり、再び『恩恵』を得ても以前と同じく、ただの足手まとい(サポーター)に戻るだけ。

 

 更に付け加えるなら、ダンジョンで日々モンスターとの命がけの戦闘を行う探索系ファミリアに、わざわざ足手まといを雇い入れる余裕は何処にもなく。

 まして医療や製作系といった専門的な知識も持ち合わせていない。

 何の役にも立たない人間を受け入れてくれるファミリアなど、存在するはずがなかった。

 

 神の眷属としてのリリの将来は――お先真っ暗()()()

 そう、だっただ。今はもう過去形である。

 

 

 所属を失い、宙ぶらりんになったリリの立場に気を病んだベルが、自身の主神に掛け合いリリが派閥に入れるようお願いしたのだ。

 そして主神はそれを快諾。実際にリリと会って話をして、問題が無いと判断すれば眷属に加える事を約束してくれた。らしい。

 

 有難い事だ。ベルの気遣いは本当に嬉しい。

 

 

 でも、正直、勘弁してほしかった。

 

 

 これでベルの所属している派閥が大して知名度もない零細ファミリアであれば、リリも多少の申し訳無さを感じながらも、それに甘える事が出来ただろう。

 

 だがしかし。ベルの所属している派閥は【フレイヤ・ファミリア】だ。

 『オラリオの双頭』、『都市最強』と謳われる世界最上位のファミリアなのだ。

 

 肩身が狭いどころではない。

 自分の様な木っ端が入ったところで、あまりの場違いさに針の筵になるだけだ。

 

 お願いですから辞退させて下さいと、土下座してでも断りたい思いで一杯だった。

 ――しかし。

 

 

「嬉しいなぁ。明日からリリと一緒のファミリアになれるんだね!」

「あはは、気が早すぎますよベル様。まだリリが入れると決まったわけではありません」

「大丈夫だよ! 女神様はすごく優しいお方なんだ。何の心配もいらないよ!」

 

 これである。

 こうまで喜ぶ様子のベルに水を差す事が出来ず。そもそもリリにとって大恩あるベルから持ってきてくれた話を蹴る事は、人情的にも非常に難しかった。

 

「着いたよリリ。ここで女神様と待ち合わせしているんだ」

 

 泊まっていた宿から向かったのはメインストリートの一角に構える一見の喫茶店。

 扉を開けると同時にドアベルがカラコロと澄んだ音を鳴らし、店員の少女が可愛らしい声と共に迎え入れた。

 入り口から見回した喫茶店の内装は、木目調の落ち着いたそれで、調和するように置かれたインテリアが温かみのある雰囲気だ。いつもベルと食事している酒場などとは違って品の良さが感じられる。

 

 リリが店内を見回している間にベルが店員に待ち合わせしていると伝えると、僅かに表情を硬くした店員がリリ達を二階に案内した。

 先を進むベルの背中を見ながら、僅かに軋む階段を踏みしめ上に上がっていく。

 

 

 ……いよいよだ。

 とうとうここまで来てしまった。

 

 冷汗が背中ににじみ出すのを感じながら、リリは長くない階段を一段一段上がる。

 今の気分はまるで、処刑台に登る罪人のそれだ。

 

 ベルに一歩遅れて二階に足を踏み入れる。

 待ち合わせの相手は既に席についているそうだが――どうやら待たせてしまったようだ。この時点でお腹が痛い――店員が席に導く前にどの席なのか理解する。

 

 

 窓際に座る一人の姿。

 紺色のローブを身に纏い、極限まで露出を抑えてなお周囲を魅了する圧倒的な美しさ。

 

 彼女が『美』と『愛』の女神。【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤ。

 

 

「ごめんなさいフレイヤ様。待たせてしまいましたか?」

「大丈夫よベル。私もついさっき着いたところだから」

 

 ベルの言葉に返る鈴のなるような澄んだ声。薄布ごしからでも分かる完成されたプロポーション。フードの裾から覗く銀糸の髪。

 それら全てが見る者の思考を『美』に染め上げていく。

 

「その子が、ベルが話していた入団希望者かしら?」

 

 親し気に会話を続ける二人を、いや、ベルに微笑むフレイヤの顔をボゥと眺めていたリリだったが、紫水晶の様な瞳と話を向けられた事でハッと我に返る。

 

「あ、ああのえっと、そのっ、リ、リリはリリルカ・アーデという者でっ! ほ、本日はよよよろしくおねがいしますっっ!」

 

 目を向けられた事で思い出した緊張と、返事をしなくてはならないという焦りから、口が上手く回らなかった。ドッと冷汗が溢れる。

 そんなリリの様子にも笑みを浮かべたままのフレイヤは、ついとベルに横目を流し、声を掛けた。

 

「ごめんなさい、ベル。少し席を外して貰えないかしら? これも一応ファミリアの運営に関わってくる話だから、今のベルを一緒にすることが出来ないのよ。申し訳ないのだけれど……」

「気にしないで下さい、フレイヤ様。 そういう事ならしょうがないですよ。僕まだまだ新入りですし! それじゃあリリ、頑張ってね!」

 

 行かないで下さい! リリを一人にしないで! そう言えたならどれだけ良かっただろう。

 しかし、悲しいかな。大物を前にしている今、小物である自分が口を出せるはずがなかった。

 

 

 終わるまで下で待ちますね。とリリを置いて下へ姿を消した薄情者を恨みながら、フレイヤに勧められるまま対面に腰を下ろす。

 

 そしてしばらく。挨拶から始まり、一言二言会話を挟んだのち、本題に入る。

 

 

「貴方の事はベルからよく聞いているわ。いつも助けられてるってね?」

「いやそんな。助けられているのはこちらの方でして……」

 

 とんだ過大評価だ。

 確かに、冒険者として経験の少ない今のベルには足りない点が多く、まだリリでも手助けできることは多くある。

 しかし、それは今だけの話だ。

 信じがたいほどに成長の早いベルには、遠からずリリの手も必要なくなるだろう。

 否、ベルにとっては、ダンジョンでの知識が豊富な人物ならリリじゃなくてもよいのだ。

 そして、都市最高の派閥には、リリを超える経験の持ち主などザラに居るわけで。

 

「……本当に、リリはベル様に助けられてばかりで。今回、貴方様とお話する事となったのも、ベル様がリリの為に奔走してくれたからです」

 

 そこで言葉を切り、ぐっと唇を噛み締める。

 うつむきがちの背筋を伸ばし、リリはまっすぐにフレイヤの目を見つめた。

 

「しかし、リリの力量では、そちらのファミリアで貢献できる事はないでしょう。サポーターとしても、ベル様の足を引っ張るだけになりかねません」

 

 ()()を口に出したら、本当に最後だ。

 言葉にするのが辛い。悲しくて、悔しい。

 

 初めてリリに優しくしてくれた冒険者。

 何の力もないパルゥムを、お金とか、体のいい雑用係とかじゃなく、ただのリリを必要としてくれた人。

 そんなベルと離れたくない。ずっと一緒に居たい。

 

 でも、それは……彼の為にならないから。

 

 

「私は、【フレイヤ・ファミリア】には入れません。御足労をおかけしてしまい、申し訳ありません」

 

 

 言い切って、頭を下げた。

 張り裂けそうに胸が痛むが、それでもこの選択に悔いはない。

 こっちから断りを突き付けた事で「テメェごときが何様だコラ」と、フレイヤにブチ切れられたらどうしようとか懸念はあるが、今はそれも気にならないくらいに清々しい。これが神の言うところの『一周回ってハイ』ってやつだろうか。

 

 しばし、静寂が二人の間に流れる。

 

 

「正直のところ、私は貴方を眷属にしてもいいと考えていたわ」

 

 口を開いたフレイヤの放った言葉に、リリは目を丸くした。

 

「……は?」

「今回、ベルの周りで起きた事をあの子自身の口から聞いて、つくづくあの子が心配になってしまったわ。……いつか騙されるってね」

「ああ……」

 

 フレイヤの言う考えには、リリも得心がいった。

 というか、リリこそベルを騙そうとした張本人だ。

 あんなに純粋で、お人好しで、社会経験のない世間知らず。その手の者にとってはこれ以上ないカモだ。

 

 その上、所属しているのは社会的地位の高い超有名組織。

 狙われる際には、リストの最上位にベルの名前が来ることは想像に難くない。

 

「もしあなたが私のファミリアに入ったなら、その時はあの子の面倒を見て貰おうと思っていたの。少しアレな物言いだけど、お目付け役ね」

「……」

 

 やはり、とリリは思う。

 再度、リリは姿勢を伸ばし、真っすぐにフレイヤを見据えた。

 

「以前からベル様に話を聞いて思ったのですが、貴方はベル様をどうしようとお考えなのですか?」

「それは、どういう意味かしら?」

「ベル様が持っている剣。アレは貴方がベル様に下賜した品ですよね? ベル様はとても嬉しそうにリリにお話してくださいました。僕の一番の宝物なのだと」

「あら、ふふっ」

「情報を集める事に関しては、リリも少しだけ腕に覚えがあります。しかし振るう度燐光を漏らす剣などリリは聞いた事がありません。その上、鞘に刻まれた【ヘファイストス・ファミリア】の銘。その値はどれほどのモノになるのでしょうか。更に噂ではファミリアの団長である【猛者(おうじゃ)】から直々に教えを貰っただとか。とても新入りにするような対応に思えません」

 

 リリは、昨日の事を思いだしていた。

 ベルに明日自分が来るまで宿にいる事、という言いつけを破り、変装をした上でギルドに行った時の事を。

 

「……そして、一昨日の晩【ソーマ・ファミリア】の主神、ソーマ様が天界に送還された事件。あれの首謀者がファミリアの団長であるザニス様だという事」

 

 

 ギルドのロビーに設けられている掲示板。

 そこに張り出されていた昨日の騒動の調査結果を、リリは目にしていたのだ。

 そこに在ったのは、ザニスが自身の主神であるソーマを討ったという、とんでもない内容だった。

 ファミリアの構成員が団長であるザニスに隠れて行って来た様々な不祥事。そしてそれを黙認していたソーマ。それらを知ったザニスは立ち上がり、言葉を尽くすもソーマと決裂。義心によってザニスは神殺しの大罪を背負い、ソーマを討った後ギルドに証拠を提出したのち自害した。らしい。

 

 「いや、ありえねぇだろお前」と言うのがリリが最初に抱いた感想だ。

 何故ならザニスも、何度もリリから金を巻き上げ、虐げてきたうちの一人だったからだ。

 というか、ファミリアの行って来た悪事のほとんどを率先して行っていたのは、他でもなくザニス本人だ。

 

 

「そして、今のあなたの言葉から考えるに……【ソーマ・ファミリア】を潰したのは貴方なのではないですか? 神フレイヤ」

 

 

 速まる鼓動。乾く喉。

 途方もない緊張に声が震えそうになるのを、精神力でねじ伏せながら、一拍。

 

 

「ベル様を狙うと言い放った者達を無力化するために。そしてリリを手に入れる為に」

 

 

 全ては、ベルをヒトの悪意から護る為。

 たったそれだけの事で、フレイヤはファミリアを一つ滅ぼした。と言うのがリリの推測。

 

「ふふ、()()に答えたとして、貴方に何が出来るのかしら?」

「……っっ!」

 

 リリの問いかけにかすかな笑みを漏らすフレイヤが、否定をしないフレイヤが、とてつもなく恐ろしく見えて、リリは身を石の様に固くした。

 

 確かに、フレイヤの言う通り、自分には何も出来ないだろう。

 だがしかし。それでもリリの頭に何もしないという選択肢は存在しなかった。

 無駄だとしても、意味のない事だとしても。

 リリは膝の上に置いていた手を、強く、強く握り締めた。

 

 

 そして、思い出す。

 さっきまで、ベルから離れるのが彼の為になると、彼への思いと共に蓋をしてしまっていた『覚悟』。

 

 目の前の神が、戯れにベルを弄ぼうと画策しているのならば、全霊を以てリリはそれを阻止しよう。

 あの日、少年に救われた時。リリは彼に全てを捧げようと誓ったのだ。

 たとえ世界の全てが彼の敵になろうとも。

 側に立つ己にも、石が投げられようとも。

 リリだけは彼の味方でいようと。リリが彼を支えようと、そう決めた事を。

 

 

 リリは目の前に座る女神を見つめる。

 腹に力を入れ、目尻を鋭くするリリの視線を、女神は薄く笑みを浮かべて迎え撃つ。

 

「……そう。貴方、ベルの事を愛しているのね」

「――――ヒュグッ」

 

 突然の女神の言葉に変な声が漏れた。

 ポンッと破裂音を立てそうな程に急激に紅潮する顔が、それが図星であることを何よりも証明していて。

 

 ()()()()()()()()

 

 恩がある。感謝もしている。彼の役に立ちたい。自分も彼を助けてあげたい。

 そして何より――(リリ)(ベル)の事が好きだ。

 

 

 リリはベルを愛している。ベルの為なら命だって惜しくない。

 だからこそ、ベルの身に取り返しのつかない『何か』が起きる前に。

 

 今ここで、女神の真意を見極めなくてはな――

 

()()()()

 

 

 女神の纏う雰囲気が一変する。

 

 銀の髪はその輝きを増し、風に揺れた様にフワリと浮き上がる。

 店内には陶酔するような香りが立ち込め――リリの視界がグニャリと歪んだ。

 全てが混ざり、溶け落ちていく世界の中で。紫水晶(アメジスト)の瞳だけが、鮮やかに、リリを、見つめ、て、い、、る、、、。

 

「――ぁ、へぁ……?」

()()は駄目なの。貴方にベルはあげられないわ……ごめんなさいね?」

 

 廻る。廻る。世界がグルグル廻って巡る。

 中心にあるのは銀の女神。

 彼女を中心に全てが回転し、その渦の中に己も引きずり込まれていく。

 

 陽光に(きら)めく銀の光が、射抜かれるような紫の視線が、鼻孔を(くすぐ)る芳醇な香りが、全てが脳髄を侵して犯してトロかしていく。

 この世のものとは思えない美しさに、心身が溶けていく。

 いつの間にか、リリは崩れ落ちていた。

 そしてそれはリリだけではない。正気を失った今のリリに知る術はないが、その場にいた客や従業員の全てが糸の切れた人形の様に、全身の力を抜いて一切の動きが出来なくなっていた。

 

 『美』を目にし、『美』に見つめられる多幸感。

 色々な物が削がれては消えていき、それまで抱いていた使命も想いも、リリの中から忘れ去られていく。

 視界が、銀色に染め上げられていく。

 

 

 そして、全てが銀の光に塗りつぶされるその間際。

 リリは、何よりも大切だった、誰かの名前を呟いた。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 全てが終わった後。店内は死屍累々の有様になっていた。

 フレイヤを除く全ての者が、皆同じように頬を上気させ、焦点の定まらない目で虚ろを見つめる。口端からは涎を流す様は白痴(はくち)のソレだ。

 

 

 

 

「申し訳ないとは思っているわ。その代り、あの子の一番近くに貴方を置いてあげる」

 

 

 

 その言葉を、リリは理解していない。

 ただ音として、福音のように綺麗な音色に恍惚とした笑みを浮かべたまま、女神の美しい顔を見上げいた。

 

 リリルカ・アーデの全ては、『美』に侵され埋め尽くされてしまった。

 

 

 

 

 穢され堕とされる少女の側に――救いの手を差し出す英雄はいなかった。

 

 

 

 

 




 高らかに鳴り響く、十二時(おわり)のお告げ

 舞踏会で出会えた王子様との逢瀬は、一夜の夢のように

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